異教徒・ゲルーン人
さっきとおなじ鉄門をくぐったローサは、ルエの案内で医学舎へとたどりつくことができた。
あちこち大理石が用いられた『舞徒の宮』の建物とは違って、煉瓦づくりの医学舎は見るからに風通しが悪そうな建物だった。
しかも、建物の外を歩いても、中に入ってみても、だれにも出会うことがない。
「お医師殿はいねーだかっ」
一階の廊下を歩きながら声を張りあげてみたが、扉はいずれも閉ざされたままだ。
意を決して二階へと階段を上がって行けば、ようやくひとり、階下をうかがいにきたとおぼしき青年の姿があった。
最後の一段を残して、ローサはあぜんと医学徒らしき青年を仰ぐ。
窓を背にして立つそのシルエットは、並んで立ったとしてもローサが見上げなければならないほど大きい。
「北部の訛り。それに、その長身と褐色の髪……ここで、同胞との混血に会うとは──」
地を這うほどに低い声。
やや体の角度が変わったとたん、青年の頭部をひかりが覆った。
「金の髪! 異教徒のゲルーン人が、なして聖都におるだか……?」
「ローサ、それはちがうわ。『宮』に異教徒は入れない。ここにいるのは信徒だけよ」
すぐ耳のうしろで、ルエの落ちついた声がひびく。
階段をのぼりきると、青年の視線がローサの背後へと流れた。
「医師を探してるようですが。あいにくと、本日は医学徒の奉仕日です。大半は『祈徒の宮』にて診療奉仕中、残りも下の階で手術をしています。奉仕組は教授を含め日没まで戻りませんが、手術はあと一時間もすれば終わるでしょう。待つなら、室内へどうぞ」
うながされ、ルエがローサの名を呼んだ。
「行ってちょうだい」
「だどもルエ様、あの男は『鬼肌』だで」
「──みたいね。金色の髪なんて、はじめて見たわ。瞳は、澄んだ蒼色。ローサの琥珀色の瞳も見ていてとてもふしぎだけれど、蒼い瞳もきれいね。ローサの母君もあんなふうに、うつくしい瞳の色をしていたの?」
ルエの手が、そっとローサの頬を撫でた。
ゲルーン人を母にもつローサのような混血は、クァ神国では『半鬼』とよばれる。
ローサの生まれた村では混血が住民の一割ほどはいたが、ノルシア侯国以外では混血は非常にめずらしく、奇異の目で見られ、蔑まれることも多かった。
それは、北に住む異教徒のゲルーン人が神国の信仰では『鬼肌』を持つものとされ、差別の対象となっているからだ。
一年の半分が雪と氷で覆われる寒冷地に住むゲルーン人は、太陽のひかり──すなわち神の愛を注がれることのない蛮民族だとされている。
そして、体つきが大きく、青白い肌を持ち、ときにその肌を赤く染める彼らは、地獄に住む鬼の子孫だとみなされていた。
『鬼肌』に触れられたものは、死して黄泉路をいく間に鬼から地獄へ引きずり込まれる、というのは信徒ならやはり子供のころから聞いて育つことで、『鬼肌』をもつものはたとえ改宗していようとも、本人の許可なく信徒の身に触れてはならない決まりなのだ。
ローサの白かった肌はこの三カ月でだいぶ色づいたが、『鬼肌』は太陽のひかりを拒絶するかのように、南に来ても青白いままだという。
たしかにそうだと、ローサは廊下を先に立って歩く青年の太い腕を見ておもった。




