アース・スフィア
徒然なるままに執筆しました。
初投稿となります。
「ありえない……」
目の前の光景が信じられなくて、私は呆然としていた。
帝国領において不測の事態が起こっている、と報告を受けてある村へ調査に向かうように命令を受けた時から嫌な予感はあった。
ここ最近でイレギュラーが重ね続けに起きて、帝国中が混乱している時に不測の事態。
あの報告がフラグだったのは間違いない。しっかり回収してやった。
閑話休題。現状の確認を行わなくてはならない。
周辺の村が記載されている地図を広げ、見間違いではないかと目を擦り顔を上げて。
「村が、飲み込まれた……?」
確認したけれど、何も変わらない。お家に帰りたい。
薄緑色をした光を放つ不定形な球体が一面を覆っていた。光の線はその光量を常に変化させ、まるで生き物のように流動している。
拡張を続けているのか光の侵食は到着した時よりも進んでいた。
神秘的な光景に息を呑んだが、そこは村があった場所だ。
この、光る謎の球体が原因なのは間違いない。
私はそれの正体を知っている。
でも、それはありえないモノだ。
異界の門、神秘の球体、ブラックホール。様々な呼び名があり、私たちは総称してスフィアと呼んでいるモノがあるけど……
スフィアはこの帝国領には発生しないはず。
ここは人類に残された最後の絶対領土。
スフィアによる侵食など、そんなことがあってはならない。
「――リン!」
スフィアの発生が初めて観測された時、人類はスフィアによる侵食とスフィアに潜む魔物――センチネルによる侵略を受け多くの国が滅びた。
為す術もなく次々に国が滅びて、残ったのは一つの国だった。
アストロン帝国。初代アストロン皇帝の力がその領土に加護を与えているとされている唯一の生存国家。
長年、スフィアによる侵食からその領土を安堵してきたけどその力はもう限界なのかもしれない。
「おい、マーリン! 聞こえてんのか⁉︎」
耳障りなでかい声が鼓膜を震わせる。
ずっと無視をしててもいいのだけれど、このままだとさらに五月蝿くなりそうだから。
「うるさい、分かってる」
ため息をつき、声の主を一瞥した。
私と同じ青の軍服を着た男、ロイド・アーカン中佐。
普段の軽薄そうな顔は能面のように表情を消して、いつになく真剣な顔をしていた。
ずっとそのままにしていればいいのに、ロイドは目を見開き口を震わせる。
「うる、さい……だと⁉︎ 俺は、お前の上司だぞ! 部下が異常な事態に自失していたのを呼び起こして正気に戻してやったというのに――」
「頼んでない。お前は、いつも話が長い」
話が長くなりそうだからそう言ってやると、ロイドは顔を赤くしながらも黙り込んだ。
自失なんてしていない、少し考え事をしていただけだ。
ぼーっとはなっていたけど。
また説教するようにロイドが口を開こうとした時。
「下らん話はそこまでだ」
私たちと同じようにこの村に派遣された一番階級の高いガルシア大佐が部隊を引き連れてくる。
そして、自身の身長よりも大きい大剣を抜き。
「中将より出撃の号令が掛かる。総員、静聴せよ」
見事な太刀筋を披露して、大地に突き刺した。
ガルシア大佐がその歴戦の猛者といった風貌で、作業を行なっていた者たちを睨め付けるとすぐに各々の作業を止めて一糸乱れぬ整列をする。
「おい、なんか様子が変じゃないか? 中将が出てくるなんて厄介事のニオイしかしないぞ」
「……出撃?」
ロイドと同じ不吉な予感を感じていると、一騎だけでこちらに向かって者がいる。
燃えるような赤毛の長髪を風の赴くままに散らしながら。
その風貌に確信すると同時に、私の不幸を呪った。
戦乙女。
その名で武名を馳せる、非常に好戦的なアストロン帝国のリンダ中将。
少女と呼ぶべき年頃に見える彼女は私よりも年下に見えるが、エーテルを取り込んだ一部の人間は老化が緩やかになると言われている。
リンダ中将はその中でも特別だろう。
そして、私たちの前で颯爽と下馬し笑顔を見せた。
「勇敢なる我がスフィア調査部隊よ、貴様らの存在意義を示す時がきた。
今より、八時間前にユング辺境伯の統治するヤヌス村にて異変が観測され、間も無くしてヤヌス村は消失。周囲一帯を球体が覆っているらしい」
ここにいる誰もが知っていることをリンダ中将は確認するように指を二本立て、その精巧に作られた人形のような顔を歪める。
「我らが受けた指令は二つ。
消失したヤヌス村の生存者を救助すること。
異変の原因を突き止めること」
嘘だ。
咄嗟に口から出そうになった言葉を飲み込む。受けた指令は、ただの調査。
そのためにこの村に派遣されたが生存者はいなかった。いや、そもそも村が無くなっている。
原因であろうスフィアに飛び込んで調査すればいい? そんなの馬鹿げてる。
事前の準備も無しに未知のスフィアに突撃するなど、ただの自殺と変わらない。
指令は既に達成不可能だから、帰還の準備をしていたところリンダ中将の一声によって指令は書き換えられた。
リンダ中将が薄暗く光る球体を背に悩むように顔に手を当てる。
「周囲一帯を覆うこの深緑の球体……一体なんなのだろうな?
