身代わり
「…………ルエ様は、どうなっただすか」
「幽閉されている。施錠され、枷を付けられているにしても、『神の蝶』は敬いの対象。ひどい扱いは受けないから、安心していい」
「ルエ様はどうなるのだす?」
「相手は稀代の白蝶だからね。ヨーク師としては許したいのが本音だろう。年に一度の大祭も近い。神のために舞うと誓いさえすれば、おそらくは水に流してもらえるはずだ」
中性の美貌から、寂しげな微笑がこぼれた。
「白蝶は、人間の男のものになどなれない。一生、『宮』の中で生きていく囚われの身──どんなに望んでも、もう男にはなれないカナリアといっしょだ。……そんなこと、ルエだって分かっているはずなのに」
「ルエ様は、自分の心に正直な人だで」
そうだね、とグリークがうなずく。
「僕は歌うことが……ルエは舞うことが好きだった。ただ、それだけのことなのにね」
太陽のひかりをおもわせるのがルエなら、グリークはまるで月光だ。
そう、しっとりとした彼のつぶやきを耳にしておもった。
そして、ローサは唐突にひらめく。
「もし──ルエ様の想う相手がカナリア様なら、大目にみてもらえるのではねーだか!?」
グリークの視線に、ローサは必死で訴えた。
「『男』でないのなら、まちがいなど起きるはずもねーと安心できるはず。お願いだす。あのひとは、ルエ様を我が物にしようなどとは考えていねーのずら。ルエ様の想いなんて知らず、知ったところであのひとには白蝶をさらうことなどできねーだで。どうか、身代わりになってくれ、……くださりませ!」
腰からまっぷたつに頭を下げたローサの頭上で、音楽的な微笑が聞こえた。
「君は、残酷な娘だな──」
「う、嘘をついて地獄に落ちるのが嫌なら、おらが言うだす。相手はカナリア様だ、と」
顔を上げたローサの腕をグリークが掴む。
指は女性みたいに細いのに、ぐいっ、と引き寄せる力は明らかに男性のものだった。
「僕にだって触れる指はある。抱きしめるための腕も、くちづけを交わすくちびるもね」
次第に大きくなる鼻先と伏せた睫毛の長さに、ローサの心臓が大きく跳ねる。
が、息が触れるほどに接近した顔は、すっと離れた。
「……僕は牙を抜かれた獣とおなじだ。君が言うように、まちがいなど起きようがない」
笑った顔はあまりにうつくしく、そして悲しげで。
ローサは、ルエを助けたい一心とはいえ、彼を傷つけてしまったことを悔いた。
グリークは踵を返し、二歩目で足を止める。
「ルエに舞って欲しいのは僕もいっしょだ。すこし、考えさせて欲しい──」
ローサは見えるはずもないうなずきを返し、まっすぐな背中が立ち去るのを黙って見送ること以外できなかった。




