絹
「危険な目をした男だ。まるで、人の頂きよりも遠くを見ているような──」
その瞳や肌の色に、グリークが気づいているのかいないのか、ローサには分からない。
が、見上げるほどの長身を見れば、ゲルーン人だと分からないはずはなかった。
それでも、グリークの繊手はためらいなくカーナが身にまとう外衣の胸元を鷲掴んだ。
「どうしてルエの前に現われた? どうしてルエに触れた? どうして、ルエを蝶のままでいさせなかった?」
淡いまつげの影が、幾度か上下するのをローサは見た。
カーナは、ゆっくりと口を開く。
「俺は、彼女の舞を見たことがない」
「──そんなことは、聞かなくても分かる」
「俺に答えられるのは、悪いがその理由くらいだ。今も、俺ひとり救われることに興味はない。あるのは、彼女たちが与えてくれた希望への恩義だけだ。だから、この子と来た。……もう、行ってもいいだろうか」
答えを待たず、カーナは膝を折ったままのローサを促した。
立ち上がろうとするローサに差しのべられたのは、グリークの手だ。
その手を取ることもできたけれど、ローサはいちど視線を落とした右の手のひらでカーナの衣を掴み、立ち上がった。
グリークが、寂しげに空っぽの手を下ろす。
「……カナリア殿。人体を知らないこの子に、カナリアという存在の悲しみは理解できない。あなたもまた、混血の負う痛みは理解できないでしょう。白蝶殿のように知ろうとしないかぎり、なにも変わらないのです。たとえ、そうすることでおのれの価値観が揺らぐことになったとしても」
グリークのまなざしが、ローサを捉えた。
「混血はたしかにめずらしいけれど、『鬼肌』とはちがう……だろう?」
「彼に聞かせてあげたらどうだ。君がなぜ、故郷の村を出てひとり聖都までやって来たのか。そこでどんな仕打ちを受けたか。それでもなぜ、ここに留まっているのかを」
ローサは大口をあけてカーナを仰いだ。
「そげなこと、おら、話したことねーずら」
「君の羽衣を見て、混血という事実さえ知っていれば、おのずと想像はつく。サテンは、北の生活に欠かせないウールで、少しでもひかりをまとおうというゲルーンの知恵。混血の村は、絹の産地だ。そこでサテンが織られ、混血の娘が羽衣として聖都に持ってきた理由──俺にはもちろん、よく分かる」
いっぱいに見開いた視界が不意にゆがんで、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「蝶は、絹の愛用者であり、美の広告塔でもある。彼女たちの目に、直接、こんなにうつくしい絹が存在するのだと見せに来たはずの君の羽衣に、なぜあんなふうに別布が接がれなければならなかったのか──ノルシア侯国の中にさえある『半鬼』への差別は、南に行けばもっとひどくなる。……君は、それを身をもって経験させられたんだろう?」
嗚咽をこらえきれず、ローサはカーナに着せた外衣を掴み、胸に顔を伏せた。




