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#1 女駆除人と写真

それは、突然の出来事だった。


ビルの谷間の、人通りのない裏通りのアスファルトの歩道を歩いていると、なぜかそこは未舗装の道に変わっていた。両脇にそびえていたビルも、森の木々に変わっている。


その急激な変化に、僕の頭はついていけない。まるで、夢の中で場面がすり替わったかのように、違和感なくすっと周りが変わってしまった。そんな感じだ。


だが、これが夢ではないことはすぐに分かる。くっきりとしたリアルな風景、暖かい風の感触、夢では到底感じることができないこの感覚。その時、僕は悟った。


ここは、異世界だと。


いや、もしかしたらタイムスリップかもしれない。この間買った漫画は、戦国時代に飛ばされた主人公の話だった。あれと状況がよく似ている。この風景だけでは、僕がどういうところに飛ばされたのか、知ることができない。


だが、ここが僕のいた世界とは全く異なる場所であることを、すぐに知ることになる。


あてどなく歩き始める僕。人はまったく見当たらない。だが、この道には車輪の跡が見える。人が住んでいるのは、間違いない。


日差しが暑い。僕の世界では、7月の終わりの、正午だった。夏の真っ盛りで、学校も夏休みに入って間もない時。おそらくここも、同じ季節のようだ。


だが、ここはアスファルトの照り返しがない。暑いことは暑いが、僕のいた世界のような強烈な暑さではない。


だけど、それでも暑い。おまけにここは何もない。人も集落もない木々の間の道を、ただひたすら歩いていく。


少し歩いたところで、妙なものを見つける。


青く透き通った、まるでゼリーのような物体。なんだろうか、これは?


僕は、首にかけていたミラーレス一眼レフを構える。そして、この奇妙な物体を捉え、シャッターを押した。


カシャ。


そういえば、僕はこのカメラとソーラーパネル付きモバイルバッテリー、それにわずかばかりのお金の入った財布くらいしか持っていない。こんなことになると分かれば、もっといろいろなものを持ってくればよかった。


僕は、この不思議な物体に触れようとする。その時だった。


突然、この物体は動き出し、何やら怪しげな液体を吐き出した。


その液体は、道端にあった石にかかる。するとこの石は白い煙を出して真っ二つに割れる。なんだこれ、やばいやつじゃないか?


この動く青い物体は、生き物だと分かった。もしかしてこれ、スライムというやつじゃないのか?


目がついていないが、気配というかそういうものを感じて攻撃してくるようだ。幸い外れたから良かったが、あの液体は触っちゃダメなやつだ。石ですら溶けて割れるほどの液体、身体にかかると間違いなく大変なことになる。


しかしこいつは一度見つけたものをしぶとく付け回すようで、こちらに近づいてくる。意外に動きは早く、ブニョブニョとこちらに迫ってくる。僕は後ずさりする。


よく見ると、こいつの他にも2匹いるようだ。最初の一匹の攻撃で、他の仲間も僕の存在に気づいたらしい。これをみて、僕は悟った。僕はタイムスリップをしたのではない。ここはやはり、僕のいた世界とは全く違う世界だ。僕の世界にはこんな生き物、過去も現在も存在しない。


三方をスライムに囲まれて、太い木に追い詰められる。じわじわと追い詰められる僕。何が何だかわからないうちに、僕はここで果ててしまうのか?


「でやぁ!」


その時だ。突然、威勢のいい掛け声と共に、誰かが飛び出してきた。


少し小柄で、薙刀のように棒の先に短い剣を縛り付けた武器を持つこの人物。まずは僕の正面にいるスライムを突き刺す。


まるで青い液体を入れたビニール袋が弾けるように、そのスライムはあっけなく弾け飛んだ。他の2匹も同様に、薙刀の餌食となる。


「やった!スライム3匹、打ち倒したり!」


薙刀を上に掲げ、ガッツポーズをするこの人物は、どう聞いても女の人の声だ。この薙刀の主は、女性だ。頭には妙な帽子をかぶり、マントをまとっているが、その内側は随分と露出度の高い格好をしている、漫画やアニメでよく見かける、女冒険家のような姿をしている。


