アイとカタリナ
次の日になった。
今日はアイとカタリナが会う日だ。
リビングへ行くとカタリナが居た。
「おはよう、リナ」
「に、にいちゃん。おはよう…」
カタリナは朝から緊張している様で返事が固い。椅子に座り、何かを考える様に虚空を見詰めては、ため息をついている様だ。
カナンはカタリナとアイの予定を合わせる為に話し掛ける。
「アイの準備あるから先に出るけど、どこで待ち合わせする?」
「えっと、あんまり人が居ない所、かな」
「人が居ない、か。今日は光の日だから中央区は混んでるし、ここら辺は家の店があるから人が多いか…」
光の日は学校や役所など、公共機関は休みなのでカナンは悩む。
そこでアイが話し掛けてきた。
『東区の公園は広いから大丈夫じゃない?』
カタリナが居る為、返事をしないようにカタリナに提案する。
「あー、東区の公園にするか?メガネしてれば知り合いにも気付かれないし。」
カタリナはよく話しかけられるので、変な横やりが入らない様に認識阻害メガネを渡す。
「分かった。じゃあ準備したら先に待ってるね。アイさんと二人で話したいから、にいちゃん来ないでね」
「えっ?」
カタリナは話している最中もカナンと目を合わせずに話し、突き放すように部屋に戻っていった。
「さて、アイは準備出来たか?」
『ええ、準備万端。妹ちゃんの言う通り、アキは来なくて良いわよ。少し話すだけだし』
「王女の一件があるから心配なんだが」
『お願い。女同士で話さないと意味が無いのよ』
「いや、女同士って言っても妹だし、ただ紹介するだけでしょ」
『分かって無いわね。妹ちゃんだって女同士を望んでアキに言ったのよ?』
「むぅ、俺がしゃしゃり出てリナに嫌われたくないな…」
『そうそう。ドンと構えて待っててね。旦那様』
「分かったよ。終わったら迎えに行くから呼んでくれな」
『ウフフ、了解』
カナンは自分も行きたいと匂わせて少し粘ったが、こうなったアイはテコでも動かないなと諦めた。
カタリナが出て行って少し経った後、アイも公園に行った。
1人になったカナンは少し暇になり。
「何しようかな、家に誰も居ないし…研究資料でも読むか…」
森以外でアイが離れる事は無い為、若干の寂しさを覚えながらカナンは資料を読む事に決めた。少し心配そうに玄関の方をチラチラ見ながら。
――――
アイはカナンから渡された認識阻害のメガネを掛けて、公園まで歩く。
格好はいつもの藍色ワンピースにサンダル。
照り付ける太陽が植林された木に遮られ、木漏れ日が綺麗だ。
初夏の緑の匂いが公園に充満していた。
「妹ちゃんは、あ、居た居た」
カタリナはベンチに座り何かを考える様にボーッとしていた。
服装は白いワンピースを着て、綺麗な金髪がシンプルな服装ながらもカタリナの可愛さを引き立てている。
アイはスタスタとカタリナの元へ行き、少し屈んでカタリナと目を合わせる形で話し掛ける。
「こんにちは、カタリナちゃん。初めまして、アイです。」
カタリナは話し掛けられてビクッとしながらもメガネをかけた藍色の少女へ敵意を持って挨拶をする。
「っ初めまして、カタリナです…(来たわねラスボス)」
お互いメガネを外して姿を確認。
アイは元々認識阻害は見破れる為、最初からカタリナをよく認識していたが、初めて会う様に微笑み。
「カタリナちゃん。可愛いね」
「ぬ…わ…るぇ…るぇべぇるが…ちがう…(これは…強すぎる…)」
カタリナはアイの美しさ、気品さ、包容力に圧倒され戦慄している。こんなのもう女神様じゃないかと呟きながら、自分との差を実感し硬直した。
「ん?大丈夫よ、固くならないで。お話しに来ただけだもの」
「で、ですが…うっ…(負けるなカタリナ!)アイさんは…にいちゃんと、付き合っているんですよね…」
アイの薬指に嵌まっている指輪が見えてしまい、カナンからプレゼントされたものだと確信。泣きそうになるのをこらえ、言葉を紡ぐ。
アイはカタリナの目線に気付き、自慢気で幸せそうに微笑み。
「ええ、そうね」
アイの肯定にカタリナにクリティカルダメージ。
「ふぐっ…(なんて…こった)」
カタリナのライフは点滅している。
アイは身を乗り出してカタリナに迫るように本題を切り出す。
「ねえ、カタリナちゃん」
「は、はい」
「お兄さんの事、好き?」
「はい…?」
「男として?」
「_っ!(何故知って)…はい」
「それは、いつから?」
「物事着いた頃にはもう好きでした…(にいちゃん…)」
「そう、告白しないの?」
「うっ…にいちゃんは私を妹としてしか見ていません…それに、アイさんが居ますから」
