紅の復活
カナンは少し女神像を見詰めた後、席を立つ。
このままここに居てもどうしたら良いか解らないから。
「とりあえず街を回るかな」
女神像に背を向け入口を目指した。
その時、神殿内に声が響き渡る。
安心感のある、凛とした声色。
≪…少年よ、我に精霊石を≫
ざわっ__
『女神様!』『神託だ!』『少年とは誰だ?』
声に反応した信者達。
一斉に女神像へと視線を移し、ざわめきながらも跪き、祈りを捧げる。
女神の声を聞けた幸運に、涙を流している者も居る。
「何?精霊石?」
そんな中、カナンはパッと女神像に振り向く。
何故いきなりそんな事を言うのか理解出来なかった。
「アイ、何で精霊石?」
『精霊石で力が増えるから復活出来ると思う』
「きっと俺の事を言っているな。危険だが、立ち回り次第か。アイ、いつでも出れる様にしとけよ」
『はーい』
ざわめく神殿内で一人立つカナンは、暫し女神像を見つめた。
ここで引き下がる選択肢は無いが、どう立ち回るか悩む。
「…良いぜ」
少しの一考。
後にカナンは女神像に向かって歩き出す。
その言葉を聞いた女神像は嬉しそうな雰囲気。
それはそうだろうなと苦笑しながら、カナンはゆっくりと歩く。
人々はその光景を固唾を飲んで見守っていた。
≪赤の宝石に精霊石を≫
再び声が響く。
急かす様にしているが、落ち着いた雰囲気は変わらない。
(その化けの皮剥がしてやるぜ)
カナンはニィッと笑い、3センチ程の精霊石を取り出す。
女神像の雰囲気が歓喜に染まっていくのが解る。
まぁ焦るなよ…そう呟きながらゆっくりと、
封印された紅の宝石に押しあてた。
スッと精霊石が吸い込まれる。
カナンは後退。
直ぐに対応出来るように魔力を練る。
≪くっくっく≫
ピキ__
紅の宝石を中心に、赤色の力が増していく。
赤の女神の降臨を人々は今か今かと待つが、カナンだけは腕を組み紅を待っている。
≪この時を待っていた!≫
ピキピキ__
女神像の顔がひび割れていく。
ピシピシ__
紅の歓喜の鼓動が響く。
ざわざわざわざわ__
『女神様!』『おお!』
人々も歓喜の感情に埋め尽くされる。
この時の為に生きていた者も少なくない。
皆が涙を流して女神の復活を待っていた。
「感情駄々洩れだな、女神さん」
『閉じ込められて嫌だったからじゃない?』
「アイも一応、閉じ込められてる身だけど気持ちは分かる?」
『私のはご褒美よ』
「あ、そうですか」
次第に全体がひび割れていく。
≪くっくっく、あの女神の末裔は燃やしてやらねばな≫
パラパラと女神像が崩れてきた。
その時、女神像が放った言葉に反応する。
ざわっ__
『女神様?』『どういう事ですか!?』
「ありゃ、演技してれば良かったのに」
『女神の末裔って?』
「あー、女神の末裔ってのは」
ガラガラガラ__
女神像が崩れ去り、紅の玉だけが浮いている。
「聖女の事だよ」
紅の玉から炎が噴き出す。
思わず見とれてしまう、赤く綺麗な炎。
その炎がうねり、次第に人の形を模してきた
≪そこの人間≫
赤い炎が、神官服を来た男性を呼ぶ。
『は、はい!何でしょうか?』
≪あれからどれ程の時が経っている?≫
『あれから……女神様が眠りに着かれてから千年以上は経っているかと……』
≪千年?くっくっく、人間は千年も生きられない。女神の末裔はもう死んでいるか。傑作だ≫
『女神様…それはいったい……』
炎が静まってきた。
紅の姿が現れる。
深紅の髪に深紅の双眼。
白い肌に、
血のように赤いドレス。
その身体は全ての男を魅了する様な暴力的なボディ。
≪我は女神では無い≫
ざわっ__
『なっ!』『では何者なんだ!』『まさか!』
赤い少しつり目の勝ち気な雰囲気。
絶世の美女の姿。
絶対的な存在感。
攻撃的な赤いオーラが溢れる。
『__魔王だ』
人間を見下す冷めた視線で答える。
静寂が支配した。
魔王…人間の敵。神の敵。滅ぼすべき絶対悪。
その言葉を聞いた者の取る行動は、
『魔王!』『嘘だろ!』『うわぁー!』『……』
魔王と聞いて逃げ惑う。
信じられず呆然とする。
人々の心は、頂点からドン底に突き落とされた。
『くっくっく、逃げる場所なぞ無いと言うのに』
逃げ惑う人々を見て、見下す様に笑う。
笑っている姿も、女神と言われてもおかしくない美しい妖艶な笑い。魔王でなければ全てが完璧な女性だった。
「おー!逃がす手間が省けた!」
逃げ惑う人々を見て、喜ぶカナン。
正直面倒だったので、ほら行けほら行けと誘導していく。
「__よっこいしょういち」
やっと出番という様に、勝手に出てくるアイ。
神殿内は混乱を極めた。
「おっ、アイ今日は雰囲気違うな」
「えへへ」
今日のアイは藍色のパーカーにホットパンツ。
少しだけヒールのあるモンクシューズに、
髪はポニーテール。
そして両手に嵌まっているのは青いメリケンサック
(結局断りきれなかったんだよなー)
人々が混乱する中、呑気に雑談する二人。
神殿の中央で佇む紅の魔王。
喜びを噛み締めるように、上を見上げる。
『やっと出られた…長かった』
ステンドグラスの光に照らされて佇むその姿は、
儚く笑うその姿は、
本物の赤の女神の様で、
『やっと…燃やせる』
ニィッと嗤うその姿は、
美しくも力強い、
本物の、
「紅の魔王…か」
『少年よ、逃げぬのか?』
神殿内に残っているのは少数。
神官と神殿騎士、カナンが話したおじいさん、他数名。
「ああ。…なあ、魔王」
『ん?なんだ?』
「俺と…いや、俺達と遊ばねえか?」
少年と少年に寄り添う藍色の少女が、紅の魔王を見据える。
『くっくっく、良いだろう。精霊石をくれた礼だ。最初に燃やしてやろう』
「ははっ、ありがとよ」




