王女と踊る2
椅子に座り、微笑むアイ。
「まずは、私の紹介が先ね。とりあえずどうぞ」
少し長くなりそうだから。そう言って石の空間から紅茶を出す。
「ありがとう、ございます」
どんな話が待っているのだろう…そう緊張した王女も椅子に座る。アイと王女が対面し、アイは微笑み、王女の表情は固い。
そしてカナンは放置された。
アイは分かりやすく説明する為に、手を水に変化させ。
「私ね、人間じゃないの」
「えっ?でも人間にしか」
「貴女に分かりやすく言うと魔王よ」
「__ヒュッ」
魔王、さらっと言われたが、王族として聞捨てならない名前に王女の目に恐怖が浮かぶ。
「恐がらないで大丈夫、彼の味方には手を出すことは無いわ」
だが敵には容赦しないという眼を向ける。さらに王女の表情が固くなった。
「な、何故ま、魔王が(人間じゃないならチャンスかな?)」
「彼とは契約でね。今貴女は人間じゃないと聞いて少し安心した様だけど…彼ね、6年前に出逢ったその日にプロポーズしてくれたのよ」
どや顔でフフフと笑う
「ぷ、ぷ、ぷろぽーず?!」
プロポーズ、自分に向けて欲しかった言葉。王女は信じられないと驚愕しカナンを見るが、カナンは動かない。
「あれ?カナン、君?」
「ああ、今は放って置いて良いわよ。意識はあるけど彼の動きを止めてるから」
止まっている。だからカナンからの邪魔は入らないと伝える。
王女はそれだけ重大な事実があるのだと感じてしまった。
(アイさーん!)
カナンの心の叫びが虚しく響く。
「は、はい。(勝てる気がしない…でも負けちゃだめ)」
「フフフ、人間じゃない私を受け入れてくれるなんて、良い男よね。そのお陰で私は彼の記憶を少しずつ夢に観るようになったのよ」
(えっ?そうなの?…だから、がってんとか変な言葉覚えてたのか…)
それと同時に黒歴史がバレたのか!と1人戦慄し、動かない身体を動かそうともがく。
「記憶…(羨ましい)」
「最近ちょっとあって、その記憶が一気に流れて来てね。つい夢中になっちゃった」
言ったら嫉妬するわね、と唇に手を当て微笑む。
(えっ?だから長かったの?変な事言わないでー!)
「だから少しだけ教えてあげる。これは彼の前世の話」
「前世の…(記憶が、ある?)」
「彼は魔法の無い世界から来た迷い人だった。最初冒険者として活動しようとした彼に、様々な問題が降りかかる」
「迷い人…環境に適用出来ず直ぐに死んでしまう人達の事ですね。(カナン君…)」
(なんだこれ?緊縛放置羞恥プレー?あ、でもご褒美だと思えば気が楽になるな)
無視され続ける状況。カナンは悟りを開きつつある。
「そう、字が読めない、お金が無い、身分証が無い、頼れる人も居ない。そんな人が行き着く先は分かる?」
「…スラム街」
「正解、彼は懸命に生きた。いつか元の世界に帰れると信じて。でも上手くいかず、空腹で動けなくなって絶望した時に、孤児院の人に少しだけ食料を分けて貰えたのよ。それで死の淵から抜け出した時に目覚めたの。自分の魔法の力に」
魔法なんて誰でも使える。迷い人の性質を知らない王女は確認の為にアイに訪ねる。
「…どんな、魔法ですか?」
「時空魔法よ」
「じ、くう…そんな…囲う為に国が動く」
「ええ、動いたわ。スラムで彼を良く思っていないヤツが彼の情報を売ったのよ。銀貨1枚で」
「銀貨…それだけで売るなんて…」
「それからは早かったわ…国の言う事を聞かなかった彼を、当時の王は無理矢理召集したの。孤児院の子供を人質にしてね」
「そんな…」
「そして、王と王女が王族に逆らえない様にこれを胸に刻み込んだの」
分かるかしら?そう言って黒い印を書いた紙を見せる。
そして、その印を知っていた王女の目に涙が浮かぶ。
「ど…奴隷紋…王国法では500年前から禁忌とされているのに…」
「ええ、王女…グリーダ姫は彼の目の前で子供を殺し、心を折って服従させるために拷問したわ」
王族が、自分の先祖がそんな酷い事を…王女はもう涙が流れ続け。
「なんて…事を…」
国に対する失望と共に、心が削られる。
(あれは痛かったな…心が)
カナンはアイの眼を見て、憎しみを持った眼を見て悟る。(…アイは全て観たんだな。)
「…この国は良い物を輸出してるわよね」
「…えっ?生地、魔導具、ポーション…」
「ポーションの種類は?」
「グレーターポーション…__っ!まさか!」
「そう、腕を切り落としても治るポーションが拷問に使われた。勿論、王女主導でね」
ゆらりと立ち上がるアイは、悲しみ、怒り、憎しみ、負の感情を持った眼で王女を見据え、少しずつ王女に近付く。
「……もう、やめて…」
そんな眼で見ないで、私は何も知らない。ぶつぶつと呟きながら、王女も立ちあがり後ずさる。
(やばい、王女の心が折れるぞ、アイ!)
アイは王女の頬に手を当てる。王女の向こう側を視るように眼を細め。
「妖精の様な顔…本当にそっくりね。」
ゆらゆらと揺れ動く、涙でぐちゃぐちゃな王女の眼を見詰める。
(やめろ!言うな!)
