茜を連れて家へ
「そこのお二人さん、イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、帰るよ?」
「あっ、いや、これは」
「うぅ、恥ずかしい…」
見詰め合って顔が近付こうとしている瞬間を見極め声を掛けたら、見事な反応にカナンはニヤリと笑う。
「とりあえずこのまま闘技台の上を飛んで行こう思うけど、茜ちゃんは宿に荷物あるんだよね?寄るから案内して」
「え?なんで上から?」
「興奮した観客の相手、貴族のスカウト、好奇の目、度重なるセクハラ。耐えられるなら歩いて行くけど」
「上からお願い致します!」
想像して顔面蒼白の茜と、俺が守るからと何かほざいているオードを連れて、上から闘技場を出た。そして茜の荷物をストレージに入れ、3人で自国を目指す。
「まだ夕方になっていないから暗くなる前に王都に着くけど、宿探したら一度家に行くから茜ちゃんも来てね」
「うえ!?心の準備が…」
「どうせ一緒に働くんだから早いか遅いかでしょ?兄さんが紹介する?俺がスカウトしたから俺でも良いんだけど…」
「俺が紹介するよ」
「んじゃ宜しく。一応付き合ってるのも報告してねー」
「あ、ああ」
「怖いよぉ」
「茜ちゃんは、星茜として生きるなら髪戻すかい?」
「そう、だね。オード君、良いかな?」
「ああ、良いよ」
「じゃ、カラーチェンジ・ブラック」
カナンが茜に魔法を掛け、肩まで伸ばした黒髪の、目がクリクリとした美少女に変身した。
「あ、茜さん。素敵だよ」
「あ、あり、がと」
「はいはいイチャイチャすんのは後にして、後は、ほい」
「手袋?」
「一応接客だからねー。一々お客さんに説明するのめんどいでしょ?」
「あ、うん。ありがとう」
雑談しながらやがて王都に到着。茜はしばらく宿に泊まる為、東区にある宿を取り、一同はミラ家に入る。
「悪いね、宿代払ってもらって」
「ああ、福利厚生だと思って。ただいまー。おっ、母さん丁度良い」
「おかえりなさい。あら?」
「母さん、紹介するよ。星茜さん。従業員として働いて貰える事になったんだ。信用は俺とカナンが保証する」
「は、は初めまして、星茜です!」
「そうなの?ありがとうね。助かるわ。で?誰の彼女?」
母はカナンがニヤニヤしているのを知りながら、わざとらしく聞く。
「俺の、彼女だよ」
「す、すみません私なんかが」
「ふふっ、良かったわね、オード。可愛い子ね。珍しいわねー黒髪なんて、それに…」
母はじっと茜の手を見詰める。居心地悪そうな茜はもじもじしながら視線を動かしている。
「母さん、茜ちゃんは迷い人だよ」
「そうなの…」
迷い人の社会的地位は基本的には平民よりも下だ。常識の無い変人という扱いだからだ。茜は嫌悪されるよね…と落ち込み俯く。
「茜ちゃん」
「…はい…へ?」
ふわりと両手を包むように握られ、微笑みながら茜を見詰める母。え?え?と訳が分からない茜は視線をオードに向けるが微笑みで返されるだけで、混乱していく。
「今まで頑張ったんだね。自分の家だと思ってずっと居て良いからね」
「え、あ…の」
「オード、この子を離しちゃ駄目よ」
「わかってるよ」
「な、なんで…」
「私も苦労したのよ」
その目と手を見れば分かるわ。そう微笑む母は、おいでと茜をリビングの椅子に案内し、お話しましょ?と二人で話を始めた。
「流石母さん。わかってるねー。兄さん、茜ちゃん不安だろうから付いててあげな、ついでに帰りは送ってあげてね」
「ほんと、カナンには世話になるよ」
「そう思うなら茜ちゃんと一緒に頑張ってねー」
オードを置いて部屋に戻る。その内1人部屋になるのかなーと思いながら1人考える。
「とりあえず、やる事を整理しなきゃなー。こんがらがって来た」
『アキ、復讐はいつするの?手伝うよ』
