燭台の灯
一年で、もっとも太陽の出ている時間が長い日の、前夜。
聖都ヴァーズでは、日没と同時に花火が鳴り、年にいちどの大祭が始まる。
聖都へつながる四つの街道のうち、三つは数日前から封鎖されており、今年は北へとつづく街道の入口から『信徒の宮』までが燈籠のあかりで煌々と照らし出され、ひとびとを大祭の舞台となる聖壇へと誘っていた。
『宮』へとかかる橋の関所で幾許かの御布施とひきかえに燭台を受け取った信徒たちの列が、丘の上の聖壇広場まで、次第に濃くなる闇にひとすじの光の道を作り出す。
やや楕円に欠けた月が東の空に昇った夜の十時半ごろ、ローサは黒い外衣すがたで『祈徒の宮』に足を踏み入れた。
隣には、フードつきの外衣で頭から黒一色に覆われたカーナがいる。
十時をすぎても、ひとつだけ部屋のあかりが消えずに残っていた医学舎に乗り込み、これを着ていっしょに来てと迫ったローサに、金色の髪をひとつ掻き回しただけで、カーナはおとなしく従ってくれた。
「君は、白蝶殿のそばにいなくていいのか」
「ルエ様には、これまでずっと支度を手伝ってきたものらがおるだで。……あっ、でも、大祭のときだけ白蝶の羽衣につけられる鈴は、おらが縫いつけさせてもらっただ。それに、髪紐もおらが三日かけて組んだものだで」
「それでも。君は、俺といっしょにいてはいけないはずだ」
「大丈夫だで、蝶と知れなければええ──」
ローサのことばの途中で、カーナが一歩前に出た。
広い背にかばわれたときには、ローサも木陰にともる燭台のあかりに気づけた。
「蝶だと知れたら、重大な破戒行為により、舞徒の籍を抹消され『宮』から追放される」
ひんやりとした口調に蒼くなったローサの耳に、音楽的な微笑が聞こえてくる。
「まったく。君はまさに、ルエの弟子だな。蝶はみな、自らすすんでカゴの中に囚われているのに。どうしてそう戒を破りたがるの」
甘いひびきを持つ、その声がだれのものだか思い当たった瞬間、ローサはカーナの体を押しのけ、ほのかなあかりに目をこらした。
「か……カナリア様、だか? なして、ここに? 旅に出たんじゃなかっただすか?」
土を踏む足音が近づいてくる。
あたたかな色のあかりに浮かび上がる上衣の色はそうと分かりにくいものの、たしかに白い。
ローサはあわてて両膝を折った。
「僕にも、大祭で歌う役目があるんでね」
「だども、神官長殿は、たしかに──」
「旅に出たのは、もともと地方に歌を届ける役目を担う赤カナリアだ。『神のカナリア』は、なにも白カナリアだけではないんだよ」
「べつのカナリア様が嘘をついてくださっただか? なして……?」
グリークの表情が、わずかに沈む。
「君がルエのために嘘をつこうとしたように、僕をかばって嘘をついてくれるひとがいては、おかしい? ──それよりも。頑固なルエをもういちど舞わせるためには、こういう取り引きをしたにちがいないとおもっていたよ」
グリークの視線が、立ったままのカーナへと移る。
燭台をかかげ、その顔を照らし出したグリークは、つ、と両目を細めた。
「なるほど…………君が、舞徒の頂点に君臨する『光の蝶』を、『女』に墜した男か」
カーナは何も答えず、グリークの顔を見返している。
数秒、無言のまま視線が絡んだ。




