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#4 撮影依頼

アンデッドとは、要するに幽霊やゾンビのような、一度死んだ生き物が再び生き返ったものの総称である。


今、現れたアンデッドは、日本ではゾンビと呼んでいるものだ。


ただしこのゾンビ、元が人ではない。頭が犬で、2足歩行。これはコボルトのゾンビだ。


なぜ、コボルトのゾンビがこんなところに現れたのか?いや、今はそんなこと、どうでもいい。街中をうろつかれると厄介なやつだ。放置することはできない。


「エミリさん!」

「ええ、わかってるわよ!たいしたことはないわ、生きている時より強いアンデッドなんていないから、こいつの強さはコボルト以下よ!」


とはいえ、さすがに真っ暗闇の中現れたこいつは気味が悪い。こいつはいわゆる幽霊なわけだし、出会って心地の良いものではない。


しかし、ここで僕の悪い癖が出た。おもむろにカメラを構えて、シャッターボタンを押す。


LEDフラッシュがピコンと飛び出す。自動フラッシュモードにしたままなので、この暗闇ではこのフラッシュが飛び出してくる。


カシャ。


シャッター音とともに、強烈なフラッシュの光がアンデッドを照らす。


「ぎゃあぁぁぁ!」


……なんだ?アンデッドのやつ、急に苦しみだした。目を覆いながら、首を振って叫んでいる。


もしかしてこのアンデッド、光に弱いのではないか?そう思った僕は、エミリさんに言った。


「エミリさん!もう一枚、写真を撮ります!フラッシュでやつが苦しんでいるうちに、とどめを!」

「わ、わかったわ!」


いくら元のコボルトより弱い相手とはいえ、念には念を入れた方がいい。なにせここは暗い場所、足元もよく見えないので、昼間のようにはいかない。こちらの攻撃力も下がっていると思った方がいい。


