電話がなった
「電話なってるぞ?」
そう教えると山本武司は胸ポケットに手を突っ込んだ。
「…あれ?携帯は?」
だいぶ酔っぱらっているのだろう。目の前にあるのに気づいていないようだ。
「テーブルの上」
指で示すと視線を下にずらし、携帯を無事に発見した。
「あったあった。はいもしもし?…あれ?」
「どうした?」
「いや…間違い電話」
「間違い電話?」
「ああ」
顔を竦めながら携帯をもう一度テーブルに置くと、すっかり冷めてしまった軟骨に手を伸ばす。この居酒屋に入ってすでに2時間、山本武司が飲んだ酒の量はジョッキ4杯くらいだろうか。いつまで飲むきだろう。
「それで?相談ってなに?後で言う後で言うばっかりで早く言えよ。けっこう飲んじまったよ」
…本当は相談なんかなかった。山本をこの居酒屋に呼び出す事、それが俺の目的だった。呼び出しさえすれば俺の役目はそこで終わり、後は適当に時間を潰すだけだ。
「携帯なってる」
山本が俺に言った。俺は急いで携帯にでて会社の人間と話すふりをした。勿論電話の相手は会社の人なんかじゃない、俺の仲間だ。作戦完了のようだ。
「まったく…。めんどくさい上司だよ。ブラックだよなほんと」
「大変だな」
「まぁな。仕事やめてぇ」
「はは。辞めちまえよ」
「無理無理。辞めたら生きていけないからな。このご時世なかなかいい転職先なんてないし、お前だってそうだろう?」
「確かに…」
山本は頷き、そして酒を一気に飲み干した。だいぶ酔ったのだろう顔が赤い。まぁ、そのおかげで仕事がやりやすいのだが。
「それで相談は?」
そろそろ頃合いだろう。俺は最近三段腹が四段腹になって困っている事を告げる。山本は何の相談だそりゃぁといって笑って見せた。確かに何の相談だそりゃ。我ながらアホな事を思いつくもんだ。
「なら居酒屋に呼ぶんじゃねぇよ。ビールは太るだろ」
「確かにな。そりゃそうだ」
俺はバカみたいに笑った。山本もバカみたいに笑っている。
−これは例えばの話だが、ターゲットの家に安全に空き巣に入りたい場合どうすればいいだろうか。そう相手を確実に留守にすればいい。1人暮らしの人間を何の気なしに呼び出せば、もうその家の中は人はゼロ。仲間がそいつを引き付けている間にささっと入って、じっくり探す。金目の物からあれやこれや、売れそうな物はいくらでも盗める。私は相棒に連絡を入れた。相手も作戦完了をちゃんと確認したようだ。この作戦を実行に移す前相棒は私に言った。神様がついてるだから上手くいく、ちょっと焦ったが上手くいった。一瞬神様の存在を疑ったよ。
「そろそろ店をでないか?」
山本に言うとそうだなと言った。店を出て夜風に当たりながら夜道を歩くとふと山本が嬉しそうに俺に言った。
「今日は楽しかったよ」
少し良心が痛んだが、まあよしとしよう。
「またいつか誘ってくれよ?」
「ああ。わかった」
「じゃあまたな山本。オレは家に帰るよ」
「おうまたな山本」
俺の名字は山本。居酒屋に呼び出した男の名前も山本。ややこしい話だが俺は山本武司、あいつは山本光一、下の名前は全然違う。あいつの家に空き巣に入るため俺は居酒屋に呼び出し相談のタイミングをはぐらかしながら時間を稼いだ。気づいたら4杯も飲んでいて酔っぱらっちまったがあいつは1杯でけっこう飲んじまったと言っていた。たしかに顔が赤かったし酒に弱いんだろう。最初の電話の時、ガチの間違い電話で正直焦った。見たら相棒からもかかって来ていた。成功?失敗?めちゃくちゃ動揺して軟骨に手を伸ばした。しかしすぐにもう一度かかってきて作戦完了を伝えられた。よかったよかった。俺は四段腹になった自分の腹をさすりながら、4杯飲んでしまった事を後悔した。