剣聖
『間もなく休憩は終了致します!次の出場選手は選手席まてお越しくださーい!』
戻る途中でアナウンスが聞こえて来たので、3人は南側の選手席に戻った。
「次は俺かー」
「カナン頑張れよー魔法士団副団長だっけ?」
「シードってずるいよねー」
「まあ、早く帰りたいから直ぐ終わらすよ」
『次の選手は闘技台までお越しください!』
「じゃ」
「いってらっしゃい」
「頑張ってねー」
カナンはもうやる気が無いのかトボトボと闘技台中央へ向かう。
『次の試合は、シード選手と予選を勝ち抜いた選手の対戦です!帝国魔法士団副団長!ソーエン・マクビート様!マクビート家はムーア家と双璧をなす名家!水と土の魔法を自在に操る帝国魔法士団期待の星!対するカナン選手!格闘も魔法も得意な凄い少年です!カナン選手は武闘家なんですか?(フルフル)違う?じゃあ魔法使い?(ウンウン)魔法使いだそうです!』
『マクビート様ー!こっち向いてー!』『カナン君ー!頑張ってー!』
「やあ君がカナン君だね。俺は昼から来たから試合は観ていないが宜しく頼むよ。全力で掛かっておいで?」
「ん?なんか言った?悪い、考え事してた」
「ふっ、まあ良いさ。直ぐに終わるから」
『開始!』
「マジックバレット」
バシュン
「がっ…はっ…」
バタン
『……え?』
「悪いな」
倒れているソーエンをチラリと見て振り返り、南側の選手席へトボトボと向かう。
『しょ、勝者、カナン選手…』
『え?もう終わり?』『魔法士団も大した事無いんだな』『よわーい』
『な、何をしたんでしょうか?カナン選手!教えてー!何?マジックバレット?いや、ソーエン選手は下位魔法は防ぐローブをしていた筈ですが…あ、はい。貫通させた?いやそれ下位魔法じゃないでしょ』
「ただいまー」
「早かったなー」
「おかえり。オード君と二人きりだったから、もう少し闘っても良かったのに」
『次の試合はオード選手が棄権したのでアベル選手の不戦勝です!』
「ん?アベル?どっかで聞いたな、まあ良いか」
「茜さんは剣聖と闘うんだろ?危なくなったら降参するんだぞ」
「そうだね。やれるだけはやろうかな」
『次の試合の選手が闘技台までお越しください』
「次がネルさんと、Sランク冒険者のギザン?」
「まあ、見た感じギザンだなー」
「強そうだねー」
『次の試合はネル・クーガ選手とギザン選手!クーガ流槍術とSランク冒険者の闘いです!』
『開始!』
「緊張してきたー」
「そりゃ剣聖って言うくらいだから人気もあるし強いんだろ?アウェーだな茜ちゃん」
「わかってるよ」
「茜さん、俺は応援しているからな」
「うん!オード君が応援してくれるだけで剣聖なんて倒せるんだから!」
「……」
『決まったー!ネル選手!見事な槍捌き!これはクーガ流槍術がキテる!キテるぞー!』
『『『ワアアアア!』』』
「兄さん、姫さんがこっち見てるぞ。手振ってみたら?」
「ん?ほんとだ」
「なっ!駄目!」
『次の選手の方は闘技台までお越しください!』
「行ってきます!」
「茜さん、いってらっしゃい」
「がんばれー」
ここまで勝ち進めると思っていなかった茜は緊張した顔で闘技台へ向かう。貴族席の方からも闘技台へ向かう女性の姿。やがて向かい合う茜と剣聖。
「宜しくお願いします(この人が、剣聖。綺麗…でも)」
「…宜しく」
茜の目の前に立つエルフの女性。黒いローブに身を包み、手に持つ大きな両手剣。緑の髪を肩で切り揃え、キメ細やかな白い肌。黒いメガネを通して見えるはっきりとした目、その中の青く澄んだ瞳は、冷えきった青。無表情だが目が覚める様な美しい女性がそこに存在していた。
『次の試合は、剣聖サティエル様対アヴァネ・スター選手!アヴァネ・スター選手は一撃で試合を終わらせてきましたがもう難しいでしょう!剣聖!その名に恥じない凄まじい剣技!帝国女子の憧れ!ドラゴンスレイヤー!かの勇者パーティーに所属していた生きる伝説!格好良いです!もちろん私も憧れています!』
(機械、いや…人形みたい)
『開始!』
剣聖は構えず自然体、歩いて茜に近付く
「…」
茜は魔力を練りだし先制攻撃
「近付いたらやられる。グラビティープレス」
ズンッッ!剣聖の動きが止まり
「風…いや重力か…」
直ぐに茜は次の魔法を準備
黒い大きな魔法陣を展開
剣聖は少し考えた様な素振りを見せ
ズンッ!ズンッ!重い足音を立て再び歩き出す
「うそお!歩けるの!?」
『流石剣聖!ハンナ選手が身動き1つ取れなかったアヴァネ選手の魔法を物ともせず!地を裂く様な足取りで突き進む!』
「これなら!グラビティストライク!」
ギュンッ!弾丸の様な黒い球体が剣聖へ
「…ぶった斬り」
上から大剣を振り下ろす
バシュ!真っ二つに「うわ…斬っ…た」
黒い球体が四散していく様子を見て茜の頬に一筋の汗が流れる。頭を振りふぅーふぅーと深呼吸。
黒いメイス肩に担ぎ
ギンッと眼に力を入れ剣聖を見据える
「呑まれるな。まだ行ける」
黒い魔法陣が2つ出現した
―――
「なあカナン。あの人が一緒に旅をしたサティさんか?」
「…ああ、サティちゃんなのは間違いない」
「そう、か。でも何か聞いていたのと印象が違わないか?落ち着いているというかあれは」
無機質で冷たい。オードでも分かる冷えきった印象。
「…あれは…多分あのメガネの効果かもね」
「メガネ?あの黒いメガネか?」
「ああ、あれは俺のメガネだ。効果は分からないが精神に作用するタイプ」
「え?でも邪神と一緒に荷物も消滅したんじゃ無いのか?」
「いや、ストレージに入れていた荷物は別空間にあったんだ。俺が死んだ事でその空間が消えていってポンポンと、辺り一面に排出された筈」
そう言って考える様に、顔を顰めながら沈黙するカナンを見て、俺が分かった様な事は言えないよな…と少し沈んだ気持ちを隠すように前を観る。
(サティちゃんのパンツ達も排出されたとしたら…空を舞うパンツ達を拝めたんじゃないか!くそ!)
