#3 火炎魔術師
昨日、オークの森に行ったのは、僕のカメラという「魔術」を得て気が大きくなったエミリさんが行こうと言い出したのがきっかけだった。
だが冷静に考えてみると、エミリさんに役たたずのカメラ小僧が1人増えただけ。それでどうして強くなった気になってしまったのだろうか?
まだレベルが上がっていないのに、初心者の街から少し離れた場所へドキドキしながら足を踏み入れて、一撃で葬られてしまうというRPGをやってしまった気分だ。しかし、ゲームには復活の呪文があるが、この世界にそんなものは、ない。
さて、エミリさんと僕は武具屋に向かう。昨日入った大金を使って、少しいい武器を買おうというのだ。うん、こういうところはゲームっぽい。
武具屋に入ると、その名の通りたくさんの武器が売られている。剣に槍、盾や鎧もある。
エミリさんは武器、特に剣に興味津々な様子だ。
「どれにしようかしら!?うわぁ、これも買えちゃうんだ!迷うなぁ。」
まるで僕の学校の女子高生が、スイーツ店で何を食べようか悩んでいる姿とそっくりだ。だが、手に持っているものはスイーツなどという甘いものではない。殺傷能力抜群な、本格的な武器だ。
しかしこの武器、対人用ではなくモンスター用のため、ちょっと違う作りのものが多い。両刃の剣でも、片方は普通の刃だが、もう一方はノコギリのようになっていたり、先端に鍵のような刃がついていたりと、対モンスター向けにチューニングされた武具ばかりのようだ。
僕もナイフを手に取ってみる。どちらかというと僕は防御中心だから、武器よりも盾にお金を使うことにした。
その店で、エミリさんは長く細い剣、僕は短めの剣と木の盾を買った。で、エミリさんはそれまで使っていた薙刀の先の刃を取り出し、短い柄に付け替えてナイフにして、革のさやに納めて腰につけた。
「エミリさん、盾や鎧のような防具は買わないの?」
「いいわ、そんな防具が必要なほど強力なモンスターなんて相手にしないつもりだし、それにそんな余計なものをつけたら、重くて動けないじゃない。」
「そ、そうなんですか。」
考えてみれば、エミリさんは僕と同じ年齢。同級生の女の子が、鎧なんか着たがるわけがないもんな。いや、それ以前にモンスターと戦ったり、オークを解体したりすることもないだろうけど。
「エミリさん。」
「な~あに。」
新しい武器を手に入れて、すこぶる機嫌がいいエミリさんに、ちょっと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえばこの世界って、魔法というものがあるんですか?」
「あるわよ~!火、水、風属性の魔法を持つ人なら、ちらほらといるのよ~!」
「へえ、それって、何か特別な訓練がいるんですか?」
「そうねぇ。誰でもできるってわけじゃないけど、そういう属性を持った人なら、訓練次第で発動できるようになるらしいわよ。」
「わあ、そうなんだ。じゃあ、昨日みたいなことを考えたら、火の魔法が使える人がいるといいですよねぇ。」
僕がそう言った途端、急にエミリさんの顔が険しくなる。
「要らないわよ、火属性なんて……」
あれ、何か気に触ることを言ったのだろうか?
