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異世界☆幼女ライフ!  作者: ニノ
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ラクスタ・ベルガレット

不機嫌な眼差し。アリスがウォルターに向ける視線によく似ている。違いは、その圧倒的な迫力だろうか。ウォルターは友人と言ったが、どう見ても友人という雰囲気には見えない。


「おい、俺は今、最高に機嫌が悪いぞ。」


ラクスタは、膝の上で優しくクマのぬいぐるみを撫でながら、ぶっきらぼうに言い放った。仕草や声音は少女のそれだが、口調はかなりきつい。


「何故だか分かるか? ウォルターよ。」


「ふむ、久しくお会いできたと言うのに、本日は体調が優れませんかな?」


「ほう、俺が体調不良に見えるのか。ならば、それはお前のせいに相違ない。」


キッとウォルターを鋭く睨むが、ウォルターはどこ吹く風。そんな様子にラクスタの怒りが募る様子が見てとれる。ウォルターは素でやっているのか、はたまた何かの作戦か、定かではないが、これでは話し合いの席にすらなりそうにない。


「足りないオツムの癖に、力だけは豊富に持ち合わせておる点も腹立たしい。凡夫であれば、俺の下にたどり着くことすら叶わぬと言うのに。であれば、俺もこうして煩わされずに済むのだがな。」


「私の力をお認めいただき、感謝の極みにございます。つきましてはーー」


「褒めてなどおらぬわ、馬鹿者めが!」


ブワッと風が吹き抜ける。

いや、激しい怒気を受けて、吹き抜けたように感じたのか。ピリピリと全身を何かに押されたような感覚が残る。この少女は、少女のなりこそしているが、やはり普通ではないのだと言うことが伝わってくる。


「馬鹿な貴様に一つ一つ掻い摘んで教えてやる。俺が何故に怒っているのかを!」


ラクスタは、椅子の上で立ち上がって、こちらを見下ろす。そのまま立ったのでは見上げるような形になってしまう為に具合が悪かったのだろうか。椅子の力を借りて、若干ウォルターよりも高い目線を確保した。そのまま、右腕を伸ばし、人差し指をピッと立てて、ウォルターに突きつける。


「まず、貴様は、俺の屋敷に無断で侵入したな。他人の家にズカズカと踏み入るような非常識な行為をされて俺が快く思うとでも思うのか!」


「ふむ、この屋敷にはベルなどは在りませんからな。以後は来客に備えて設置した方がよろしいかと提言いたしますぞ。」


ラクスタの額にピキピキッといくつもの青筋が立つのが見えた……。

ラクスタは、人差し指に加えて中指も立てる。


「次に、貴様は俺の幻影魔法を解除したな。今やこの屋敷は外から丸見えだ。俺があの幻術を構築するのに、半日かかるのは知っているのか?」


「なんと、あの術式に半日もお使いになるのでございますか。私であれば半時ほどで可能でございますので、いとまの際には修復させていただきますぞ。」


ラクスタの額の青筋がみるみるうちに肥大化していく……。

続けて、薬指を立てるラクスタ。


「……次に、貴様は俺に挨拶をする前に、そこの小僧共に俺を呼び捨てで紹介したな。

貴様に名を呼ばれるのも不快であると言うのに、あろうことか、呼び捨てにし、俺への挨拶を軽んじるとは。普通、相手の宅を訪ねたならば、先ずは挨拶が先であろう、この無礼者めが!」


ここに来て、ウォルターの顔色が始めて変化した。


「はっ、確かに!

つい友人の誼と思い、礼を失しておりました。親しき仲にも礼儀ありでございますな。このウォルター、汗顔の至りでございます。」


いやーまいったまいったと、軽いノリで謝るウォルター。

それを見て諦めたのか、ラクスタは力を込めていた手をだらりと下げた。


「……まあ、そこまではまだ良い。貴様という愚鈍なる存在の在りようを許容するのも、俺の器量の大きさ故だ……だがな、絶対に許せぬ事が一つだけある。」


直後、ラクスタは全ての指を集約するように人差し指だけを立てて、ウォルターを指差した。


「貴様のような破廉恥な痴れ者に、友人呼ばわりされる事には我慢がならぬ。他の全てを許せても、それだけは絶対に許せぬ!」


ラクスタは金色の瞳を見開くと、両手から禍々しいモヤを作り出す。


「時来たれり、汝は我の敵にして、祖の敵なり。祖は漆黒よりも暗く、深淵よりも深き者。悠久なる時を経て、闇の権化として顕現する……。」


呪文の詠唱だろうか、禍々しいモヤはどんどん黒く大きくなる。これはかなりマズイんじゃ!?


