金策
砂漠に転移。
太陽を眩しく感じながら、家を出そうと思ったが大きな物を出す事が難しい事を思い出し、仕方なく魔法で砂の家を作った。
砂と言っても、しっかりと土魔法で固めた外壁に、雨漏りの無い石の屋根。2LDKのように仕切られた内装で、家具を置けば数十年くらいなら問題無く暮らせるレベルの家。
その家の窓の前に座る秋は物思いに耽りながら、ジリジリと砂漠を照らす太陽を眺めていた。時折聞こえるため息に、キリエは悩みながらも秋を後ろから抱き締める。
「秋…一人じゃないよ。私が…私達が居るよ」
「…ありがとう。ごめんな、折角の休暇なのに」
「謝らないで。こうして居られるだけでも…嬉しいから」
お互いをよく知っている訳でも、長い時間を共にしてきた訳でもないが…二人は一度心中し再会したという、何か因縁めいたものを関係。一緒に居るのは、違和感の無い当たり前のような感覚だった。
だからこそ、お互いを知りたいと思うのかもしれない。
「そういえば…父親を知らないって…」
「あぁ…私、戦争孤児でね。本当の親を知らないの」
「じゃあ、ルルとはいつから一緒に居たんだ?」
「んー…五、六歳くらいの時……町が魔物に襲われて、私以外誰も居なくなってね。一人で生活していた時に出会ったの…一緒に来ないか? ってさ」
「それは…中々…ハードな人生だよな…」
「そうかもね。でも、普通の人が経験出来ない事を沢山出来たし…気付いたら女神様だよ。友達だって出来たし…今、楽しいんだ」
新米女神としてやるべき事が多いが、一人じゃない。孤独を知るからこそ、誰かが側にいる事がどれだけ救いになるか。大切に思えるか。
秋もルビアに転移して孤独を味わったから、痛いほど解った。
「ありがとな。まぁ…春の事は悲しい。でも、受け止めるしかないんだよなぁ。何処かで生まれ変わっていたら、幸せに過ごしていて欲しい……あー! もう! 頭では解っているんだけど、割り切れっかな…」
「きっと、生まれ変わって楽しく過ごしているよ。うん」
カタリナは本当に楽しく過ごしている…という、キリエは言えなくて、とてももどかしい。これはカタリナの口から言うもの…と、心に言い聞かせた。
秋はまだ気持ちが落ち着かない自覚があったので、サティと同じ精神安定のメガネを掛ける。
それでなんとか平静を保つ事にした。
「はぁ…ルビアに帰ってから泣くか。先ずはやるべき事をしよう。日本はまだ夜…時差を見る限りここはサハラ砂漠と推測しよう。時差が八から九時間だとしたら…イギリス辺りに行けば昼間かな」
「イギリスは違う国?」
「そうだなー。帝都に似た雰囲気の街…って行った事は無いけど……よし、行けそうだな。準備は良い?」
「いつでもどうぞ」
砂漠からイギリス目指して転移した。
______
バシュン…と転移した先。
何やら足場らしきものに囲まれた建物だった。
「……何処かの建物?」
「いや、どうなんだろ…写真で見た事のある場所に転移したつもりなんだけど…」
「下に大きな時計? があるよ」
「あっ、補修工事か何かか? ここって国会議事堂らしいぞ」
外の景色は足場に遮断されてあまり見れないが、高い塔の下には大きな時計…観光名所のビックベンに来ていた。
休憩中なのか、休日なのか周囲に人は居ない…足場に飛び乗って外の景色を眺めた。
「おー! 大きな橋に何かが走っているよ!」
「あれは自動車。魔力や魔石の変わりに燃料や電気を使った乗り物だよ」
「へぇー…ずっと観ていられるねー」
「でも早く降りた方が良いな。人が来る」
ウェストミンスター橋を眺めていたが、下から上がってくる複数の人の気配がした。
直ぐに足場からビックベンへ移り、なに食わぬ顔で下に降りる。
観覧ツアーの人達とすれ違いながら長い階段を降り、ホールを抜けてササッと外に出た。
「おー…地上のほうが迫力あるねー! 秋? どうしたの?」
「いや…さっきすれ違った人達の言葉って解ったか?」
「私は解ったよ。神格があると大体の言葉は解るから」
「そうなのか。俺も解ったんだよなぁ…日本語しか解らない筈なのに…字も読める…まぁ良いか」
「まぁ解るなら良いんじゃない? 次は何処に行くの?」
「確か…宝石街があるんだけど…あっすみません」
秋が通行人を呼び止め、宝石街の場所を聞く。
