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二章

「うっしー、肉派?  じゃがいも派?」

 休み時間に亮介君がいきなり話しかけてきた。

「ごめん。何の話?」

「いやー、軽音楽部のやつと議論になってね。肉じゃがは肉派が多いか、じゃがいも派が多いかね。ちな俺は肉派で相手がじゃがいも派ね。二人とも主張曲げねえから、じゃあ統計取ろって。負けた方がラーメンのおごりということになってね」

 熱弁している後ろで、

「あ、俺じゃがいもね」

 と、健司君。

「私はじゃがいもが好きかな」

 と、真希ちゃんさん。

「僕もじゃがいもに一票」

 と、渉君。亮介君は暗い顔をしつつ、

「というわけで俺は味方が誰もいないわけ。ねえ、うっしーは肉派だよね?  肉派だよね?」

「えっと。たまねぎ派」

「そっちかい!」

 亮介君が突っ込んだ。佐々木さんと加藤さんが後ろから近づいてきて、

「あーわかるわ。たまねぎって肉じゃがの肝だよね」

「確かに。私もたまねぎの色を基準に考えるかも」

 と珍しく男性陣の会話に入ってきて。

「あ、知波ちゃんと泉水ちゃん。二人は肉派?  肉派?」

 と、亮介君は藁にもすがる思いで尋ねるも、

「残念。たまねぎ派。というより肉派は君だけなんじゃないの?」

 追い打ちをかけるように言う佐々木さん。容赦ないな。

「そうだよね。みんな肉なんて興味ないんだよね。肉じゃがなのにね。いいよ。いいよ。ラーメンおごるよ」

 打ちのめされたように亮介君はつぶやいていた。

「私は肉派かな。あのとろとろした食感が好きだから」

 と加藤さんはおずおずと答えた。

「ありがとう!  泉水ちゃんだけが僕の味方だよ。泉水ちゃんは僕の天使だよ」

 と、亮介君は抱き着くポーズをしながら答えた。すかさず、

「汚い手で泉水に触るんじゃないよ。この変態」

 と佐々木さんにどつかれていた。佐々木さん佐々木さん。目が笑ってないよ。怖いよ。



 ここ最近は期末テストやらポスト騒ぎやらのせいで全く本を読めなかった。僕は少し久しぶりに読書目的で図書室に向かった。

 期末試験ではにぎわっていた図書室も落ち着いた空間に戻っていた。僕はいつものように一番奥の席に座った。机の上にアルベール・カミュの『異邦人』を置いた。「きょう、ママンが死んだ」から始まる有名な小説で前から気になっていた。僕は静かに本を開いて淡々とした文章に入り込んでいった。

 五分くらいしたらいきなり話しかけられた。

「ここ、座っていい?」

 目を上げるとそこには佐々木さんが立っていた。周りには他に空いている席があった。僕は内心少し驚きつつ、

「う、うん。構わないよ」

 と答えた。彼女はノートと教科書を出していた。タイトルは『Pierre et Hugo』?  英語ではなさそう。フランス語かな?  じろじろと見ていたら佐々木さんと目が合ってしまった。僕は慌てて本を読みなおし始めた。



