鋼鉄。5
荒れ果てた場所の中心。
鋼鉄の肩から腹に掛けて魔法戦車の剣が食い込み、両者は沈黙している。
その場面に、秋と天空が到着した。
「…これは、刹那たんが勝ったのか」
「……な」
秋が周囲を見渡すと、疲れ果てて座り込んでいる健次の姿。
健次も秋に気付き、ゆらゆらと近付いて来る。
「あぁ…疲れた…」
「おぅ健次、お疲れさん。何していたの?」
「仕事だよ。貴族を見守る仕事」
「なるほど、こっちに来ている御一行ね。対応はよろしく。俺は刹那たんの所に行くよ」
「はぁ…りょーかい」
秋と天空が鋼鉄と魔法戦車に近付く。
すると、ボロッと鋼鉄が倒れ付した。
続いて、魔法戦車が崩れ中から刹那が出てくる。
刹那はチラリと秋を見て、トコトコと鋼鉄の元へ近付く。
いつになく暗い雰囲気に、秋は黙って刹那の横に立った。
「秋…どうすれば…良かったのかな…鋼鉄は…悪くないのに…」
「…お互いに、闘う事を選んじまったら…これが最善さ」
「でも! でも…他に方法があるんじゃないかって…」
「確かに…方法なんて沢山ある」
秋がしゃがみ、鋼鉄に触れながら目を閉じる。
鋼鉄の記憶を読み取り、ため息と共に立ち上がった。
「なるほど…」
「大切にしていた人が生き返ったら…鋼鉄は私の言葉を聞いてくれたのかな…」
「そりゃあな。でも解っているんだろ? これしかしてあげられないって」
「……」
エラルドは生き返らない。
過去に死亡した人間は、タイムリープでもしない限りは難しい。
それに、秋がオリヴィアに会ってしまうと歴史が変わってしまう恐れもある。本来ならば…だが。
「悔しいか?」
コクン。刹那が頷き、ポロポロと涙を流す。
大切な人を守る為に得た力で、大切な人を守れなかった者を倒す。それが、どうしようもなく辛かった。
「…秋…優しい人が泣くような世界なんて…嫌いだ」
「あぁ…そうだな。悔しいのなら…守りたい者を守るなら、この世界じゃあ強くなるしかない」
「解っているよ…それくらい…」
解っているが、心が追い付かない。
あと何回泣けば、この想いが晴れるのか…
悩む刹那に、天空がそっと抱き締める。
「……刹那……鋼鉄……見て」
肩から腹に掛けて斬られた身体。
その身体は、赤い色から青い色へと変化していった。
怒りに染まる前の綺麗な青い色。
そして、鋼鉄が持っていた巨大な剣が収縮。
エラルドが使っていたような女性用の剣に変化した。
「…刹那たん、使ってやんな」
「…うん」
刹那が剣を取り、晴れない表情で佇む。
結局、解り合えなかった。
その事が、刹那の心を突き刺してくる。
それでも、全力を出し合ったからこそ後悔をしてはいけないと思った。
「はぁ…後悔なんてしたら、ジグルドに失礼か…よし!」
パンッ。両手で頬を叩き、気持ちを切り換えようと努力する。
少しだけ…刹那が成長出来た時間だった。
______
刹那はしばらく鋼鉄の前に座り、天空と共に過ごしている。
秋は刹那が動き出すまで待つ事にした。
それまで鋼鉄の身体を調べていると、何やら健次の方が騒がしい。
どうやら貴族ご一行が帰って来たようだ。
とりあえず健次の所へ行く事にした。
「アレを国に献上すれば名声が得られるわ。運びなさい」
「はぁ? あれはあそこに居る子が倒したんだ。お前らにそれを言う権限はねえぞ」
「なんですって? 影の分際で…」
先頭に立つベルトニアが健次に詰めよっている。
もう面倒になっている健次は投げやりなので、渋い顔をしながら話していた。
「健次、大丈夫かー?」
「あっ、秋…黙らせて良いかな?」
「良いけど……んー? あんたバードに似てんな」
「…バード?」
過去に旅を共にした聖騎士に似ている少女。
秋は、はて? と頭を捻り、あっと思い出したように拳を叩いた。
「って事は…ベスタの妹か?」
「……えぇ。何? あなた」
「まぁ何でも良いさ。あの魔物を横取りするっていうなら、俺が相手になるぞー」
「ふんっ、お前ごとき…何これ!」
ベルトニア達が構えようとしたが、全員身動きが取れない。
いつの間にか、手足に土の枷が嵌められていた。
「ところで、ここにはバジリスクの涙を?」
「そうそう。材料がずっと足元にあったのに全員気付かなくてさー」
「ふーん、月夜草か。見た目雑草だもんな」
この周囲は荒れ果てた場所。他の場所を探すしかないのだが、秋はベルトニアを眺めながら思案顔。
「…何よ」
「お前の家に、聖騎士バードの手記があるって聞いたんだけど…見させてくれるなら、月夜草をやるよ」
「はぁ? 何よそれ…っ!」
ベルトニアが次の言葉を言おうとしたが、秋が山のように積み上がった月夜草を取り出す。趣味の素材採取で貯めていた物だが、使わないので不良在庫と化していた。
「もちろん本物。バジリスクの血もセットでくれてやるけど…どうする?」
このまま帰るか、取引に応じるか。拘束され、もう後が無いベルトニアにとって、選択の余地は無かった。
「……偽物だったら承知しないわよ」
「ははっ、偽物だとしてもお前らに選択の余地は無いさ。まっ、恨むなら自分の家族を恨みな」
紫色の魔法陣を展開。
転移魔法を起動。空間魔法はもう隠しもしていないので、騎士達が驚いているがそのまま使う。
「じゃあ明後日くらいにレイモン家に行くから、用意しておいてねー」
「えっ…ちょっ__」
バシュン。
ファー王都の貴族街に転移させた。
「……強引だなー」
「これくらいが丁度良いんだよ。ベルトニアだっけ? あの姉ちゃんも弄り甲斐がありそうだし」
「何企んでんだよ…」
「いや別に? オード兄さんハーレム計画を遂行しているだけさ」
健次が呆れた目を向ける中、秋は健次に帰る? と聞き、頷いたので転移で送る。
健次が転移していった後、刹那と天空が秋の元へやって来た。
「ジグルドは…どうしよう…」
「あぁ…俺が持っておくよ。俺のストレージは容量大きいから」
「うん…あと…天空ちゃんと旅行に行ってくるね」
「おー、行ってらっしゃい。これボーナスだから楽しんできな」
パシッとお金の入った袋を受け取り、刹那と天空が手を繋いで空へと飛んでいった。
一人残された秋は、鋼鉄の元へと歩き出す。
そして、鋼鉄の身体を修復。
傷の無い、青い身体を持つ銀色の鎧騎士の姿になったが修復しただけなので動く事は無い。
秋がその気になれば、鋼鉄を復活させる事も出来るのだが…
「鋼鉄…エラルドが輪廻の輪に乗れたなら、必ず何処かにいる。俺が探してやるから、気長に待っててくれや」
語り掛けると少し雰囲気が柔らかくなった気がしたが、気にせずストレージに保管した。
「さっ…帰るか」




