冒険者ギルド
俺たちは冒険者ギルドへ向かっていた。
達というのは、俺とアリス、そしてウォルターの3人である。ウォルターは護衛兼ガイドの役目。昨晩の罰として同行をお願いしようとしたところ、ウォルターの方から同行を申し出てきた。アリスはウォルターの同行に口をはさむことは無かったが、渋い顔でその様子を見守っていた。
冒険者ギルドは、街の中央にある。
街の中心は大きな広場になっており、そこから東西南北に大きなメインストリートが走る。金龍の都亭は、街の東側にあって、メインストリートに面しているので、西に真っ直ぐ進んでいけばたどり着ける。
最初に言っておくが、冒険者になるつもりはない。
危険を冒して金を得る冒険者は浪漫に溢れてはいるが危険な職業。すでに多額の金を持っている俺がわざわざ身を投じるような職業ではないからだ。
目的は冒険者登録で得られる身分だ。ギルドで発行される冒険者カードは、この世界では有力な身分証明書の一つ。今後、俺がこの世界に根ざしていくためには必要不可欠。
それと、冒険者登録をしておくと、依頼を出せるようになるのも見逃せない。俺は金はあるが、腕っ節はないし、この世界の事にも疎い。だから、困ったことがあれば、ギルドに依頼を出して解決してしまおうという算段だ。
広い道を三人で歩く。俺を中心に右にアリス、左にウォルター。この布陣は、アリスがウォルターの隣を嫌がったためのものであるが、正直何かあった時に、一番安全な真ん中にいて欲しいのがホンネだ。当のアリスはがっちり俺の手を握ってご満悦な様子。
俺は真新しい紳士服に身を包み、コツコツと革靴の音を立てる。昨晩、ウォルターにボロボロにされた服の代用品である。
アリスも昨日ウォルターに用意してもらった服を着用している。黒のドレスコートがパリッと決まっていて、凛々しく愛らしい。まさに最強。
今日は純白の羽根つき帽子もしっかり着用。皇魔族の証である赤い角を隠している。魔族は大体角があるものらしいが、赤い色をしているのは皇魔族だけなのだとか。
ウォルターに聞いた話だと、アリスが皇魔族である事は知られていない可能性が高いらしい。と言うのも、今朝、二人だけの時に聞いた事だが、捕まっていた時の扱いが皇魔族のそれではないと言う。
仮に、奴隷商人が皇魔族だと認識していたのならば、もっと丁重に扱うはずなのだと。ウォルターの見立てでは、アリスを捕らえたのは間抜けな奴隷商人か、魔族排他主義者のどちらか。
この世界では、とりわけ魔族は嫌われており、一部の過激派によって、猛烈に迫害されていると言う。アンダーグラウンドでは、魔族を処刑して楽しむ見世物まであると言うから恐ろしい。まるで、中世の魔女狩りである。
「こちらでございます」
適当に話しながら歩いていると、冒険者ギルドについた。
そこには、金龍の都亭に負けず劣らず立派な建物があった。石造りの宿と違って、こちらは木造の三回建て、更に装飾が豪華だ。正面に大きな両開きの扉、木製の扉には細かな模様の刻まれた鉄板が張られている。扉の上には立派な一枚板の看板。その看板には個性的な文字でデカデカと『冒険者ギルド イルトリス支部』と書かれている。
「ふざけんな、てめー!!」
「あにきー、コイツやっちまいましょう!」
重厚な扉を貫いて、大きな声が響いてくる。
ここまで聞こえてくると言う事は、とんでもなくデカイ声だ。どうやら中では揉め事の真っ最中らしい。それにしても、この声……どこかで聞いたことがあるような?
バキッ!!
「うおあああああーーーーー!!」
凄まじい音ともに、男が飛び出してきた。扉をぶち抜いて、飛んでくる。それは放物線を描くとかって言うレベルじゃなく、レーザービームのように真っ直ぐに、俺の方へ飛んでくる。
って、まずい! 当たる!?
避けようにも早すぎる。もうダメかと諦めて、手で頭を覆い、目を閉じる。
パシンッ!
