願いを。3
混沌神の顔が歪み、血を吐きながら世界樹へと走り出す。
「ククッ__アビスセイヴァー!」
漆黒の剣を出現させ、渾身の力で銀色のバリアを斬り付ける。
しかし、混沌神の攻撃は弾かれた。
尚も攻撃を続けるが、バリアは壊せず、代わりにサティが苦しそうに呻きだした。
「くっ…あっ…」
「サティ!大丈夫か!」
「サティ!」
「…だい…じょう…ぶ。動いちゃ駄目…だよ」
サティは今、世界樹と同化している状態。
葉先まで護っているので、動きたくても動けない。
ここで秘術を解除したら、世界樹にダメージが行き、最悪リーリアが死ぬ。
「でも!でもサティが!」
「サティ!秘術を解除して!」
「この樹は…秋ちゃんが帰って来る場所だから…無くなったら…困るの」
中々壊せない結界に、焦りの表情を浮かべる混沌神がアビスセイヴァーに力を溜める。
「忌々しい結界め!_混絶邪王剣!」
ガキィン!__
世界樹を狙う混沌神の一撃は、硬い槍に阻まれる。
紅羽が前に飛び出ていた。
「__くっ!強い…」
「ククッ_釣れた」
「紅羽!出ちゃ駄目!」
混沌神が飛び出た紅羽に剣を向け、力を解放する。
「__させない…魔硫酸砲!」
毒酒が混沌神と紅羽の間に入り、混沌神を攻撃。
キリエの身体が限界に来ている以上、混沌神は魔硫酸砲に当たると致命的。
毒酒と距離を取り、ガタガタと震える足を抑えながら息が荒くなっていく。
「はぁ…はぁ…くっ…ここまで追い詰められるとは…仕方無い」
混沌神が懐から緑色の宝石を取り出し、胸に当てる。
「__っ!それはシルヴィの!駄目!駄目だよ!」
「…ククッ…抵抗するな。…フュージョン」
「_あぁぁぁ!__禁毒作製・蠱毒の魔薬!」
ゴオォォォ!__
毒酒が止めようと、劇薬で混沌神を呑み込む。
「_禁毒作製・王魔の水!」
更になんでも溶かす劇薬を流し込み…
「_毒操作・濃縮!」
毒の濃度を上げていく。
しかし…
バシャンッ!__
毒が弾け飛び、二本の足でしっかりと立つ混沌神の姿。
黒いオーラの他に、緑色のオーラが混ざっている。
「ククッ…最初からこうしていれば良かった。__神碧の風」
ドオオォォ!__
「_くはっ…そん…な」
神気を纏う緑色の矢が毒酒を貫いた。
世界樹まで吹き飛ばされ、世界樹に激突。
「…キリ…エ…ごめん…ね…」
毒酒はそのまま意識を失う。
今闘える者は、アイ、紅羽、サティ、溟海、天空だが、溟海と天空は呪いにより満足に動けない状態だった。
「さて、次は赤いお前だ。__混絶邪神剣!」
「我は負けない!__炎帝竜爪衝!」
混沌の漆黒の剣と、紅羽の炎がぶつかる。
だが、力の差は歴然。
まだ幼体の状態の紅羽
凄まじい衝撃波と共に、炎が散りゆく。
「_あがぁ!」
「__紅羽!」
「__アイ!来るな!我は…分体だから…大丈夫」
紅羽が攻撃を仕掛けるが、混沌神にはまるで効かない。
混沌神は神格を持ったシルヴィの核を吸収し、力を増していた。
「ふんっ、本体では無いのか。_冥王剣・邪奪」
心底興味を失った表情で混沌神が一撃を放つ。
「_紅羽ちゃん!」
ザシュッ!__
「…え?」
「_ぐはっ…」
紅羽に届く一撃は、目の前に割り込んだ溟海を斬った。
「…溟海…さん」
「ぐっ…ごめんね、遅れて」
「なんで…我を…」
「何…言って…いるんだい。娘を…守るのは、当然の…事さ」
紅羽の頭を撫でる溟海は、紅羽も娘の様に接していた。
涙を流す紅羽に、優しく笑いかける溟海。
振り返り、混沌神を見据える溟海は…斬られていても、闘志を失わずに魔力を解放。
そして、小瓶を取り出し飲み込んだ。
「ほう…英雄の薬か」
「ふふっ、友に貰ってね」
ゴゴゴゴ!__
溟海の魔力が段々と上昇していく。
その力は混沌神を上回る程。
「ククッ、その濃度では時期に死ぬぞ」
「だからなんだい?本当に守りたい者の為なら、命を賭けるものさ」
ピキピキパキピキ__
周囲の空間が凍っていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドオオォォ!__
古代文明時代。
こちらも、カナン達と破壊神の闘いは激しさを増し、互いに斬り刻まれながらの死闘が繰り広げられていた。
「_奥義壱式・千枚通し!」
『_覇昇天』
カナンの突き技を破壊神は剣で弾き、返す刃でカナンを両断。
瞬時にカナンが再生していく中、月読が背後から連続攻撃。
破壊神は剣を背に攻撃を弾き、片手を下に向ける。
『_破壊の波動』
ゴゴゴゴ!__
破壊神を中心に地面が砕け散っていく。
周囲にいるカナンと月読も砕け、再び再生していく。
堪らず破壊神から離れた。
「ぐぁっ…はぁ…はぁ…くそ…」
「秋…精霊石ちょうだい」
「あぁ良__っ!」
「…秋?」
「サティちゃんが危ない…」
「……」
早く元の時代に帰りたいが、破壊神をこのままに出来ない。
イリアの逃げる準備…元の時代へのタイムリープは完成していたが、イリアの元へ到着するのも一苦労な状態。
