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もみの蝶  作者: カノウラン
5:夜伽
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機会

「おまえの思惑がどうであれ、決断したのがルエなら、どんな運命もルエ自身が選んだものだわ。悲しみも、後悔も、おまえのものであって、ルエのものではないのよ。ルエはね、わたくしが師としてだれよりも自由に育てたの。白蝶でいたのは、そこに望むものがあったから。今生から旅立ったのなら、また、そこに望むものがあったのでしょう」


涙をためて見つめたローサから、リリアはルエへと視線を移した。


「この子がどこまでもうつくしいのは、自分の心に正直に生きてきたからよ。ルエにあるのは、地獄への恐れではなく、美意識なの。それを手放さないままで白蝶になったから、ルエは『光の蝶』とよばれるんだわ」


リリアが、いとしげにルエの頬に触れる。


「舞わない選択も、立ち上がらない選択もできたのよ。なのに、ルエは深手を承知で、最後まで舞う道を選んだ。この子は死ぬまで、白蝶である自分から逃れられない。けれど、白蝶として生きる以外の選択肢もひとつだけ残っていた……紅く染まっていく羽衣で舞い、『神の蝶』ではない自分を表現しながら死んでいったルエは壮絶で、うつくしかったわね。哀しいけれど──ルエらしい最期だわ」


不意に、ローサの左腕が掴まれた。


「ローサ、わたくしたちにできるのは、いちばんいい形でルエを葬ってあげることだけよ。悲しみは、一夜で晴れたりしないわ」

「ルエ様は、白蝶として聖葬されると──」

「でしょうね。でも、明日、柩に入れられ、聖堂に移されるまでは、ルエはおまえの師であり、わたくしの徒妹よ。だれの手で清め、何を着せ、どのように夜伽よとぎをするのか、口出しを阻むくらいのことはできる。後悔でルエを喜ばせることはできないわ。限られた時間をそんなことで潰さないでちょうだい」


ふらり、と立ち上がったローサの胸元に、リリアが視線を注ぐ。


「その羽衣も、まだ、幾万というひとびとの目に触れさせる機会は、残っている」


ローサは、無言で首を振った。


「ローサ、機会は一度きりよ。二度はない。その死を、最大限に生かすもふいにするも、残されたもの次第だわ」


──一度きりの、機会。


リリアのことばに、ローサは低く、迷いのない男の声をおもい出した。

動かないルエの表情を見つめ……不意に、電撃に打たれる。

この残酷すぎる結末を選び、それでもなお、ほほえみを浮かべて眠りについた理由は──


ローサは、抱いていた羽衣をリリアの胸に押しつけると、礼拝堂を駆け出した。

外に出たローサのことを、入口からやや離れて立っていた人物がふり返る。

不意を衝かれた顔をしているのはグリークで、その白い上衣はすでに血に汚れたものではなかった。

とはいえ、顔色が晴れたとは言い難い。


「カナリア様……なにか、ご用だすか」

「──いや。君は、どこかに行くの?」


問いに問いで返され、ローサはやや返答に迷った。


「い、医学舎まで」


おず、と答えたのは用件を問われるかとおもったからだが、いっしょに行くと言われて、目的が目的だけにローサはよけいに困惑した。

けれど、蝶がひとりで行くべき場所ではないから、と言われてしまえば拒否もできない。



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