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もみの蝶  作者: カノウラン
1:『鬼肌』と『半鬼』
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ローサの羽衣

「実は今日、ノルシアの方にそういう織りの絹が手に入るかをご相談したの。でも、ノルシアでも噂しか出回っていないほどの、まぼろしの織物なのね。逆に、なぜ実物を見たことがあるのかとおどろかれたくらいよ」

「元々、繻子しゅす織は異教徒たちのものだで」

「ええ、そのことさえも知らないのね。私があなたの故郷の村の名を告げたら、なぜだかとても困った顔をされてしまったわ」


ながい睫毛が頬に影を落とした。ローサは、いつになくしょげたルエの肩に両手をかける。


「ルエ様、黙ってたども。実は、前に手紙で白蝶様の弟子にしていただけたと知らせたら、お父が、ならば今度は白い羽衣を織るでなと言ってただす。ちょっと前にも、白のたて糸に何色のよこ糸を合わせればもっともかがやいて見えるかを研究しているところだ、と。だすから──」


ルエが、重々しくうなずいてみせた。


「だから、ローサは私のあとを継いで白蝶になるつもりだというのね?」

「ちげーだす! とんでもねーずら! 白い羽衣は、ルエ様のために決まっとるだでッ」


つばを飛ばすローサの肩をつかみ返してきたルエの黒瞳に、くるりとひかりが踊る。


「それっ、ほんとう! ロー、いたっ」


腰を浮かしかけたルエが、右の足首を押さえて顔をゆがめた。

ローサも、異変に気づく。


「足を痛めただすか?」


ローサの問いに、ルエはまた肩を落とした。


「ローサの羽衣ってだいぶ長いのね。それに、両端も布を接いでいるぶん、幅が広い」


それは、他の蝶たちよりもずっとローサの身長が高いからだ。

平均的な長さの羽衣では見劣りがすると先生に指摘され、父が長めに織ってくれたものだった。

布を接いで幅広にしたのはべつの事情からだが、ともかく、ルエの言わんとしていることは嫌でも分かる。


「おらの羽衣に、足をとられただか!」


返事を待たずに、ローサは羽衣を身につけ、強引にルエの体を背負い上げた。

大柄なことが役に立ったのは初めてかもしれない。


「ルエ様、お医師はどこだす?」


薄い衣ごしに、ルエの体温が伝わってくる。

かぐわしい蘭花のごときかおりも。


「舞学舎なら、医学舎にいる教授に依頼すれば夜には往診に来てもらえると聞いたことがあるけれど、『舞徒の宮』へは無理ね。そもそも、よほどの重病か大怪我でないかぎり、わざわざ医師になどかからないものよ」


なるほどとローサはうなずいた。


「だったら、医学舎まで出向けばええだ」

「あのねえ、ローサ。小川で冷やせばすぐによくなるわよ、このくらい」

「よくならねーずら。ルエ様は、寝ているときと食べているとき以外は、いつも舞ってるだで。きちんと手当てせねば、怪我を忘れて舞っちまうに決まってるだよ」


それはそうね、とルエが背中で吹き出す。

肩にまわった手が首に巻きつき、やわらかな胸の感触が肩甲骨のあたりを押した。


「ローサはものしりで器用な上に、力持ちなのね。だから、あんなに高く飛べるんだわ」



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