慈悲は無い
視界が白銀に染まり、遅れて耳を劈く轟音が鳴り響く。
荒れ狂う奔流。白銀の視界の中、龍王の力が徐々に減っていくのを感じる。
『……強くなったなぁ。龍ちゃん』
視界が晴れると、仁王立ちする慈悲の姿。両肩の砲身から煙が上がっている。
対して、龍王の姿は…ボロボロだった。龍の鱗が剥がれ、ボタボタと血が流れている。息が上がり、口からも血が流れていた。
『はぁ…はぁ…くっ…強いな…』
力の差が明らかに違った。
『少し、スッキリしたかなぁ。龍ちゃん、あの女はどうなった?』
『…神格を得て、しばらくした後…死んだ。つい最近な』
『ちっ、死んだのか。つまんねぇ。他は誰が生きている?』
『交流があるのは溟海、天空、世界樹、毒酒…他にもまだ封印が解けていない者も居る』
少しだけ時間を稼げ、龍王の身体が回復していく。それでも疲労は消えていない為、力の差はまだ開いていた。
『そうか…じゃあ、全力を受け止めてくれや』
じゃあの意味が解らないが、龍王に危機が迫っているのは確か。
龍王も全力を出す以外に選択は無かった。
『行くぜぇ! 審判の結末!』
慈悲を包む光の奔流。大気が震え、空間が軋む。
天まで届く光の柱が上がり、徐々に柱の直径が肥大していく。
『…神龍魔法・神龍化』
龍王が金色のオーラを纏う。銀色の鱗にオーラが入り込み、一時的に神格を得た。
それに呼応するように、光の柱が肥大を続ける。
視界は白に埋め尽くされていく。
『これで最後…』
慈悲が両肩の主砲を天に向け、撃ち放つ。
放たれたエネルギーがドーム状に展開。
秋と溟海に到達する程の広範囲の結界が形成された。
______
結界を見上げる秋と溟海は、凄いなー…という感想が漏れた。
「秋、これ大丈夫?」
「あぁ、俺の能力で防御出来るよ」
「本当に凄いよね。神種を簡単に殺せる能力なんて」
「使い勝手悪過ぎだけどなー。過去に使った魔法がそのままで、結果も同じな訳だから…っと危ねえな。エリアシールド」
秋が結界を展開し、慈悲と初めて会った時の事を思い出していた。
主砲が自在に動いて砲撃を仕掛けてくる…封印されても動ける程の力…
秋が力を奪って、主砲に鈍重の楔を付けた時に敗けを認めた。
「今の慈悲なら、死んでいたなぁ」
______
白い結界の中、神龍化した龍王が口を開け力を溜める。
銀色…星の力と金色…神龍の力が溢れ、口の前方に高密度のエネルギーが収束していく。
『これが、我の全力だ……ゴッドブレス』
収束したエネルギーが放たれた。
その瞬間…慈悲の攻撃が完成する。
『判決! 理不尽なる有罪!』
視界が白に染まった。
純白のレーザーが隙間なく放たれた、圧倒的熱量。
結界内部全てが攻撃範囲。
慈悲の無い攻撃だった。
龍王のゴッドブレスは掻き消され、白一色に染まる。
音は届かない。
内部がどうなっているのかも解らない状態で、慈悲の笑い声だけが響いた。
『はっはっはー! 最高だぜぇ!』
そして光が晴れ、結界が消える。
残ったものは、仁王立ちしている慈悲と秋、溟海のみ。
龍王の姿は見当たらなかった。
もう、戦闘は終わりと判断した秋がゆっくりと慈悲へ向かう。
「ったく、派手にやりやがって」
『人間か…何者だ?』
「相変わらず魔力感知は下手くそなんだな。俺だ、秋だ」
『……秋?』
慈悲が腕を組み、秋を眺める。
そして、思い出すように首を傾げた。
秋はその間に、龍王が居た場所に到着。
蘇生魔法の準備に入る。
「……フルリヴァイヴ」
ボンッ。秋の能力…蘇生したという結果を使い、龍王を蘇生させる。そして、裸のおっさんが転がった。
『お前、姿が違うぞ』
「転生したんだ。中身は秋だぜ」
『ふーん…ところで、そこの男は?』
「私は溟海だよ」
『溟海? お前も転生したのか?』
「いや、龍王に人化の魔法を教えて貰ってね」
腕を組んでいる慈悲が、龍王を眺める。
蘇生したてホヤホヤなので、気を失っているのだが、指でツンツンして起こし始めた。
『龍ちゃん、龍ちゃん、起きろ』
「やっ、やめろっ、我は年増は無理なんだ! やめろぉぉ……ん? おっ? 復活したのか……ふっ、長い夢を見ていたようだ」
『龍ちゃん、俺に人化の魔法を教えろ』
「…その代わりに我の呪いを解いてくれ」
『呪い? んなもん死んだから解けたぞ。感謝しやがれ。だから早く教えろ』
「解けた? 秋、今何時だ?」
「三時…だな。なんだ、痔が治ったのか」
「やっと…治った…」
龍王が両腕を天に向け、ガッツポーズ。三時になると鼻毛が伸びて痔が悪化する呪い……それが解けてしまい、面白味の無いただのおっさんが出来上がってしまった。
しかしやっと、まともな生活が出来る。
龍王の目に涙が浮かんだ。そして、慈悲に触れて人化の魔法を転写した。
早速慈悲が人化の魔法を唱えた。
光に包まれ、三十メートルあった巨体がどんどん小さくなっていく。
身長が百八十センチ辺りで止まり、光が収まると…
「これが人化か……なんで女なんだ?」
白い髪に黒い目。透き通るような白い肌。
黒のインナーに赤いライダースジャケットを着ていた。全体的に鮮やかと言った印象だが、鷹のように鋭い眼差しを持った攻撃的な雰囲気のある女性。顔を顰めて自分の豊満な胸を揉んでいる。
そして不機嫌そうに龍王を見据えた。
龍王は出来るだけ目を合わせずに、遠くをみていた。
「…まぁ良いか。いやでも胸が邪魔くせえな…待てよ、女…女……そうだ!」
何かを思い出すように秋の元へ行き、秋を抱えた。抵抗しない秋もどうかと思うが、慣れとは怖いものである。
そして秋を抱えて歩き出した。
「えっ…何してんの?」
「秋、とりあえずセ◯クスするぞ!」
「…嫌だよ。とりあえずの意味が解らん」
「は? ◯ックスだぞ? 男と女が揃う時…セッ◯スするだろ。大教会を眺めていたら人間は皆セック◯していたぞ。だからセックス◯がどれくらい気持ち良いものか気になるだろ」
「セッ◯ス連呼すんな、最後のヤツなんて◯が外れてんぞ。下ろせ。……あれ? 溟海さん? おっさん?」
秋が周囲を見渡すが、溟海と龍王の姿は無く…
用事が終わり、さっさと帰ったおっさん達を恨んだ。
「まぁ良いじゃねえか。減るもんじゃねえし」
「減るよ…俺の精神がごっそりな!」
「俺の精神は減らないから大丈夫だ。ほらっ、部屋出せ。持ってんだろ? 今出せ、直ぐ出せ、早く出せ」
「くそ…これしか…選択は無いのか…」
慈悲に脅され、秋が家を出した。加速空間の家を出してしまった。
それから、しばらく秋と慈悲は家から出てこなかった。