破壊神は変わらず余裕の笑みを浮かべ、両手に持つ剣に力を流している。
ダメージは溜まっていたが、中々味わえない強者との闘いに心を躍らせていた。
『楽しいのぉ…久方ぶりだ、壊れない者は』
「…俺達みたいな奴は…裏の世界でも居ないのか?」
『ククッ…中々おらぬよ。強くて壊れない者はな』
闘うのはまた今度…とはいかないだろう。
このまま逃がしてくれるとは思わない。
焦る気持ちが先行していく。
「……」
「月読?全力で行くぞ!_っ!」
破壊神が一瞬で距離を詰め斬り裂いて来る。
月読がそれに合わせ白と黒の剣で上に弾く。
「ナイス!__空間断裂!」
バキンッ!__
カナンが破壊神の胴体を空間ごと斬る。
『__ぐぁっ!』
「__聖冥一閃…」
二つに分かれた破壊神は無防備な状態。
月読のとディヴァインセイヴァーアビスセイヴァーが輝く。
「__奈落の輝閃!」
『_ぬおぉぉ!』
白と黒の斬撃が破壊神を呑み込んだ。
遥か遠くまで吹き飛ばされる。
月読が白い魔法陣を展開。
「秋…今の内に…」
「あぁ、追撃…え?」
「__封印禁術」
月読が封印禁術を発動。
カナンに纏わりつく白い鎖。
破壊神にしか気を向けておらず、一瞬にして拘束された。
「なん…で」
「…秋は帰れ」
月読がカナンを抱えてイリアの元へ行く。
イリアは拘束されているカナンを見て困惑していた。
「月…読さん?」
「イリア、秋を連れて元の時代に帰って。今、世界樹は危険な状態…」
「でも…」
「私はいいんだ。あいつを倒したら時が過ぎるのを待てば良い」
たかが五千年だ…そう言い放つ月読は、カナンとイリアに背を向ける
イリアは月読の気迫に押されて、時間の魔法を発動していく。
「だ、めだ…」
「くふっ、心配いらない。私は咎の力を持っているから…
だから、今度は…私を迎えに来てくれないか?」
背を向ける月読の表情は伺い知れず、必ず勝利すると宣言しているが…一人では力の差があるのは明白だった。
「イリア、秋の心を救ってやってくれ」
「…うん」
「…あ…くっ…」
「秋…私の様な作り物を愛してくれてありがとう。わがままを聞いてくれてありがとう。私は、幸せだったぞ」
「そん…なの…」
別れの言葉じゃないか…そんなカナンの言葉は言えず…
「…タイム…リープ」
バシュンッ__
カナンとイリアは元の時代へと戻っていく。
「……そうそう、エターナル・リヴァイヴの詠唱…覚えているか? 私はあの詠唱が好きでな…」
遠くから、ゆっくりと歩いてくる破壊神を眺めながら、月読は語りかける様に一人言を話す。
「…例えこの身が砕けようとも…己の信念を守る為…愛する者を守る為…何度でも…何度でも立ち上がる…例えこの心が壊れようとも…愛する者を守る為ならば…この身を、心を捧げよう…」
『ふんっ、逃げおったか…』
「そして、我は願おう…愛する者の幸せを…我は歌おう…祝福の歌を…」
破壊神の身体は、繋がっているが…傷痕は残っている。
がっかりする様な表情の破壊神に、月読が笑いかける。
「…秋は元の時代に帰った」
『そうか、ならばお前を始末したら、その時代までゆっくり待たせて貰おう』
「くふふっ、その言葉…そっくりそのまま返そう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間の波に乗り、元の時代へと帰っていくカナンとイリア。
封印禁術は既に解除し、カナンも時空魔法を使って進んでいる。
もう、古代文明時代へ戻る事は出来ない。
「あき…ごめんね…ごめんね…」
「…謝る必要なんて無いさ……は?」
「あき?」
「紅羽が…」
カナンは魔力を込め、元の時代へと急いだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、世界樹の根元に戻ったカナンとイリア。
「…な…に」
「…う…そ…」
その目に映る光景に、絶句していた。
倒れ付している仲間達。
世界樹の側には、サティと紫色の女の子が倒れ、視線を前に移すと…天空と溟海が倒れている。
そして、天空と溟海を守るように立つ藍色の女の子は、両手を広げ…カナンに背を向けていた。
「…アキ…世界樹は…守った…よ」
「ア…イ…」
「…ごめん…ね。負けちゃった」
振り返るアイが、カナンに笑い掛ける。
切なく笑うその顔が、少しずつ薄くなっていく。
カナンが駆け寄り、アイを抱き締めようとするが、その手は空を切った。
「…あ…あ…あぁ…」
「ククッ…ようやく来たか」
カナンが声のした方向に、ゆっくりと顔を向ける。
凍り付いた荒れ果てた大地の中…
黒に染まった髪をかき上げ、愉悦に染まった笑顔を見せる…聖女キリエの姿をした何か。手には赤と青の宝石を持っている。
カナンはこの混沌のオーラを感じて悟った。
「お前か…お前が…みんなを…」
「良い暇潰しになったぞ。さぁ、始めよう」
「混沌…殺す」
キリエ編を書いたのは、この時の為…って事で、本編のラスボス戦に入ります。