北へ川沿いに歩けば看板があるというので、観光がてら歩いて行く事にした。
「宝石街かぁ…宝石を売るの?」
「そうだな。宝石は世界共通でお金になるし…今回はお金になれば良いかなー」
正直異世界の宝石は売れるのかという不安があるが、行ってみない事には解らない。
道往く人達にチラチラ見られながら、川沿いを歩いていた。
「なんか注目されるね」
「まぁ、元々王都でも似たような感じだったし…」
服装は違和感無いのだが、神格のあるキリエは一般人から見ても解るほどのオーラを放っていた。オーラと言っても大女優のような風格を感じるという事だが…
「気にしても仕方無いか。でも勝手に写真を撮るのはマナー違反だよねー」
「そうだなー。でも安心して良いぞ。機能を弄るなんてお手の物だから」
通行人が立ち止まって、キリエをスマートフォンで撮っていた。それを見た秋が魔法で機能を弄り、ブレブレにしか撮れないようにしていた。
「それどうやるの?」
「カメラのピント機能を弄るんだけど…簡単なのはレンズに黒い霞を付ける事かな」
「ほうほう…やってみるね。ほいっと…くふっ、あんまり上手くいかないね」
景色や店のウィンドウを眺めながら歩いていると、宝石のマークやら聞いた事のあるような名前の店が見え始めた。
買い取りしてくれる場所を知らないので、ショーウィンドウに宝石を飾った最初の店に入ってみる。
幸い昼時とあってか人は少なく、直ぐに店員のお姉さんがやって来た。
「いらっしゃいませ」
「すみません、宝石や貴金属を買い取ってくれる場所を探しているんですが…教えて貰っても良いですか?」
「ええ、ここでもやっていますが…一つ裏の通りが貴金属の買い取りを盛んに行っております。ちなみに、どのようなものを?」
「あぁ、これは一部ですが」
とりあえず鞄に手を突っ込み、十カラットのダイヤモンドを十個程…手掴みでお姉さんに見せると、少し顔が引き攣っていた。
ダイヤモンドの扱いがおかしいのは元々だが、価値も適当にしか覚えていなかった。
「…お預かりしてもよろしいですか? 鑑定書もあれば」
「あー、どうぞどうぞ。自分で加工したんで鑑定書は無いです」
「…了解致しました。こちらへどうぞ」
お姉さんが黒いトレーにダイヤモンドを移し、丁寧に運んでいく。秋とキリエも個室に連れていかれ、対面のソファーに座らされた。
自己紹介をした後、お姉さんは目の前で器具を出して鑑定をする。
「……本物、ですね。宝石協会で詳しく鑑定した書類があれば価値が上がりますが…」
「何日掛かりますか?」
「三日は掛かるかと…」
「あっ、じゃあ半額でも良いんで換金して貰えます? 情けない話ですが、財布を落としてしまってお金が欲しいんですよ」
「少々お待ちを」
お姉さんがスマートフォンを取り出して、誰かに連絡を取り始めた。聞いていると上司らしい。
そして直ぐにピッチリとしたスーツを着た男性が現れ、握手を交わした。
「どうも…カナン・ミラです」
「キリエです」
「私はロメリオ本店のアルフと申します。今回はこちらのダイヤモンドを買い取り、ですね」
「ええ、いくらになりますか? 自分で加工したのでプロに見られるのは恥ずかしいんですが…」
アルフと名乗った男性は店長らしく、再びダイヤモンドの鑑定を始めた。そして、感嘆する声が漏れる。
「十個で…最低でも百万ポンド…オークションに掛ければ、五倍の値段は固いでしょう」
「そうですか。即金なら五十万ポンドで良いですよ」
「なんと! それは…失礼ですがこちらを何処で…」
「他国に鉱山を所有していまして、旅行の御守りに持って来たんですが…困った事に財布と一緒にパスポートも無くしてしまったんですよー、はははっ」
「そう…でしたか。出来れば身分証を提示して欲しかったのですが…」
「それも含めて五十万ポンド。ですよ」
「…なるほど。解りました! 即金で払いましょう!」
「えっ、店長大丈夫なんですか? 怪しいですよ」
こそこそとお姉さんがアルフに話しているが、丸聞こえだった。
アルフが微妙な顔のキリエに気付き、軽く咳払いをした後…直ぐに持って来ると行って出ていった。
お姉さんが残り、若干の気まずさが垣間見える。
「あっ、紅茶をお持ちしますね!」
「あ、はい」
お姉さんも出て行き、秋は金策は一安心と、安堵の表情を浮かべた。




