四章
相変わらず夏の暑さは真っ盛り。アスファルトのむわっとした空気が漂っている。僕たちは教室で文化祭に向けての大道具を作っていた。それなりのものが出来上がってきたので、みんな少々弛緩して雑談を交えていた。
「お盆ってみんなどうする?」
「父親の実家が福岡にあるからそこに行くかな」
「私は北海道に」
と銘々自分の予定を話していた。
「結構みんな帰省するんだね」
僕は知波に言った。
「みたいね。私は特に予定ないかな。あってもテニス部の合宿ぐらいかな」
「わあ、羨ましい。私たちオーケストラ部は特にないかな」
と加藤さんが言った。
「そうだね。顧問が面倒くさがりだからねえ。仕事忙しそうだから、わからないでもないけれど」
と、渉君も言っていた。二人とも本当に残念そうだ。
「変わりにみんなで旅行とか行かないの? オケ部って仲良さそそうに見えるけれど」
「うーん。人数が多いからみんな気後れしちゃうんだよね。まとめるのも大変だし」
「そうだなんだよねえ。ただ何人かで今度夏祭りに行くんだ」
「へえ。それは面白そうだね」
「でしょ。泉水ちゃんももちろん浴衣着てくるんだよね?」
と、渉君は軽口をたたいた。
「う、うん。似合うかどうかはわからないけれど」
「泉水なら絶対似合うよ」
知波は力強くいった。加藤さんは少しはにかんで照れていた。
その後は淡々と大道具を作っていった。教室を喫茶店っぽく彩る小道具や看板を作り上げた。ときおり亮介君が変なことをやってバカだなーと思ってみていた。いつの間にか下校時刻がやってきて、みんな学校から引き払った。
「それじゃ、またね」
「学校で会おう」
加藤さんと渉君とは帰りの途中で別れた。オーケストラ部の打ち合わせをするみたいだ。二人は仲良さそうに話しながら僕たちと離れていった。僕と知波だけで帰路についた。
「オーケストラ部って仲いいね。みんなで遊びに行くなんて」
「う、うん。そうだね」
知波は何となく引っかかるような言い方で答えた。
「あれ? どうかした?」
僕は気になって聞いてみた。
「いや。夏祭りが羨ましいなと思って。最後に行ったのは小学生の時だから」
「ふーん」
そんなものなのかなあ。行けたら行けるものだと思うのに。
「じゃあ僕たちもいかない?」
「えっ?」
知波はそんなこと考えてもいなかったという表情をしていた。
「僕も久しぶりに行きたいと思っていたし。加藤さんたちに会えるかもだしね」
と言っていってから、急に断られたらどうしようと不安になった。緊張しながら返事を待っていると、
「そうだね。久しぶりに行ってみようかな」
と知波はOKしてくれた。
「よかった。祭りは今度の土曜だよね。N神社に待ち合わせようか?」
「うん。そうだね」
こうして僕たちは夏祭りに行く約束をした。なんでもない顔をしつつ、僕は胸の鼓動を抑えられなかった。
******************
約束の時間の少し前に僕は神社の前で知波を待っていた。周りはたくさんの人でにぎわっていた。小学生ぐらいのグループ、大学生ぐらいのカップル、親子連れ、老年の夫婦と。みんながみんなこの非日常空間を楽しんでいるようだ。ハレの日という雰囲気だった。
僕は心細く知波を待っていた。この人込みの中で僕を見つけられるだろうか、ちゃんと来てくれるだろうか、時間を間違えないだろうか。待ち合わせの時間はいつも相手が来てくれるか不安になる。
「あ、もう来てたんだ。待たせちゃった?」
そんなことを考えていたら知波の声が耳に入った。
「大丈夫。今来たところ」
と言いつつ彼女を見たら、少しまごついた。彼女は水色の生地にピンクの帯の浴衣に彩られていた。ロングヘアも団子状にまとめられていた。知波が美人の部類に入ることを今更ながら意識させられた。
「ん? どうしたの?」
「いや。少し暑いなと思って」
君がすごくきれいだからね。口が裂けても言えないけれど。
「それじゃ回ろうか」
