クソレビュアーの俺が美少女作家を叩いた結果→告られました
俺、本部読幸はどこにでもいる普通にオタクな男子高校生。
貴重な青春をオタク趣味に費やす、模範的なオタク学生。
今日もお気に入りの静かな喫茶店で、ラノベ文芸の新人賞受賞作を読了したところだ。
「っあー、この小説クソだわ」
俺はその小説の背表紙を見る。
著者名・三鈴彩花。
俺の貴重な金と時間をドレインしたくそ作家のペンネーム。
スマホを取り出し、レビューサイトとTwitterを利用して、早速このクソ小説を叩きのめす感想を書き込んでいった。
途端、荒れるコメント欄。
『出、出出出―wwクソレビュー奴―w』
『クソレビュアーの「もとべぇさん」降臨ワロスww』
『こいつ叩けばいいと思ってるクソ雑魚じゃん!』
『学校で友達はできたかい? 本も良いけど、リアルの友達も良いもんだぞ』
現れるクソ作品擁護の……というか、俺自身のアンチども。
俺は一人でも多く、クソ作品を読んで時間を無駄にする人間を減らしたいだけなのだが、なかなか理解を得られない。
いや、まぁ。得られるとも思っていない。
完全に自己満足の世界だ。
それでも……はぁ、と俺はため息をついて、そして会計を済ませて夏真っ盛りの青空を見上げた。
俺、本部読幸はどこにでもいる普通にオタクな男子高校生。
貴重な青春をオタク趣味に費やす、模範的なオタク学生。
――クソレビュアーとしてネット界隈で悪名高いことを除いて。
☆
翌日。
いつも通り、退屈な高校の授業が終わった。
放課後は、アルバイトに行くか、書店で新刊を見に行くか、喫茶店で読書をするか。
そのくらいだった。
……友人と遊びに行く選択肢がないのは、ご愛嬌。
とりあえず、アルバイトもないし新刊の発売日でもないから、喫茶店にでも行って読みかけの本を読もう。
そう思い、高校の最寄り駅近くにある喫茶店に入る。
「いらっしゃい」
店主の渋いおっさんが言った。
そのまま空いている近くの席に腰を下ろし、いつもの注文を終えてから店内を見る。
落ち着いた店内の雰囲気、読書にはもってこい。
もう少し早い時間帯ならばサボりの営業マンや、暇を持て余した主婦風のおばさんがいるんだけど、今店内にいるのは俺ともう一人の少女だけだった。
そいつは、黒髪が色白の肌に映える、かなりの美少女だ。
ついでに言うと、そいつは俺と同じ学校で、同じクラスの奴だ。
クラスメイトだからと言って、話しかけたことも話しかけられたことも一度もないんだけど。
彼女は、名前を綾上鈴という。
普段からこの喫茶店でコーヒー飲んでパソコンいじったり本を読んだりしている、友達の少なそうな少女だ。
その友達が少なそうな美少女、綾上が俺に視線を向けてきた。
目が合う。
なんとなく俺は会釈をする。
普段なら、彼女も一つ会釈を返し、手にした本に視線を落として読書を再開するところなのだが、今日は様子が違った。
あろうことか、視線を合わせたまま俺の席に向かってくるではないか。
……え? 俺なんかしたっけ?
いや、何もしていない。
じゃあ、なんで?
そうは思っても、答えなんて出るはずがなかった。
「君、同じクラスの本部君だよね?」
「え、あ。うん」
「同席しても、良いかな?」
「え、あ。うん」
「ありがとう。それじゃ、失礼します」
そういって綾上は俺の正面の椅子へと腰かけた。
……え、なんで?
訳が分からなかった。
俺たちは別に仲が良いわけではない。
これまでだって、同じ店内にいたことはあったのに、なぜ今日に限ってこんなイベントが起こるんだ?
