刹那の魔王戦
「本当は、少し期待していた…魔王を倒せば帰れるんじゃないかって」
勇者達を後ろに下がらせ、1人魔王と向き合う刹那。その表情は変わらず、眠そうな目で魔王を見据える。だが少しだけ、悲しみの感情が見えた。
『くっくっく。帰れる訳が無かろう』
「…知っている。帰る事が難しい事も…神が全能じゃない事も」
刹那が空中に灰色の魔方陣を複数展開。
「マジックバレット」バシュン!
魔力弾を撃ち_『エアロシールド』_ガッ!_風の盾に阻まれる。
「マジックストライク」ドゥッ!
先程よりも大きな魔力弾『ふん、ゲイルストライク』_ゴォォ!風力弾で相殺。
「マジックバースト」バンッ!
魔力爆発『ぐっ、ゲイルシールド』ドオオ!風の防壁で防御。
刹那は魔方陣を再度展開。さっきのは小手調べだと言う様に、魔方陣が大きくなっていた。
「魔王、目的は何?」
『ふっ、貴様が知っても仕方の無い事だ。ここで吸収されるのだからな!魔気解放!』
ゴゴゴゴ!デュラントムが両腕を交差し力を解放し始めた。魔力が上昇し、筋肉も肥大していく。
勇者達からざわめきが起き、今までが本気では無かった事に絶望していた。「わぁ…変身だぁ」刹那は観察する様に見ている。
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「棚橋、どうして刹那は攻撃しないの?」
「多分どうなるのか見たいだけだと思うぞ。それよりも天草、降りて欲しいんだけど…」
「…嫌」「嫌って言われても、片手だけで守るの辛いんだぞ」
健次は1度楓を降ろし、倒れた騎士や森田を回収し後方に集めた。そして流れ弾が当たらない様に待機している勇者達の前に立っていたが、楓が再び抱き付いて来たので再び抱えていた。
至近距離で楓の顔があり、吐息が当たる。この状態は健次の精神衛生上よくない。楓にドキドキしてしまうし、刹那の睨みが恐くてある意味ドキドキしてしまう。
「そういえば、浮気現場って…彼女居るの?」
「あぁ、彼女というか…こんな俺でも好きになってくれる人が居てさ。この世界の人なんだけど…」
「そ、そっかぁ…そうだよね……ねぇ、棚橋」
「なんだ?」「終わったら私も付いて行って良い?」「そりゃ…ひねくれた師匠が良いって言えばな」
______
デュラントムが魔気の解放を終える。身体は5メートルまで肥大。盛り上がった筋肉、溢れ出す魔力、獰猛な笑みを浮かべる様は魔王の名前に相応しい程に強さを感じた。
「終わり?」
『くっくっく。あぁ、これで貴様も終わりだ!』
デュラントムが黒い魔方陣を展開。
『ダークブリザード!』ヒョオオオ!黒い吹雪が吹き荒れる。魔方陣を展開してから直ぐに発動するのは流石と言いたい所だが。
「ダークフレイム」ゴオオオ!『グオオ!』黒い吹雪は黒い火炎に呑みこまれ、静けさを取り戻す。
『な…に…詠唱破棄でその威力だと』
「マジックバースト」バンッ!『ガァァ!』魔力爆発をもろに受けたデュラントムは膝を付いた。
『それならば!なぶり殺してやるわ!』
肥大した筋肉を見せつける様に拳を握り、刹那に駆ける。
刹那はそんなデュラントムを自然体で見詰め。
『粉砕爆撃!』拳が迫るが
「迅雷」雷の如く
ドッ!みぞおちに高速の掌底。
『ぐはぁ!』デュラントムの体制が崩れ。
「千烈」烈風の如く
ガガガガ!顔、胸、肩、腹、股間と連続打撃。
『ガッ!ゴッ!ガッ!ギッ!』
全ての打撃を受け踊っているように跳ねる身体。
「破岩」岩を砕く程の
ゴンッ!フルスイング『グボッ!』
地面に叩き付けられバウンド。
刹那が宙へ投げ出されたデュラントムの下に潜り込む。
「ブッ飛べ…崩天」
ボコォン!全身のバネを使ったアッパーカット。
『グオオォォ!』
凄まじい音を立て真上に飛んでいくデュラントム。
勇者達が呆然と見詰める中、刹那は赤色の魔方陣を重ねていく。
「夜空に浮かぶ太陽…ブレイジング・サン」
ゴオオオ!
小太陽がデュラントムを直撃。灼熱の炎で焼かれていくが、まだデュラントムの魔力を感じる。
「これで終わり…魔力ブースト」
ギュィイイ!刹那の固有能力を発動。
『ギャアアァァ!』ブレイジング・サンの性能を倍加。小太陽が肥大していく。
ボオオオ!小太陽が爆発。
「「「…」」」闘いを観ている者達は、このあり得ない強さを持つ少女に、驚愕しながらも畏怖や羨望の感情を重ねていた。
ドサッ。炭化し、上半身のみになったデュラントムが落ちる。
『ぐ…あ…く…』
「楓、封印して」
「…え?あっ、う、うん」楓が健次から下りて刹那の元へ。刹那はこれ以上攻撃を加えると良くない事が起きると聞いているので、封印すれば大丈夫と思っていた。
「…封印禁術!」楓が聖女の固有能力、封印禁術をデュラントムに掛ける。
真っ白い魔方陣がデュラントムの真下に出現。
勇者達は神々しい光が溢れて来る光景を、目に焼き付ける様に注目していた。
ただ1人を除いて。
グサッ!
