『天よ』
そして、白蝶に正規の出番が訪れたなら、もうその身になにかあったとしても、舞を引き継げるものは存在しない。
白蝶が舞をやめるのは、聖壇が太陽のひかりに包まれたとき、それだけなのだ。
──これこそが、白蝶として、神のために舞うということ。
神のために……?
ちがうと、ローサの心でだれかが答えた。
ちがう、神のためではない。
ルエは、そんなもののために舞ったことなどいちどもない、そう言い切った。
ルエがこれまで舞ってきたのは、舞に対する愛や誇りゆえだろう。
そして今、ルエが夜明けまで舞う理由があるなら、それはきっと、朝日の中、かがやく金色の髪を見つけるため。
ローサは両手を組み合わせ、一心に祈った。
一刻も、一秒でも早く、太陽よ昇ってくれと。
けれど、待てど、待てど、待てどいっこうに空は白みさえしない。
グリークの歌はかなしいほどにうつくしく、ルエの舞は、息も忘れるほど──凄艶だった。
跳躍は高く、だれよりも幅があり。
繊細な指づかいは、空中にある羽衣を優雅にゆらす。
ローサは知っている。
あの長くしなやかな脚に、指の一本いっぽんに、どれほどの筋力が養われてきたのかを。
だれにも真似できないルエの舞は、くる日もくる日も、飽きることなく舞に明け暮れたことにより洗練された、黄金の肉体によって生み出されているのだ。
ときに金色に見えたルエの衣が、今は情念の色に染まって見える。
羽衣はひるがえれど、鈴の澄んだ響きはもはや耳に届いてこない。
いつからだろう……ローサには針先よりも小さく見えるルエの瞳が、まっすぐこちらを向いている気がした。
あたりからは人の気配が遠ざかり、広場にいるのは自分と背後のカーナ、ふたりだけにおもえる。
約束したとおりにカーナが外衣のフードを外してくれたのだと気づいたとき。
同時に、ようやく、聖壇の向こうから太陽が射していることにも、ローサは気がついた。
カナリアの超高音が、ゆっくりと空に吸い込まれ、消失する。
闇を溶かすひかりの中に、ローサはルエの視線とほほえみを、たしかに見たとおもった。
そして、膝から崩れたルエの衣が、すでに白ではないことに、わが目を疑う。
いちどは壇上に倒れ込み、すがたが見えなくなってしまったルエの体を、すばやく歩み寄ったグリークが跪き、抱き起こした。
いったいどれほど、グリークに支えられてルエが立ち上がることを祈り、待っただろう。
しかし、やがて立ち上がったのはグリークひとりで、ルエの体はその腕に抱きかかえられていた。
ルエの片腕が力なく垂れていたことも、その腕にまとった羽衣が真紅に染まっていたことも、すべてはまぶしすぎる逆光につつまれており、広場にいるローサが気づくことを天は阻んだ。
低く、背後でカーナが何ごとかつぶやいた。
ずっとのちになって、ローサはそれがクァ古謡『天よ』にある一節であったことを知る。
──われらの尊きひとを、あなたの御許へ。




