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もみの蝶  作者: カノウラン
1:『鬼肌』と『半鬼』
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クァ神国の信仰

クァ神国の聖都ヴァーズは大陸の交易の中心地で、南に海、西に大河、北東には広大な森をもち、世界一の繁栄をほこると言われている。

太陽と水のめぐみは温暖な土地にあまたの作物を実らせ、天を神と崇めるクァ古来の信仰は周囲の国々まで広まっていった。

そのヴァーズが聖都たるゆえんが、『信徒の宮』──通称『宮』──とよばれる信仰の中枢ともいうべき宮殿施設だ。

敷地の半分が、国で最古の聖堂を中心とした『祈徒の宮』として信徒たちに開放されている。

隣接するのが『学徒の宮』で、そこでは舞学徒のほか、神学徒や医学徒が聖職者となるべく教育を受けていた。

さらに、奥宮として『舞徒の宮』と『謡徒の宮』があり、『神の蝶』および 『神の小鳥』が、異性禁制のそれぞれの宮で舞い、歌いながら暮らしているのだった。


『舞徒の宮』から『学徒の宮』へと入るには、べつに石塀を越える必要はなく、設けられた鉄門を勝手に開けて入ればよい。

いくら師の許可を得たといっても、傍目には破戒に準ずる行為に映りかねないと、ローサは内心どきどきだったが、『学徒の宮』に入ってもだれに呼び止められることもなく、ほう、と詰めていた息をついた。

門を見張るものさえいないとは、さすが『宮』の中だとおもう。

信徒はみな、幼いころから嘘や不正は大罪だと言われて育つ。

天はいかなるときも頭上にあり、大罪を犯したものは死して例外なく神の追放を受けてしまう。

行き先は、地獄。

そこはひかりのない世界で、のどをうるおす水もなく、作物も育たない、飢えと苦しみが永久につづく場所だという。

ローサの故郷はノルシア侯国でもかなり北にあり、地獄の様相も昔は現実としてあったと聞いた。

それに比べれば、聖都は地獄とはまさに対極にあり、神の追放を心から恐れるきもちも分からないではない。

もっとも、今のローサには、『舞徒の宮』から追放されることのほうが地獄よりもよほど怖かった。


言いつけどおりに、ユナという名の揚羽へ桜桃をとどけたローサは、ルエがいるはずの森のはずれへと急ぎ戻った。

風に、ローサの羽衣が揺れている。

その下に座り込んだルエを見て、ローサはあれ、とおもった。

地面に直接、白い衣を身につけたルエが腰を下ろしているなどめずらしい。


「ルエ様、どうしただすか」


びく、とルエの肩が揺れた。

ローサを仰ぎ、ルエはちらりと枝にかかった羽衣を見る。


「……あのね。ごめんなさい、ローサ。あなたの羽衣、勝手に借りて舞ってしまったわ」


ローサは二度またたいた。


「謝ることなどねーずら。白蝶様が色つきの羽衣で舞うなんて、聞いたことはねども」

「師が羽衣を貸すことはあっても、逆はないもの。でも、ローサの羽衣は特別でしょう? その絹だとどんなふうにひらめくのか、力はどのくらい必要か、知りたかったの」


肩を落としたルエが、立てた右脚を抱く。



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