 終りのチャイムが鳴ったので僕は片づけを始めた。佐々木さんも教科書やノートをしまい始めた。

「カミュを読んでいたんだ。面白い?」

 と佐々木さんは僕に聞いてきた。僕は意外に思っていた。佐々木さんは男子としゃべらないという噂を聞いていたし、僕自身も接点があまりなかったからだ。

「面白いよ。この主人公って親が死んだのに海に行って女の子と遊んでるんだ。ひどいなと思っていて興味深いよ」

「ふーん」

 と佐々木さんはあまり表情を変えずに答えた。それで会話終り。えっと、気まずい。

「それってフランス語の教科書?」

 僕は会話をつなげるために気になっていたことを尋ねた。

「そうだよ。よくわかったね」

 と答えた。へえ、というような目を彼女はしていた。

「何となく。どう面白い?」

「まあね」

 と彼女は言った。それで会話終り(二回目)。うん、何話せばいいのだろう。彼女も同じ気持ちかはわからないが、

「それじゃ先帰るわ。ばいばい」

 と口に出して立ち去った。僕も、

「さようなら」

 と彼女に伝えた。僕は今日の出来事を反駁して戸惑った気持ちを抱いていた。いったい佐々木さんはどうしたんだろう?  何度考えても答えは出なかった。



******************



 授業を受けていると机の上にどこからかメモが落ちてきた。

「あたしメリーさん。今ポストの前にいるの……」

 誰かのいたずらかなと考えてこっそり周囲を見回したけれど、みんな集中して(もしくは居眠りして)授業を受けていた。不思議に思っているとまたメモが置かれていた。

「あたしメリーさん。今〇〇学校の校舎前にいるの……」

 これって僕たちの高校の前だよね?  というより誰も動いている気配しなかったな。また、さらにポトッと置かれた。

「あたしメリーさん。今〇-〇組の教室の入り口にいるの……」

 え、入り口に誰もたっていないよ。もちろん後ろの出口にも。これっていわゆる例のあのお方? 気がついたらまたメモがあって。広げてみると、

「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」

 びくっとして後ろを振り返ると、

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」

 思わず叫んでしまった。後ろには長い髪で顔が隠れている女の人が立っていた。よく見るとこの人、手で口を抑えているな。笑いをこらえている?

 ふと冷静になって教室を見渡すとみんなきょとんとした表情で僕を見ていた。先生は僕に向かって、

「あー。田中。お前つかれているか。どうだ。今日は早退するか?」

 とても暖かく優しい顔をして僕に丁寧に聞いてきた。僕は顔を赤らめつつ、

「いえ大丈夫です。居眠りしていたら怖い夢を見ただけです。これからちゃんと勉強します」

「そうか。分かった。つらくなったら今日は帰っていいからな」

 と、にっこり笑って答えてくれた。どうやら先生は後ろの恐ろしい女に気づいていないみたいだ。ふと気になって佐々木さんを見てみると、僕とホラー女を交互に見つつ渋い顔をしていた。



 授業終了のチャイムが鳴った。ホラー女は廊下から僕に手招きをした。僕も話したいことがあったから彼女(?)の方に向かった。

「いやーあんたマジ最高。いい悲鳴だったわ」

 彼女はげらげら笑いながら僕の肩をバンバン叩いた。僕は苦虫をかみつぶしたような顔をしつつ、

「えーと、一応聞くけれど君って幽霊?」

「知らない」

 あっけらかんとしながらホラー女は返事をした。何それ。

「んー、強いて言うならメリーさん?  怪談のあれ。それの魂みたいな?  日本って八百万の神々がいるじゃん。だからメリーさんにも魂が宿ったんじゃない?」

 すごい他人事のように話しているよ。

「普段は小学校に行くことが多いんだよね。あの頃の子たちってビビってくれるから。中学生以上は駄目ね。もうませて気にしないんだよね。いやー、そこに来たらあんたは。ぐふふ」

 また笑い始めた。そろそろ怒っていいかな。

「なに。また新しい化け物が出たの?」

 気づいたら佐々木さんも不機嫌そうな顔を浮かべながらこっちに来た。僕も佐々木さんに向かって、

「うん。紹介するよ。こちら怪談で有名なメリーさん」

「どうもー。メリーです!」

 すごいポップな感じで挨拶していた。

「へえ。うっしーだけじゃなくて、ちなみんもあたしのこと見えるんだ」

 なれなれしく僕たちに問い始めた。というより何で名前知っているんだ。

「幸か不幸か不可思議な方々のご尊顔を拝められるようになれまして。あとメリーさん、私たち授業中なのであまり田中君をからかわないでね。気が散るから」

「はーい。努力はしまーす」

 といかにもやる気なさそうな顔で口に出した。

 ♪キーンコーンカーンコーン♪

 とチャイムが鳴ったから僕たちは教室に戻った。僕はメリーさんに向かって、

「とりあえず、またあとで」

 といった。メリーさんはイタズラを思いついた子どもの様な顔をしつつ僕たちに手を振った。なんか嫌な予感がした。



 授業はとりあえず滞りなく進んでいた。メリーさんの気配は特になかった。佐々木さんの方も同様らしく普通に授業を受けていた。クラスの中は先生の話す言葉だけが響いていた。