正体は不明だが、消失したヤヌス村は間違いなくこれに飲み込まれたのだろう。
我らはこれを調査し、消失した村人を救助しなければならない!」
歪めた顔を元に戻さず演説を続け拳を握る。
目の前に見える薄暗く光る深緑の球体。
誰もが予想できた。だからこそ、帰還しようとしていたのに。
演技を辞めたのか普段の見下した態度に戻り。
「我らスフィア調査部隊は未観測のスフィアを発見したため、調査に当たる!
総員、隊列を組み随時転移せよ!」
いつの間にか側に居た副官が止める間もなく、薄暗く光る深緑の球体――スフィアと呼ばれる異世界に一人で駆け出した。
*
距離を置いてその様子を眺めていた私達は部隊がスフィアで転移したのを確認しそれに続いた。
周囲に敵性個体がいないのを確認し、目を閉じて瞑想行う。
重力、気温、湿度、酸素濃度。全ての条件が私達の世界と異なるこのスフィアにおいて、ルールの確認はとても重要だ。
体に感じる異常――重力、気温はさほど問題ではない。むしろ心地よい。
次に湿度、酸素濃度だがこれもクリア。
そして、周囲を把握するように見渡す。
スフィアの転移先は、大自然が広がっていた。
どこまでも続く緑の草原に心地良い風が吹き、私の長い髪揺らす。目を凝らすと野ウサギもちらほら見える。
そばに見える森は何百年の年を重ねたのであろう大樹がところ狭しと、乱雑に樹立しその葉に光を当てて木漏れ日を作っていた。
そして、大樹に隠れた沢山の命の気配を感じ確信する。
これは――当たりだ。
スフィアと呼ばれる異世界は現在で6種観測されている。その中で、ここほど生命に満ちたスフィアはない。どのスフィアもまともな動物が生きていける環境にないのだ。氷点下を切る、水の沸点を超える気温であったり、重力が何倍にもなったりする。
過酷な環境。それがスフィアの最大の特徴でもあった。
それがここにはないとするとこれは大いなる発見。人類の生活圏の拡張につながるだろう。
しかし、油断してはいけない。
スフィアには敵性個体、センチネルと呼ばれる魔物も存在する。
ガルシア大佐の指揮のもと、この辺りでも群を抜いて大きい大樹の下まで行軍し、私の部隊に拠点作りの指示を出す。
慣れた手際で次々にテントが張られ、さらに簡易的な警戒網も作って見せた。
その様子に満足していると、森の奥から巨大な気配を感じた。
すぐに、森の中からリンダ中将がやってきて。
「この大樹を拠点に部隊を散開させる。センチネルと遭遇した場合は交戦せず、すぐに撤退しろ」
先行して周囲の探索を終えたのであろうリンダ中将は見た目に相応しくその眼を幼く輝かせながら、興奮したように命令を下した。
「ガルシア大佐、ロイド中佐、マーリン少佐……
貴様ら三人はそれぞれ別の方角に行け。
私は、この森の奥だ」
貴様たちに後は任せる、と言い残し一瞬にして森の奥に消えていく。
その場に足跡の一つすら残さない完璧な歩法を見て驚嘆する。何度も見てきたはずなのに。
人間の動きじゃない。
将官クラスになるとバケモノだ。
「俺の部隊は草原の方に向かいます」
早い者勝ちと言うようにロイドは、一番楽であろう草原の調査をとった。
「マーリン少佐、お前は森の外輪にある沼地だ。文句はないな?」
脅しかけるように、ガルシア大佐は最も過酷であろう方角に私を指名する。しかし、それに私が抗議できるはずもなく小さく頷いた。
結局、貧乏くじを引かされるのは私なのだ。
未知のスフィアは何が起きるか分からない。
生半可な実力では対応できず、足手まといになるだけだろう。
私は部隊を拠点作りに残し、一人で沼地へと向かった。
*
