新たなる追っ手
見覚えのある二人組に固まる俺とアリス。
嫌な予感がした。ギルドで会ったのは間違いなく偶然だろう。ミランダに投げ飛ばされてきたのを受け止めただけのことだ。
だが、今回はどうたろうか。
偶然というにはシチュエーションが必然過ぎる。俺とアリスが寝泊まりする金龍の都亭で、コソコソと何かを嗅ぎまわっていたのだ。これを偶然と呼ぶにはいささか厳しいものがある。
まあ、今はウォルターの庇護下に入っている。
この二人が到底ウォルターに勝てるとは思えないし、仲間がいたとしても、普通の人間が束になったところで勝てるとも思えない。今日のトロールとの戦いを通してウォルターの超人ぶりは身にしみてよく分かった。だから、とりあえず様子を見ることにした。
「やれやれ、痛い思いをしないとお分り頂けないのでしょうか。」
「な、なんだあ。やるってのか!?」
「ア……アニキの剣はすげーんすよ。剣の錆になる前にとっととケツ捲りやがれ!」
とても腰の引けている二人組。
俺の記憶が確かなら、太った男の方が使う武器はナックルだったはずだが、いつから剣に転向したんだろうか。狼狽振りが面白くて、ちょっと笑えてしまう。
「では、どうぞ。先手はお譲りしましょう。さあ……さあ!」
スッスッと歩み寄るウォルター。
それにつられる様に後ずさりをする二人組。ウォルターは乾いた笑顔で追い詰める。あれをやられたら、相当に怖いだろう。
「ま、待て。待ってくれ!」
「何か?」
「おまえ、もしかしてウォルターか?」
「ふむ、人に名前を訪ねる時には、まず自分からと……礼儀をご存知ありませんかな?
まあ、よろしいでしょう。私、不肖ながら金龍の都亭を預かる支配人、ウォルター・オルハイムでございます。」
軽やかに頭を下げるウォルター。
風格のある佇まい。そこには、普段の少し抜けた感じの雰囲気は微塵もなかった。
「ウォルター……あ、わああああああああああーーーーーー!!」
「アニキイイイイイーーーーー!」
二人は脱兎のごとく逃げ出してあっという間に見えなくなった。頭の悪そうな二人だが、ウォルターの名前は知っているらしい。まあ、この街の生きる伝説なのだから、知らないのはあり得ないか。
しかし、あの二人がここにいた理由が気になる。考えたくはないが、普通に考えてアリスを探しに来たのだろう。探して見つけたらどうするか……連れ戻すに決まっている。
ならば、手を打たねばならない。
今日は帰ったが、このまま諦めるとは思えない。あいつらがアリスを探し続ける限り、いつかどこかで本格的にぶつかることになるだろう。この問題は根本的に解決しない限り、俺たちの足を引っ張り続ける事になる。
「ウォルターさん、力を貸して欲しいのですが。話を聞いて頂けませんか。」
「もちろんですとも。」
ウォルターはにこやかに微笑んだ。
俺は宿に入ると、アリスとの出会いの事を詳細に話した。何故、この宿を訪れたのか。あの二人組がアリスを追い回していた事も。
話し合いには、アリスも同席した。
俺としては反対だった。楽しい話ではないし、夜も遅くなってきたので早休んで欲しかったのだが。強引に押し切られた。
アリスのこれまでの事は、すでにウォルターに話していたが、あの二人組が犯人である事を話すのが今回が初めてだ。
「……八つ裂きにしておけば、良かったですな。ちりひとつ残さずに!」
話を聞いて、怒りをあらわにするウォルター。こんな風に激しい感情を露わにするのを見たのは初めてだ。今、あの二人組が目の前に現れたら、言葉通りに実行してしまいそな凄みがある。
「ええと、ですから助けて欲しいのです。」
「お任せください。では、ちょっと片付けてまいります。」
スクッと立ち上がり、愛刀を取り出すウォルター。にこやかな笑顔には怒気が滲む。笑顔の意味は、これから屠る相手を思っての愉悦の顔だろうか。
「いやいや、ちょっと待ってください!」
「なにか?」
「いや、俺は事を荒だてたくは無いんですよ。相手は組織のようですし、変に怨みを買うのは怖いと言うか……。」
「カイト様は、アリス様に酷い仕打ちをした相手を放っておくと申されるのか!」
「そうじゃないですよ。俺だって気持ちは同じです。けれど、このままウォルターさんが殴り込みに行って、怨みを買うことが怖いのです。」
