イリアス・ヴルー・クロスハート。2
師匠は、色々な事を教えてくれた。
神、魔王、人間、魔物、秋。
サティに言えない事は、私が全て聞いた。
聞きたくない事も…聞いた。
私は、時空の魔法のお蔭で過去へ行ける。
制約はあるけれど、もしかしたら…何かを変えられるかもしれない。
そんな想いで、ひたすらに時空魔法を学んだ。
進化の秘術…元凶は、古代文明。
その時代を目指す為に、強くならなければ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから、百年経った。
聖女の役目は早々に終わらせ、修行に打ち込んだ。
サティは、覚醒エルフから究極エルフに進化したと思う。
少し、性格が捻れたけれど、なんとか死ぬ事は防げた。
大変だったけれど…凄く大変だったけれど…もう、大丈夫だと思う。
「イリちゃん。帝国で有名になれば、秋ちゃんの耳に届くと思うの。だから、私…頑張るから。イリちゃんも頑張って」
「うん。競争しよっか」
サティは帝国で有名になると言って別れた。
私は時間の旅に出る。
いきなり古代まで飛ぶには実力が足りないから、段階を経て行かないと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
先ずは、約四百年前に飛んだ。
ファー王国歴で言うと…五百年くらい。
この時代は大陸の南で、深碧の魔王が出現したから、この時代に飛びやすかったのかもしれない。
勇者と聖女を含めた軍隊が、風を操る魔王の討伐に向かっていた。
私はしばらくこの時代に居ないといけないから、暇だし着いていく事にした。
数で攻めているけど……弱いな勇者。
深碧の魔王一体に、数千の軍隊。
聖女の結界で空に逃げられない様にしてから、魔法で攻めまくる。
…私は、どうしたら良いんだろう。
…魔王が、泣いているんだ。
…辛そうなんだ。
『__私が!何をしたっていうのよ!__竜巻!』
…やっぱり、見ていられない。
魔王が討伐されたら、女神の力が増す。
それを邪魔する事も、私がやるべき事なのかもしれない。
「__魔装・戦乙女」
魔装を展開。
魔法を切り裂き、魔王を封印禁術で拘束。
『__っ!動け…ない…』
「…少し、我慢して」
軍隊と魔王の間に割って入った。
「__おぉ!良くやった!誰かは知らぬが、さぁ!魔王を渡してくれ!」
「それは出来ない。私…深華の魔女が…魔王を貰う」
「__どういう事だ!」
咄嗟に思い付いた、深華の魔女…進化の魔女。
私は…聖女から時空石で進化した存在だから。
深華の魔女が、人間の悪者になれば良い。
そのまま、深碧の魔王と共に空間転移。
この場所を離れた。
それから大陸の西側まで逃げて、深碧の魔王を解放した。
「もう、ここまで来れば大丈夫だから」
『…本当に、助けてくれるの?』
「うん、貴女が死んだら…女神の力が増すから…そうだ!この指輪を嵌めれば魔力が抑えられて、人の中に溶け込めるかもしれないよ!」
『…ありがとう』
初めて笑った…良かった。
深碧の魔王とは、エルメス近くの森で別れた。
ここまで来るのに、何年この時代に居たんだろう…
一年で帰る予定だったけど、仕方無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
元の時代に戻ったら、嬉しい報告を聞いた。
直ぐに、会いに行かなきゃ。
「あっ…迷子のイリちゃん、お帰りなさい」
「サティ!聞いたよ!剣聖になったんだよね!」
「うん。イリちゃんは10年迷子だったの?」
「えっ…そんなに経ってた?あっ、次は世界樹から飛んでみるね!」
世界樹から…そうは言ったものの、世界樹に行くまで数年掛かった…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
切りが良い千年前に飛びたかったけど、何故か出来なかった。
歴史書を見る限り、聖女キリエが居た時代…凄く、会いたかったな…憧れていたから。
仕方無く、千年二百年前に飛んだ。
帝都の西…草木の無い荒れ果てた大地。
灼熱の太陽が私を照らす。
目の前には、紅の魔王。
『…次は…お前か…全て燃やせば…終わるのか?』
「…この戦いで、終わりだから…魔装・戦乙女」
戦うしか、道は無かった。
紅の魔王は…全てを憎んでいる。
逃がしても…彼女は全てを燃やしてしまう…
……
……
『__っ!なんだお前は…何故攻撃が効かない!』