虫が多い。暑い。じめじめする。
沼地の探索を二時間行ない、私が出した調査結果だ。
別にふざけている訳じゃない。
顔に張り付く自分の汗ではないものが不快で仕方ない。
向かってくるハエをサーベルで斬り落としながら進んではいるが、これも不快だ。
虫の鳴き声、鳥の囁き、木の葉の揺れる音を聞きながら沼地の上を歩いてみたが、そろそろ限界かもしれない。
二時間も探索したのだ。所々にどこかの神を祀る神殿が見えたが、ガーディアンがいるかもしれないのでパス。
触らぬ神に祟りなしだ。
未踏の神殿には数多の財宝が眠るとされ、探検組合が積極的に攻略を進めているけどその進展はあまり良くない。最近の噂では一体のガーディアンに組合の二十人規模の大型パーティーが壊滅させられたとか……
ともかく、調査はこれで終わりだ。
消失した村の行方は気になるが、他の方角に飛ばされたのだろう。
顔についた水気を手拭いで拭き取りそのまま沼に捨てると、何も遮るものがないかのように沼に沈んだ。
「……⁉︎」
まさか、と感じた瞬間にサーベルを抜き向かってくる棘のようなものを弾き跳躍する。
そのまま棘が飛んできた沼から距離をとり、エーテルで自身の身体能力を向上させていく。
カラン、カランと音を立て、生い茂る樹木に当たった棘を確認すると、その正体が分かった。
人間の骨だ。
沼から再度、一面を覆うように大量の骨が飛んでくる。エーテルで強化したため、初撃よりは余裕を持って回避できる。だが、その数が問題だ。
さらに、骨は足元からも飛んでくる。
弾くことはできないので、飛んで回避するしかない。
エーテルを纏わせた足なら沼の上を歩けるからと、油断していた。
着地と同時に背後から飛んできた巨大な骨にサーベルを沿わせて、そのまま軌道を変えると同じように正面からくる骨に衝突し、沼へと落ちた。
狙い通りだ。久しぶりの実戦に、思わずニヤリ。
私がこの程度の攻撃で倒されるとでも思ったのか。
沼に潜むセンチネルは私を舐めている。これでも私は、アストロン帝国が誇る将校の一人なんだぞ。
沼のセンチネルと射撃ゲームを初めて数分。
誰もいないことをいいことに凄んでみたのはいいが、困った。
棘と共に沼の泥まで飛んできたから、出来るだけ回避を試みてはいたがもう諦めた。
泥に塗れ、非常に不快だけど。
もう何百と弾いたかは分からない。それでも一向に止まる気配はない。
私には、この沼のセンチネルに対する有効な攻撃手段がないのだ。
どれだけ深く潜っているというのか、私の感知の範囲を超えている。
でも、このままなら拠点に戻るまで体力もエーテルも消費しきることはない。
拠点にさえ戻れば、あとは私の上司たちが何とかしてくれる。リンダ中将なら嬉々として請け負ってくれるはずだ。
「……くッ!」
弾くのに慣れたころ、予想を上回る衝撃がサーベルに伝わり、手放してしまう。
調査部隊に支給されている安物よりちょっと上等なサーベルは飛んできた鍬、鋤などの農作器具と一緒に沼に飲み込まれてしまった。
村で使われていた物か……
消失した村の行方が分かってしまった。
ヤヌス村はスフィアに飲み込まれたあと、この沼に沈められてしまったのだろう。
なんたる不幸の連続。今は亡きヤヌスの村人に同情を感じるが、お前らの残したモノで私が苦しめられている思うと怒りが湧くので考えるのはやめる。
勝利を確信したのか、今までのように散発的に撃ってきた沼のセンチネルが、射撃を止め。
「GRYUUUUUUU」
沼から這いずり出てくる。
動物型センチネル。最も多いセンチネルの種類だ。
他のセンチネルに比べて、生物に対する攻撃性が強いが、その脅威度はーー低い。