 と、佐々木さんが何か小さな紙を開いている様子を見せた。あれはメリーさんからのメモだ。たぶん僕と同じように今どこどこにいるということが書かれているのだろう。佐々木さんも合点したような顔をしていた。

佐々木さんは何度かメモ用紙を律儀に開いていた。たぶんどんどん佐々木さんの近くに寄ってきているのだろう。

いきなり佐々木さんの後ろにメアリーさんが登場した。

「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」

 の部分に差し掛かったみたいだ。ただ、佐々木さんは全く後ろを振り返る様子を見せなかった。メリーさんはしばらく佐々木さんが動くのを待っていた。一向に反応を示さないことに業を煮やしたのか、

「ちょっとー、あたし今あんたの後ろにいるんだけれど。何シカトこいてんの」

 と肩をゆすり始めた。メリーさん、ホラー要素全然ないんですけれど。佐々木さんは微動だにせず。

 一向に応じない佐々木さんにしびれを切らしたのか、メリーさんは突然かがみ始めた。そして佐々木さんのカバンからスマホを抜き取った。さすがの佐々木さんも驚いて、

「ちょっと何してんの⁉」

 とメアリーさんに向かって思わず声を上げた。

「佐々木。どうかしたか」

 と当然のように先生に声をかけられた。

「あ、いえ。ちょっとスマホを盗まれる夢を見ていて思わず声を上げてしまいました」

「そうか。授業はちゃんと聞くように」

「はい。申し訳ございませんでした」

 と佐々木さんは殊勝に謝罪しつつ、メリーさんに向かってぶすっとした顔を向けた。ホラー女は教室の後ろの方でげらげら笑いつつ佐々木さんを見ていた。



 休み時間になると佐々木さんは真っ先にメリーさんの方へ向かった。僕も気になったので佐々木さんについていった。

「ちょっと。私のスマホ返してくれない?」

 もっともなことを述べた。それに対して、

「えー。だってあたしに構ってくれないんだもーん」

 と小学生レベルの発言をしていた。佐々木さんは頭を抱えつつ、

「あのね。高校生の本分は勉強することなの。授業中は遊ぶ時間ではないの」

 と正論を真っ向からぶつけていた。

「もー。固いなー。じゃあ夜になったら遊んでくれるのね。そしたらスマホ返すよ」

「嫌に決まっているじゃない。もういいや。それ、解約してもらおう」

 と、佐々木さんは諦めて自席に戻ろうとした。

「ねえ、ちなみん。あんたパスワードって数字四桁のやつみたいだね。それって一万通り試すとロック解除できるってことだよね。あんたの中身見れるかもだよね」

 と、佐々木さんは肩をぴくっと震わせた。

「ねえ。乙女の秘密ってあまり見られたくないものだよね」

 佐々木さんは顔を怒りで歪ませながら言った。

「何が望み?」

 そうこなくちゃとばかりに顔を輝かせながらメリーさんは言った。

「なーに。ただ夜にあたしと付き合ってくれればいいよ。そうしたらスマホは特にいじらないで返すよ」

 苦悶に満ちた表情のまま佐々木さんは言った。

「条件を飲むしかないようね」

「よし。じゃあ、校舎前に八時に集合ね。大丈夫。あたしはこう見えて義理堅いから特にスマホはいじったりしないよ。またあとで」

 というだけ言って、メリーさんはいつの間にか消えていた。まるで初めからそこにいなかったみたいに。



「どうするの? 佐々木さん?」

 僕は彼女に聞いた。

「どうするっていっても彼女の言う通りにしなきゃよ」

 不服そうな顔をしつつ口に出した。

「でも夜の校舎って危なそうだよ」

 彼女もそのことについては案じているのか、

「ぜひもなしね」

 と心底うんざりした顔で答えた。

「僕も一緒に行くよ」

 自分も何かの助けになればと思っていたら、ついしゃべっていた。

「えっ。いいよ。田中君に悪いし」

 彼女は戸惑った様子で話した。それに対して僕はすかさず、

「メリーさんを見れるのは佐々木さんと僕だけだよね。だったら僕がいた方が何かの足しになるかと思うよ」

 と答えた。それでも迷っているらしく、

「うーん。でも。うーん」

 とうなっていた。僕は彼女を説得するつもりで、

