ゆで卵に負けたグリーダちゃんは
月読に呼ばれたカナンはダンジョンの最下層へ向かう。転移して3つの扉の前に来たカナンが見た物は、月読、リーリア、矢印がグリーダを慰めている光景。
魔女の帽子を両手で抑え、深く被り体育座りで隅っこに座っている。どんよりと負のオーラが凄い。
「グリーダ、大丈夫か?」
「…ますたぁ…私はもう駄目です。ボスの座を奪われた惨めな私は存在意義なんて無いんですよ」
『元気出してよー!』
「秋、ずっとこんな調子」
「…そうか。ところで…ゆで卵って何の卵使ったの?」
「この部屋の奥にある、ダンジョンコアの部屋の宝箱に入っていたらしい」
「…それ…ヤバい卵なんじゃないか?」
このダンジョンをクリアした報酬で貰える卵。カナンは嫌な予感しかしなかった。
いじいじしているグリーダを横目に、左の扉。例の卵が居る部屋を覗いてみる。
ギィッ。と開けて中を確認。数十メートル先に台座があり、丸い物が乗っている。少し中に入り、名前を確認する事にした。
「そんなに強そうじゃないんだけど…おっ、名前が…_星神獣・エッグ?んー…」
パタン。部屋から出て扉を閉める。
「なぁ皆。星神獣って知ってる?」
『知らなーい。仲間に聞いてみようか?』
「宜しく」
「私なんて私なんて私なんて…」
「グリーダは、今ボスじゃないとなるとザコ敵扱いなのか?」
「そう。グリーダちゃんザコなの。ちょっとそれが問題で…」
「ザコザコ言わないで下さいよぉ……ゆで卵に殺されるザコ…いやぁぁぁ…」
やいやいと頭を抑えて泣き出すグリーダに、月読は肩を竦めてお手上げのポーズ。カナンもどうしたものかと、ため息を一つ。
『えー、分からない?そっかぁ…え?お母さん?』
「何か分かったのか?(お母さんって世界樹か)」
『はーい!ちゃんと歯磨いてるよ!ご飯も食べてるし、安心して!』
(一人暮らしの娘みたいだな)
『なんかねぇ、知ってるんだけど記憶が霞がかって思い出せないんだって!年だね!って言ったら怒られちった!』
「結局分からず仕舞いか。名前からして神種に関係してる事は確かだよな」
自慢気に仁王立ちしているリーリアに礼を告げ、「神…神…そうか…」何か呟いているグリーダを見る。時折へへっと思い出し笑いをしていた。
矢印も困惑する様にふよふよ漂っている。
「ん?矢印どうした?何?結婚してあげて?グリーダと?」
ピクッ。やいやいしていたグリーダの動きが止まり、ゆっくりとこちらを見る。
グリーダは結婚したそうにこちらを見ている。結婚しますか?はい、いいえ。の選択肢が出そうな雰囲気だ。
月読とリーリアも結婚してあげたら?と、うんうんしながらカナンを見る。
「…ま…ましゅたぁ…」
「…グリーダ(仕方ない…か?)」
フラフラと立ち上がり、上目遣いでカナンを見るグリーダ。その目は恋する乙女の様にキラキラと輝いている。
カナンに歩み寄ろうと一歩踏み出すが、そこで止まるグリーダ。唇を噛みしめ、うぅうぅと悩んでいる。
「グリーダ?」
「…私は、ゆで卵に殺される様な女です…ますたぁの隣に立つ資格なんてありません…」
「いや、でもあれは星神獣っていう奴だろ?」
「星神獣だろうと、神だろうとゆで卵に負けた事に変わりはありません!……一度負けたボスはその部屋には入れません。だから私は生まれ変わる為に!」
立ち止まったグリーダが身体の向きを変える。その方向には3つの扉の右側。最凶の文字が書かれた扉。
「神の…力を得る!」
「グリーダちゃん待って。もし死んだら貴女は」
「わかってるよ願い星ちゃん。それでも、負けっぱなしは女が廃るってもんですよ!」
「ちょっ、グリーダ。あの邪神なんかには敵わないだろ」
「…知っていますよ。私がこの扉の中で一番弱い事ぐらい…でもこのまま逃げるのだけは嫌なんです。マスター、もし…帰って来れたら……いや、これは言っちゃ駄目ですね」
ふふっ、と華が咲く様に笑う。静止する月読を振り切って最凶の扉へと入っていった。
「ロック」ドンドンドン!「グリーダちゃん!開けて!グリーダちゃん!」
「月読…ザコ敵が死んだらどうなるんだ?」
「……死んだら全てリセットされ、作り直される。身体も、心も。そしてダンジョンのどこかにザコ敵として現れる…だから…記憶も」
「それじゃあ死ぬのと一緒って訳か!くそっ!グリーダ!開けてくれ!」
「…ふふっ、どうしたんですか?マスター。心配してくれるなんてマスターらしくありませんよ?」
「死んだら記憶も消されるんだろ!戻って来い!」
「嫌ですよ。決めましたから。それに私の名前はグリーダちゃんリターンズですよ?戻って…来ますから…マスター…」
「…」
扉の向こうから、泣くのを堪える様な、か細い声で喋るグリーダにカナンの胸が締め付けられる。
「大好き…ですよ」
こうして、ゆで卵に殺されたグリーダが神に挑んでいった。