秋の願いを。
ドゴォォオオ!__
二回目の雷は完全に防ぐ事は出来ず、空中に投げ出される身体。
身体中に電撃が流れ、意識が遠のく。
(死ぬ…いや…まだ…生きている…)
身体は動かないが、傷が再生していく。
まだ、破壊神と闘った時のエターナル・リヴァイヴの効果は継続していた。
『しぶといな。だが…いつまで耐えられるかな?_深海』
ゴオォォォォ!__
日の当たらない暗い海が出現。
円柱状にカナンを呑み込み、水圧が身体がバキバキと音を立てていく。
(自然そのもの…いや、この星を相手にしているみたいだ…)
暗い海の底で、アイと初めて会った時の事を思い出していた。
純粋に遊びを楽しむアイは、カナンを海に流して笑っていた。
身体を崩されても、最期の時でも笑顔を向けるアイは、広い海の様に…穏やかで、いつも楽しそうで…幸せそうだった。
(一緒に生きようって言った癖に…なんてザマだ…情けねえ…)
守れなかった自分に、何度言ったか解らない言葉を掛ける。
本当に情けない…こんな所で寝ている自分を責める。
アイと紅羽なら、何て言うだろうか……
(…こんな状況でも…信じてるって…言うだろうな…)
『_凍れ』
ピキピキパキピキ__
海が凍り付く。
凍り付いた視界。
走馬灯のように今までの思い出が脳裏を駆け巡る様な…死を目前にした状況の中で、酷く頭が冷静になっていた。
(このまま俺が死んだら…みんな、殺される…)
この闘いを見ている者達は、今の状況を見てどうするだろうか。
…自分を助けようと、前に飛び出て来てしまう。
(死ねない…こんな所で…死ぬ訳にはいかない!)
『寒いか?ククッ…炎よ!』
ボゴォオオオ!__
氷が急激に溶かされる。
炎で焼かれる中、カナンはゆっくりと立ち上がり…ストレージから出したエリクサーを飲み干す。
「…絶界」
ブォンッ!__
透明な結界が、カナンと混沌神を閉じ込めた。
戦況を見ていたイリアは血相を変えて走り出す。
「__あき!あき!」
絶界の中に向かって叫ぶが、声は届かない。
いや、声は届いてはいたが…カナンは振り返る事が出来なかった。
『ククッ、悪あがきか?』
「あぁ、そうだ。悪あがきするんだよ…最後の最期まで…諦めない!」
ブォンッ!_銀色の立体魔法陣を展開。
手の平に収まる程の立体魔法陣は、カナンの手の上で回っている。
進化の魔法。対象は…
『…無駄な事を。人間が進化しても、せいぜい寿命が伸びるだけだ』
「あぁ…そうかもしれない。反動で死ぬかもしれない…でもそんなのやってみないと解らねえ!」
『ククッ、ならばやってみせよ。無駄な徒労を見届けようではないか』
混沌神が余裕を見せるのは当然。
人間が進化しても上位の人間に変わるだけなのだから。
カナンもそれを解っている。
解っているが、僅かな希望に縋るしかなかった。
「進化魔法…」
魔法を発動するその時、カナンの元に蒼い光がやって来た。
絶界が発動する前に入り込んでいた矢印は、ふよふよとカナンの周囲を回り、何かを訴え掛けている。
「危ねえぞ、矢印。…なんだよ…一緒に闘ってくれるのか…ありがとな」
『アキ、私も一緒に闘うよ!』
「リーリア……おい、何…してんだ」
矢印とリーリアがウンと頷き、カナンの魔法陣に触れている。
銀色の光に照らされる精霊と妖精は、この時を待っていたかの様に笑いかけた。
『アキ、君はもう…望む進化の条件を満たしているんだ』
「…条件」
『アキはずっと、私達の願いを叶え続けてくれた。わがままを聞き続けてくれた。
精霊は…この星を修復する者。妖精は…この星の声を届ける者。
アキはずっと…この星の願いを叶え続けてきたんだ』
「…だからって…何する気だよ…」
『今度は、この星がアキの願いを叶える番!行こう、矢印!』
矢印が点滅し、色を変える。
赤、緑、青、黄、白、黒…そして、紫色に輝いて銀色の魔法陣に入り込む。
リーリアもヒョイッと魔法陣の中に入っていった。
「お前らまで居なくなったら…」
『大丈夫。死ぬ訳じゃないんだ。星達が巡る様に、季節が巡る様に、私達も必ず巡り会えるから!