「そ、そうですよねぇ。魔法なんてなくったって、どうにかなりましたし。」
エミリさん、何かあったのだろうか?さっきまでの機嫌の良さが、いっぺんに消えてしまったのが、その証左だ。
そんなエミリさんと僕の間の会話に、割り込んできた人がいる。
「何言ってんのよ!本当は私の力、必要としてるくせに!」
……誰だ?そこに現れたのは、右手に大きな木の杖を持ち、尖った帽子に暗い色のワンピース姿の女性。いかにも魔法使いという姿をした人物が、突然後ろから現れた。
「ふん!誰があんたの力なんか、必要とするもんですか!」
「そう?結構役に立ってるわよ、私の力。この5日間も付き添いをしててね、さっき帰ってきたばかりなんだから。」
「あんたの仕事にはそうかもしれないけど、駆除人としては要らないわ!」
知り合い同士のようだが、仲が良いとはいえないようだ。僕はその人物に聞いてみた。
「あの、どちら様ですか?エミリさんの知り合いのようですが。」
「知り合いじゃないわよ!こんなやつ!」
「あら、酷いわね。子供の頃からの付き合いだっていうのにね。」
そういうと、このワンピースの女性は名乗った。
「私の名はエマニュエル。エマって呼ばれてるわ。」
「エマさんですか。僕はヒロトって言います。」
「ヒロト……変わった名前ね。どこからきたの?」
「ええと、日本というところからきたんですが。」
「ニホン?聞かない名前の街ね。山向こうにもないわよ、そんなところ。」
いや、山どころか、空間すら超えているだろうから、どう探しても見つかるわけがない。
「それよりもエマさん。もしかして魔法使いなんですか?」
「あら、よくわかったわね。ご明察、私は魔法使いよ。」
その格好なら、さすがに誰でも魔法使いだと思うのではないか?そういう常識だけは、日本もここも共通なんだよな。
「で、どんな魔法を使うんです?」
「私は火属性よ。ほら、こうやってね、炎が出せるの。」
そういうと、杖を真上に掲げた。目を閉じて、なにやら力を込めている。
すると、杖の先から長さ1メートルほどの炎が吹き出す。その熱気は、僕の頬にも届いた。
「す、すごい!本物の魔法だ!」
「でしょう?でもね、この力に嫉妬しちゃった人がいてね。」
そういいながら、ちらっとエミリさんの方を見ている。ははーん、さっき火属性の話を聞いて機嫌が悪くなったのは、そういうことか。
「べ、別に火属性なんてすごいともなんとも思わないわよ!」
「へえ、そうなの。でもこの力、とても便利よ。」
そりゃあ便利だろう。昨日なんてわざわざカメラのレンズを使って火を起こしたが、この力があれば、簡単にオークを追い払うことができた。
「ところでエミリ、あんたすごくいい武器持ってるじゃない。どうしたの?なにかすごいモンスターでも倒したの?」
「そうよ!あんたなんかよりも、もっとすごい魔法使いを見つけたの!」
「へえ……そうなんだ。で、その魔法使いって、誰なのよ。」
なんだかちょっと険しい顔つきになったエマさん。自分よりすごい魔法使いがいる、そう聞いて、心穏やかではないようだ。
「あんたが今喋っている、ヒロトよ。」
「へえ、この人が。で、どういう魔法を使うの?」
「そうね、じゃあヒロト、あんたの魔法を見せてやりなさいよ。」
2人の目が、こちらを向く。要するに、何か撮れということだ。
「はい、じゃあエマさん。さっきみたいにまた炎を出してもらえます?」
「えっ!?いいわよ。」
再び、杖を上に向けるエマさん。力を込めると、また杖の先から炎が飛び出した。
カシャ。
「はい、できました。」
「えっ!?あなた今、何か魔法使ったの!?」
「はい、そうです。ほら、これですよ。」
カメラの液晶画面をエマさんに見せる。杖を掲げて、炎を吹き出すエマさんの姿が、そこには映っていた。
「えっ!?なによこれ、私だわ!あんな一瞬で、こんな本物みたいな上手な絵を!?すごいじゃない!」
「でしょう?こんな魔法が使えるのは、ヒロトだけなんだから。」
「うん、これは本当にすごいわ!よく見つけたわね、こんな魔法使い!」
エマさんに絶賛されてしまった。いや、本当のことを言うと、別に魔法じゃないんだけどな、これ。