薙刀を地面に立てかけて、こちらをじーっと見ている。こちらからあちらをみると奇妙な姿だが、あちらからすれば、僕のこの姿が奇妙に見えるだろう。


「あんた……誰!?」


スライムに目がいっていたのか、今頃僕の存在に気づいたようだった。あからさまに不審そうな目でこちらをにらみつけている。


「あ、あの、どうもありがとうございます。」


助けられたのだから、僕はまず礼を言った。だがこの人、僕の謝辞には興味がないらしい。


「お礼なんかいいわよ!それよりも、あんた誰よ!?」


ムキになっている。僕って、そんなに怪しい格好をしているのか?


「あ、あの、僕、ヒロトって言います!」

「ヒロト?変な名前ね。それに、変な格好。どこからきたのよ!」

「ええと、日本というところからきたんですが……」

「ニホン?聞いたことない村ね。山の向こうの集落の一つかしら?」

「え、ええ、まあ、そんなところです。」

「まあいいわ。で、なんだってあんたここにいるの!?」

「いやあ……それが僕にもさっぱり分からなくて……気がついたら、ここにいたんです。」

「はあ?なにぼーっとしてるのよ!よくそれであの山を越えて、ここまでたどり着けたわね!ここはスライムくらいしかいないけど、山にはもっと強いモンスターがうようよしてるのよ!どうやったら、何事もなくぼーっと山を越えられるのよ!全く!」


はあ、そうなんだ、この世界はモンスターでいっぱいなんだ。やっぱりここは、僕のいた世界ではない。彼女の言葉で確信した。


「で?あんた、どこに行くつもりなの?」

「いえ、どこに行けばいいのか、分からないんですけど。」

「はあ?なんなのよ、あんたは。」

「とりあえず、この辺りで人の住んでるところって、どこにあるんですか?」

「あんた、そんなことも分からず歩いてたの!?」

「ごめんない!」

「……まあ、いいわ。ちょうど私も今から帰るところだし、ついて来なさい。」


女冒険家さんについて行く。っと、その前に、今後の参考のため、この潰れたスライムの写真を撮っておこう。


カシャ。


「ねえ、何してるの!?」

「何って、写真を撮ってるんですよ。」

「シャシン?なにそれ?まあいいわ、ついてこないなら置いてくわよ!」


僕は慌てて女冒険家のところに走り寄る。まっすぐ伸びる森の木々の間の道を、この女冒険家と一緒に歩き続ける。


「あの~……」

「なによ!?」

「あなたのことを、なんとお呼びすればいいですか?」

「私の名はエミリエンヌ。皆、エミリと呼ぶわ。」

「エミリさんですか。あの、どうしてエミリさんはスライムを倒したんですか?」

「ああ、仕事だからよ。」

「仕事?」

「モンスターを倒して、それに応じて報酬をもらうのよ。」

「まさか、ギルドとかいうところで仕事と報酬をもらってるってやつですか?」

「そうよ。」

「ええっ!?ギルドって本当にあるんだ!さすがは異世界ですね!」

「はあ?ギルドなんてどこの街にもあるわよ!何を言ってるの!」


などと会話しているうちに街についた。ここは石の壁で囲まれた、いかにもRPGでありがちな街だ。マデレーヌという名前の街らしい。


この街には、電気や内燃機関などというものは存在しない。荷物を運ぶのは馬や人力が使われているし、どの店も扉は人の力がないと開かないもののようだ。


大勢の一般人に混じって、剣や槍を持った人々がいる。おそらく、エミリさんと同じ冒険者なのだろう。


「さあ、街に着いたわ。これでお別れね。」

「はい……」

「じゃあね、達者でね。」

「あの、エミリさん。」

「なに!私、忙しいんだけど!」

「その、ギルドに連れて行ってくれませんか?」

「ギルド?うーん……まあ、いいわよ。どうせ私も今から行くところだし。でも、ギルドに行ってどうするのよ?」

「ええ、僕も冒険者になろうかと。」

「冒険者?なによそれ?」


意外な反応だ。なんだ、ここではエミリさんのような職業を、冒険者とは言わないのか?


