美
「おやめなさい。見苦しいわよ」
きびしい口調とは裏腹のやわらかな声音。
ひかりを浴びて黄金のかがやきを放つ肌は、それだけで『光の蝶』の名にふさわしいものだった。
すらりと長い手足は、野生の動物をおもわせるむだのなさで、舞うための肉体であることは一目瞭然──
それでいて、小作りな顔やほそい腰は、清楚な美に満ちている。
みどりの黒髪と白い衣の対比とも相まって、まさに天から舞い降りた女性といった風情で、我知らず膝を折ったローサは、頬に触れられるまで自分が涙を流していることにも気づかず、ただルエのことを仰ぎ見ていた。
「羽衣は蝶のいのち。片時でも身から離してしまったことは、あなたの落ち度よ」
頬をぬぐい諭すように言ったあと、ルエは表情を険しくして、けれど、と低くつづけた。
「大切だと分かりきっている羽衣を傷つけるなんて、卑劣で恥づべき行為だわ」
そうして、舞徒たちが見守る中で、ルエはローサに深々とこうべを垂れてみせたのだ。
「すべての舞徒の上に立つものとして、あなたに心から謝罪します」
白蝶が『半鬼』の自分に向かって頭を下げたことはあまりに衝撃的で、ローサの怒りや憎しみは、気づけばどこかへ吹き飛んでいた。
そのうつくしさを『光の蝶』と讃えられるひとは、外見だけでなく心根もうつくしいのだ、そうおもうとローサの心までが洗われた。
自分の羽衣を使うことさえも勧めてくれたルエの申し出は固辞して、やぶれてすこしも羽根には見えない羽衣で選考に臨むことを選んだローサの舞が、どれほど無様なものだったかは分からない。
ただ、だれからも弟子に取るという声はかかることがないまま、制限時間まで舞いきったローサのことを待っていたのは、ルエからのあたたかな抱擁だった。
「立派だったわ。うつくしさを象徴する羽衣を失ってなお、舞える蝶がどれほど居るか。あなたの身は、私が師としてあずかります」
『半鬼』などを、とだれかがもらした声が聞こえたけれど、ローサは怒りよりも、その声のおかげでルエのことばが幻聴ではないと実感できたことに、感謝さえおぼえた。
「ワタクシ、精いっぱい励むだす!」
自分のことを「おら」だなんて呼んでは聖都で笑われます、と舞の先生から注意されていたローサは、ちゃんと「ワタクシ」と言ったにもかかわらずなぜどっと笑われるのか、ふしぎでならなかった。
それでも、その美貌をほころばせたルエが、かわいい、と褒めてくれたので、だれに笑われようとも気にせず、以降も故郷のことばを使いつづけている。




