#5 食人鬼(オーガ)
山を登り始めた僕らの一行5人。山道の靄がだんだんと濃くなってきた。
このため、昼間だというのに薄暗い。まさにモンスターの巣窟、そういう雰囲気の場所となりつつある。
理由は分からないけど、この山を中心にモンスターが湧き出ているようで、強いモンスターもこの山に集中している。
「あの……つまりこの山には、魔王が住んでるんでしょうか?」
「えっ!?魔王?なにそれ?」
「モンスターを生み出し、人間を滅ぼそうとする、悪の頂点に立つ者のことですよ。」
「はあ?そんなの聞いたことがないわ。」
エミリさんからあっさりと否定されてしまった。この世界の設定は、いくらかは日本での異世界の設定通りなんだけど、ところどころ違ってるんだよなぁ。
違うと言えば、僕がここにきた時のことだって、あまりにも唐突すぎる。アニメや小説では普通、異世界に転移するには、トラックに轢かれて死んだとか、御神体など触れちゃいけないものに触れたりするなど、何か強烈なきっかけがあって起こるものだとされている。僕はただ、ビルの谷間を歩いていただけ。あまりにも唐突すぎる。
それに、こういう世界に転移した人間には、強烈な魔法とか機敏で強力な運動能力など、なんらかのチートな能力がつくとされているが、そういうものは僕にはない。強いて言うなら、このカメラを持っていることくらいだ。
この現象に何か意味があるとすれば、この世界を救うためと考えるが、よくある「魔王を倒す」という目的は、どうやら今のところは存在しない。
ただ、モンスターが現れるようになったのはここ20年ほどのことらしくて、それまではこの山もごく普通の場所で、昼間からこんなに暗い場所ではなかったようだ。
しかし、どうしてこうなってしまったのか、その理由は未だ分からないという。その理由を探るために陛下が10数年前に兵を率いてこの山を探索したそうだが、多くの犠牲を出しただけで終わったそうだ。もしかしたら、僕の言う魔王のような存在がいて、それがモンスターを生み出し続けているのかもしれないが、誰もその姿を見た者はいないという。
結局、この山に手出ししない限り、犠牲は少ない。近辺の沿道に現われるモンスターも報奨金をつけて一部の人に駆除させれば、どうにか交易もできる程度に維持できる。そういう経緯を経て、今のような仕組みが出来上がったという。
だから、僕らは久しぶりにこのラ・ジューヌ山に足を踏み入れた人間ということになる。
「ここはいつも暗いんですか?」
「さあな、最近ではここを訪れるやつなんていないから、いつもこうなのかどうかは分からない。が、今日は晴天にも関わらずこの様子じゃあ、いつもこうなのかもしれないな。」
と、レントさんは言う。
靄がかかって薄暗いこの山道を、5人で進む。モンスターの巣窟だというから、てっきりすぐにモンスターと遭遇するものかと思いきや、そうでもない。静かすぎて、かえって気味が悪い。
だが、しばらく歩くと小物のモンスターが出てきた。おなじみのコボルトだ。
しかし、このパーティ相手では、コボルトなど出る幕もない。
レントさんは、現れたコボルトをいきなり斬りつける。あっという間に倒れるコボルト。カメラに収める間も無く、彼の戦闘は終わる。
剣を鞘に納め、何事もなかったかのように歩き出すレントさん。見た目はいささか頼りない気がしたけれど、さすがは侯爵様が護衛に推したただけの人だ。
この後もスライムやゴブリン、オークも現れたが、レントさんにかかれば一撃で倒される。あのオークでさえ、レントさんの敵ではない。レントさんは王国きっての騎士でもあるそうだが、確かにこの人は強い。
たまに複数のモンスターが現れることがある。この時はニーナさんも参戦するが、この人も強い。レントさんはパワー押しという印象の攻撃だが、ニーナさんは素早い動きで相手の急所をつく攻撃を得意とする。
この2人のおかげで、なんの苦労もなくあらゆるモンスターを排除しながら突き進めるかに思われた。
だが、そんなレントさんやニーナさんでさえ、敵わない相手が登場する。
山の中腹あたりにさしかかる。そこで、ちょうど踊り場のように平坦な場所が現れた。
そこには低い木が茂っていた。が、薄暗いため、随分前に枯れてしまったようだ。葉もなく、枝だけが虚しく残っている木々が寄り集まった場所だ。
そんな枯れ木の茂みを横目に通り過ぎ、再び細い路地に入った時のことだ。
ズシーン……
道の向こう側から、地響きのような音が聞こえる。
ズシーン……
まただ。しかも、さっきより近づいている。
ズシーン!
