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もみの蝶  作者: カノウラン
2:異教徒
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希望

「こないだの件、仮説を立ててみました」


座面よりも高く上げたルエの右足から包帯を取りながら、カーナが低い声を落とす。


「こないだの件って?」

「最初にここに来たとき、どうして『鬼肌』を恐れる必要があるのかと言ったでしょう」

「略奪の歴史のせいだとおしえてくれたわ」

「北の民を忌み嫌う理由なら、それだけで充分ですが。たしかに、南の民はわれわれに触れられることを恐れているふしがある。鬼になど見えない──そのことばが真実なら、鬼にこじつけ、信徒がもっとも恐れる地獄行きまで突きつけて、接触を避けなければならない理由があるのでは、とおもったのです」

「理由って、どんな?」


カーナは、ルエの問いにすぐには答えず、手の中で包帯を折りたたんだ。


「ノルシア北部の村がいくつも滅んだ歴史から推察するに──南の民にとって致命的な、なんらかの病原体への、直接接触感染……」


首をひねったルエだけでなく、べつに興味もなかったローサでさえ、ビョウゲンタイって何ずら、と訊ねずにはいられなかった。


「顕微鏡により、疾病の原因となる微生物を特定することが可能になって、およそ百年。にもかかわらず『鬼肌』が古い時代から変わらない伝承で語られるのみなのは、研究する術がないだけでなく、そもそも必要性もないからでしょう。──でも、私はちがう」


カーナは、表情の薄い顔にはじめてそうと分かる微笑を浮かべ、包帯を握りしめる。


「もしも、『鬼肌』への恐れが感染病に起因すると立証できれば、わが同胞を、千年近い差別から開放することができるかもしれない。こんな希望はありません。あなたたちふたりに出会わなければ、きっと考えもしなかった。心より、礼を言います」


ローサはルエと顔を見合わせた。


「おらは、べつになんもしてねーだ」

「君の生まれ育ったキナキナ村は、ゲルーンにたびたび襲われながらも存続する唯一の村。それが、ノルシアでも知られた混血の村だというのは、仮説を導く最大のヒントになったと同時に、立証の鍵となるにちがいない」


ローサにはカーナが何を言っているのかさっぱり分からない。

ただ、『鬼肌』への差別がなくなれば『半鬼』や混血の村だって差別されることはなくなるはずだ、とはおもう。


「あなたが困難をいとわず医師をめざすのは、同族のひとびとを救いたいからなのね」


このときのルエの声は、いつもとどこかが違っていた。

考えようとしたローサの意識は、すぐにカーナの返事にすくい取られる。


「ええ。神のいないゲルーンでは、弱きもの、心やさしきものから死んでいく。彼らを救うことができなければ、北は永久に凍土のまま、希望が育つこともない。私が医学舎に迎えられたことは、ゲルーンが変わる、千年でただ一度きりの機会──このいのちも、人生も、すべてその一事に使うと決めています」


カーナは、窓の外に視線を向けた。

太陽に照らされた風景に、まぶしげに目を細める。



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