僕は再び、シャッターを押す。


カシャ。


強烈なLEDフラッシュが、このコボルトのゾンビを照らす。再び光で目を眩ませられたコボルトのアンデッド、それを見てすかさずエミリさんが飛び出した。


「でやぁ!」


このアンデッドは、エミリさんの新しい武器で一刀両断、あっという間に斬り倒される。あたりは再び、静まり返る。


倒した証拠に、この倒れたアンデッドの写真も撮っておいた。


カシャ。


「エミリさん、このアンデッドも、ギルドの報奨金対象なんですか?」

「いや、ここは街中だし、あのギルドではお金にならないわ。」


ああ、そうなんだ。でもこのまま放置していたら、もしかしたらどこかの家を襲っていたかもしれない。せっかく倒したというのに報奨なしとは、なんともやりがいがない。


「でも、あそこに行けば何かだしてくれるかもしれない。」

「あそこ?」

「警備所よ。元はと言えば、警備の兵士たちが倒さなきゃ行けない相手。それを管轄外の駆除人が倒したんだから、それなりの成果を認めてもらわないとね。」


ああ、そうか。そういう方法もあるんだ。そうだよね、確かに僕らはこの街の治安に貢献したんだから、それなりの報酬があって然るべきだろう。


その日はそのままエミリさんの家に戻る。で、翌朝、エミリさんとともに、街の出入り口の門のそばにある警備所へと向かった。


鎧を着た、いかにも兵士という人が何人もいるその場所に、比較的軽装備な駆除人が2人、入っていく。とても場違いな雰囲気だ。


「おい!駆除人ども!ここはお前らのくるところではないぞ!」


兵士というものは、どこでも偉そうな態度をするものなのだろうか?高圧的に話しかけてくる警備兵。


「夕べね、街の中にアンデッドが出たの。で、それを倒したから、お礼をもらいたくて来たのよ。」

「なに?アンデッド!?そんなはずはない!この門からは1匹たりとも通っていないはずだ!」

「そんなこと言ったって、いたのよ、コボルトのアンデッドが。」

「なにを言うか、小娘!なら、そのコボルトのアンデッドがいたと言う証拠を見せてみろ!」


と言うので、お約束通り、僕のカメラでそのアンデッドの写真を見せる。


「な、なんだこの小さくて本物のような絵は……」

「カメラっていうんです。その場にあったものを写して、こうして見ることができるものなんですよ。」


それを見た警備兵が、僕らがそのアンデッドを倒した場所へと向かう。しばらく2人はその警備所で待っていたが、やがてその警備兵が帰ってきた。


「うむ……確かにあったぞ、アンデッドの遺体が。」

「そりゃそうよ。夕べ私が倒したんだから。」

「だが、この門をアンデッドがくぐり抜けたという報告はない。何かおかしいと思って周辺を調べたら、この街にコボルトの死骸を持ち込んでいたやつがいたのだ。」

「えっ!?コボルトの死骸!?なんでそんなものを……」

「なんでも、薬の原料になるとかで集めていたそうだ。そのうちの一体がアンデッド化して、街に出没したらしい。全く、なんてことしてくれたんだ……」


ああ、それでコボルトのゾンビがここを徘徊していたのか。この警備兵によると、そのコボルトの死骸はすべて取り上げ、焼却処分することにしたそうだ。


「全くもってすまない、我々としたことが、とんだ不祥事だ。」

「いえいえ、いいのよ。おかげで街も守られたんだし、私たちはもらうものをもらえばそれでいいんだし。」


で、結局、警備所からはコボルトの報奨金と同じ銀貨70枚をもらうこととなった。


用事を済ませ、警備所を出ようとする僕らを、別の人物が呼び止めてきた。


「おい、ちょっと!待ってくれ!」


振り向くと、警備兵ではなく、やや豪華な装飾が施された服を着た人物だった。


「あの、なんでしょうか?」


僕が応える。その人物は僕らの元に駆け寄ると、こう名乗った。


「私は、ヴィルトワ王国の貴族、フランソワーヌ侯爵である。お主の話を聞きつけて、ここまで来たのだ。」

「えっ!?き、貴族の方ですか!?」


いきなり貴族を名乗る人物が現れた。貴族って言ったらよくわからないけど、とても偉い人だ。でも侯爵って、どれくらい偉い人なのか?いまいち分からない。


「お主、一瞬で風景や人物を本物そっくりに描き上げるという稀有の魔術の使い手と聞いた。今も警備兵にその技を見せたというではないか?」

「あ、はい、そうです。」

「疑うわけではないのだが、それを私にも見せてはもらえぬか?」

「はい、いいですよ。」


僕はカメラを取り出して、この侯爵様を撮った。


カシャ。


それを侯爵様に見せる。


「うむ……噂はまことであったか。本当に一瞬で、本物と見間違えるほどの絵を描くことができるのだな……」

「はい、まあ、そういうものですね。」

「実は、折り入って話がある。聞いてはもらえぬか?」

「えっ!?話ですか?」

「ここではなんだから、奥の部屋に参ろうか。」

「はあ……分かりました。」


僕とエミリさんは、警備所の奥にある、小綺麗な部屋に通された。


なんだか、部屋の中の装飾が他とは違う。僕が見てもここは貴族向けの部屋とわかる場所だ。ここは街の重要拠点でもあるようだから、貴族用の部屋も用意されているのだろう。


紅茶とクッキーのような菓子が出された。一口食べたエミリさんは、その味に感動する。


「うわっ!これ、すごく美味しい!」


僕も一口食べてみる。ああ、これは日本でもよく食べるクッキーの味だ。この甘さは、砂糖か何かを使っている。日本ではありふれた味だが、ここ4日過ごした限りでは、この世界としてはかなり贅沢なお菓子なのだろうと分かる。


「さて、ええと……」

「あ、僕、ヒロトと言います。」

「ヒロト、か。ではヒロト殿。折り入ってお願いがあるのだ。」

「はい、なんでしょうか?」

「その魔法を使って、フェデリー湖の絵を持ち帰っていただきたいのだ。」

「フェデリー湖?」

「うむ。この街より東に進み、山のてっぺん付近にある湖だ。その湖を、絵にして持ち帰っていただき、国王陛下に見せてもらいたいのだ。」

「はあ、よろしいですよ……って、えっ!?こ、国王陛下って!?」

「左様、国王陛下は今、病床に伏しておる。明日をも知れぬ命だが、一目あのフェデリー湖を見て天国へ参りたいと申しておられる。だが、病床ゆえ陛下を連れ出すことままならず。なれどその魔術を使えば、陛下にフェデリー湖の姿を見せることができる。ぜひ、フェデリー湖へ行って、その姿を陛下の元に持ってきてはもらえぬか?」


国王陛下、つまり、この街のその上に君臨する最高権力者。その人の願いを、僕に叶えて欲しいとこの貴族の方から頼まれた。


これは、断るわけにはいかないだろう。権力者だからというより、死に瀕している人の願いと聞けば、叶えないわけにはいかない。僕は決断する。


「分かりました。行きます、そのフェデリー湖に。」


それを聞いたエミリさん、急に僕に叫ぶ。


「ええっ!?本当に、行くの!?あの山に!?」

「うん。だって、一生のお願いだって言われたら、行くしかないじゃないですか。」

「で、でも、山には凶悪なモンスターがいるんだよ!?オークなんて、比べ物にならないほど強い相手が待ってるかも知れないんだよ!?」

「う……」


それを聞いて僕はすこしたじろいだ。オークよりも強いモンスター、そんなものが現れたら、僕らじゃ太刀打ちできない。


「この依頼を見事果たしてくれたら、褒賞として1人当たり金貨1000枚をやろう。」

「え、ええっ!?」

「金貨、1000枚!?」


この世界に来て、聞いたことのない単位の金額だ。金貨1000枚。ええと、金貨1枚で銀貨200枚だって言ってたから、銀貨にすると20万枚。ギルドでの食事は一食で銀貨5枚だから、あのレベルの食事で暮らせば、なんと4万食分。30年以上は食べるのに困らないお金だ。