さらに音が大きくなり、その音の主が姿を現す。
その音の主は、大きい。とにかく大きい。
僕の身長は170センチあるが、ゆうにその倍はある。3メートル超の大きな人型の化け物。オークよりも大きなモンスターだ。
全身緑色の皮膚を持ち、少し長い耳、ずんぐりとした身体、手には太い棍棒のようなものを持っている。
これを見たレントさん、剣を構えて襲いかかる。
が、この化け物は、あの太い棍棒をふりかざしてレントさんを寄せ付けようとしない。地面に叩きつけられた棍棒から、ズシーンという地響きのような音が響く。
「お、オーガだ……この巨体、あの棍棒、間違いない。里では、滅多に現れない、最強の化け物だ……」
レントさんがつぶやく。どうやらあの怪物は、オーガというらしい。
稀にこの山のそばを通る道に現れては、通行する人を食べるという食人鬼として恐れられている存在で、出会ったら最後、逃げる他無いという相手だ。
さすがのレントさんも、この化け物相手に戦う術が無いという。そこで、エマさんの登場だ。
エマさんが火を放つ。大抵のモンスターは、火を見て逃げ出す。これで追い払おうと考えた。
が、このオーガ、やや人間に近い知性があるようで、火を見て避けることはあっても、逃げることはしない。エマさんの炎が消えれば、再び僕らを追いかけてくる。
「だ、ダメだわ……こいつ、火が効かないなんて……」
僕らはオーガから逃れるため、山を下る。どこかに身を隠して、オーガをやり過ごそうと考えたのだ。
さっきの踊り場に出る。枯れ木の茂みが目に入った。あれに身を潜めればもしかしたら……と考えたが、ちょっとあれは背が低い。葉もなく、身を隠すには心許ない。
いや、待てよ?もしかしたら……
「レントさん、ニーナさん!それにエマさん!3人に、お願いがあります!」
「えっ!?なに!?」
「3人の力を使って、なんとかあれを倒したいんです!」
「ええっ!?倒すだって!?ど、どうやって……」
そこで僕はこの3人に、あるお願いをする。
やがて、オーガが迫ってきた。物陰から、僕はこの食人鬼を撮影する。
カシャ。
そのオーガの前に、レントさんとニーナさんが剣を抜いて立ちはだかる。
それを見たオーガは、2人を追い詰めるべく近づいてくる。ジリジリと後退する2人の騎士と、それをじわじわと追いつめるオーガ。
2人は茂みの中に入る。オーガもつられて、その枯れ木の茂みの中に入っていく。2人はその中心で立ち止まると、オーガはこの2人目げけて、持っている棍棒を振りかざそうとする。
「今だ!」
僕の合図を聞いて、エマさんが飛び出す。枯れ木の茂みに向かって、エマさんは炎を放つ。
もう何年も前に枯れた枯れ木だ。あっという間に火が回る。2人の騎士と人食い鬼は、火の中に閉じ込められる。
が、そこでニーナさんが水の魔法を放つ。茂みの一部が一瞬、火が途切れた。予めレントさんもニーナさんも、ニーナさんの放つ魔法の水を被っており、濡れた体で僅かにできた火の合間をかいくぐって茂みの外に飛び出した。
不意を突かれたオーガ。火に囲まれて出ることができない。この紅蓮の炎の檻に閉じ込められたオーガは、その炎の中でもがき続ける。
僕は、その炎に囲まれたオーガを写す。
カシャ。
しばらくして、オーガは力尽き、炎の中で倒れた。やはり、いくら3メートルの巨体でも、あの炎には耐えられなかったようだ。
やがて、茂みは焼き尽くされて、オーガの姿が現れる。このオーガ、ところどころ焼けてはいるが、ほぼ無傷だ。熱ではなく、一酸化炭素中毒にやられたのだろう。
「うわぁ……私、オーガを見るのも、倒されるところに遭遇するのも初めて!」
しげしげと倒れたオーガを見つめるエミリさん。エミリさんの倍以上の背丈のこの化け物は、もうピクリとも動かない。
あの茂みに追い込んで、周りを火に囲まれれば倒せるかもしれない。僕の思いつきは、思いの外大きな成果になった。僕はカメラで、倒れたオーガを撮影する。
カシャ。
最強クラスのモンスターだからということで、このオーガ倒してしまったが、このオーガにも家族や仲間がいるのだろう。となれば、このオーガにも悲しむ家族や仲間がいるのかもしれない。人に近い知性はあるとされているようだから、そういう意識はあってもおかしくはない。たまたまここで出会ってしまったがために、倒してしまったが、そう考えると僕はこの勝利をあまり喜べない。
再び山を登り始めた僕ら5人。目的地のフェデラー湖までは、まだ遠い。