ほら!早く早く!』
紫銀色に光る立体魔法陣がカナンを急かす中…何か異変を感じた混沌神。
『む?この結界は邪魔だな…雷よ』
ドゴォォオオ!__
絶界の上から雷を落とし、絶界の破壊を試みる。
パキ_パキ_
強大なエネルギーがぶつかり、絶界にヒビが出来始めた。
「…ありがとう。また会おうぜ_進化魔法・星に願いを」
カナンが魔法陣を胸に押し当て、進化魔法を発動。
魔法陣が身体に入る。
ドクンッ!_ドクンッ!_
新しい血が行き渡る様に、身体中に魔法文字が駆け巡る。
カナンの身体が魔法陣になった様に、魔法文字が紫色に発光して、スゥッと魔法文字が身体に吸い込まれた。
「あぁ…なんだよ『自由で我が儘な時間』って…そんな使い方も有りなのか…」
バギンッ!__
上を見上げて呟く。
その時、絶界を突き破った雷がカナンを襲った。
「_シールド」
ドゴォォオオ!__
強大な落雷。
絶界を壊す程のエネルギーが大地を焼き尽くす。
「__あきぃぃ!」
イリアがバラバラと絶界が崩れる光景を見るのは二度目。
膝から崩れ、ポロポロと涙が流れる。
また、目の前からいなくなるのは耐えられなかった。
「あきぃ…あきぃ…」
「…泣くなよ…まだ死んでねえから」
「_あきぃ!」
イリアの視線の先には、カナンが無傷の姿を見せていた。
「ごめんな、イリア。もう…大丈夫だから」
「…本当に?」
「あぁ、信じてくれ。俺が嘘ついた事あるか?」
「…沢山」
「ははっ、そうだった…」
カナンは雷が落ちた中心で振り返り、申し訳なさそうに笑う。
終わったら、怒られる未来を想像しながら、混沌神へと向き直った。
『…どういう事だ?再生禁術は切れている筈だ』
「さぁ、どういう事だろうな」
『進化して…神種へと成ったのか?』
「いや、神種には成っていない。上位の人間に成ったんだ」
今まで星の願いを叶え続けたカナンは、神種になる条件は満たしていた。
だが、その道には進まなかった。
『それならば、防げる筈が無い!_炎よ!』
ボゴオォォォォ!__
灼熱の炎が発生。
「_シールド」
カナンが右手を前に出し、炎を防ぐ。
『_っ!なんだと!__風よ!』
ガガガガ!__
混沌神が風を発生させ切り刻もうとするが、またしてもシールドで防がれる。
『__何故だ!そんなひ弱なシールドごときで!』
「…これはよく使っていたからな。防いだという結果だ」
『だからなんだと言うのだ!__深海!』
ゴオォォォォ!__
暗い海がカナンを襲う。
「_テレポート…ブリザード・ストライク」
ヒョォオオオ__
転移し、吹雪を叩き付け深海を凍らせる。
『_おかしい!超位魔法では凍らない筈だ!』
「おかしくなんて無いさ。水は凍る__テレポート」
混沌神の正面に転移。
「_マジックバレット」
ドンッ__
『_ぐおっ!』
魔力の弾丸が混沌神を貫く。
金色の顔が驚く様に歪んでいる。
下級魔法でダメージを負った事に困惑を隠せないでいた。
『何故だ…何故痛みを感じる…』
「フェアじゃないから教えてやるよ……俺の取り柄は、時空魔法。その取り柄を限界まで進化させた。
これは、魔法と言って良いのか解らない…特殊能力に近い時間の魔法だ」
困惑する混沌神に手を向け、