「ですから、全て、一切合切を塵と化してまいります!!」
「その発言、今は冷静じゃないですよね。分かってますか? 俺は慎重にいきたいんです。アリスの未来の為に。
ウォルターさんも、アリスの事を思うのであれば感情よりも優先すべき事があるでしょう!」
「む、そう……ですな。早計でございました。申し訳ございません。」
ウォルターが、怒りをかみ殺すようにして椅子に座った。一応は納得してくれたようだ。
もっとも敵の殲滅は俺も望むところであるし、ウォルターの力ならば難しい事でもないだろう。ただし、実行に移すのならば、相手の規模をしっかりと把握して禍根を残さないように確実に殲滅しなくては、今後が怖い。
「まずは、敵勢力の把握をしたいと思います。」
「定石ですな。」
「はい。幸いにも、奴隷商人という事で、相手の目星はついています。特徴的な人物であるのも、特定に役立つでしょう。
この街にどれくらいの奴隷商人がいるかは知りませんが、特定する事は可能でしょうか?」
「残念ながら、私は奴隷商人に関しては詳しくありません。しかし、私の友人に詳しい者がおりますので、ちょっと今から行って叩き起こして参ります。」
「いやいや、だから、そう言うとこですよ! 叩き起こすとか、相手を怒らせるようなやり方は慎んでください。」
なんだろう、当たり前のようにしれっと言うところが怖い。熱意は何よりもありがたいが、暴走が本当に怖い。求む、常識ある熱意。
「もどかしい限りではこざいますが、仕方ありません。明日訪ねてみましょう。」
「ええ、お願いします。」
「えっと、おねがいします。」
アリスも一緒にペコリと頭を下げた。
そこで話は終わり、今日は休むことにした。ギルドに行って、トロールを倒して、奴隷商人に狙われてと、大変な1日だったが、無事に五体満足でベッドに入ることができた。
アリスも疲れたのだろう、俺の手を握ったまま早々に眠りに落ちた。
翌朝、悩んだ結果。
全員でウォルターの友人のところへ行くことにした。宿に残ると言う選択肢もあったが、どこが一番安全なのかを考えるとウォルターの近くが一番だという結論に落ち着いたのである。
「本日、訪ねるのはラクスタ・ベルガレットと言う者でございます。少々偏屈な人物でございますので、先に友の無礼を詫びておきます。どうか、ご容赦の程を……。」
そんな言葉で案内されたのは、大きくはあるがみすぼらしい館だった。
いや、館と言うには弊害がある。
どちらかと言うと、これは城だ。石壁で作られた頑丈な城である。その堅牢さで、攻め入るものを拒み。その巨大さで他者を威圧する。
しかし、それは崩れていなければの話である。目の前にあるそれは廃城。堅牢だったであろう石壁は、穴だらけで朽ちていた。もはや、攻め入るものを拒むことも無く、威圧感は虚しさへと変わり果てている。
なるほど、まさに偏屈が住むにふさわしい場所だ。ウォルターは、構わず館に足を踏み入れる。チャイムなど無さそうであるし、正門がどこかも怪しい。強いて言うなら、目の前の一際大きく崩れた穴
が正門と言うことになるのだろうか。
「勝手に入って、大丈夫なんですか?」
「おそらく大丈夫でごさいましょう。」
おそらくって……。
本当に大丈夫なのだろうか、不安になってくる。それにしても、中に入って見ても、全く生活感が見えてこない。廃墟そのもの。本当にこんなところに暮らしている人がいるのだろうか。
「カイト様、アリス様、到着致しました。」
「……は?」
廃墟の一角で立ち止まると、ウォルターがそう言った。何も無い場所、ただの廊下だ。石壁に包まれた廊下は薄暗く、劣化して空いた穴から日光が差し込んでいた。到着したとは、どういう意味だろうか。呆気にとられていると、アリスが反応を見せる。
「あ、兄さま……ここ。」
「アリス様、お分かりになりますか。」
俺ではなく、ウォルターが返事を返した事にアリスは気を悪くしたのか、そっぽを向く。ウォルターが俺を殴り飛ばして以来、アリスはウォルターの事を嫌っているようだ。皇魔族であるアリスの保護はウォルターの悲願だというのに、その当人に嫌われてしまうとは不憫なものである。だが、同情はするまい。ボコボコの恨みを俺は決して忘れないからな!