エミリさんも、この条件にぐらっときたようだ。オーク500体分くらいのお金が、この一回の依頼で手に入るかも知れない。さすがは貴族だ、桁違いの金額を提示して来た。


「それに、お主らだけにいかせるつもりはない。護衛人として、心強い騎士をつけることにしよう。」


そう言って、この侯爵様は、2人の騎士を呼び出した。


この街にいる警備の騎士の中でも、1、2を争うほどの強さを誇る騎士だという。一体、どんな人だろうか?


で、現れた2人の騎士だが、思っていたのとはかなり違う人たちだった。


1人はいかにも剣士という男性。


「俺の名は、レントワール。皆はレントと呼んでいる。よろしく!」


てっきり筋肉隆々な男性が現れるとばかり思っていたから、このやや小柄で少々イケメンなレントさんを見て、僕はちょっとだけ不安になる。本当にこの人、トップクラスの騎士なのだろうか?


「あ、はい、よろしくお願いします。」


そしてもう1人は、意外にも女性だった。


「僕の名はニーナ。剣士だけど、水の魔法も使えるんだ。よろしく!」


鎧を身につけ、ちょっとボーイッシュな姿と話し口調のこの人、外観は一見すると男性のようだが、顔つきは女性だ。この顔とその他の部分のギャップが、僕の頭を混乱させる。


この2人と僕とエミリさんの4人で山を越えて、フェデリー湖へと向かう。だいたい片道に1日、往復2日はかかるらしい。


「では、急ぎ出発してくれ!陛下の命もそれほど長くはない、お願いだ!」

「はっ!では侯爵様、行ってまいります!」


途中までは馬車に乗って移動することになった。意気揚々と出発するフェデリー湖撮影団だが、この一団を追いかけてくる人がいる。


「ま、待ってぇ~!」


それはよく見ると、エマさんだった。


「なによ、エマ!今私たち、忙しいのよ!」

「な、何言ってんのよ!私だけ置いてかないでよぉ~!」

「あんたなんていたって、邪魔なだけでしょう!」


エミリさんとエマさんが喧嘩を始めてしまった。僕は仲裁に入る。


「いや、エミリさん、今回はエマさんも必要だと思いますよ。」

「なんでよ!」

「だって、今回は駆除が目的じゃないでしょう?」

「そうよ。」

「だったら、モンスターが逃げ出してくれる炎を出せるエマさんは、絶対に必要でしょう。」

「う……そ、そうね。確かに。」


ということで、このパーティーにエマさんも加わえることになった。


「へえ、火属性の魔術師さんなんだ。」

「えへ、よろしくね!」

「僕は水属性だから、いい仲間になれそうだね。」

「へえ~!水属性なんだ!初めてね、水属性の人と組むのは。」


エマさんもすっかり溶け込んでしまった。こうしてこの5人で、あの山の向こうへと向かう。


スライムのいる林を抜け、オークの森に入る。森に入った途端、行く手にはコボルトが現れた。


エミリさんは倒したそうな雰囲気だったが、エマさんの炎で追い払う。今回は駆除が目的ではない。あくまでもフェデリー湖という湖に行き、その光景を撮影すること。それ以外のものは極力やり過ごす。それが基本方針だ。だから、モンスターは相手にしないで追い払う。


馬車はオークの森の奥深くまでやって来た。そこから先は、山道になる。


この山はラ・ジューヌ山というそうだ。昼間でも薄暗く、凶悪なモンスターが多いという山だという。


今この山を登ろうとする者はいない。山を迂回し、その向こうの街と交易は行われているが、わざわざこの山に入るものはいない。


だがフェデリー湖は、その山の頂上近くにある湖だという。だから、フェデリー湖に向かうには、この山を登らねばならない。


なぜ国王陛下は、そんな山の中にある湖のことを知っているのか?


実は一度、この山のモンスターを退治するため、王国がこの山に数千の兵を送り込んだことがあるそうだ。


当時の若き陛下はその兵を率いて山に入る。そこでフェデリー湖に至り、その姿を見て絶句したと言われる。


だが、そこがどんな湖なのか、知る者はあまりいない。絵師でこの光景を見た者はいないため、描いてもらうこともできない。


そこで、僕のカメラの出番というわけだ。その湖を撮影し、持ち帰り、陛下にお見せする。その間、わずか2日。できるだけ急いで山頂に至り湖を撮影し、できるだけ早く帰ってこなければならない。


「では、行くぞ!」


この5人の事実上のリーダーであるレントさんの一言で、僕らはついにその凶悪な山に足を踏み入れた。

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