「オーケー」
露店は定番のものが並んでいた。かき氷にお面、りんご飴に金魚すくいと懐かしいものであふれていた。
「知波、何からやろうか」
「じゃあ、あれかな。かき氷」
といって僕たちはお店に向かった。店には人工的な色をしたシロップが並べられていた。
「いらっしゃい。何する?」
「それじゃ、私はいちごで」
「僕はブルーハワイを」
店主のおじさんは赤と青のかき氷を用意してくれた。僕は早速食べた。そして早速頭が痛くなってしまった。
「いてっ」
「あはは。食べるの早いよ」
と、知波はゆっくりと食べていた。
「男子ってブルーハワイ好きだよね。よく青くなった舌を出してバカ騒ぎしてたよ」
「水色がただ好きだったんじゃない」
つづいてお面屋に向かった。
「色々とあるわね」
ひょっとこのお面や能面といったものから、ア〇パンマンやドラ〇もん、〇カチュウと懐かしアニメのものもあった。
「このあたりのものって懐かしいね。汐も見ていた?」
「見ていたなあ。本当にこのあたりは」
「せっかくだから買っていこうかな」
といって、三毛猫のお面を買っていた。
「にゃあ」
「……。猫好きなんだ」
知らない一面を見れた気がした。
いつの間にか辺りは夜のとばりに覆われていた。道々に吊るされている橙色の提灯が祭りを照らしていた。
「汐、珍しいものがあるよ」
そういって知波は僕の手を引っ張っていった。ちょっと恥ずかしい。
「なになに。へえ蛍の展覧か。珍しいね」
「そうだよ。あんちゃん。夏の風物詩だからね。ぜひ見ていきなよ」
虫かごの中に数匹の蛍が入っていた。よくみるとおしりのあたりが薄ぼんやりと光っていた。
「あまりぴかっと光るものでもないんですね」
「そうだねえ。いまいち期待にそえないかもねえ。ごめんね」
そういって店主のおじさんは笑っていた。他にも遊びたいところがあるから僕たちは立ち去った。
「あ、泉水だ」
知波はそう言って向こうの方にかけていった。加藤さんは赤い色の浴衣を着て一人で立っていた。知波が話しかけると朗らかな顔をして笑っていた。知波も心から楽しそうに笑っていた。それを見て僕は疎外感を覚えていた。と、加藤さんが僕に向かって手を振ったので、僕も会釈して二人の方に向かった。
「まさか二人も来ていたなんて。言ってくれればいいのに」
「いやあ、オーケストラ部の集まりに水を差すつもりはなかったからね。他の人たちは?」
「ちょっとはぐれちゃって。だから今少人数で回っているんだ。そのうち会うかと思って」
といってあたりをきょろきょろと見回した。そしたら、
「おーい泉水。りんご飴を買ってきたよ。って、うっしーとちなみんじゃん」
と言って渉君が両手にりんご飴を持って近づいてきた。彼は少しばつの悪そうな顔をしていた。その表情に知波も気づいたのか、
「あー。それじゃ、私たちもこれで。汐、次は射的にでも行こうか」
といって先に行き始めた。
「ちょっと待ってよ」
僕は渉君と加藤さんに会釈をしてから、彼女の後を追った。
僕たちは縁日から少し離れた神社の石段に座っていた。遠くでざわめきが聞こえた。僕たちは線香花火をしていた。
「ねえ、神社の中って花火禁止じゃなかったっけ?」
「ちょっとくらい罰が当たんないんじゃない?」
お堅いように見えてこういうことを知波もするんだ。彼女はかなり長く花火を続けていた。
「知波のって結構長持ちだね」
「あー。これってコツがあるのよね」
といって小さな火花を見続けていた。
「ねえ、汐。どの本からはまった?」
「突然だね。きっかけは江戸川乱歩の『怪人二十面相』かな。小学生の頃にむさぼるように読んだな。当時はみんなで本の感想を言い合っていたよ」
「はは。私とおんなじだ」
「色々と重なるもんだね」
また二人とも無言になった。
「渉君と加藤さん仲いいよね。付き合ってるのかな」
「泉水に聞いたらまだ付き合っていないって。あの子、嘘はつかないから本当だと思う」