「グリーダ姫に」
冷えきった目線で告げる。そこには王族への今にも殺してやりたい感情が溢れる。魔王の威圧が漏れてしまうほどに。
「あ…あぁ…いや…いや」
王女は崩れ落ち両手で顔を覆う。見ないで欲しい。私の顔を。私は違う。重ねないで。
「クリスティーナ、まだ序盤よ。…まあ、まだ12歳の貴女には酷かもしれないわね。好きな人の心を抉った存在と顔がそっくりだなんて。でもね。歴史的に見ればグリーダ姫は功労者なのよ?」
本当に不本意だけどね、と付け加え。
王女が何故そんな非道な人間がと言いたげにアイを睨む。
「彼の、アキの心に憎しみの火を着け、アキは力を求めた。だから貴女達人間は安全に生きられる」
「…どういう事ですか」
「アキは世界を救ったのよ。魔王を依り代に顕現した邪神に独りで立ち向かってね」
「邪神、そんなの…歴史には…」
「消したのよ、この国は世界を救った英雄の存在を」
「ぐぅ…あんまり…ですよ」
もう駄目だ。もうこの国の王族であるという誇りは砕け散った。
(アイさーん!帰ったらお仕置きですよー!)
傍観者カナンの声は届かない。
アイは見定める。これで立てなきゃアキには相応しくない。本当にアキを思うのなら立ち上りなさい。王女を見て胸を痛めながら心を鬼にする。
「…聞く気があるならこの先はまた今度ね。もう一度聞くわ。貴女は彼の隣に立てるのかしら?」
「……(こんなの…立てないよ)」
「良いの?彼を一人占めしちゃうわよ?」
「い…や(この血が嫌い)わたし、には、資格が、ありません。」
「王族だから?」
「…」
「辞めちゃえば良いじゃない」
「えっ?」
「王族」
「そんなの」
「出来るわ。アキが今戦う理由は自由に生きるため、守りたい者を守る為。貴女も自由に生きる為に戦ってみない?」
「自由に」
「そう、自由に遊び、自由に笑い、そして自由に恋をする。貴女には出来るわ。クリスティーナ」
「私に…出来るかな…」
「ウフフ、世界の英雄。世界の頂点に立った魔法使い。そんな伝説の魔法使いと結ばれるなんて…最高じゃない!」
貴女はそのチャンスを自ら蹴るの?と挑戦的に見る。
「私は…」
「もっと貪欲に生きなさい。貴女は王女である前に」
アイは王女に手を差しのべる。この手を取れば仲間よ、というように。
「1人の女の子よ。女の子なら恋に生きなさい」
王女はアイの手をじっと見詰める。彼のお陰で私は笑える。彼のお陰で恋が出来た。私を闇から救ってくれた。そんな思いがぐるぐる廻る。
アイの左目がキラッと光り王女を鼓舞する。
「全てを捨てる覚悟があるならば、私達と並び合いたいと思うのならば…私と、私達と一緒にアキを愛さない?」
貴女なら出来る。アキは折れなかったのよ?と自分の事の様に自慢しながら。
「ならび…立つ!」
アイを力強く見据え、少しだけ自信の無さが出てしまい、弱々しく手を伸ばす。
その手をアイはガシッと掴み。
「ウフフ」
捕まえた、逃がさないわよと言う様に笑う。
アイは掴んだ手を上に引き、王女を立たせ。
「これで貴女と私は対等よ。ティナ」
「対等…そうね。アイ。ふふふ」
よく出来ましたと言うアイに、王女は吹っ切れた様子で笑いだした。
「ねえ、ティナ。」
「何?アイ。」
「一緒に踊らない?」
「…ええ。良いよ」
「アキの事教えてあげるね」
「私もアキって呼ぼうかな」
「そうね、この国から出たらアキとして生きると思うし」
なんてプロポーズされたの?。秘密よ。そう言ってお喋りしながら踊る妖精と海の姿は美しく。
(アイ…踊れるんじゃねえか……心を折ってから鼓舞するとか何処の宗教だよ…)
謀られた…と出ない涙を流すカナン。
………
「アイ、ありがとう。貴女のお陰で悩んでいた事がスッキリした」
「ウフフ、良いのよ。それとティナ、ごめんなさい。貴女の心を傷付けてしまったわ。」
お詫びと言っては難だけどと言いながら動かないカナンを指差す
(アイ、まさか!)
戦慄するカナン。
「ティナ、今がチャンスよ!」
「えっ?でも…」
顔を赤くしてチラチラとカナンを見る
(やめろー!)
「大丈夫よ。多分動けない状態をご褒美だって思ってるから」
「う、うん」
アイに唆され、カナンに近付く王女。
(ああ、だめだ。王女はもうアイの味方だ…)
そして王女に長いキスをされ。
夢が叶い、真っ赤な顔の王女と。
「うぅ…またね、アイ、アキ」
「ええ、怒られそうだからこのまま持って帰るわ。通信でお喋りしましょ?」
良かったねと、ニヤニヤするアイ。
「うん!」
そしてアイに担がれるカナン。
(どんなお仕置きが良いかなー)
そうしてアイはトウッとジャンプ。家の前に降り立ち、逃げるように石に戻った。
真っ白に燃え尽きたカナンはフラフラと眠りに着いた。