『ゴボッ…』デュラントムの胸に突き刺さる剣。
「…えっ?」
「みんなぁ!俺が仇を討ったぞ!」
「「あっ…」」刹那と健次が珍しく声を揃える状況で、御堂聖弥がデュラントムに剣を突き刺し勝利の叫び。
「これで!みんな帰れるぞ!」
「帰れる…」「やったぞ」「流石聖弥君!」
突然の事に、楓は封印禁術を解除。呆然と御堂聖弥を見詰めていた。
状況を解っているのは刹那と健次。どうする?とアイコンタクトをするが、何も思い浮かばない。アキが来るのを待つかと思っていると、デュラントムがブルブルと震え笑いだした。
『くっくっく…ゴホッ…おめでたい奴らだ…』
「お前の負けだ!デュラントム!」
『くっく…確かに負けだが…始まりでもある』
ニヤリと笑ったデュラントムが魔方陣を展開した。
「_っ!何をする気だ!」
『お前には…素質がありそうだと思ってな。…フュージョン』
ギュイン!デュラントムの身体がスゥッと御堂聖弥に吸い込まれる様に消えていく。しかし、勇者達から見たらデュラントムが消滅した様にしか見えなかった。
「…何も起こらない?ふっ、死ぬ間際で魔法を失敗したのか。…ん?力がみなぎって来る!これは!」
「聖弥君が魔王を倒したからよ!」「レベルが上がったのね!」「流石勇者様!」
「…さぁ!大教会へ帰ろう!女神様に報告だ!」
勇者達が湧いている中、健次は顔が引きつり、刹那は遠い目をしていた。確かに見えた…デュラントムが御堂聖弥と融合したのを。
「音市、これどうする?」
「…お手上げ。あいつ殺すしか思い付かない」
「だよなぁ…とりあえずアキに相談するか」
「ね、ねぇ何かあったの?」
呆然としていた楓が我に帰るが、沸き立つ勇者達の中で微妙な表情をしている健次と刹那が目に付いた。喜ぶ雰囲気が全く見られない二人に疑問をぶつけるが、なにか悩んでいる様子。
「いや、なんていうか…」
健次がどう説明するか悩んでいる間に、ようやくカナンが降り立った。カナン1人でサティの姿は見えない。
「お待たせー。…あれ?…なんであいつが魔王になってんの?」
「え?魔王?」「…アキ、あいつ殺した方が良い?」
「あー…それは保留にするか。魔導船占拠したからとりあえず勇者達に乗ってもらおうぜ。…おーい!ここに居たら魔族に捕まるぞー!」
飛行船が塔に横付けされ、有頂天の御堂聖弥ら勇者達は迎えが来たと思い乗り込んで行く。
「アキ、この人達生き返らせれる?」「あぁ、良いぞ」その隙にカナンは倒れた騎士や森田にこっそり蘇生魔法を掛け、そしてこっそり飛行船に入れておいた。
楓も乗り込もうとするが、カナン、健次、刹那は乗り込まないので「行かないの?」声を掛けるが三人は動かない。
「あ、アキ。天草が一緒に来たいって言うんだけど」
「ん?そうなの?どうしようかなー」
「お願い、します」「アキ、これ見て」
刹那が健次と楓の浮気現場写真をカナンに見せる。「なるほど…」カナンはウンウンと健次と楓を眺めた。
四人を残し、動き出す飛行船。歓声などは聞こえず、静かに飛んで行く。
「…」「よし、じゃあ聖女さんも行くかー」
「あ、ありがとう」
「ははっ、やっと礼を言えるまで成長したか」
楓はバツが悪そうな表情だが、嬉しそうにしていた。
「なぁアキ、あいつらそのまま帰して良いのか?」
「あぁ、大丈夫。あの魔導船には仕掛けがあってな、大教会に着くまで止まらないし出られないんだ。それと大教会に着いたら、大教会の街から出られなくなる罠が発動するから…今のところは大丈夫だろ」
「大きな牢屋…師匠はどこ?」
「サティちゃんは続きをするって言ってたから、何処かの物陰でこっちを見てるんじゃないか?」
今度のサティは隠蔽能力を最大限に駆使しているので、カナンでも早々に見付けられない。今頃カナンを視姦している頃だろう。
「…わかった。あの…その…」刹那がモジモジとカナンをチラチラ見る。何か言いたそうに、恥ずかしそうに俯いていた。
「ちゃんと見てたよ。よく頑張ったな、偉いぞ刹那たん。格好良かったよ」
「…うん。頑張った…怖かったよ…」
いくら強くなろうとも、最近まで普通の高校生だった事には変わりない。頑張ったから褒めて貰いたかった。小さく笑い俯く刹那の頭を撫で、「行こうぜ。帰ったら何食べたい?」「…肉」カナン達は魔国を後にした。