と言った後に短く息をついて、
「でも、私はそのうち付き合うと思っているんだ」
「やっぱり」
「そうなると寂しくなるなあ」
知波は好きな人いるの? と口に出かかったけれどやめた。僕は何も言わずにいた。知波も特にそれ以降話さず、線香花火の光を見ていた。
縁日に戻ろうとしたときに一人の子どもがうずくまっているのを見つけた。浴衣を着ているから祭りの参加者だろうか。知波はその子に声をかけた。
「どうしたの? 気分が悪いの?」
見るとその声は顔中を涙で濡らしていた。
「うんうん。お家に帰りたい」
といって、またうずくまった。
「お家ってどこにあるの?」
僕はその子に尋ねてみるも、返事は帰ってこなかった。
「迷子かしら?」
「どうだろう」
僕と知波は顔を見合わせた。
「君、ちょっと歩こうか」
そういって知波は子どもの手を引いて縁日の方に向かった。僕も二人の後を追っていった。
知波は綿あめを一つ買っていた。
「どうぞ。甘いよ」
その子はおずおずとした様子でなめていた。そしたら、
「甘い。美味しいね。これ」
と、はにかんだ顔で答えていた。
「そうでしょ。よく味わいな」
といって少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。こうしてみるとなんだか姉弟みたいだ。と、思っていると、
「お、うっしーとちなみんじゃん」
といかにも軽そうな声が聞こえてきた。目を向けるとやっぱり亮介君だった。で、なになにその子って君たちの子ども? キャー! とか言うんだろうな。
「なになに君たちデート? キャー!」
ほらやっぱり、って。えっ?
「君ってこの子について何も言わないんだね」
知波も不審がって聞いてみると、
「この子って?」
といって、きょとんとした顔をしていた。どうやらいつのもみたいだ。
「ひょっとして君って人間じゃない?」
知波は単刀直入に聞いた。
「うん」
「じゃあ、幽霊とか妖精?」
続けて聞いた。男の子はうつむいたまま首を横に振った。
「分からない」
今回の子は自覚しているわけじゃないんだ。
「そっか。うーん」
知波はうなっていた。僕も同じだ。迷子なら親に届ければいいけれど、人間以外だとどうすればいいんだろう。
「帰りたい」
男の子がつぶやいた。
「えっ?」
「僕お家に帰りたい」
どうやらこの子には住処があるみたいだ。
「それってどこかわかる?」
僕は聞いてみた。
「分からない。ごめんなさい」
泣きそうな声で言った。
「大丈夫。お姉さんたちがちゃんと見つけてあげるから」
さっきと同じように頭をぐしゃぐしゃした。彼の表情が少しだけ和らいだ。
「何かその場所がわかるものないかな。建物とか表札とか」
「うーん」
少し考え込んでいた。
「人は全然いない。建物もない。周りは山ばっかり」
と言った。
「なるほど」
「あと、水がすごくおいしいんだ」
といった。
「おっけー。分かった。とりあえず今日はお姉さんの家に泊まろうか。明日一緒に探してあげるよ」
子どもに向かってニッと笑った。
「ありがとう」
男の子も安心したのか、僕たちに初めて笑顔を見せた。
僕たちは縁日を通って帰路についた。と、そこで蛍を売っていた人と遭遇した。
「あんちゃんたち、うちの蛍を見なかった」
「いえ、見ていませんが。どうかされたのですか?」
「いや、ちょっと目を話していたら全部いなくなっちゃってね。いま探しているんだよ」
「いや、見てないですね。知波もだよね?」
「ええ。特には」
ふと男の子を見ると、知波の手をぎゅっと握ってうつむいていた。
「そうか。悪かったね」
そういって店主の方は立ち去って行った。ふむ。
帰ってしばらくしたら知波からLINEが来た。
――男の子はぐっすり寝ちゃったよ。よっぽど疲れていたみたいだね。
――明日も君って暇? よかったら一緒に彼のお家を探すのを手伝ってくれない?