「ちょっ、ウォルターさん、やばくないですか!?」


「ふむ……ラクスタ殿。これを見てください。」


ウォルターは胸元から何かを取り出しはじめた。一体何を出そうと言うのか。


「我に仇為す全ての愚者に、祖の力をもって死手への誘いを与えん。祖は闇の王イルガリンデ・ミ・イルガデス。」


その間にも、ラクスタの詠唱は止まらない。見れば黒いモヤは不気味に周囲の空間を捻じ曲げている。蜃気楼のように空気が黒く揺らめいているのだ。


「ほら、ラクスタ殿、手土産でございます。」


「はあああ!! 滅せよ、ダークネスらいとぉーー!?」


凛々しい詠唱が、ふにゃけた。

はち切れんばかりの禍々しいモヤは霧散し、呆気にとられた顔で固まるラクスタ。


「マジ……!?」


「マジにございます。」


「……く、くれるのか??」


「もちろん、手土産でございますから。」


ウォルターの手に握られていたのは、黒い角だった。正確には焦げ茶色と言うのか、この部屋の色合いによく合いそうな渋い色。象牙のような形をしているが、人の指の長さよりも少し大きい程度。これは、いったい何なのだろうか。


ラクスタは、恐る恐るといった感じで、ウォルターににじり寄り、素早い動きで角を奪い取った。


「も、もう、返さんぞ? 嘘だと言っても遅いからな。」


「それはもう、ラクスタ殿の物にございますので、返していただく必要はございません。」


ラクスタは手元の角とウォルターを交互に見返し、するりと背を向けた。


「しばし、待っていろ。」


短く、そう言い放つと、さっきまで撫でていたぬいぐるみを抱いて、軽い足取りで奥の部屋へと消えていった。


……とりあえず、危機は脱したと見ていいのか。俺が胸をなでおろすと、アリスも同じように安心した顔を見せた。


「兄さま、あの魔法怖かった……。なんか、凄く嫌な感じがした……。」


「そうだな、俺もそう感じたよ。」


「あの魔法は闇の王イルガリンデの力を引き出す秘術にございます。とても強力な魔術でございますからな。」


「……ちなみに、あのまま発動していたら、どうなったんですか?」


「魂を奪う魔力が拡散し、周囲の命を根絶やしに致します。

聞くところによれば、この秘術によって命を奪われた者は、死してなお魂は解放されずイルガリンデによって囚われ続けるのだとか。」


なにそれ、超怖い……。

無事に収まったから良かったものの、一歩間違っていれば大惨事だ。そもそも、ウォルターの迂闊な言動が、ラクスタの怒りを買っていた。無用なトラブルを招くのは本当にやめて欲しい。天然ぽいところがことさら恐ろしい。


「そう言えば、先ほどの角はいったい?」


「龍人族の角でございます。」


「ん……あれ、ウォルターさんの角なんですか!」


「いえ……あれは私のものではなく、父のものでございます。龍人族は角を無くすと死に至ります故。」


「そ、それって形見じゃないですか。」


「そうですな。私にとってはお守りのような物でございましたが、確かに形見と言える物でもございます。」


言葉を無くす。

気軽に渡していたものだから、高価ではあれど、そこまで大切なものだとは思いもしなかった。まさか、ウォルターがそこまでの覚悟を持って用意してきているとは……。


先ほどの白々しいまでのラクスタへの態度も、もしかしたら形見を手放すことへのちょっとした意趣返しだったのかもしれない。そう思うと、ウォルターの軽率に見えた行動への怒りもいくらか溜飲が下がる。


「カイト様が気に病むことはございません。父母は断腸の思いで死した皇魔族の心臓を売却し、皇魔族の保護活動を行ってまいりました。私はそんな父母の事を誇りに思っております。」


ウォルターは、胸に手をあてて父母に想いを馳せる。


「大切なのは死者ではなく、今を生きる者の未来。今、私は父母と同じように在る事が出来て、嬉しく思っているところでございます。

だから、父の角がアリス様の一助となれば、それで良いのです。きっと亡き父も喜んでくれている事でしょう。」


その顔に憂いは見られない。

心の底から、誇らしそうな凛々しいウォルターの顔があった。これ以上、俺がどうこう言うのは無粋だな。ウォルターは時々、どうしようもなくカッコいい。普段は本当にどうしようもないんだけど。