「私には、時空の衣があるから…」
……
……
『__動けない…これは…聖女の力…』
……
「貴女の名前、教えてよ」
『我の?…名は無い』
「じゃあ…紅羽!今から紅羽だよ!」
『ふん、紅羽?まあ…貰っておこう』
秋の故郷の言葉。
ごめんね紅羽…
私には、これくらいしか出来ない。
憎むなら、私を憎んで欲しい…
『今更何を言っている?…一応お前の名も訊いておいてやる』
「私?んー…特別に貴女には教えてあげる!私の名前は…イリアだよ!」
『…そうか……さっさとやれ。女神の末裔よ』
特別。
魔王の貴女は…特別なんだ。
本当に、特別な存在。
「紅羽、貴女には…生きて貰いたい。誰かが…紅羽の手を掴んでくれる筈だから…」
紅羽を封印する。
大教会の祈りの間にあった女神像に、紅羽を埋め込む。
祈りの間は、少しバランス悪くなったけど…良いよね。
聖女が祈りで力を得る様に…
人々の祈りが、彼女の心を少しでも癒してくれたら…
私は神聖魔法を行使する。
大きな白い魔方陣。
「__聖域!」
女神が光臨した様な、暖かい光。
この光は、紅羽を守ってくれる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
上手くいったのは、四百年前と千二百年前だけ…
他の時代の魔王は、間に合わなかったり…既に女神と化していた。
本当に、私の行動は意味があるのだろうか…
『あなたの名前は、なぁに?』
「私は、イリアだよ」
『ウフフ、イリア。私はねぇ、シーラっていうの』
「シーラちゃんだね。よろしく!」
三千年前の時代…まだ幼体の、藍の魔王に会えた。
彼女は、とても穏やかで可愛い…何処にでもいそうな女の子。
『私ね。大きくなったら、お父さんと色々な海に行くの!』
「お父さん?」
『ほらっ、あの沖にいるの』
……大きい。島が動いている。
師匠と同じ存在…絶対種だ。
海の絶対種…大渦か溟海だけど…形的に溟海だな…
確認したいけど…警戒されている。
…絶対種が一緒なら、シーラちゃんは大丈夫だと思う。
元の時代でも、何処かの海に行っていると良いな。
「…シーラちゃんは、お父さんが好きなのね」
『うん、もちろん大好き。一緒に世界を回って、いつか…お父さんに恩返し出来たら良いな…私を見守ってくれているから』
「…そうだね。一緒に生きるんだよ」
この子は…死なないでほしい…
こんなにも、純粋な笑顔を持つ女の子。
深い愛を持つ女の子。
『イリア、遊ぼう』
「うん!良いよ!」
『ウフフ、またお友達が増えた』
「へぇー、他にも居るの?」
『そうなの。近くの村の男の子よ』
この時…溟海さんに安心して、シーラちゃんが成体になる前に帰った私は…本当に、どうして帰ってしまったのか…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
元の時代に帰り、歴史書を確認…溟海さんがグレイシアカタストロフ…氷河の大災害と書かれているのを発見した。
三千年前は、海の王という名前で書かれていたのに…
そこで、私が帰って数年後に…シーラちゃんが討伐された事を知ってしまった。
「どうして…」
勇者が藍の魔王を討伐し、青の女神が顕現…
シーラちゃんと仲良くなった男の子が、勇者の力を得てしまったのか…
戦う事が苦手で、可愛い物が好きだった優しい女の子は…男の子と戦う事が出来なかったのか…
今となっては、解らないけれど…
もう、その時代には行けない。
飛べば飛ぶ程…制約が多くなる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「サティ、ファナの調子はどう?」
「うん…今は安定してる。一度実家に帰るね」
「分かった。最近、強い魔物が増えて来たから、気を付けてね」
「イリちゃんも、気を付けてよ。…駄目だよ、可愛い顔に…傷痕が残ってる」
「大丈夫大丈夫。いつもの事だから」
いつもの事。
大した事は無い。
心の痛みに比べたら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっと、辿り着いた」
約五千年前。
古代文明の時代。
この時代に来るまで、百年は掛かっている。
秋が居なくなってから、もう二百年は経っている。
進化の秘術を抹消してしまえば、二百年前に起きた邪の魔王は存在しなくなる。
壊させて貰うよ…古代文明。
これが私の、復讐だから。




