『光の蝶』の生態
「ふしぎねえ。どんな絹糸をつかえば、こんなふうに色が変わる羽衣が織れるのかしら」
ローサがやぶれた羽衣を縫い合わせ、手に入れたうすい生地を接いで見目良く修繕している横にきて、ルエは布をつまみ上げてはよく首をかしげていた。
あんまりふしぎだとくり返すので、蝶のトップに君臨する師に向かって僣越だとはおもいながらも、ローサは太めの糸を用いて、かんたんに織りのちがいについて説明したことがある。
「ルエ様。蝶の羽衣に使われる絹の中で上質なものは羽二重といって、平織の中では光沢のでる織り方なのだす。だども、おなじ絹糸でも、こげに、たて糸ばかりが浮き出るように織れば、うきが密に並んで強い光沢がでる──これを、繻子織というだす。色が変わって見えるのは、たて糸とよこ糸にべつの色を使ってあるからだで、ふしぎでもなんでもね。どちらも、北の異教徒たちに学んだ織り方だども、色糸と白糸を組み合わせた平織ならば、大昔から神国にもあっただよ」
ルエは、7つも年下の弟子のはなしを乗りだして聞いてくれただけでなく、ローサにとってはどうということはない知識を、心から感心したように褒めてくれた。
できなければ生きていけないくらいにあたりまえだった針仕事も、ルエにかかれば、目をきらきらさせて称賛するに値する技におもえるらしい。
「すごいわ。どこがやぶれていたのか分からないくらい、きれいな縫い目。ローサはものしりなだけでなく、本当に器用なのね。私の髪もあっという間に束ねてしまうし。ナイフを使っても手を切ることがないだなんて」
「……果実ならおらがいくらでも切るだで、ルエ様はナイフを持ってはなんねーずら」
マンゴーを割ろうとして、どうしてマンゴーは窓から飛び出し、ナイフが足の指の間に突き立つようなことになるのか。
ローサにはさっぱり分からないが、十五年間生きてきて、あれほど肝が冷えたことはなかった。
「ねえローサ、あなた、私が果実の皮を剥かせたり、髪を結わせるために自分を徒妹にしたのだと誤解してはいない? ちがうのよ」
「おらは、どうして今まで弟子をとらずに生活できていたのかが、ふしぎだす……」
なんと、ルエは衣の紐を結ぶことさえままならないひとで、ようやく結んだとおもえば、こんどは解くことができず、終いには結び目をこんがらがらせるという特技をもっている。
「だって、背中は見えないじゃない」
そのことばを聞いて以来、紐はローサが結んでいるが、ルエがあたりまえのような顔をしたことはいちどもない。
毎日かならず、ありがとうとほほえみをくれるし、いかにローサのもつ器用さがすばらしいかを語ってくれる一方で、うまくできない自分に対して卑屈になるようなことは決してなかった。
それは、苦手なことでも時間をかければできるという前向きさと、出来の良し悪しになど頓着しないおおらかさを持っているからなのだろう。
第一、ルエは舞えば、この世のものとはおもえないほどにうつくしかった。
ルエの手が、ナイフをあやつったり紐を結んだりという俗事のためではなく、羽衣をひらめかせる天命のためにあることは、疑いようもない。
それでも、舞さえすばらしければ他のことはどうでもいいではないかというのは周囲の意見であって、ルエ自身にそんな開き直り方をする様子はみじんもなかった。
「師は、私に雑用など申しつけなかったわ」
それはそうだろう、とローサはおもっただけで口にはしないでおいた。
「舞以外のことにどれほど時間がかかっても、うまくできなくても、それで叱られたこともないの。ただ、舞の上達に割ける自分の時間が減ってしまうだけ。でも、ローサが来てくれてから、二時間ほどもよけいに外で舞えるようになったのよ。感激だわ」
実際、ローサが弟子になっていちばんおどろいたのは、ルエが小休止を挟みながら朝から晩まで飽きることなく舞っていることだった。
頻繁に果樹から実をもいで食べているのでエネルギー切れを起こすこともなく、ローサには少々きつい日差しの下でも、心地よさそうなルエの表情が変わることはまずない。
『舞徒の宮』で、ルエ以上に長く舞う蝶はいないし、ルエほど舞を愛し、楽しんでいる蝶もいないだろうと、ローサはおもう。
──だから、怪我でいつものように舞うことができなかったこの十日ほどがたいくつで仕方なかっただろうことは、想像に易い。
偏見がなく、ふしぎなことを放っておけないルエにとって、『鬼肌』の医学徒はたまらなく好奇心を刺激される存在であろうことも。