僕は特に悩まずに返事を出した。
――もちろん手伝うよ。僕の方でも参考になりそうな資料がないか探してみるよ。
と、知波の方から間髪入れずメッセージが来た。
――ありがとう。やっぱり君は頼りになるね。
******************
十二時に駅前のファミレスで待ち合わせをした。僕はその前に図書館によって山の写真集や川の写真集、そしてとあるテーマの写真集を借りた。
ファミレスの中で僕はすぐに知波と男の子を見つけた。今日も彼女はTシャツにショートパンツとラフな格好をしていた。
「おつかれー。色々と調べてくれてありがとう」
「別にたいしたことないよ。こんにちは」
と僕は男の子にも挨拶をした。
「こんにちは」
おずおずした感じで声をかけてくれた。昨日より固さは取れたようだ。
「それじゃ、さっそくいくつか見ていこうか」
といって僕は本を何冊か見ていった。
「この風景は見覚えあるかな?」
男の子は首を横に振った。
「それじゃ、こっちは?」
そう話ながら一冊分めくっていた。いずれに対しても目的の写真は見つからなかった。
「今度はこっちの本を見ていこうか」
同じようにめくっていったが、同様にあたりはつかなかった。
「じゃあ、こっちは?」
僕が本命と思っていた本をめくっていた。最初は男の子の表情は芳しくなかったが、
「あ、これだ!!」
といって清涼な川の写真を指した。場所は○○県××町。
「汐、すごーい!」
顔が赤くなるのを感じつつ、
「ここからだと日帰りできなくもない距離だね。今から行こうか」
「うんそうだね。さあ、帰ろう!」
と知波は男の子に笑いかけた。
ファミレスを出るころにはまだ一時だった。何とか日帰りで帰れる時間だ。
「あれ? 知波と田中君?」
「あ、泉水」
僕たちは加藤さんとばったり会った。
「二人はいつも仲がいいね。これからどこか行くの?」
「ああ、○○県までね」
ちょっと焦り気味に答えた。
「随分遠いのね。旅行かなにか」
いぶかし気に僕たちを見ていた。
「まあね。泉水はどうしたの?」
「近くの文房具屋に買い物。この後は家でのんびりかな」
「ふーん。そうだ、泉水もプチ旅行行かない?」
いきなりの提案で僕はびっくりした。泉水さんもびっくりした様子で、
「えっ。でも」
ちらっと僕を見ながら逡巡した。
「暇なら行こうよ」
と知波は言った後、
「久しぶりにさ」
と小声で付け加えた。
「うーん。じゃあ、私も混ぜてもらおうかな。田中君、だいじょうぶ?」
「うん、僕は構わないけれど」
この不可思議な出来事に加藤さんを巻き込むのは、正直意外だった。
「よし。それじゃ出発」
〇〇県はここからかなり離れているので、僕たちは特急列車に乗った。ちょうどボックス席が空いていたので四人で座った(加藤さんには一人見えないけれど)。
「あー涼しい。やっと落ち着いたー」
「ねー。今日はすごく蒸し暑かったよねー」
二人は早速おしゃべりを始めた。
「前から気になっていたんだけれど、知波と田中君って何をきっかけに仲良くなったの?」
そういえば。確かに。
「んー、いつからだろーねー」
知波は首をかしげた。
「いつの間にかだよね」
言われてみれば僕もきっかけを忘れていた。
「ふーん。でもよかった。知波に男友達が出来て」
「え?」
僕は気になって加藤さんの顔を見た。
「この子、昔から男の子とケンカばかりしていて。いつも女の子とばかりつるんでいてねー」
確かに知波は男子に対して愛想がないという話を聞いたことがあったな。
「だからほっとしたんだよね」
と優しそうな顔で言った。この人、本当に心から良い人なんだろうなと思う。
「そっか。泉水にそう言ってもらえるとよかったよ」
と知波はにこやかに答えた。ただ、気のせいか少しだけ声に影があるような気がした。
「そういえば、泉水と旅行するのって随分久しぶりだね」
「そうだね。小学校の頃はみんなで海に行ったりしてたよね。最近はお互い部活違うしあまりねー」
「そういえば、○○ちゃんだけどさー」
と昔の友人の話について盛り上がり始めた。僕は席を立った。