はははっと渇いた笑いを浮かべるカタリナに、アイは不思議そうに首をかしげ。
「ん?彼が受け入れてくれるなら、何人居ても良いんじゃない?ティナだって告白したわよ?」
「…へ?なん…だと(妖精王女!抜け駆けしおったな!)」
「それに、この世界は誰とでも結婚出来るわ。たとえ兄妹でも」
「それは…知っています(…この世界は?)」
抜け駆けした同盟者に呪詛を吐きながら、アイの言葉に違和感を感じるカタリナ。
「なら私達と一緒に彼を愛さない?」
アイは力強くカタリナを見詰め、王女へ言ったセリフをカタリナにも伝える。
カタリナはアイを尊敬の眼差しで見る。
自分には出来ない発想。
独り占めしたい自分とは違う広い心。
「(ああ、なんて格好いい人)ですが、私には…」
「誰にも言えない秘密がある?」
「へ?」
「あら、違ったかしら?」
「(にいちゃんは知らないはず…)何故…いや…あの…えっ?」
カタリナは自分の心を見透かされる様な気持ちで混乱する。そして気付いたらふわりとアイに抱き締められていた。
「今まで…誰にも言えなかったんでしょ?辛いなら言ってごらん。大丈夫私が居るから、力になるから。」
今まで誰かに言って欲しかった。寂しかった。分かって欲しかった。そんな思いがカタリナの見開いた眼からじわじわと溢れ。
「…………うっ…うぅ…わだじ…わだじ」
「泣いてからで良いのよ」
「うぅ…ふぐぅ…」
「よしよし」
アイに身を任せるしかなかった。
……
……
少し落ち着いた様子のカタリナは、自分を分かってくれる存在が出来て憑き物が落ちたような、晴れやかな笑顔でアイに向かい合う。
「ありがとうございます…こんな事言ってくれたのアイさんが初めてで…」
「ウフフ、良いのよ。私、貴女の事は好きだから」
「私も、アイさんが好きになりました。最初、にいちゃんを盗られた!くそ!って思ってた自分が恥ずかしいです」
えへへと恥ずかしそうに笑うカタリナ。
「嬉しいわ。ねえ、カタリナちゃんは、記憶がある人なの?」
「__っ!流石ですね。そうです。前世の記憶があります」
「それは、地球の?」
「…へ?あ、はい。地球の、です(地球を知っている?何者なの?)」
地球という言葉を人から聞いたのは初めてのカタリナ。今まで文献などで迷い人の記述を見るくらいだった。
「貴女は地球で何を願ったの?」
「…願い?ですか?」
「ええ、この世界は純粋な願いが叶いやすいのよ」
私も願ったのと微笑みながら告げる。
カタリナは思い出す様に遠くを見詰め。
「…私、前世で事故に遭って死にました…事故で死ぬ前に…もう一度、行方不明になった兄に会いたいと願った気がします」
もう戻らない幸せな日々を思い出しながら儚く笑う。
「そう…そのお兄さんには会えた?」
「いえ…そもそも世界が違いますし…」
私も死んでしまいましたし…と付け加える。
「(あれ?気付いて無い?)ねえ、話は変わるけど伝説の魔法使いって知ってる?」
「あ、はい。噂になっていますよね。200年前、勇者より強い魔法使いが居たって」
「ええ、彼はこの世界を救ったのよ。命をかけて1人で神と闘ったの」
「へー、凄い格好いいですね!その人!」
「ええ、凄く格好良いのよ。彼の名前知ってる?」
「いえ?名前までは…」
ごく一般的な噂しか知らないカタリナに、アイは国の上層部しか知らない真実をカタリナに告げる。
「藤島秋」
「……へ?秋…にいちゃん?」
「ええ、世界を救った英雄よ?」
「な…なに…を…じゃあ…もう…」
「ええ、神と共に消滅したわ」
探していた、ずっと探していた。兄の死を知ってしまい。
「うぅ…なんて…こと…」
200年前、どうしようもない。変えられない過去に茫然と虚空を見詰め、前が見えない程に流れる涙。
アイは少し胸を痛めながら、そんなカタリナに国の上層部すら知らない真実を。
「でも彼は願ったの」
「……」
「来世では自由に生きたいって」
「…じゃあ…生まれ…変わった…ですか」
「ええ、藤島秋は生まれ変わって…」
少しの希望にすがるカタリナを見て、安心しなさいと言う様にニッコリ笑う。
「カナン=ミラとして生きているわ。良かったわね、春ちゃん」
カナン、自分の今の兄がずっとずっと探していた。
大好きな秋にいちゃん。
200年前に死に、もう会えないと思っていた。
今はただ、感謝しよう。
この奇跡の様な出逢いに。
カタリナは天を見上げる。
「…ああ……涙が…止まりませんねぇ……」
「ウフフ、今日は沢山泣きなさい。」
アイはこんな私でも貰い泣きなんてするのね、と呟きながらカタリナを抱き締める
「…はい……」