「ねえ、これってどういう属性の魔法なの?」
エミリさんはエマさんから急にこんな質問をされて、たどたどしく応える。
「ええと、そうねぇ……そう、光よ、光!光を閉じ込めるのだから、光属性に違いないわ!」
「そんな属性、あるんだ。私も長いこと魔法使いやってるけど、そんなの知らなかったわ。」
いや、こういうのは日本では「無属性」というはずだ。確かに光属性という言葉はあるけれど、ちょっと違う気がするな。
思わずエマさんですら唸る魔法……ではなく、写真を見せつけたことで、ちょっと優越感に浸れて機嫌が良くなったエミリさん。勢いに乗って、エマさんを誘う。
「ねえ、私たちこれから駆除の仕事に出るの。あんたもついてくる?」
「そうなの、そうねぇ……いいわよ、あなたが声をかけてくるなんて珍しいし、たまには付き合うわ。」
ということで、今日はエマさんも僕らに同行することになった。
「ところでエマさん、あなたも駆除人なんですか?」
「いいえ、駆除人ではないわ。私は護衛専門なの。」
「へえ、護衛ですか。誰を守っているんです?」
「交易商人よ。山を越える商人の護衛をしてるの。」
「あの強烈なモンスターがたくさんいるっていう、あの山へ行ってるんですか?」
「そうよ。駆除人としてはだめだけど、護衛するにはうってつけだからね、私の魔法は。」
「えっ!?そうなんですか?駆除人としても十分いけると思いますけど、あの炎。」
「いや、あの炎がね、ダメなの。」
「どうしてです?」
「大抵のモンスターはね、火を見るとすぐに逃げちゃうの。一瞬炎に当てただけで死ぬモンスターなんていないから、倒せないのよ。倒す前に逃げられちゃう。だから、駆除人としてはだめなの。」
ああ、そうか。炎ではモンスターが倒せないんだ。火を見ると、多くのモンスターはあのオークのように逃げ出してしまう。ライオンの火の輪くぐりのようなもので、ちょっと火にあぶられただけでは死なない。だから、この魔法は攻撃には向かないということのようだ。
「スライムみたいにのろいモンスターならいいんだけどね、大抵は逃げ足が速いから、火を見た途端に逃げられちゃうのよ!だから役に立たないのよ、エマの魔法って!」
「う……で、でも実際そうなのよ。だから、逆に護衛には向いているのよ。荷馬車がモンスターに遭遇しても、火を放てば逃げてくれるからね。」
「でもさ、火を見て驚かないモンスターが現れたら、どうするのよ!?」
「あれ?私のこと、心配してくれてるの?」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
こうして見るとこの2人、案外仲がいいかもしれない。意地を張り合っているだけで、お互いのことは気にかけてるようだ。
でも、そうか。せっかく火を扱える魔法を持っているというのに、武器として使うには難があるだなんて、もったいないな。
火属性の魔術師でも、攻撃ができる魔術師もいるそうだ。かなり大きな炎が出せて、逃げる隙を与えないほどの炎が出せる魔術師なら、駆除人としてやっていけるらしい。
だが、エマさんの炎はそれほど大きくはない。せいぜい1メートルほどの炎では、相手に致命傷を与える前に逃げられてしまうのがオチだ。
何かいい方法はないものか……そういえば、昨日のオークは炎に驚いて逃げたことで、エミリさんがとどめを刺す機会を得た。
エマさんとエミリさんを組み合わせれば、もしかしたらオークを倒せたりしないものだろうか……
「エミリさん、エマさん!」
「なに!?」
「なによ!」
「オークの森に、行ってみませんか?」
「ええっ!?オークの森に!?」
「私は構わないけど……」
急にオークの森へ行こうと言い出した僕に、少し面食らっているエミリさんとエマさん。
「いい考えがあるんです。お2人の力を使ってですね……」
僕は、作戦を2人に話す。
「……僕もバックアップしますから、大丈夫です。行けますよ。」
「ばっくあっぷ?援護してくれるってこと?まあ、いいけど。」
「そうよね、今度はオークに正面からちゃんと勝ちたいわね!」
こうして僕ら3人は、オークの森へと向かった。
