藍と紅2
凍りついた時の中で、向かい合うアイと紅羽。
本来有り得ない状況。
ひきつった顔で希望を持ちながら、紅羽が訪ねる。
『こんな大魔法維持するのに魔力が持つのか?』
「魔力消費の概念も凍らせてるのよ」
『見事、だな』
「何時間でもお喋り出来るわねー」そう平然と告げるアイに、魔力消費による時間切れを狙った時間稼ぎは、無駄な様だと諦める。
そして流石私…とアイはどや顔を向け、紅羽は苦笑。
「そうだ、貴女は何故闘っているの?」
『何故、か。それは神に抗う為だ』
神が居るであろう天を向き、儚く告げる紅羽。
アイは予想していなかった答えに首をかしげる。
神と言われても、思い浮かぶものが限られるし、何より信憑性の低い存在。
「神?って女神?」
『ああ、何故我らが女性型で生まれるか、分かるか?』
「愛を知る為?」
『はははっ、それもあるのだろう。だが我が聞いたのは、女神の依り代となる為』
アイは眉をひそめる。女神の依り代…そんなの、何の為に生まれているのか解らない。
そもそも魔王が依り代になり得るものなのか。
「……私達は器なの?」
『魔王が成体になり、討伐などで魔王の存在が薄くなると、隙を見た女神が魔王を乗っ取り顕現する』
「それは確かなの?」
『ああ、我を封印したあやつが言っていたぞ。確か…ファーとかと言う国の王国暦800年とやらでは邪道の魔王から邪悪の女神が顕現したと』
「…まって…何故、千年以上前の人間が知ってるの?」
『どういう事だ?』
「ファー王国暦800年は…200年と少し前よ」
ファー王国は私達が住んでいる国、間違いないというアイの表情は固い。
200年前と聞いて紅羽が眉を潜める。
あり得ない。何故知っているのかという疑問が溢れ出してきた。
『なんだと?』
「その人はどんな人?」
『ああ、我の髪よりも薄い髪をした…名は』
紅羽は記憶を呼び戻す。
――――
『貴女の名前、教えてよ』
『我の?…名は無い』
『じゃあ…紅羽!今から紅羽だよ!』
『ふん、紅羽?まあ…貰っておこう』
『へへへ、良かった!アキっていう私の大事な人の国の言葉から取ったんだよ!…でもごめんね。私には、これくらいしか出来ないから』
『今更何を言っている?…一応お前の名も訊いておいてやる』
『私?んー…特別に貴女には教えてあげる!私の名前は…』
――――
『…イリア』
アイは予想が当たってしまい、ため息を一つ。
イリアは秋と旅をしていた聖女。
同じ名前の別人という線もあるが、同一人物と考える方が自然。
「…フフ、多分生きてるわよ。その子」
『…何故そう思う?』
「だって、アキが惚れた女ですもの。老化ぐらいじゃ死なないわ」
『アキ?あの小僧か、カナンとか名乗っていたが』
「カナンは今の名前、アキは前世の名前よ。イリアの旅に同行していたらしいわよ?」
『アキ…思い出した。イリアが言っていたアキって奴はあの小僧か…くっくっく』
アイは嫌な予感がして前のめりに訪ねる。
予想が再び合っていそうな嫌な予感。
「なんて言っていたの?」
『我の名前はアキっていう大事な人の国の言葉から取ったとな…くっく』
「はぁ…やっぱり…そんか気はしていたのよ」
『訊いていいか?』
「ん?」
『我の名前にはどんな意味がある?』
「紅が羽ばたく…かな?」
『…くっくっく、封印しておいてなんて名を付けるんだ。会えたら文句を言っておいてくれ。阿呆が…とな』
乾いた笑いを浮かべる紅羽。
皮肉にも程がある。飛べなくした本人は、何を思ってこの名前にしたのだろう…と。
文句を言いたいが、今となっては叶わない。
「文句なら自分で言いなさいよ」
『何を言っている?我はここで死ぬのだぞ?』
「殺せる訳無いじゃない。イリアはアキが惚れた女よ。その女が助けた紅羽を殺す?アキに怒られるわ」
『助けた?何を言っている?それに魔法を解いたら女神が来るやもしれぬぞ?』
「だからこうするのよ」
アイは紅羽に触れると…
紅羽の身体は砕け散り、
赤い宝石が残る。
アイはそれを手に取り、
口に入れて飲み込んだ。
その直後、アイから力が溢れ、赤い魔力が噴き出す。
紅羽を吸収したアイの左目が、深紅に染まっていた。
『ふん、我を吸収したか…』
左目に居る紅羽が喋る。
アイの頭の中で声が響く、少し悔しそうな声。
「これなら女神は来ないわよ?」
『…そうだな、勝者の言う事は聞くさ』
「あら、常には難しいけど自由はあげるわよ?それに…私ね、前々から貴女が欲しかったの」
アイは覚えていた…本に記載されていた紅の魔王の一文。
『我を?力を欲したか?』
「違うよ。力じゃない」
紅の魔王が復活すると聞いて欲してしまった。
どうにかして、手に入れられないかと…
『他には何も無いぞ』
「あるわ。その情熱的な想いよ」
愛した者に情熱的な愛を与える。
アイの深い愛とは違う、もう一つの愛の形。
『……』
「これでもっとアキを愛せる」
アイは望みが叶いウフフと笑い、
『はははっ、本当に…完敗だよ』
左目の紅が心底楽しそうに笑った。
______
カツカツカツとアイの歩く音が響く。
絶界の前に到着。
手を伸ばして、結界に触れると、
ボロボロと粉々に砕け散った。
一歩前に進み、時が凍っているカナンの前に立つ。
カナンはアイが零の時間を発動する瞬間までしか、闘いを見ていない。その瞬間の表情が見て取れ、アイの表情が緩んだ。
「ウフフ、こんなに心配そうな顔して。そんなに私の事が好きなのね!」
『いや、味方がピンチなら誰だって心配すると思うが…』
「……」
『どうした?』
「…ウフフ」
そしてアイは魔が差してしまう。
パチンと指を鳴らすと、カナンの首から上が戻った。
「アイ!終わった…のか。あれ?目が赤い…あれ?身体が動かない…あれ?」
アイは両手をカナンの顔に伸ばし、両頬をガシッと抑える。
カナンが動かない様に、完全にロック。
「え?何してんの?アイ?ねえ!アイさん!?」
「ウフフ、ご褒美」
「え?ちょっ!___んぐっ!」
そう言ってアイは、カナンの唇を奪った
………
………
………
ようやくカナンを解放したアイは、幸せそうに笑い、頬をそめている。
「えへへ、ご褒美!」
「…はぁ…アイ、顔赤いぞ」
「えっ?うそ?やだぁー!疲れたから寝るね!」
アイは石に帰って行き、それと同時に凍っていた時間が進みだした。
「なんだよ元気そうじゃねえか、しかも説明無しか…ん?」
(顔が、赤い?)
アイは魔法生物…体質的に顔は赤くならない。
(何でだ?あの目はきっと紅羽を吸収した…それだけで説明出来るのか?…人に近付いた?それとも…もし、他の魔王も吸収したら)
「アイはどうなるんだ?……あー、くそ。とりあえず…」
周りを見ると、闘っていた魔王と少女が消えて人々は混乱している様だ。
「帰るか」
逃げるように精霊の森に向かった。