扉前でぼんやりと風景を見ていると、男の子も出てきた。
「昨日は知波の家どうだった?」
「落ち着いていた。お姉ちゃん優しかった」
イメージ通り、彼を丁寧に扱っていたみたいだ。
「ここまで来てくれてありがとう。助かったよ」
「構わないよ。僕たちも旅行しているみたいで楽しいし」
特に知波と加藤さんを見ていると思う。
「お姉さんたちって久しぶりに会うの? なんかそんな印象を受けた」
「いや、いつも学校で顔を合わしているんだけれど」
「ふーん」
そういえば。なんか今日は二人ともいつもよりも親しげだ。思えば二人だけっていう姿を見た記憶はなかったな。この旅行が二人にとって久しぶりの交流になれば、僕も嬉しいと何となく思った。
電車の中で話しているうちに○○県の××駅についた。建物がほとんどなく、田園と山が広がっていた。まさにこの前のマヨヒガそのままの風景だった。
「これからどこに向かうの?」
「えっと。地図で見るとこのあたりだね」
といってタブレットを指さした。
「へえ、意外。そういうの持っているんだ」
「大きい画面見たいときに便利だし。電子書籍とかを読みたいときにも便利なんだ」
「ふーん。結構離れているね」
「そうだね。近くまでバスが走っているみたいだ。あれに乗ろう」
ちょうどいいタイミングで来ていたので、僕たちは目指した。男の子はここにきて表情が明るくなってきた。地元に来て気分が向上しているのだろうか。
バスを降りたところは駅前と比べて何もないところだった。一面田んぼが広がるばかりだ。
「えっと。地図を見る限りあっちに行けばいいね」
と僕はいく先を示した。
「よし。あと少しよ」
といって、知波は男の子の背中をバンと叩いた。僕たちは目的地の川まで歩き始めた。
「電車を少し乗ればこんな風景があるんだね」
と加藤さんは言った。
「そうだね。空気が澄んでいるし。懐かしい景色が広がっているし」
「こういうところって、学校の行事や旅行ぐらいしかいかないから何だか新鮮。今日は誘ってくれてありがとうだね」
といって柔らかく微笑んだ。
あたりは薄暗くなっていた。虫の音も次第に目立つようになっていった。ちょうど僕たちは写真で見た場所にたどり着いた。
「ここだね」
そういって知波は見渡した。男の子はほっとした様子をしていた。
「うん。やっとついた。お姉ちゃんたち、ありがとう」
そういって彼の姿はすうっと薄くなっていた。そしてほのかに光り始めた。と、気がついたら男の子は消えていた。あたりは蛍の光が散り散りに待っていた。
「うわあ。きれい」
加藤さんが簡単の声を上げていた。
「夏の風物詩だね」
知波も続いた。それは僕たちの街では見ることのできない光景だった。幻想的な風景を長い間見つめていた。
帰りの電車の中。もうあたりは真っ暗になり、家に帰るのはかなり遅くなる見込みだ。僕たちはそれぞれ親に連絡して、平謝り状態だ。加藤さんが席を外しているので僕たちは答え合わせをした。
「どうしてあの子が蛍だと思ったの?」
と知波が聞いてきた。
「確信があったわけじゃないけれどね。ただ、男の子が蛍売りのおじさんを避けていたこと、きれいな水の場所に住んでいたこと、から何となく思っただけ」
「ふーん。それじゃ、どうして○○県だとわかったの」
「てんで分からなかったよ。ただ、彼が蛍じゃないかなと思ったから、この本を買ったんだよ。当たったらラッキーという気持ちだったね」
本のタイトルは『蛍の生息地 百選』というものだった。
「同じことを知波も思っていたんじゃない?」
「まあね。無事に戻れてよかったよ」
それは僕も同感だった。
加藤さんが戻ってきたら僕たちは他愛もないことを話していた。文化祭の話、部活の話、進路の話など。そのうち、
「そういや泉水って渉と仲いいよね」
それは僕も気になっていた。いつも加藤さんと渉君は一緒にいる印象だった。
「実は二人って付き合っているんじゃないの?」
知波は軽口をたたくように言った。加藤さんは数秒間黙った後、
「実はそうなんだ」
と口にした。