願いを。4
「楽しいなぁ…憎しみに染まるその顔は」
「…」
新しいオモチャを渡された様に、ニヤニヤと笑う混沌神。
キリエの銀色だった髪の毛は漆黒に染まり、金色の瞳を怪しく輝かせている。
カナンは、フラフラと立ち上がり…フッと消え…
「__なに? 器の核が…」
「…これは…お前が触れて良いものじゃねぇ」
再び目の前に現れたカナンの手には、赤と青の宝石が握られていた。
混沌神を無視して振り返り、世界樹の根元で茫然としていたイリアの元へ歩く。
「…あき」
「イリア…みんなを頼む。あと、アイと紅羽を持っていてくれないか?」
コクンと頷くイリアに赤と青の宝石を渡し、倒れている者達を任せる。イリアは急いで皆を集め、回復を施し始めた。
世界樹だけを残し、荒れ果てた森の跡で笑う混沌神は、カナンの行動を黙って見ている。
「…なんだよ世界樹…話し掛けて来るなんて……そうか、女神は死んだのか…
キリエが……おい、無茶言うなよ……くそっ、貸しだからな」
カナンは一度世界樹を見上げ、顔を顰める。
そして、ゆっくりと混沌神に向き合った。
「ククッ、別れの挨拶は済んだか?」
「黙れよ…」
カナンが右手を天に向ける。
ブォン_ブォン_ブォン_ブォン_
空中に百を超える魔法陣が展開される。
魔法陣の規模は、全て超位を超えていた。
「…なんだと…これは…」
混沌神が驚くのも無理は無い。
百を超える超位級魔法陣なぞ、最上位の神種ですら難しい。
それを簡単に展開するこの少年は、前世の秋を遥かに超えていた。
「…汎用型複製魔法陣…制約が無い今なら…これが使える…」
過去の世界では、魔法陣の数に制限があったが、今は違う。
カナンのスキル、汎用型魔法陣を複製魔法で増やしていた。
「…面白い、簡単に殺してしまっては詰まらないからな」
「…あぁ、簡単には殺さねえよ…
解析…お前の属性は…神聖、混沌、深淵、星、時空、風、土…
聖女…いや咎人キリエ、緑の魔王、邪神、混沌神の融合体…」
解析してみると、本当に厄介な存在だった。
だが、それだけ。
汎用型魔法陣が次々と輝き出していく。
「_ブレイジング・サン」
ボォォォ!__
蒼く燃え上がる小太陽が出現。
混沌神へと落とす。
「_ふん、聖壁」
混沌神は聖なる壁を発生させる。
小太陽が聖なる壁に衝突。
汎用型魔法陣が五つ輝く。
「_クリムゾン・フレア」
深紅に燃え上がる太陽が次々と出現。
ゴオォォォ!__
混沌神へと落ち、
ボゴォォ!_ボゴォォ!_
太陽爆発を繰り返していく。
「_なっ…ぐぁっ…大聖壁!」
堪らず混沌神は聖なる壁を強化。
その隙に、カナンは次の魔法陣を使用。
「_バキューム・トルネード」
ゴオォォォ!__
真空の竜巻が混沌神を襲う。
「効かぬよ__月蝕」
風属性の攻撃は効かないという表情で、反撃を開始。
汎用型魔法陣が五つ輝き…
「_タービランス・テンペスト」
グゴオォォォ!__
乱気流の大嵐。
目を開けられない程の暴風だが、混沌神は動じず魔力を練っている。
「ククッ__混沌の月」
どす黒い色をした呪いの月が墜ちて来る。
カナンは構わず次の魔法を発動。
「_ブリザード・ストライク」
ヒョォォォ!__
凍てつく吹雪を叩き付ける。
「_聖冥の壁」
周囲が凍り、混沌神も攻撃を受けるが軽く防いだ。
汎用型魔法陣が五つ輝き…
「_アブソリュート・ゼロ」
パキンッ!__
絶対零度の攻撃。
周囲が一瞬で凍り付く。
混沌の月が空中で停止。
「_くっ…なんだと…」
魔法陣が輝く。
「_ガトリング・メテオ」
隕石群が出現。
ドッドドドド!__
凍り付いた大地ごと貫いていく。
「_月よ!深淵に染まれ!」
混沌の月が更に黒を纏い、カナンに墜落。
「…収納」
フッと混沌の月が消えた。
「_なに!?…そうか…貴様にはそれが…」
汎用型魔法陣が五つ輝いた。
「_ギガタイラント・マグナム」
ゴゴゴゴ!__
上空に巨大な大陸が出現。
落下してくる。
混沌神の顔が少し引きつった気がした。
ドゴォォォ!__
轟音と共に大陸が落ち、混沌神を呑み込んだ。
まだ、汎用型魔法陣は次々と輝いていく。
「…普通ならここでエレメンタル・ローテーションだが…更に上を行こう__ギガホーリィ・レイン」
キュィイイイ!__
巨大な光の柱が次々と大陸を貫く。