乾いた音がした。
痛みはない。不思議に思って目を開けてみると、ウォルターの大きな手が目の前にあった。そして、その大きな手が男の頭をガッチリと受け止めていた。
勢いを完全に失った男の体がダラリと落ちる。
ウォルターの超人的な握力で、頭はしっかりと固定されたまま、体だけがぶらーんと力なく垂れ下がる。男は完全に気を失っているらしい。まるで首吊りのようで不気味だった。
ウォルターはその様子を確認すると、さっと手を離した。男はその場にドサッと落ちた。露わになる男の顔。太った身体に、悪そうな人相。
あ……こいつ、昨日の!!
「あにきいいいいいーーー!!」
ワンテンポ遅れて、痩せた男が扉から走って飛び出してくる。やっぱり、これまた昨日のヒョロ男だった。ヒョロ男は俺の目の前でタッチダウンを決めて、太った男に飛びついた。
「てめー、この、なんて事しやが……あーー!!」
ヒョロ男は、俺を指差して勢い良く啖呵をきりかけて奇声を発した。どうやら、俺に気づいたようである。そもそも、俺は何もしていない、やったのはウォルターであるし、ウォルターにしても飛んできた男をキャッチしただけの事。こちらから仕掛けたのでは、無いわけで、今回は完全な言いがかり。
「くっ、くそーーー、覚えてやがれ!!」
ヒョロ男は、見事な素早さで身を翻すと、太った男を引きずって遠ざかっていった。何とも見事な雑魚っぷりに感心してしまう。しかし、てっきり襲いかかってくるかと思ったが、逃げ出してしまうとは、前回の事がよっぽど堪えたのだろうか。
「お知り合いでしたかな?」
「あ、いえ……」
ウォルターの問いを適当に返す。
厄介ごとにはこれ以上関わり合いになりたくない。幸い逃げていった事だし、この件はこれで終わりにしておこう。
気を取り直して、ギルドに入ろうとすると、左手が俺を引っ張った。
見れば、アリスが俺の左手を握ったまま固まっていた。急な事に慌てていて気がつかなかったが、アリスの手は汗をかき、震えていた。
俺はアリスに向き直って、視線を合わせる。
「大丈夫だ、守ってやるって言っただろ?」
「うん……。」
頷くアリスの頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。なんだか猫みたいだが、こんな事で気持ちが落ち着いてくれるなら安いものだ。
ウォルターは、そのやりとりを黙って見ていた。思うところはあるのだろうが、この場で追及してこないところを見ると、一応空気は読めるらしい。
改めて、ギルドに向かって歩き出す。
両開きの丈夫そうな扉は、男二人を乱暴に排出しても、なお壊れてはいない。ピタリと閉まって、何事もなかったように佇んでいる。この向こうに、太った男を吹き飛ばした何かがある。
ゴクリ……
意を決して、扉を勢いよく開け放つ。
これは、壁!?
……あ、いや違う、これは服だ! という事は、背の高い人か。視線をゆっくりとあげる。
「うわあああああああ! ゴリラだあーーー!!」
「誰がゴリラじゃーーー!!」
ゴリラが咆哮と共に拳を振り下ろす。
圧倒的な凄まじい迫力。迫ってくるのは拳じゃなくて死。そんな錯覚にさえ陥ってしまうほどに圧倒的。
ドシンッ!!
ウォルターの左手が拳を止めた。
ブワッと拳の風圧だけが、俺を殴りつける。風圧に押されるようにして、俺はその場にへたり込んだ。
見れば、ウォルターの足元が拳を受けた衝撃で、大きく陥没していた。これは当たったら本当に死んでいたんじゃなかろうか。いやー、ウォルター連れてきていて良かった……。
「いけませんな、カイト様。 淑女に向かって、その様な暴言は。紳士にあるまじき行為でございます。」
「は? え、淑女……?」
恐る恐る顔を上げる。
大きな足には、大木の様な脚が生えており、大木が合流した先には城壁のように太くてがっしりとした巨躯がある。腕は脚に負けず劣らず太く逞しい。そして、その頂に座るのはこれまたデカイ顔。トゲトゲしい短髪、角ばった輪郭、黒人ばりの太い唇、大きく鋭い瞳。トドメとばかりに額から左頬に流れる巨大な古傷……。
どう見ても、ゴリラだろ!