相手が動物型のセンチネルであれば特殊な力を持つことはない。
奴はすでに私の脅威ではなくなった。この私がただのセンチネルに負けるはずがない。
アリクイのようなそのセンチネルは長い舌を出し、こちらに向けて何かを飛ばす。
その速度は先ほどまでの射撃が遊びであったかのように、私の顔に向かって高速で飛んでくる。両腕で顔を守り防御するが、それは悪手だった。
「――ッ⁉︎」
焼けるような痛みが両腕から脳へ、信号を伝える。
受け止めきれなかった分は私の服へ。
シュー、と嫌な臭いを出し溶かされていく腕を呆然と見つめる。
高密度に圧縮させた消化液の噴出。
これが奴の本来の攻撃なのだろう。普段は沼の中に潜み、一方的に嬲り無力化した後に、相手を仕留める。
溶けていく両腕と服。
ついでに、私の自慢の黒髪にもかかってしまったのか、毛先から溶かされていく。
センチネルはこちらが溶けている様子を眺めているだけで、何もしてこようとしない。
もはや、獲物は仕留めたと確信しているのか。獲物が絶命し喰らうのを待ちきれない、というようにチロチロと長い舌を出し入れしている。
武器を失った私は脅威ではない。そう奴の顔が嘲笑している気がする。
何か、切れるような音がした。
そして、目の前が暗転し倒れそうになり。
「ふっ、ふふふ……」
ずっと前から抑えていた感情が溢れる。
それは、怒り。
未知のスフィアにまともな装備もなしに飛び込めとか、自殺しろと同じような命令を出すリンダ中将に対する。
長閑な雰囲気の良いスフィアだったのにも関わらず、沼地の調査を命じたガルシア大佐に対する。
ロイドはどうでもいい、興味ない。
そして、このアリクイもどきのセンチネル。
汚い沼の中から卑怯にも射撃を続け、挙句の果てには臭いヨダレを飛ばす。
思いを口に出すのが苦手な私だけど、宣言させてもらおう。
言葉の通じないであろうこの魔物にも意図が伝わるように、線の細い陶磁器のような中指を立て優雅に言うのだ。
「この私に対する、その行い――万死に値する」
リンダ中将は言った。
『センチネルと遭遇した場合は交戦せず、すぐに撤退しろ』
私は、その命令を忠実に守り抜きここまで撤退してきた。
「【エーテルバリア】」
だが、我慢もここまでだ。
それに、スフィア調査部隊は血の気が多い連中の集まりだ。リンダ中将も本気では言っていないだろう。何よりあの人が真っ先に交戦する。
それでも私たちに撤退の命令を下したのは、相手が未知であるからだ。
ここは未知のスフィアなのだ。どんな攻撃手段を用いてくるかも分からない敵と交戦するなど、愚の骨頂。
探検組合や、私たち調査部隊で最も多い死因は未知の攻撃によるものだ。
それは、数多のスフィアに潜り攻略してきた古参の戦士であっても変わらない。
だけど。
「【フレイム】」
アリクイもどきは既に未知ではない。あの程度で勝利を確信しているほどだ。奴にとって必殺の技だったのだろう。
そして、それは私を殺すことはできないことを意味する。
エーテルによって顕界した原初の火。形作るのは一本の矢。
この程度の雑魚にはこれだけで十分。
顕界している力に脅威を感じたのか、アリクイもどきが焦ったように、私に向かってヨダレを飛ばすが回避するまでもない。
ヨダレは私の手の届くほどの距離で、光輝く粒子の壁に阻まれ弾かれる。
エーテルバリア。
魔術師が使う初歩的な魔術だ。単純であるが故に最も強い力。
エーテルを用いてその周囲に干渉する力をその場に留めたもの。
効力は、自身の以外の干渉を拒絶する力。
故に、私たち魔術師は毒や飛び道具なんかで死にはしない。
