表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もみの蝶  作者: カノウラン
4:大祭
27/32

『天よ』

そして、白蝶に正規の出番が訪れたなら、もうその身になにかあったとしても、舞を引き継げるものは存在しない。

白蝶が舞をやめるのは、聖壇が太陽のひかりに包まれたとき、それだけなのだ。

──これこそが、白蝶として、神のために舞うということ。


神のために……?


ちがうと、ローサの心でだれかが答えた。

ちがう、神のためではない。

ルエは、そんなもののために舞ったことなどいちどもない、そう言い切った。

ルエがこれまで舞ってきたのは、舞に対する愛や誇りゆえだろう。

そして今、ルエが夜明けまで舞う理由があるなら、それはきっと、朝日の中、かがやく金色の髪を見つけるため。

ローサは両手を組み合わせ、一心に祈った。

一刻も、一秒でも早く、太陽よ昇ってくれと。

けれど、待てど、待てど、待てどいっこうに空は白みさえしない。


グリークの歌はかなしいほどにうつくしく、ルエの舞は、息も忘れるほど──凄艶だった。

跳躍は高く、だれよりも幅があり。

繊細な指づかいは、空中にある羽衣を優雅にゆらす。


ローサは知っている。

あの長くしなやかな脚に、指の一本いっぽんに、どれほどの筋力が養われてきたのかを。

だれにも真似できないルエの舞は、くる日もくる日も、飽きることなく舞に明け暮れたことにより洗練された、黄金の肉体によって生み出されているのだ。


ときに金色こんじきに見えたルエの衣が、今は情念の色に染まって見える。

羽衣はひるがえれど、鈴の澄んだ響きはもはや耳に届いてこない。

いつからだろう……ローサには針先よりも小さく見えるルエの瞳が、まっすぐこちらを向いている気がした。

あたりからは人の気配が遠ざかり、広場にいるのは自分と背後のカーナ、ふたりだけにおもえる。

約束したとおりにカーナが外衣のフードを外してくれたのだと気づいたとき。

同時に、ようやく、聖壇の向こうから太陽が射していることにも、ローサは気がついた。

カナリアの超高音が、ゆっくりと空に吸い込まれ、消失する。

闇を溶かすひかりの中に、ローサはルエの視線とほほえみを、たしかに見たとおもった。

そして、膝から崩れたルエの衣が、すでに白ではないことに、わが目を疑う。

いちどは壇上に倒れ込み、すがたが見えなくなってしまったルエの体を、すばやく歩み寄ったグリークが跪き、抱き起こした。

いったいどれほど、グリークに支えられてルエが立ち上がることを祈り、待っただろう。

しかし、やがて立ち上がったのはグリークひとりで、ルエの体はその腕に抱きかかえられていた。

ルエの片腕が力なく垂れていたことも、その腕にまとった羽衣が真紅に染まっていたことも、すべてはまぶしすぎる逆光につつまれており、広場にいるローサが気づくことを天は阻んだ。

低く、背後でカーナが何ごとかつぶやいた。

ずっとのちになって、ローサはそれがクァ古謡『天よ』にある一節であったことを知る。


──われらの尊きひとを、あなたの御許へ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