「ええと、エミリさんのような人を、ここではなんと呼ぶんですか?」

「ああ、『駆除人』というのよ。」

「駆除人?」

「モンスターを駆除するのが仕事だからね。だから駆除人。私達、駆除人がいないと、すぐに外の道はスライムやオーク、ゴブリンで溢れかえってしまうわ。外の道を馬車が安心して行き来できるよう、我々駆除人が街の周辺の道にいるモンスターを排除しているのよ。」

「じゃあ、モンスターを倒せば、お金がもらえるんですか?」

「そうよ。商人達が交易で得たお金や王国からの補助金を元手に、我々駆除人に成果に応じて報奨金が支払われるよう、ギルドに出資しているのよ。」

「うわぁ、ますますゲームの世界のようだ!じゃあ、エミリさんはレベルいくつなんですか?」

「は?レベル?なによそれ?」

「冒険者……いや、駆除人の強さって、どうやって決まってるんですか?」

「そんなもの、持ってる武器や資質で決まるものでしょう。」

「いや、そうですけど、経験値がたまればいろいろな技が身につくとか、そういうのってないんですか?」

「経験値?そんなものはないわよ。お金を稼いで、よりいい武器を買わないと強くはなれないわね。確かにすごく強くて、かなり稼いでいる奴はいるけど、そういう奴は元々強い上に鍛え方が違うの。どんどん強いモンスターを倒してお金を稼げるから、いい武器も持っている。私みたいなのは、せいぜい街の周辺でスライム狩りをするのがせいぜいだわ。」


うーん、あまりゲームっぽくないな。聞けば、駆除人の強さをあらわすものとは、どれだけ賞金を稼いだか、だけらしい。どちらかといえばプロスポーツのような感覚だ。


エミリさんは駆除人でも弱い方らしくて、あまりいい稼ぎではないという。言われてみれば、とてもいい武具を身につけているとは言いがたい。


「エミリさんって、変わった武器をお持ちですね。なんで薙刀なんです?」

「ナギナタ?ああ、これのこと。いや、これはただのナイフよ。稼ぎが悪いから、剣が買えないの。でも小さい身ゆえ、長い武器が欲しい。それで棒の先にナイフをつけて使っているのよ。スライム相手なら、この方が有利だからね。」


なるほど、これ、柄の長いナイフだったのか。安い武器を工夫して利用した結果のようだ。モンスターに特化した武器とも言える。よく考えたものだ。


この世界の「常識」を教えてもらいながら、僕はエミリさんと共にギルドに着いた。ここは正確には「商人ギルド」と呼ばれるところで、交易や商売に関する仕事の取引や依頼が行われる場所だ。駆除人の仕事は、交易の邪魔となるモンスターの排除だから、この商人ギルドで扱われているらしい。だが、ここの雰囲気はまさに小説や漫画、アニメに出てくるようなギルドだった。飲食や商談をするテーブルがあり、仕事依頼の内容が書かれていると思われる掲示板もあり、奥にはカウンターがある。


そのカウンターに真っ先に向かうエミリさん。そこでエミリさん、身分証のようなものを見せながら、成果の報告をする。


「エミリよ。スライムを3匹、殺ったわ。」

「はあ?3匹だって?お前がそんなたくさんのスライムをいっぺんに倒せるわけがないだろう。」

「こいつがスライムに追われていたのよ!で、こいつに気を取られている隙に、私がまとめて倒したの!ねえ、そうでしょう?」

「はい、この人の言うとおりです。3匹のスライムに囲まれたところを、助けてもらったんです。」

「ふーん、でもこの人、誰なんだい?信用できそうな人物ならともかく、どこの誰だか分からないやつに言われても、なんの証明にもならないな。他に、それを証明するものはあるのかい?」

「はあ?そんなものないわよ。」

「じゃあ、いつも通り1匹分だ。ほれ、銀貨10枚。」

「ううっ……せっかく3匹も殺ったのに……」


エミリさん、3匹のスライムを倒したことが認められなかったらしい。言われてみれば、写真でも撮らない限り証明のしようがない。それにしても案外ドライなところだな、この世界のギルドって。いや、待てよ?写真って……