まあ、バーテンの様なスーツに身を包み、言葉を喋っているのだから、百歩譲って人と言うことにしておこう。いや、喋れるゴリラか。
「し、失礼しました。」
「ふん。」
仕切り直して、場所をギルド内に移した。
ギルドの一階は大きなホールだった。中央に受付用のカウンターがあり、 その後ろには、扉と大きな壁。おそらく、奥はバックヤードになっているのだろう。
壁には様々な飾りがある。魔物の剥製や角、絵画やら、剣やら、帽子やらと雑多である。豪華だが、まとまりのない感じ。粗雑な冒険者らしいと言えばらしい雰囲気が、漂っている。
そんな一角に、ムスッとした様子で椅子に座るゴリラ。一応、ミランダと言う名前があるらしい。しかも、驚いたことに、ミランダはギルドマスターだった。その反対側、大きな長テーブルを挟んで、俺たち3人が座る。
「お久しぶりですな、ミランダ。先程はカイト殿が失礼を致しました。美しき女性を目の前にして、興奮してしまったのでしょう。どうか、ご容赦を。」
「そ、そうかい!? そういう事なら、仕方ないね。次からは、もうちょっと素直になれってんだ。」
ウォルターの言葉にモジモジするゴリラ。
マジで気持ち悪い、俺は素直に表現しただけなのだが……。と言うか、ウォルターは、本気でコイツを美しいと思っているのだろうか? だとしたら、目に節穴が空きまくっているんじゃないだろうか。
「あの、ところで、さっきの男たちは……?」
「ああん? アンタと同じさ。興奮しすぎたバカ野郎どもさ。」
ドスの効いた声にビクリと体が震える。
とりあえず、気になるところを聞いてみたわけだが、なるほど。あいつらもミランダをゴリラと呼んだせいで投げ飛ばされたようだ。不可抗力だ、こればかりは少し同情してしまう。とりあえず、ミランダの前でゴリラは禁句だな。
「兄さま、ゴリーーー」
「わああああああああああああああ!?」
慌てて、アリスの声をかき消す。
俺の声に驚いて目を丸くするアリス。子供の好奇心は尊重するが、これはいけない。TPOは大事である。これ以上は殺されかねない。
「……アリス、後にしようなー? な!?」
アリスが、コクコクと頷く。
分かってくれたようで何よりである。その横で、ミランダの青筋がひそかに収縮していくのを確認した。どうやら、ギリギリセーフだったようだ。ミランダは、視線をウォルターに戻す。
「そんでー、今日はどうしたってんだい。アンタがギルドに来るなんて珍しいじゃないか。例のやつ受けてくれる気になったのかい?」
「いえ、用事があるのは私ではありません。こちらの方々、カイト様とアリス様でございます。」
ウォルターがちらりとこちらに目配せをする。それにつられて、ミランダの視線も俺に移る。この視線は、威圧感と気持ち悪さがあるな。
「ええっと、冒険者登録をしたくて来たのです。」
「アンタ、冒険者になりたいのかい?」
「いえ、恐らく依頼する側になるかと思います。」
「ふうーん、ついてきな。」
ミランダはすっと立ち上がると、そそくさとカウンターの方へと歩いていく。俺とアリスはミランダを慌てて追いかけた。
カウンターには数人の受付嬢がいて、俺たちに気づくと軽く会釈をする。ホールのテーブルには複数の冒険者らしきグループがいるが、受付に冒険者はいなかった。昼時の今は、あまり忙しくない時間帯なのだろうか。
「コイツに手を触れてみな。」
ミランダはカウンターの一角にある不思議な道具を指差した。地球儀のような形をしたそれは、球体から淡い光を発しており、クルクルと回っている。だが球体を支える軸はなく、台座の上にふわふわと浮いていた。台座の中央には白いカードが置かれていた。とりあえず、この球体な触れれば良いのか。
「分かりました。」
おずおずと、球体に触れてみると、回転がピタリと止まる。そして、淡かった光が青く強い光に変わった。溢れるように広がった光は、収束していき、ゆっくりと台座の上の白いカードの上に落ちていく。
白いカードが、光に包まれて見えなくなると、今度は光がぼやけて消え始め、白いカードだけが残った。先程までは、ただの白いカードだったものに、文字が描かれている。
「それが、アンタのギルドカードだよ。」
「これが……。」
手にとって見てみる。