「男は優しくなきゃ生きていく資格なんかないんだ。手伝わせてよ」

 と畳みかけた。彼女は少し悩んだ後、僕の全身を見て、

「そこまで言うなら。じゃあ、ちょっとだけ一緒に行っても大丈夫か確認させてもらってもいい?」

 彼女は僕に聞いた。

「もちろん」

 どんなことを聞かれるのか想像しながら僕は応答した。

「私と腕相撲して」

 へ?  予想の斜め上の回答が来て戸惑った。

「まあ、いいから」

 と彼女は自分の席に向かって腕を差し出した。僕は戸惑いつつ、

「うーん。なんで」

「細かいことは気にしないで。あ、全力でかかってきて」

 といった。そんなことは出来ないと思いつつ彼女の手を握った。

「レディー。ゴー」

 と彼女は言った。僕は仕方なく力を入れた。……あれ?  全然動かない。

「どうしたの?  田中君?」

 彼女はにやにやした顔で答えた。僕はもっと力を入れた。動かない。全体重をかけるように思いっきりかけた。顔に血が上るのを感じた。体中から汗がほとばしっているのを感じた。それでも相手の手を倒せない。

「私の勝ちだね」

 と一気に佐々木さんは力を入れてきた。僕の右腕はあっけなく机についた。

「……負けました」

 僕はうなだれたまま敗北宣言をした。気づいたら周りにクラスメイトがたくさん見ていた。僕たちの勝負を見学したらしく、

「うっしー、どんまい」

「大丈夫。君の魅力は他にあるよ」

「がんばれ」

 と口々に励まされた。うう。男はタフじゃなきゃ生きていけないのに。

「よし。いい勝負だったよ」

 と僕は佐々木さんに肩をバンバン叩かれた。自分の言葉を思い返すと余計みじめになった。そう思っていたら、彼女は僕に向かって小声で、

「それじゃ、八時に校舎前でお願い」

 といった。

「え?」

 勝負に負けたのに何で?  と問い合わせようと思ったら佐々木さんはすでに廊下に向かって歩いていた。



「ねえ、君に知り合いっている?」

「はて?」

 学校帰りの道に僕はしゃべるポストに会いに行った。空は夏らしく大きな入道雲が漂っていた。

「さあ。私の知り合いは郵便局員かポストぐらいですかな。どうかなさいましたか?」

 ポストが僕を気遣うように話しかけてきた。よくよく聞いてみると彼は穏やかで優しい声をしていた。

「今度はメリーさんっていう子が出てきたんだ。子どもたちの怪談とかで出てくる人でね」

「ほう」

 何となく、彼に今日のことを話した。

「その子が佐々木さんのスマホを盗んでね。返してほしければ夜の校舎に付き合えと言ってきて。でないとパスワードを解除して中身を見るぞって」

「ははあ。それは大変ですな」

 ポストはさも大変そうな声で言った。

「本当に。最近よくわからないことが多くて疲れるよ」

「ふふ。私が言うのもなんですが、世の中はわからないもの・不条理なものだらけですよ。ただただ知識・知見がないから気づかないだけですよ」

 ポストはどこか楽しそうに笑っていた。

「たぶん田中さんもお子様の頃はそうでしたよ。見るもの聞くもの全部新鮮で、理解の範疇を超えたものばかりでしたでしょ。大丈夫です。そのうち当たり前のものとして受け入れられますよ」

 受け入れられる側が丁寧に言っていた。

「まあ、あまり気にしていてもしょうがないか」

 別に今のところ佐々木さんにも僕にも特に害はないし。

「とにかく僕は帰るよ。夜にメリーさんの相手をしなきゃいけないし」

「さようなら。楽しい夜をお過ごしください」

 ポストは他人事のように僕に伝えた。もう日がだいぶ落ちていて心地よい夜を告げる風が肌にあたっていて。少し歩いたころポストの声が聞こえた。

「あまりその幽霊殿を責めないでやってくださいね」



 夜の八時になるとあたりは真っ暗になり、街頭の白い灯りが目立つようになった。いったん家に帰って私服に着替えた後、僕は佐々木さんと約束した通り校舎前に来た。すでに佐々木さんは到着していた。彼女もいったん私服に着替えていた。Tシャツにショートパンツという活発な印象を与える恰好だ。制服姿を見慣れているだけに少し新鮮な気がした。