「んー、直ぐには動けないかな。調査が必要だし、いきなり国ごと潰したらただの殺戮だからなー」
『我も手伝うぞ』
「ありがとな、復讐ノートがあれば色々な事出来たんだけど何処にあるか分からないし…まっ、ただでは殺さない事は確かだな…3人の合体魔法でとどめ刺すのも面白いなー」
『アキ、楽しそうね』
「楽しいぞー。前世のやりたい事リスト堂々2位だからなー」
『1位は?』
「故郷に帰る事だなー。妹残して来ちゃったし、大将にも一言伝えたかったんだけど、まあ無理なのは分かったし」
『試したのか?』
「一度世界樹の力を使って次元の扉を開いたんだけど、違う次元世界の扉でな…そこがヤバくて、混沌の神って奴が出てきて大変だったんだ」
おっさんとなんとか倒したけどあれはもう無理…げんなりした表情で思い出す表情は哀愁が漂っている。
『今の我らでは敵わない奴か?』
「んー今だったら、3人で力を合わせれば…行けるかな?アイの零の時間頼みだけど」
『その時は頑張るねー』
「いや、その時は来ねえよ。その次元のリンクを破壊したからな」
『じゃあ違う次元から来そうだねー』
「やめろ、フラグを立てようとするな」
『我も必殺技欲しいなー』
「黒天道より強い魔法?…んー…赤と黒か…非人道的な神位魔法なら何個か開発したかな?」
『可愛いのが良い』
「ねえよ」
『私も可愛いのが良い』
「だから無いって…いやあるわ」
『『ほんと!?』』
「今度教える」
『『わーい』』
カナンは忙しいなーとふぅっと一息。
「その前にサティちゃんだよなー。妹のファナエルが生きてるなら、恐らく目的はエリクサーだけど」
聖女の護衛、エルフの剣士と魔法使い、その魔法使いの方を思い浮かべて顔を顰める。
『病気に掛かったのは何十年も前の事でしょ?もう生きて無いんじゃない?』
「いや、エルフって種族は少し特殊でな、魔力が高いせいで、魔力に関する病気が多いんだけど…変な病気が多いんだ」
『変な病気?』
「ああ、その中で最悪なのが不死病って言われてる病。寿命が来るまで簡単には死ねないんだ」
『死ねない?』
「そう、死ねない。簡単に言うと、魔力を生存する為に使用してしまう。だから一般人以下の強さになり、首を跳ねても数ヶ月は生きる。細切れにしない限り死ねない。その死を待つ間、想像を絶する苦しみが待っている」
『エリクサーで治るの?』
「いや、治らない。確か…王女を治したベネディクション・フェアリィソングだな。星と白色の複合魔法で治すしかない。でもそれと決まった訳じゃないからなー」
エリクサーは赤、青、黄、緑、白、黒、灰の七色の魔力で作られる。おとぎ話で語られる様な万能な存在では無い。
『ふーん、でも普通に生きれば良いんじゃない?』
「それなら良いんだがなー、エルフって意外とメンタル弱いんだ」
『そうなの?そういえば、あんまりエルフって見ないね』
「そう、それに繋がるんだけど、エルフの大きな死因の1つに自殺があるんだ。だから治すのが困難な病気に掛かれば直ぐに命を絶つ」
『自殺、そんなに多いの?』
「ああ、長寿故にかな。例えば、エルフって一途なんだよ。愛する者が死んだら後を追ったり、生きる目的を失っても命を絶つ。生涯好きになるのは1人だけだし。エルフの数が少ない原因だな」
『それって』『あれだな』『ええ、あれね』
「ん?まあ多分サティちゃんの生きる目的はファナエルだなー。あの女が弱っている姿を拝んでおきたいな…サティちゃんに頼んでみようかなー」
『ずいぶん毛嫌いしているな』
『アキに嫌がらせしてたみたいよ』
「多分時空魔法が使える事に嫉妬してたんだろ」
あいつのせいで何回ご飯が駄目になったか…怒るカナンにアイと紅羽は納得する。カナンは食べ物を粗末にする奴は嫌いだからだ。
「くっくっく、楽しみが増えたなー」