名刺サイズで手に馴染む。書かれている内容も名刺に近い。名前、種族、年齢、依頼達成数、依頼数、冒険者ランク、依頼者ランク、受賞歴の項目が並んでいた。気になるのは、種族がジャパニーズと記載されている事。素材は金属のような手触りだが、プラスチックのような弾力があった。
「なんだい、ジャパニーズって、初めて見る種族だね。人族にしか見えないのに、世界は広いって事か。」
やはり、つっこまれた。
しかも、珍しいらしい。もしかすると、皇魔族よりもレア種族なのだろうか。
続けて、アリスの登録も済ませておく。
同じようにして、光がカードへと収束していく。見てみると種族が皇魔族と書かれていた。興味深いことに年齢は0歳だ。
「こっちの嬢ちゃんは皇魔族かい……、アンタら、一体どうなってんだい。」
ミランダが目を見開いて驚く。
驚いた顔も怖かった。だが、すぐに何か納得したような表情を見せた。
「……なるほどね、ウォルターのやつが肩入れするわけか。まあ、いいさ。説明はあっちに戻ってしようかね。」
「はい。」
テーブルに戻ると、ウォルターはいつもの様に姿勢正しく座っていた。ミランダはドカッと豪快に座ると、身を乗り出してウォルターを見た。俺とアリスが、少し遅れて席に着く。
「ウォルター、あんた、やったんだね!!」
「私が保護したわけではありませんが、ええ、喜ぶべき事でございます。」
朗らかに話す二人。
どうやら、ミランダもウォルターの皇魔族に対する思いを知っているようであった。ゴリラの形相も幾分なりを潜めている。笑顔は人を素敵に見せると言うが、確かにそうかも知れない。ゴリラが人になったのだから。
それから、ギルドカードの説明を受けた。
記載されている名前、種族、年齢、依頼数、依頼達成数は項目の通り。依頼達成数はランク毎にそれぞれ達成数が記録されるようだ
冒険者ランクと依頼者ランクはF、E、D、C、B、A、S、SS、SSS、Lとランクがあるらしい。最下位がFで最高位がL。
冒険者ランクはランクによって、受けられる依頼が変わる。当然ランクが上がれば難しく報酬の良い依頼を受ける事が出来る。Sランク以上になると、全ての依頼が受けられるようになるとの事。
ランクの上昇は、依頼達成数と依頼者からの評価によって行われる。依頼にはそれぞれ依頼ポイントが定められており、依頼者からは-5から5の間で、評価ポイントが与えられる。その合計数が一定以上になると、ランクが上がる。
ただし、依頼ポイントと評価ポイントにもそれぞれ最低ポイントがあり、どちらか一方だけを稼いでランクアップはできないとの事。
例えばランクアップに100ポイント必要だったとする。そして、最低ポイントが30ポイントだったとすると、必ず依頼ポイントも評価ポイントも30ポイント以上で100ポイントを達成しなければならない。評価ポイントだけで、100ポイント貯めてもランクアップ出来ないのである。こうすることによって、冒険者の質を担保しているのだとか。
依頼者ランクは依頼者の信頼度を表すもの。
ランクによる制約は特にない。ランクは同じくFからLまであり、ランク上昇は冒険者の評価によって行われる。-5から5までのポイントで評価され、一定数を超える事によって上昇する。
依頼者ランクが高いと言うことは、冒険者に配慮した依頼を出していると言うこと。ランクの低い依頼者の依頼は困難な割に報酬が低かったり、冒険者の評価が厳しかったり、冒険者の扱いが雑だったりと、トラブルが起きやすい。当然、冒険者から敬遠されてしまう。これにより、依頼者の質も担保しているのだとか。
なんだろう、最近のヤフオクとかフリマサイトみたいだ……。世知辛いなー。
「さて、これで冒険者登録は完了だ。とりあえず、何か依頼でも受けてみるか。」
「え、いや、ミランダさん、俺たちは
冒険者になりたいわけでは……。」
「知ってんよ。
けどよ、ちったー依頼こなしてみないと、これから雇う冒険者の気持ちもわからんだろうがよ? 何も知らずにいきなり依頼を出したら、マイナスポイントくらっちまうかもしれないぜ?」
「それは確かに……。」
評価ポイントおそるべしである。こう言うのって素人には優しくないシステムだよなー。
「しかたないですね。では、簡単な清掃とかの依頼をお願いします。」
「おーけー、じゃあ、適当なの見繕ってやるよ。」
そういって、ミランダは微笑むと、カウンターの奥へと消えていった。予定にはなかったが、次は冒険者活動か。まあ、この世界を深く知るにはちょうど良いだろう。