『なあアイ、普通下着は自分で持たないか?』
『ああ、サティさんだけ、アキに貴重品から下着まで全部預けていたのよ』
『馬鹿なのか?』
『ええ…そうね』
―――
「グラビティコントロール!」
ふわりと宙に浮く茜は上から剣聖を見下ろし
「グラビティクラッシュ!」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!多方向からの押し潰す
「無駄…」
ギシギシと骨の軋む音を立てながら、剣聖は表情を変えずにズンッ!ズンッ!歩く。
歩みが遅い剣聖を待たず黒い魔法陣が2つ重なり大きな魔法陣に
「無駄かどうかは分からないよ!」
歯を食いしばり多重魔方陣の制御に耐える
「んぐぐっ!グラビティコントロール・リバース!」
フッと闘技台の重力が消え
重力が反転
「何?」
剣聖が空に墜ちて行く
遥か上空まで墜ちた剣聖の姿は豆粒よりも小さく見える
『アヴァネ選手攻める攻める!剣聖が遥か上空に!どうなるんだー!』
魔力を増幅
黒い巨大な魔法陣を展開
「行くよ」
重力の反転を解除
剣聖が自由落下に従い闘技台まで墜ちてこようとしていた
「フリーフォール・アクセラレーション!」
ドオオオン!「がっ…はっ!」魔法が発動した瞬間
超高速落下により
闘技台にはクレーター
砂塵が舞う中央には
倒れている剣聖
剣は遅れて闘技台の端に突き刺さった
「はぁ、はぁ、もう、魔力が…でも…まだ終わっていない」
『剣聖が…倒れた…あり得ない』
そう、あり得ない。勇者をも越える強さの象徴。剣聖は称号を得てから1度も地に身体を預ける事が無かった。初めて見る姿、歴史的瞬間。人々は言葉が出なかった。
ガタリと瓦礫を避け剣聖は立ち上がる
「くっ、ふふっ強いな。久しぶりだ…この痛み」
微笑を浮かべた瞬間
剣聖が消え
「がっ…あ」
茜の腹に拳が突き刺さっていた
そして鳩尾に手を当て
「破山」
ドフッ!内部を震わす一撃
放物線を描く様に吹っ飛ぶ
『速すぎて見えませんでした!流石剣聖!一瞬にして勝負が逆転!』
「ぐっ…は…あ(痛い、骨が折れた…)」
痛みに耐えながらお腹をおさえ、膝がガクガクになりながらも立ち上がる
最後の魔力を振り絞り
「このくらい…痛い…だけ」
ゴオオ!黒色の魔力を解放させる
剣聖は先程のダメージが残っているのかゆっくりとした足取りで茜へ向かう
「…そこまでして…勝利が欲しいか」
「ふふっ、勝利なんていらないよ」
「なら何故、そこまでして闘う?」
「好きな人に…私をみてもらいたい…だけ!」
黒色の巨大な魔方陣が出現
黒く輝き回転している
「…羨ましいな」
「貴女みたいな綺麗な人、皆ほっとかないでしょ?行くよ!これが今の私の精一杯!デスペリア・グラビトン!」
ドンッッッ!「ぐぅ…」闘技台が形を保てない程の超重力
ミシミシと崩れていく
『え?…上位魔法じゃびくともしない闘技台が…まさか…超位…』
「うう…ぐっ」
「私は!彼と並び立つ為に!貴女を倒す!」
「思い、だすな。まるで…昔の私だ…なら、ば。応え…よう」
全力で。膝を付き耐える剣聖は、震える手で自分の指に嵌まっている古ぼけた指輪を引き抜いた
ドオオオ!剣聖から溢れる魔力の奔流
ゆっくりと立ち上がるその姿は羅刹の様な力強さ
「う…わ…」
ドシン!ドシン!超重力の中歩き出す
「縮地…」
踏み出した、たった一歩
それだけで一瞬にして茜の眼前に立ち微笑を浮かべた
「迅雷」「_うっ」
そしてドンッと響く鳩尾への掌低
崩れ落ちた茜を抱え剣聖は救護エリアへ向かう
『勝者!剣聖サティエル様ー!流石剣聖!超位魔法をはね除けたその力!この眼にしっかりと焼き付けました!しかしアヴァネ選手も凄い!その若さで剣聖と対等に闘いました!』
『『『ワアアアア!』』』『凄い闘いだった!』『アヴァネちゃーん!凄いよー!』『剣聖様ー!』
「本当に、羨ましいわね…好きな人が見てくれるなんて」
剣聖の呟きは観客の歓声にかき消され、茜を救護員に預けた剣聖は歓声の中1人闘技場を去って行った。




