機会
「おまえの思惑がどうであれ、決断したのがルエなら、どんな運命もルエ自身が選んだものだわ。悲しみも、後悔も、おまえのものであって、ルエのものではないのよ。ルエはね、わたくしが師としてだれよりも自由に育てたの。白蝶でいたのは、そこに望むものがあったから。今生から旅立ったのなら、また、そこに望むものがあったのでしょう」
涙をためて見つめたローサから、リリアはルエへと視線を移した。
「この子がどこまでもうつくしいのは、自分の心に正直に生きてきたからよ。ルエにあるのは、地獄への恐れではなく、美意識なの。それを手放さないままで白蝶になったから、ルエは『光の蝶』とよばれるんだわ」
リリアが、いとしげにルエの頬に触れる。
「舞わない選択も、立ち上がらない選択もできたのよ。なのに、ルエは深手を承知で、最後まで舞う道を選んだ。この子は死ぬまで、白蝶である自分から逃れられない。けれど、白蝶として生きる以外の選択肢もひとつだけ残っていた……紅く染まっていく羽衣で舞い、『神の蝶』ではない自分を表現しながら死んでいったルエは壮絶で、うつくしかったわね。哀しいけれど──ルエらしい最期だわ」
不意に、ローサの左腕が掴まれた。
「ローサ、わたくしたちにできるのは、いちばんいい形でルエを葬ってあげることだけよ。悲しみは、一夜で晴れたりしないわ」
「ルエ様は、白蝶として聖葬されると──」
「でしょうね。でも、明日、柩に入れられ、聖堂に移されるまでは、ルエはおまえの師であり、わたくしの徒妹よ。だれの手で清め、何を着せ、どのように夜伽をするのか、口出しを阻むくらいのことはできる。後悔でルエを喜ばせることはできないわ。限られた時間をそんなことで潰さないでちょうだい」
ふらり、と立ち上がったローサの胸元に、リリアが視線を注ぐ。
「その羽衣も、まだ、幾万というひとびとの目に触れさせる機会は、残っている」
ローサは、無言で首を振った。
「ローサ、機会は一度きりよ。二度はない。その死を、最大限に生かすもふいにするも、残されたもの次第だわ」
──一度きりの、機会。
リリアのことばに、ローサは低く、迷いのない男の声をおもい出した。
動かないルエの表情を見つめ……不意に、電撃に打たれる。
この残酷すぎる結末を選び、それでもなお、ほほえみを浮かべて眠りについた理由は──
ローサは、抱いていた羽衣をリリアの胸に押しつけると、礼拝堂を駆け出した。
外に出たローサのことを、入口からやや離れて立っていた人物がふり返る。
不意を衝かれた顔をしているのはグリークで、その白い上衣はすでに血に汚れたものではなかった。
とはいえ、顔色が晴れたとは言い難い。
「カナリア様……なにか、ご用だすか」
「──いや。君は、どこかに行くの?」
問いに問いで返され、ローサはやや返答に迷った。
「い、医学舎まで」
おず、と答えたのは用件を問われるかとおもったからだが、いっしょに行くと言われて、目的が目的だけにローサはよけいに困惑した。
けれど、蝶がひとりで行くべき場所ではないから、と言われてしまえば拒否もできない。