どんどん小さくなる程に光の柱が降り注ぐ。
「_ダークネス・カルネージ」
ドッドッドッドッ!__
闇の柱が下から上へと突き上げる。
次々と闇の柱が発生し、ギガホーリィ・レインと衝突。
巨大なエネルギーを生み出していく。
「_ディメンション・コントロール。_オーバー・エナジー」
空間属性の魔力を周囲に発生。
最後に無属性の増幅魔法。
これで準備は完了。
そして、残り全ての汎用型魔法陣が輝いた。
「このサイクルは…俺のオリジナルだ。__エーテル・ロジック」
超巨大なエネルギーが発生していく。
火、風、水、土、光、闇、空間、無属性の純粋なエネルギーが融合。
虹色の巨大な柱が上がる。
天まで貫く虹色の光。
空間を少しずつ消していく光はとても暖かく、前世の最期に使用した光にも似ていた。
圧倒的な力に、混沌神は為す術も無い。
「……」
カナンは光の中心へと歩き出す。
そこには、空間を固定され動けずに少しずつ消えていく混沌神の姿。
憎悪の籠った目でカナンを睨み、神気を放っているが虹色の光にかき消されている。
「…何を…する気だ…」
カナンは混沌神の額に手を当てる。
「…セパレーション」
分離の魔法を発動。
混沌神の魂の分離を試みる。
しかし、かなり難しい。
「…くっ…やめろ!」
「…どうなってんだよ…お前の身体…」
世界樹から、無理難題を押し付けられていた。
キリエ、緑の魔王、邪神、混沌神の分離。
エレメンタル・イーターの時は何とかなったが、神種の分離となると訳が違う。
「……キリエと邪神の魂が一つになっている…どうすりゃ良いんだ」
理論を組み立てる時間が足りない。
モタモタしていると、エーテル・ロジックが終わる。
「…ちっ…仕方ねぇ…」
先ずは、キリエを邪神の魂ごと分離する事に。
魔力を込めた手で頭を掴み、引っ張ってみる。
黒い人型を残し、ずるずると銀色の髪が出てきた。
「__おらっ!」
一気に引っ張る。
出てきたのは、以前大教会で見た銀色の髪の聖女キリエ。
グッタリと力が抜け、気を失っている。
カナンはそのままキリエを抱えて離脱した。
「イリア、キリエを頼む」
「うん…気を付けて」
「ああ、任せろ」
世界樹に到着したカナンは、イリアにキリエを任せて再び混沌神の元…虹色の光の中へと入って行った。
光の中心…混沌神はベースとなるキリエが抜けて、黒い人型となっていた。
黒いローブを纏った、顔の無い黒い人型。
カナンに向ける物は変わらず憎悪の感情。
「混沌…その姿は懐かしいな。もうお前に勝ち目は無い」
『ククッ…それはどうかな?』
______
「…あき」
「…ぅぅ…わた…しは…」
「キリエさん?大丈夫?」
「あなたは…あの時の…」
カナンが去った後、キリエが意識を取り戻す。
イリアを見て、何かを思い出した様に呟き、力無く身体を起こした。
そして、虹色の光に入っていく少年を眺める。
「彼は…彼が、秋…そうだったんだ…ははっ…また…助けられちゃったのか…」
「また?」
「私…秋と一度闘っているんだ…二百年前に…」
「二百年前…?」
イリアは首を傾げる。
二百年前に、聖女キリエが復活した話は聞いていない。
千年間、ずっと大教会の地下に安置されていた筈。
キリエがその先を答えようとする所で、毒酒が意識を取り戻し、キリエに抱き付いた。
「__キリエ!」
「毒酒ちゃん…ごめんね、やっぱり無理してたみたい」
「ううん、私も…約束…守れなかった…もう…大丈夫なの?」
「…うん。でもまだ、邪神の魂が私の中にあるの」
混沌神の魂と分離され、楽にはなった。
しかし、このままだと死ぬ未来は変わらない。
破壊神に殺されるか、悪に呑まれて誰かに討伐されるか。
そして、周りを見ると…自分が持ち込んでしまった、混沌神の所業が垣間見える。
「…私の命じゃ…償い切れないね」
イリアの持つ赤と青の宝石…それを意味する事は痛いほどに解っていた。
「…大丈夫だよ。キリエさん…あきが居る」
「そうだよ、キリエ。私も一緒に償うから」
「…ありがとう」
キリエに少しだけ笑顔が戻った時…
「__えっ!?」
「どうしたの?」
「_無いの!」
イリアが困惑しながら周囲を見渡している。
どういう事かとイリアを見ると、手に持っていた物が無い。
「宝石が…無いの!」