「あっ!エミリさん!エミリさんが3匹のスライムを倒したことを、証明できますよ!」

「ええっ!?ど、どうやって!?」

「これですよ。そういえばさっき、カメラで撮ったんですよ。」


そう言って僕は、カメラの液晶でそのスライムの写真を見せる。エミリさんとギルドの職員は、それを覗き見た。


「ああっ!これよこれ!ほら!3匹のスライムがつぶれてるでしょう!」

「ううーん?なんだこれは?確かにこれはスライムの死骸だが……でもなんだこの絵は。こんなもの見せられても、証拠とは言えないんじゃないか?」

「ええとですね、これは目の前にあるものを一瞬で絵に変えてくれる道具なんです。例えばですね……」


そう話しながら、僕はカメラを構えて、エミリさんとギルドの職員を撮影した。


カシャ。


その写真を、再びエミリさんと職員に見せる。


「……うむ、確かにわしが映っとる……本当に、見たままの絵をすぐに描けるのだな……こんな魔法を見るのは、初めてだ。」

「うわぁ、すごい。私も映ってる。でも、どうやって?どうやってこんな一瞬で絵が描けるの!?」

「どういう仕組みかはよくわかりませんが、この通り実際に起きたことを本物そっくりの絵に変える道具なんです。だから、さっきの3匹のスライムのことも、本当に起きたことなんですよ。」

「ううーん……分かった。そこまで見せられちゃあ、信じるしかねぇな。」


ということで、エミリさんは銀貨をもう20枚手に入れた。


「うわぁい、やったー!こんなに稼げたの、初めて!」


そう言いながらエミリさんは、銀貨10枚を僕にくれた。


「えっ!?これはエミリさんの稼ぎじゃあ……」

「何言ってんのよ。あんたが証明してくれたから稼げたお金よ。これくらい、受け取ってちょうだい!」


僕は、銀貨10枚を手に入れた。しかしこれ、どれくらいの価値があるものなんだろう?いまいち分からない。


「その代わり、ひとつお願いがあるの。」

「なんでしょうか?」

「ねえ、私と組まない?そのカメラってやつがあれば、今みたいに成果をちゃんと稼ぎに変えられるんだもん。私って独り者で信用ないから、いつもさっきみたいに値切られちゃうのよ。」

「ええ、いいですよ。僕もこの世界であてがあるわけではないですし。」

「よし、決まりね!じゃあ、あんたもまず、このギルドに登録しなきゃダメね。」

「ああ、やっぱりそういうの、要るんですね。」

「そりゃそうよ。どこの誰だか分からないのに、お金あげるわけにはいかないでしょう?」


そう言われて、僕は再びあのカウンターに行く。


「へえ、あんた、駆除人になるのかい。」

「はい、お願いします。」

「じゃあ、身分証をつくってやる。これに名前を書きな。」


そういって、小さなカードを渡された。ああ、これがこの世界での身分証なんだ。


……が、字が読めない。あれ、これってどこに名前を書けばいいんだ?


「あの、すいません。これ、どこに名前を書くんですか?」

「なんだあんた、字が読めないのかい?」

「はい、ここの文字は全然読めません。」

「しょうがないな。あんた、名前は?」

「ヒロトです。」

「ヒロト……と。で、歳は?」

「はい、17歳になったばかりです。」

「ええっ!?あんた、私と同い歳だったの!?」


なぜかそこで驚くエミリさん。ということは、エミリさんも17歳だったのか?


「あとは特技だが……見たところ、武術、剣術の心得はなさそうだな。」

「はい。強いていうなら、カメラで写真を撮れることですね。」

「ああ、あれは確かにすごい魔法だな。じゃあ、特技は魔術って書いておこう。」


あれは魔法ということにされてしまった。ただのカメラなんだけど。しかし、この世界にとってカメラは、魔法にしか見えないのだろう。十分に発達した技術は、魔法と見分けがつかない。そういう言葉を残した、著名な作家がいたっけ。


ここの文字で書かれたそのカードを渡された。これを僕は財布の中に入れる。


こうして僕は、この世界の「駆除人」になった。

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