白蝶の降臨
ローサは、黒い外衣と引き換えに置いてきた自身の羽衣をおもった。
ルエが白い羽衣を上に重ねてくれたから、きっと目を離しても悪意をもって触れられることはないだろう。
そう、あれはこの『学徒の宮』にはじめて足を踏み入れた、『神の蝶』の選考舞会の日。
舞学徒ばかりの中、地方からやって来たローサはただでさえ浮いていた。
すこしは覚悟していたが、『半鬼』を見るのは生まれてはじめてと言わんばかりの蝶たちの視線は予想以上に冷たく、選考の結果など舞うまでもなくついてるようにおもえたほどだ。
それでも、ローサは父の織ってくれた羽衣にだけは自信があった。
ノルシア侯国の北部は、神国領内では絹織物の産地として知られている。
ローサが生まれ育ったのは、とくに極細の糸をつむぎ上質な絹を織るとしてその筋では評判の村だが、中でもローサの父は単身、異教徒たちの村へと赴いて自国にはない織りを学んで帰った、とくべつな技術をもつ織師だった。
繻子織と玉虫織、ふたつを組み合わせ絹糸で織り上げた布は、通常の羽衣とは比べ物にならないほど強い光沢をもつと同時に、見る角度や光線のかげんで薄紅に水色が浮かび上がるというふしぎな色彩をみせる。
初めて目にした布に、だれもが心から驚嘆したはずだ。
が、そのうつくしすぎる羽衣をもつのが 『半鬼』だったからなのだろう。
ローサがちょっと席を外したすきに、置いていた羽衣はちぎれる寸前にまで切り裂かれ、見るも無惨なすがたになっていた。
ばたばたとうるさく跳ねまわる蛙ごときに、羽根は必要ないでしょう──
そんな陰口も聞こえて、舞徒や舞学徒がうつくしいのは外見だけなのだと、ローサは思い知らされた。
おめえがやっただか、そう片っ端から問い詰めはじめたのは、ただの意趣返しだ。
そんなことをしても父が織ってくれた羽衣は元に戻らないし、犯人が正直に名乗り出るともおもえなかった。
けれど、やっておいて否定を返せば、『信徒の宮』というもっとも神聖な場所で嘘をつくことになる。
『鬼肌』に抱かれて育った『半鬼』は地獄に落ちる運命だと蔑むのなら、自分たちだって地獄行きにおびえながら生きていけばいい、そうおもわずにはいられなかった。
そんなさわぎを聞きつけたのでなければ、白蝶、ルエ・ムーが舞学舎に現われることはなかったのかもしれない。
居合わせた誰もがつぎつぎに跪く中を、まっすぐローサへと歩み寄ってきたルエの凛としたうつくしさは、今も鮮明に目に焼きついている。