「_グラビティプレス」
ドンッ!__
『__がはっ!』
重力の力で地面に押し付ける。
「過去は変えられない。俺が後悔しても、悲しんでも結果は変わらない。
この魔法は、俺の過去の結果を現在に繋げる魔法。だから、俺が過去に使った魔法の結果を再現出来る…とても身勝手な魔法」
過去に、魔物に使用したグラビティプレスの結果…『重力で大地に押さえ付ける結果』を、混沌神に無理矢理に押し付けている状態。
混沌神は本来なら動ける筈の攻撃に対応出来ない。
無理矢理に魔力を解放しても、敵わなかった。
『ぐっ…』
「本来ならボコボコにしたいんだが…お前の中には皆が居るから…切り離さないとな…」
カナンが手を向けた時、混沌神が笑いだす。
『ククッ…時間の魔法なら!我も使える!』
ドンッ!__
空から氷で出来た球体が落ちた。
刻まれているのは、魔法陣。
これは、アイが使っていた時間の魔法…
『_零の時間!』
……
……
……時間が凍った。
周囲の景色は停止。
重力から解放された混沌神は、ゆっくりと立ち上がる。
『ククッ…クククククク!あの小娘の魔法が役に立つとはな』
「……」
アイの記憶から読み取った零の時間が成功。
金色の顔を歪ませ、カナンの正面に立つ。
『我の勝ちだ。死ね』
振り上げた腕を、カナンに振り下ろす。
パシッ__しかし、その腕は掴まれた。
『__なんだと!』
「ははっ、馬鹿か? 零の時間は、超精密な魔法操作と戦闘中でも揺るぎない広い心が無いと、完全な零にはならない。
お前みたいな付け焼き刃な魔力操作と狭い心じゃ、完璧にはならねえんだ。落第、失格、0点だ」
アイだからこそ、完璧な零の時間を作れる。
それ以前に、カナンにはもう効かない。
散々零の時間でイタズラされてから、対策をしていた。
『そんな筈は無い!あの小娘と同じ通りにした!』
「あぁ、アイはイタズラ好きだからな…騙されたんだろ。零の時間に失敗したら、主導権を奪われる」
カナンは混沌神の首を掴み、魔法陣を展開。
『くっ…そっ…』
「…セパレーション」
『ぐあぁぁぁ!』
過去の結果を再現しながらの分離魔法は、簡単に成功。
赤、青、黄、緑の宝石と、黒い人型に分離した。
「よし…やった…マジックブレイク」
バキンッ__
『_はっ?』
混沌神の魔力回路を壊した。
「あぁ…状態異常が簡単に効くボス戦なんて…貴重だな_サイレント…バインド」
『___!』
混沌神が簡単に口を塞がれ拘束。全く身動きが取れない。
魔力回路も壊された今、何も出来ない状態に陥った。
四つの宝石を抱え、指をパチンッと鳴らす。
……
……
凍り付いた時間が戻った。
「この魔法…『自由で我が儘な時間』の魔力は一定量…だから普通の流れなら、ここでジ・エンドを使って終わりたいけど…俺も死ぬからボツ…って事で_崩壊」
『___!』
「俺は優しくねえから、最期の言葉も言わせねえよ。また復活してしても、俺が必ずぶっ潰す…解ったか?」
崩壊の魔法を唱え、混沌神の身体を崩す。
サラサラと崩れる身体を眺めながら、混沌神の最期を見届けた。
そして、地面に転がる混沌神のダークマター。
それを拾い、一息付いた。
「はぁ…勝ったよ…みんな」