「しかし、どうしてラクスタさんは角を欲しがっていたんですか?」


「そ、それは……。」


ウォルターが言い渋る。

何か特別な事情があるのだろうか。ウォルターが冷汗をかき、苦悶の表情を見せて目を閉じる。そして、震える唇で言葉を紡ぎだそうとした時。


バァン!と奥の扉が開いた。


「おい見ろウォルター! やはりこの色、この質感、俺の目に狂いは無かったのだ。貴様の角は、最高だ!」


意気揚々とラクスタが駆け込んできて、先ほどのクマのぬいぐるみをウォルターに見せつける。


見れば、ぬいぐるみの胸元には二つの綺麗なボタンが縫い付けてあった。そして、見間違いでなければ、それは形見の角と同じ色艶を放ち、質感を持っているように見える。


「……あ、え、まさか。」


「俺はな、龍人族の角こそが、高貴で愛らしいトトリちゃんに相応しいと思っていたのだ。

それがどうだ、実際につけて見たら、俺の想像をはるかに超えて可愛いではないか!」


ウォルターは眉根を寄せて複雑な顔をしており、その瞳は固く閉ざされている。まさか、形見の角がぬいぐるみのボタンにされてしまおうとは……。流石にこの時ばかりは、ウォルターがいたたまれない気持ちになる。


「おい、ウォルター。目を閉じていては見えないではないか。おまえのおかげで完全体トトリちゃんになれたのだ、見るのだ!おまえにはその権利がある!」


ぬいぐるみを顔に押しつけるように、眼前に持ってこられて苦悶するウォルター。ラクスタからは悪気は感じられないが、その行為はこれ以上ないくらいの拷問だろう。そもそも権利だと言うのならば、見ないとう選択肢もあるんじゃないのだろうか。


確かに淡い茶色のぬいぐるみに、黒っぽい龍人族の角はよく映える。だが、ウォルターを思うと痛々しくて直視出来なかった。


ラクスタの興奮は冷めず。

まともに話ができるようになるまで、しばしの時間がかかった。


「まあ、これでこれまでの事は全て水に流そうぞ。かつて、角を取り合ってやりあった事も、貴様が俺の屋敷で働いた無礼も全てな。俺は今、最高に機嫌が良い。」


ラクスタは本当にご機嫌な様子で椅子に踏ん反り返ってそう言った。手にはしっかりトトリちゃんとやらを抱きしめたまま。


聞けば、ラクスタはウォルターが角を所有している事をどこかから聞きつけて、奪いに来たらしい。そこでウォルターと対峙し、敗走して失敗に終わったとの事。だから、ウォルターはラクスタが角を欲しがっていた事を知っていたのだ。そして、何に使うのかも、その時に聞いたのだろう。


「改めて、自己紹介しよう。

俺の名はラクスタ・ベルガレット。この街で金貸しを営んでいる。職業柄、この街の事情には精通しておる。また、魔術の心得もあるぞ。」


「カイトです。」

「……アリスです。」


特に何も思いつかなくて、端的な自己紹介になってしまった。アリスもそれに倣う。雑な自己紹介だと思われないかと心配したが、ラクスタは気に留める様子もなかった。


「ほう、不思議な波動を感じるな。

アリス、お前は皇魔族か……。そして、カイトよ、おまえは……何だかよく分からんな。」


「さすが、ラクスタ殿、分かりますか。」


アリスを見て皇魔族と判断したのは、すごいが俺の評価は酷いだろ。珍獣みたいな扱いだ。それにウォルターの分かりますかって発言、俺のことに対してじゃないよな、アリスのことに対してだよな……?


「皇魔族だから、角を隠すために帽子か。安易ではあるが、良い警戒だ。だが、俺の屋敷で着帽は不敬である。取れ。」


アリスが俺を見るので頷いておく。

もう皇魔族だとバレているのなら、ここで隠す必要は無い。そもそもこれからする話は、そのあたりにも踏み込んだ話になる可能性がある。


アリスは俺が頷いたのを見ると、いそいそと帽子を脱いだ。帽子からふわっと細い銀髪が流れて、その中から赤い角がひょっこりと顔を出す。


「ウォルターよ、貴様は好かぬが、龍人族の角の価値と意味は理解しておる。この少女の事は他言はせぬと約束しよう。それに、貴様らが今回持ち込む厄介ごとにも尽力しよう。」


「おお、さすが我が心の友にごさーー」

「だが、俺の事を友と呼ぶ事は許さぬ! 金輪際だ、肝に銘じよ。破れば恩は仇となろう。」


ウォルターの歓喜の発言を遮ってピシャリと言い放つ。色々と分かってくると、ある意味で、この二人は同類のような気もしてくる。お互いに空気を読めない感じの天然ぽさを持っている。ならば、友達になれても不思議では無いのかもしれないが、まあどうでも良いな。


ラクスタはすっと軽く身を乗り出すと、瞳を細めて興味深そうにこちらを見る。隙間から覗く金色の瞳は、まるで闇夜に踊る月の様、怪しく妖艶に光る。俺たちが持ち込む厄介ごとを、まるで良い退屈しのぎがやって来たと言わんばかりに。


「さあ、話を聞かせてみよ!」


こうして、俺たちはラクスタの助力を得ることに成功した。


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