「よっ。来てくれてありがとう」

「僕が勝手についてきただけだよ」

「それでも嬉しいよ。なんだかんだ心細さもあったから」

 僕はメリーさんが来ているか確認した。どうやらまだいないみたいだ。

「彼女はまだ?」

「そうみたい。まだ誰にも会っていないよ」

 そうこう話しているうちに、

「お、ちなみんとうっしーが来た。こんばんは」

「どうも」

「……こんばんは」

 佐々木さんと僕は面倒くさそうな声で挨拶をした。メリーさんは気にも留めず、

「どう?  夜の校舎っていい雰囲気でしょ。なんか出てきそうで」

「すでに出ているけれどね。それで、何をすれば私のスマホ返してくれるの?」

 淡々とした調子で佐々木さんは言った。

「せっかちだね。それじゃ、鬼ごっこをしよう」

「鬼ごっこ?」

 予想外の提案に彼女は驚いた声を出した。

「そう。二人が鬼で一回でもあたしを捕まえられたらあんたらの勝ち。そしたらスマホを返すよ」

「まあいいけれど」

 釈然としない様子で佐々木さんはうなっていた。

「場所はグラウンド?  近所の人が気づくと思うけれど?」

「あー校舎の中ね。そこなら見られる心配ないでしょ」

 え?

「いやー、あのー。校舎はセキュリティ管理が厳しく入れないのでは?  さすがに警察沙汰にしたくはないのだけれど」

 恐る恐るメリーさんに聞いた。最近の校舎はセキュリティが厳しいから、不法侵入はできないはず。

「あーそれなら大丈夫。ちょっとセキュリティシステムいじくってきて、警備員は全員眠らせたから。朝まで大丈夫でしょ」

「いや、それ犯罪でしょ⁉」

 ついつい大声で叫んでしまった。

「あー。あたし人間じゃないし。固いこといいじゃん。だいたい最近の学校警備がしっかりしすぎなんだよ。おかけで肝試しに来るガキがめっきり減っちゃったじゃん。ほんとないわー」

 あなたがないわーだよ。

「なんでもいいからさっさと侵入しちゃいましょ。で、さっさと帰りましょ」

 佐々木さんは言った。

「お、ちなみんノリいいね。入ろ入ろ。扉引けば普通に開くから」

 そういってメリーさんは僕たちを校舎に案内した。確かに表門および正面玄関はあっさり空いて、校舎に侵入できた。校舎の中はうすぼんやりしていて不気味な印象を放っていた。



 しかしまあ。学校に来てまで鬼ごっこって。やったの小学生以来だよ。

「それで。私たちがあなたから逃げればいいの?」

 人数的にもそうなるよね。

「違う違う。あんたらがあたしを追いかけるの。一回でも捕まえられたら勝ちでいいよ」

「え?」

 佐々木さんは虚を突かれたような顔をしていた。僕もつい、 

「それでいいの?  そしたら君は僕たち二人から逃げることになるけれど」

 鬼側の方が断然有利だ。

「いいのいいの。あたしはそっちの方が楽しいから」

 メリーさんはあははとした顔で言った。

「分かった。じゃあ、私と田中君であなたを追いかけるね」

「それじゃ、はじめるよ。レディーゴー」

 と開始宣言をした瞬間、メリーさんはパッと消えた。

「あれ?  彼女は?」

「急に見えなくなったね」

 僕たち二人は顔を見合わせてぽかんとしていた。そしたら急に声が聞こえてきた。

「あたしメリーさん。今屋上前の階段にいるの……」

 と、上層階から足音らしきものが聞こえてきた。

「ちょっと!  移動スピード早すぎでしょ⁉」

 えっと。これ僕たち勝てるの?



