神官長ヨーク師
ローサは羽衣を隠すこともなく、『祈徒の宮』へ行き、神官長という肩書をもつヨーク師に白蝶の件で会いたいと願い出た。
だれに『舞徒の宮』を出てきたことを咎められても、師からの羽衣停止処分に従う、そう開き直るくらいの腹は固めていた。
「ほう。ルエ・ムーが弟子を取っていたか」
ニコニコと笑ってローサを眺めたおそらく五十代の神官長は、すぐに表情を改めた。
「ルエ・ムーは、昨夜、私の元に暇を乞いに来たが……弟子のそなたは知らなんだか。何やら疲れた様子であったから、休養にでも行ったのであろうの。蝶では無理ゆえ、揚羽か舞学徒でも供につけたのではないか。なに、心配せずとも、白蝶をかどわかせるものなどおらぬ。それより、そなたは師が不在の間も、自身の舞を磨くことを考えることだ」
高位の聖職者が言うことに、嘘などあろうはずがない。
そうはおもいながら、ローサはどうしても釈然としなかった。
心配すると分かっている徒妹になにも告げずにルエがどこかに行くことなど、有り得るだろうか。
考えれば考えるほど、否定の念が強くなる。
三カ月半そこらのつき合いに過ぎないが、居るのを忘れられるほどちっぽけな存在だと感じたことは、いちどもない。
仮に、ローサに黙ってすがたを消すことがあるとしたら、それこそ事前には明かせない行動──つまりは、破戒におよぶときくらいだろう。
が、カーナは医学舎にいたし、神官長はルエが休暇をもらいに来たというのだ。
ともかく、舞学舎でルエに同行したという揚羽か舞学徒の存在が確認できれば、神官長のことばがひとつ裏付けられる。
足早に『学徒の宮』に引き返そうとしたローサだったが、人目を避けたせいで、とちゅうで現在地が分からなくなってしまった。
『祈徒の宮』は、それだけで故郷のキナキナ村がすっぽりと納まるくらいに広大なせいだ。
太陽の位置で方角を確認しようと、両腕をひさしに空を見上げたときだった。
真後ろにひとの気配を感じた刹那、ポン、と左肩を叩かれる。
ローサの身が軽ければ、二十センチは飛び上がったにちがいない。
「お……ワタクシ、急いでいるだで」
ふり返りもせず立ち去ろうとしたローサの左の手首ががっちりと掴まれた。
「待って」
なめらかな美声に、つい、ローサはふり返ってしまう。
男か女か分からない声に負けず、そこにあった顔も男か女か判別がつかないほど、やさしげな面差しをしていた。
いや、女性であるはずがない。
ローサとほぼおなじ身長の女性など、故郷の村以外でお目にかかったことはないからだ。
だいぶ遅れて、ローサは相手が身につけている丈の長い上衣が、立襟からすそまで白いことに気がついた。
考えるより先に跪くと、銀糸の刺しゅうが見事な上衣の布を手に取り、そっとくちづけた。
手ざわりで、上質の絹だということが分かる。
医師も白衣を身につけるが、素材は漂白しやすい木綿のはずだ。