木々の様子が変わり、オークの森に入ったことを悟る。昨日と異なり、炎を使える魔術師がいる。エミリさんの武器も一新し、僕も武器を持った。昨日よりは、確実に強くなっている。
なればこそ、昨日とは違う戦い方ができる。
でもそれは、この2人がうまく動いてくれればの話。話はしたものの、正直うまくできるかどうかはわからない。
オークの森に入ったものの、オークはなかなか出てこない。
他のモンスターよりは知的レベルが高いためか、人間の行き交うこの道を彼らは警戒してなかなか近づこうとしない。スライムやらコボルトばかり出くわす。
「でやっ!」
ところがエミリさんは新しい武器によって強くなった。コボルト程度が相手なら、一刀のもと倒せるほどの斬れ味の良い武器。コボルト相手ならほぼ無敵だ。
あっという間に、3匹ほどのコボルトをやっつけた。が、まだ肝心のオークが現れない。
昼を過ぎてもまだ現れないので、僕らは昼食を食べることにした。
で、なにやらクッキーのようなものを渡された。食べてみると、クッキーというより、パンに近い味。焼き固めたパンのようなこの食べ物。正直言って、あまり美味しくはない。
これとドライフルーツを食べて、さっさと食事を済ませる。ここはモンスター生息地のど真ん中。あまり悠長に食事をとっている場所ではない。武器を手に取り、再び歩き出す3人。
そんな3人の前に、ついにオークが現れた。緑色の皮膚、2メートルほどの身長、そして豚のような顔。
僕はこのオークを、カメラで撮る。
カシャ。
シャッター音でこちらの存在に気づくオーク。好戦的なオークだったようで、こちらの姿を見つけるや、即座に襲いかかってくる。
さて、作戦開始だ。
あらかじめ2人には、対処法を教えてある。僕も、配置につく。
オークがこちらに向かってきたら、まずエマさんが炎の魔法を使うことになっている。
取り決め通り、炎の魔法を発動するエマさん。
「ふん!」
杖の先から吹き出される炎、オークはこの炎を見て足が止まる。
「でやぁ!」
エミリさんは、動きを止めた相手の急所をすかさず突きにかかる。昨日よりも切れ味のいい武器を手に、相手の喉元を突いた。
僕も勇気を出して、短い剣をオークの胸をめがけて刺した。ずぶっとした感触が伝わる。僕はいままで、爬虫類以上の生き物を殺したことがない。刃物が生き物の肉に刺さる時のこの感触は、正直言って気持ちが悪い。
「ぐあぁぁぁ!!」
凄まじい声を出して倒れるオーク。バタンという音とともに、道の上で倒れこんでしまった。
「やったーっ!またオークを倒したわ!」
「えっ!?以前にも倒したことあるの?オークを?」
「そうよ、昨日倒したのよ。すごいでしょう。」
にこやかに会話する2人。だが、エミリさんは返り血を浴びて凄惨な姿だ。僕も同様に返り血を浴びたが、木の盾で返り血の大半を防いでいた。足元にすこし浴びた程度で済む。
初めて、僕はモンスターを倒した。だが、モンスターとはいえ生き物だ。剣から伝わるあの感触、そして倒れたオークを前にした後味の悪さ。ここがゲームの世界とは違う、現実であることを改めて思い知らされる。
僕は気を取り直し、カメラを手にして、このオークを撮る。
カシャ。
で、その大きな獲物の頭を踏みつけて、満面の笑みを浮かべる2人も撮った。
カシャ。カシャ。
さて、ここからまた解体ショーが始まった。
「あなたねぇ、オークは内臓も食べられるのよ!ほら、特にこの腸の部分!これにひき肉を詰めれば、ソーセージが作れるのよ!」
「えっ!?そうなの!?しまったな、昨日は捨てちゃったわ……」
「それにあなた、腕の筋肉だってね……」
エミリさんとエマさんはどうやら同い歳、ということは僕と同じ17歳だ。日本ならどこかのカフェあたりではやりのファッションだのスイーツだのの話をする女子高生といったところなのだろうが、片や返り血を浴びて凄惨な姿の女剣士で、もう一方は魔術師。その2人の前には、バラバラにされたオークの遺体が転がっている。とても直視できない。
ということで、僕の代わりに再びカメラに見てもらうことにした。
カシャ。
写真だったらまだ見ることができるな。それにしてもこの2人、器用に解体するものだ。この世界では、モンスターの解体技術は当たり前の知識なのだろうか?