 急いで屋上近くまで走った。普段運動しないからすごい疲れる。運動部の佐々木さんはまだ楽そうだ。

 屋上前までやっとたどり着いた。しかしそこにメリーさんはいなかった。

「あれ?  どこにいったんだろう?」

 佐々木さんも気になったみたいだ。そしたらまた声が聞こえてきた。

「あたしメリーさん。今音楽室にいるの……」

 えっと。音楽室ここからかなり離れているんですけれど。

「せっかくここまで来たのに」

 二人でげんなりしていた。また駆け足でメリーさんがいるところを目指した。

「あの子動くの早いね。追いつけるかな」

 若干不安そうな顔に彼女はなってきた。

「まだわからないなあ。とりあえず今はメリーさんがいるところに向かって情報を集めないと」

「そうね」

 話しているうちに音楽室についた。試しに開けてみると鍵はかかっていなかった。メリーさんが事前に開けたのだろうか。

 中は薄気味悪い雰囲気が漂っていた。有名な音楽家たちの肖像画が余計に拍車をかけていた。

「あのカツラ人たちを夜に見るものはこれっきりにしたいよね」

 気のせいか佐々木さん少し怯えた様子を見せていた。そうやって話しているといきなりピアノがなった。よくテレビで怖いシーンで流れる曲だ。二人でびくっとした。

「ちょっと何よ!」

 僕は恐怖を押し殺しつつピアノの方に向かってみた。

「あの。何しているの」

「ん。見てわかんないの。怖い雰囲気出すためにピアノ弾いてんの。あ、これバッハの『トッカータとフーガ ニ短調』って名前だから。せっかくだから覚えといて」

「うん分かった。っと!」

 僕は一気にメリーさんを捕まえようと飛びついた。

「あら。危ない」

 と言って彼女はパッと消えた。勢い余った僕はそのまま椅子にぶつかってしまった。

「痛っ」

「大丈夫⁉」

「うん。平気」

 佐々木さんが心配してきてくれたので僕はすぐ立ち上がった。そしたらまた彼女の声が聞こえた。

「あたしメリーさん。今理科室にいるの……」

「あの子絶対捕まえてやる」

 佐々木さんの声がプルプル震えていた。



 理科室もそのままドアが開いた。

「ここって音楽室よりもさらにうすら寒いわね」

 実験器具にホルマリン漬けにされた標本たち、さらに内臓むき出しの人体模型。夜遅くに見たくないものばかりだ。

「あの子趣味悪いところばかり行くわね」

「たしかに。彼女どこにいるんだろう」

 僕たちはゆっくり教室内を歩き始めた。メリーさんの気配は特に感じなかった。人体模型付近まで行くと、

「あたしメリーさん。今 あなたの後ろにいるの」

 という声が聞こえた。続けて、

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !」

 という佐々木さんの叫び声が耳に響いた。絹を裂くってこういう音なのかな。

「あはは。ちなみん良い声ー」

 と陽気な様子でメリーさんが立っていた。手には濡れた雑巾を持っていた。佐々木さんの頬を見ると水跡がついていた。

「こんの!!!!」

 と勢いづいてメリーさんに飛びつくも、またしてもパッと消えてしまった。

「あたしメリーさん。とりあえず今度は体育館にでもいってるね」

 とからかう口調で言ってきた。もうホラー雰囲気を出すのも飽きたみたいだ。



 その後も僕たちもメリーさんに振り回され続けた。

「汐!  そっち!」

「オッケー!!」

 と飛びついたのはいいが、

「あらよっと」

 と言ってテレポートされ、

「知波!  後ろ!」

「捕まえた!」

 とあと一歩までいくも、

「残念」

 とまたテレポート。延々と繰り返すうちに僕たちは疲弊していた。

「ぜえぜえ。彼女早いね……」

「ぜえぜえ。これは何か作戦考えないとまずいわね……」

 長時間たってこのままでは埒が明かないと、二人とも感じていた。

「そうよね。あのパッと移動されるのを何とかしたいよね」

「そうだね。いつも移動されて最後は」

 と言いかけたところで、

「あ!  こうすればいんじゃない?」

「え!  なになに?」

 知波に僕のアイディアを伝えた。

「汐ナイス!  試してみよう!」



 僕たちは自分たちの教室にいた。

「あたしメリーさん。今家庭科室にいるの……」

 僕たちはそれに対して無視した。しばらくは無言の時間が続いた。