「兄さま、ここね。なんか変って言うか……ううん、違う。この建物全部が変ていうか、偽物みたいな感じがする。」
「まさか、そこまで……アリス様はやはり魔術の素養がおありでございますな。」
アリスの素質に喜び微笑むウォルター。
当然、アリスは塩対応。なんだか安っぽい漫才みたいだ。とりあえず、ウォルターが褒めたので、俺もアリスの頭撫ででやる。ウォルターの時とは打って変わって、満面の笑みで喜ぶアリス。
「さて、ウォルターさん、まじめに説明してもらえますか?」
「かしこまりました。と言うよりも、ご覧になっていただいた方が早いでしょう。」
ウォルターは壁に向き直ると、廊下の一部をノックした。そこは何もないただの石壁。扉も無ければ、隠し扉へのスイッチのようなものも見当たらない。
「ラクスタ殿、失礼致します。」
次の瞬間、ウォルターの手が光り輝き、そこから光が壁を走る。光は広がり続け、地面を、天井を、屋根を、庭を、全てを埋め尽くしていく。そうして広がった光は、ガラスの様にひび割れて、その隙間から、さらに強い光が飛び出してくる。あまりの眩さに目が眩む。
「ウォルターさん、これはーーーーーー!?」
手で光を遮るように、ウォルターに問いかける。だが、一瞬の瞬きのうちに光は収まり、激変した景色に唖然とする。
「な……すげえ。」
「おぉー……!」
オンボロの石壁は白い綺麗な漆喰の壁に変わり、崩壊の隙間から差し込んでいた光も嫋やかなカーテンがついた上品な出窓から差し込む木漏れ日に変わっていた。木製の廊下は中央に赤い絨毯が敷かれ、長い廊下の端まで歪む事なく綺麗な直線を保っている。なるほど……これならたしかに館である。
そして、先程ウォルターがノックした場所には立派な両開きの扉が鎮座していた。
「高度な幻術魔法でございます。通常の幻術魔法は質感を伴う事はありませんが、高度な使い手によるものであれば、その質感まで再現し、触れることすら可能となるのでございます。」
「……なるほど。」
カチャり。
説明を終えたウォルターが、目の前の扉を開く。おそらく、この先にウォルターの友人であるラクスタ・ベルガレットがいるのだろう。
すうーっと軋むことなく大きな扉は開き、中の様子が露わになる。
最初に飛び込んできたのは大量のクマのぬいぐるみ。全て茶色のクマのぬいぐるみ。大きさは多様、ウォルターよりも巨大なものから、アリスの手のひらに乗りそうなサイズまで。
ぬいぐるみに圧倒されたが、よく見れば家具から調度品に至るまで茶色で統一されている。机、椅子、棚、絨毯、壁、天井に至るまで茶色の異質な空間。
その中央に唯一、茶色以外の色が存在する。質の良さそうな茶色の椅子に座り、ぬいぐるみを撫でる一人の少女。紫の長い髪が無造作に垂れ下がり、撫でる仕草に合わせて揺れる。黒塗りのドレスと紫髮のツートンカラー。柔らかな異装とは裏腹に、紫髮の奥に見える金色の瞳は鋭くこちらを射抜き、強い不快感を露わにしていた。
「紹介いたします、こちらが我が友人のラクスタ・ベルガレットでございます。」
ウォルターは一歩前に出ると、ラクスタを紹介した。だが、その行為で金色の視線がより一層鋭くなるのを感じた。
……本当に大丈夫なのだろうか?