で、エミリさんは昨日よりもさらに大きなマントの包みを抱え、街へと向かう。
「ええっ!?ま、またオークを倒したのか!?」
驚くギルド職員。およそスライム専門だった17歳のひ弱な女駆除人が、2日続けてオークを殺った。これはかなり、衝撃的な事実らしい。
今日の獲物は、コボルト2匹、オーク1匹、帰りがけに出会ったスライム4匹。銀貨に換算すると610枚分。昨日の相場よりも少し多い気がするが、これは持ち帰ったオークの肉の量が多いからだそうだ。
で、3人で200枚ずつ山分け。つまり金貨1枚づつ。残りの10枚に少し足して、3人で食事をとる。エミリさんもエマさんも、いつもより豪華な食事にありつけて嬉しそうだ。
「いやあ、初めてね、あんたの魔法が役に立ったのって。」
「なに言ってんの!追い払うのには今までだって役に立ってたのよ!でもまあ、モンスターを倒すのに役立ったのは、初めてかしら。」
そういえば、今日のシチューにはソーセージが入っている。あれって、要するにオークの……さっきこれの解体中のを見ちゃったから、食べるのを少しためらってしまう。
2人が話している間に、僕はカメラの写真を確認していた。
今日も何枚も撮ったなぁ。もちろん今日の帰り際も、あの泉に立ち寄った。
返り血を洗い流すエミリさんとエマさん。もちろん2人共、着ているものは全て脱いでいる。
僕の目の前で何のためらいもなく素っ裸で水浴びをする2人の写真を、何枚か撮ってしまった。
カメラに向かって笑顔で振り返るエミリさんの姿。まだ思春期の真っ只中の僕は、この写真を見て興奮せずにはおられない。鼓動が早くなるのを感じた。
すっかり日がくれた街を歩く。エマさんは家に戻る。僕とエミリさんは、2人きりで家路につく。
ところどころ松明の光がみえるけど、真っ暗闇だ。ここは日本とは違う。街灯なんてものはないし、ほとんどの家も真っ暗だ。
空を見ると、日本では考えられないほど綺麗な星空が見える。日本では明るい星がいくつか見える程度だが、ここは本当に砂つぶのようにたくさんの星を見ることができる。
「星が綺麗ですね。」
「えっ!?星が綺麗!?そうなの?いつも通りだけど……」
「いや、日本ではこんなに綺麗な星は見えないんですよ。あそこにあるような明るい星がぽつぽつと見える程度なんですよ。」
「ええっ!?なんで?誰かに空を汚されているの?」
「そういうのじゃなくて、明るすぎるんですよ、夜の街が。建物や街灯が出す明るい光によって、星が見えにくくなっているんです。」
「ふうん。でも何でそんなことをするの?」
「そりゃあ、明るい方が歩きやすいからですよ。夜でもたくさんの人が歩いてますからね、日本の街は。」
「へぇ~、そうなんだ。」
「でもこうして星空を見ると、街灯なんてない方がいいなぁって思いますね。」
「そう?私は星なんて見えなくていいから、明るい方がいいなって思うよ。」
お互い、自分のところにはない環境を欲しがるものだ。無い物ねだりってやつか。
「あ、ちょっとだけ待っていてもらっていいですか?」
僕は、道端に見つけた岩に駆け寄る。
「なにをするの?」
「ええとですね、この星空をカメラにとっておこうと思って。」
元の世界に戻ったら、こんな星空を見る機会は滅多にないだろう。だからこそ僕は、この空を撮っておきたいと思った。
僕は、岩の少し斜めになった面に、カメラを置いた。
デジカメで夜空を撮影しても、真っ暗でなにも映らない。
だから夜空の撮影では、絞りを開け、シャッター速度を長くする必要がある。
シャッター速度を10秒にして、岩の斜め面に置いた。ちょうど天の川を捉える向きにカメラを向ける。
タイマーをセットして、シャッターを押す。カメラから手を離し、撮影開始。撮影が終わるのを待つ。
……カシャ。
シャッターが閉じる音が聞こえた。撮影終了だ。液晶を見ると、ちゃんと夜空を撮れている。
「……ねえ、撮れたの?星空。」
「ええ、バッチリです。あの天の川を捉えることができました。」
「ふうん、そう。でもこんな空、そんなに珍しいのかしら?」
星空を撮影できて喜ぶ僕を、怪訝そうな顔で見るエミリさん。
「じゃあエミリさん、帰りましょうか。」
「ええ、帰るわよ。」
再び歩き出す2人。
だがそこに、不思議なものが現れる。
ふらふらとふらつきながら彷徨っている。その姿、動きは明らかに人ではない。それは、こちらの方に向かってくる。
「あ、あれは、アンデッド……?」
エミリさんが呟く。それは、アンデッドと呼ばれるモンスターだった。