両腕を溶かしていたヨダレが弾かれ、髪、服についたヨダレも弾かれていく。
ついでに、腕に回復魔術を掛けた。
溶かされていたのは、薄皮程度のものだったのか瞬きの間に完治する。
アリクイもどきはその様子を眺め、即座に沼に潜り込もうとする。
「消し炭に、してやる」
今更、逃亡しようとしても遅い。既に私の準備は完了している。
私の倍以上はある鏃を持つ火矢はアリクイもどきを消滅させるには十分な大きさになっていた。
指の先から照準となるエーテルを射出してアリクイもどきをロックオン。
そして、放つ。
轟音と共に火矢はアリクイもどきが潜った沼に入り込み沼の一部を消滅させ、アリクイもどきに直撃した。
沼の内部の爆発で盛大に泥が飛び散るが、すでにエーテルバリアを使用しているから問題はない。
断末魔も残さず潜り込んだ周囲の泥と共に、あのアリクイもどきは消滅したのだ。
原初の火の影響で気化した大量の水蒸気が湧き視界を悪くさせたが、幾分かスッキリした気がする。
想定外の遭遇。
だが、収穫はあった。
ヤヌス村はこの沼に飲み込まれ、生存者は皆無だろうという結果だ。
私は十分な調査結果を得られたのではないだろうか。
その中であった戦闘など些事のようなもの。
これ以上の長居は無用だ。拠点に帰還するとしよう。
拠点へと帰った後の報告書をどう作成するかを考えながら、視界が晴れるのを待ち。
そして――
キラリ、と光るものを見つけた。
「……懐中時計?」
黄金のような不思議な物質でできた懐中時計だ。その縁には意匠が込められた装飾が施され長い鎖には文字が刻まれている。
刻まれている文字は読めないが、直感がした。
高く売れる。
何らかのアーティファクトだ。私にはわからないが。スフィアの各所から発掘されるアーティファクトには高い価値がつく。これもそのうちの一つに違いない。
だが残念なことにこの懐中時計は壊れている。
時間が十二時で止まっている時計を誰が欲しがるだろうか。
何とか直す方法はないものかと思慮にふけっていると、また新たな発見をする。
私はどうしてこうも運がないのか。
泥の中に人影を感知した。
生きているのか死んでいるのか。
そんな判断を待つまでもなく、泥に潜る。
泥に潜るのは生理的嫌悪を覚えるがエーテルバリアで周囲の泥を拒絶している。代償に馬鹿みたいな量のエーテルを消費しているけど。
そして、見えた。
眠っているように静かに胸を上下させる青年を。
「――⁉︎」
あまりの驚愕に言葉を失ったけど、この異常な状況を確認する。
深緑色の髪の青年の周りは、汚れひとつない綺麗な水のようなもので満たされていた。この泥の中で一体どのような魔術を用いればそのようなことが可能になるのか。
そもそも、こいつは何でここで眠っているのか。ヤヌス村の住人なのか。
様々な疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
答えは出ない。
だから、一先ずは保留だ。
救助を優先する。
綺麗な水のようなものに飛び込むと、同時に私のエーテルバリアが打ち消される。
「――⁉︎」
今日はもう、いろいろダメな日だ。
もう何も考えない。
そう決めて、青年の腕を引き、地上へと引き上げる。
腕を引いた時に、青年が唸ったように声を出し身をよじった。
目覚めが近いのだろうか。起きた時に泥の上では混乱してしまうだろうから、急いで拠点に戻るとしよう。
聞きたいことは山ほどあるのだ。
*本来の主人公は最後に登場する青年です。
酷評、感想を頂けると幸いです。
好評価であれば連載版の方も投稿していきたいと思います。