「あたしメリーさん。今パソコン室にいるの……」

 これにも僕たちは反応しなかった。今度はさっきよりも長い時間の沈黙が続いた。僕たちの作戦がばれたかなと思ったころ、

「あたしメリーさん。今 あなたの後

「「いまだ!!」」

 と二人とも声を出して、ブリッジ上の姿勢から一気に倒れこんだ。

「ぐぴっ!」

 とメリーさんの声がした。どうやら知波の方にいたみたいだ。

「今度こそ捕まえた」

 と全身を使ってメリーさんをからめとっていた。

「僕たちの勝ちだね。知波のスマホ返して」

 メリーさんは負けを認めたらしく、

「あんたたちやるね。おめでとう」

 と言って僕の方に知波のスマホを投げた。

「はい。これ」

「汐。ありがとう」

 と彼女は受け取った後、スマホの状態を確認した。

「安心して。何も見ていないよ。乙女の秘密を暴くほど腐ってはいないつもりだからね」

「そう。それはよかった」

「振り回して悪かったね」

 メリーさんは寂しげな笑顔で言った。

「いいよいいよ。最初はむかついたけれど、案外楽しかったし。まさか高校生になってまで夜の校舎に侵入するのも悪くなったし」

 知波はさっぱりとした笑顔で答えた。

「そうだね。警備員の人たちには申し訳ないけれど」

 僕も意外と楽しい気持ちを味わっていた。小学校の頃の探検ごっこをしたときみたいな感情だった。

「よし。終わりよければすべてよし。帰ろう」

 と言って知波は歩き出した。僕たちもつられて足を進めた。傍らのメリーさんは何か言いたげな表情をしていた。

「そういえば。君ってまだしばらくは見えるの?」

 と知波に声をかけられ、

「さあ。なぜあんたたちがあたしを見れるのか知らないけれど。たぶんそうじゃない。別に成仏されるわけじゃないし」

 と質問の意図を図りかねている様子で答えた。

「それじゃ、汐と三人でたまには昼食を食べない?  これも何かの縁ってことで」

「いいね。僕も賛成」

 メリーさんは驚いた顔をしていた。

「え?  でも……」

「いいじゃん。幽霊の友だちなんてそうそうできるもんじゃないし。仲良くやろうよ」

 と知波が肩を組みつついうと、

「じゃあ……お言葉に甘えて……」

 と嬉しさ半分・照れくささ半分の面付きで返した。



「それじゃね」

「また明日学校で」

 知波と僕はメリーさんに向かって手を振った。もう夜もかなり更けており人が全然見えない様子だ。

「ねえ、汐。君ってメリーさんの話って聞いたことある?」

「小学校の頃かな。林間学校の夜に怪談の時間があってそこで聞いたかな」

「私と同じだ。実はあの話かなり怖くてつい泣いちゃったんだよねえ」

「僕のクラスでもいたなあ」

 彼女も僕もメリーさんの話は聞いたことがある。どこの学校でも大人気みたいだ。でも、

「いつの間にか聞かなくなっちゃったね」

「そうだね。怪談自体そもそもしなくなったよね」

 メリーさんもそうだし、花子さんもいなくなった。あの頃はいるかもと思ったけれど、今ではまったく信じなくなった。

「メリーさんって寂しかったんだろうね。みんないつの間にか自分のことを忘れてって」

「だから君のスマホを持って行ったんだろうね。かつて自分のことを想像してくれた人と交流したくて」

「うん。いつから私ってお化けとか幽霊とか信じなくなったのかな」

 少ししんみりした表情で知波はつぶやいた。僕もいつから不思議なことを信じなくなったんだろう。いつから見えなくなったんだろう。ただ、

「でも今は気にしなくていいんじゃない。信じるも信じないもなにも向こうから勝手に来ちゃうし」

「あはは。確かに。気にするだけ損だね」

 コロコロと彼女は笑いながら答えた。なぜポストやメリーさんが僕たちの前に現れたかわからないけれど。せっかくだからこの機会を楽しんでいこうと僕は考えていた。

「じゃあ、私はこれで」

 確か彼女の家は僕の家から少しだけ離れていると言っていた。

「だったら送っていくよ」

「そう?  じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 こうして僕は彼女の家の前まで寄って行った。いつもは見えない位置に月が明るく光っていた。


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