考えてもわからない。
俺は正面のおすまし顔の美少女に、直接尋ねることにした。
「え、と。何か、俺に用でもあった?」
少しだけ照れくさそうに、口元に笑みを浮かべる綾上。
一つ頷いてから、
「その、君が昨日読んでいた本の感想が聞きたくって話しかけてみたの」
と、告げた。
その言葉に、俺は昨日読んだ本のことを思い出す。ええと、たしか……
「創造社大賞特別賞受賞作『奇跡』。著者は三鈴彩花。俺が昨日読んだ本といえばそれだけど、その本の感想が聞きたいの? ……なんで?」
問いかけると、どこか困ったような、しかし、なぜかうれしそうな表情を見せる綾上。
……あれかな。俺と話ができて嬉しいとか?
モテ期なのかな?
「私、実はあの小説が気になっていて。昨日、君が読んでいるのには気づいたけど、恥ずかしくて感想を聞けなくて。でも、実際に誰かの感想を聞いてみたいと思いなおして、だから今日。勇気を出して話しかけてみたんだけど……やっぱり、ダメだったかな?」
不安そうな表情で、少し震えた声で言葉にした綾上。
やはり、その表情には未だ不審な点が見受けられたが……事情は大体分かった。
綾上があのクソ小説に大切な時間をドレインされないように、俺がしっかりと感想を伝えてあげなければならない。
使命感に燃える俺は、スマホを取り出し操作を始める。
「俺さ、本の感想をレビューサイトに投稿しているんだ。昨日、ちょうどその小説のレビューをアップしたとこなんだ。ちょっと長いかもしれないけど、感想が知りたいなら読んでみて」
ネット上のハンドルネームがクラスメイトにバレてもかまわない。
なぜなら、クソ小説の被害者を一人でも少なくするのが、俺の使命だからだ。
「っえ!? か、感想って、ネットに書き込みまで……!?」
何故か、うれしそうな声を漏らした綾上。
理由がわからないが、さっきからちょくちょく反応がおかしい。
が、俺の勘違いなのかもしれない。
作者の気持ちを考えるのは得意だが、生身の人間の思考を読み取るのは無理な男子高生俺。
不要にツッコミを入れてキモがられる前に、スマホのブラウザを起動してレビューサイトの俺の投稿を画面に表示させた。
「ほら、これが俺の書いた感想だよ」
そのままスマホを受け取る綾上。
「ありがとう。早速読んで……」
ガシャン!
言い終える前に、彼女の手の中から滑り落ちた俺のスマホ。
「えっ!?」
「お、おいおい。もっと丁寧に扱ってくれない?」
声を荒げたりはしないが、さすがにスマホを落とされると、少し気分は悪い。
テーブル上に落ちたスマホを拾って、画面を確認する。
とくに液晶が割れた様子はない。ホッと一息ついてから、
「ほら、気を付けてくれよ」
と、言って渡そうとするのだが、彼女の視線は既にスマホではなく、俺に向けられていた。
え、何?
熱っぽい視線だ。思わず、どきりとしてしまう。
俺たちは無言で見つめあっていたが、先に彼女が口を開いた。
「『何が書きたいのかは明確だ。しかし、そのテーマを読者に伝える技術が乏しい』」
……いきなり何を言い出しているんだ、こいつ?
と思ったけど、すぐに気づいた。
「『テーマを考えれば登場人物に感情移入をさせなければならないのに、本作ではストーリー進行のためにそれが軽んじられていた。そのため、クライマックスのシーンではいまいち物語に入り込むことができなかった』」
これは、俺が昨日書き込んだ『奇跡』のレビューの一部だ。
興味がある作品なのだ、ネットで感想を探しても不思議ではない、どころか自然だ。
だが、それにしても……。
「『熱量は感じられる。しかし、全体的につたない技術がどうしても目立つ。設定の粗が物語への没入感を邪魔してしまう。本作は、読む価値のないクソである』」
たとえ、興味のある作品の感想といえども、それを諳んじて唱えられるなんて、普通ではありえない。
俺は目の前の少女、綾上鈴が別人になったのでは、と寒気がした。
「君が、『もとべぇ』さんだったんだね」
「うん、そうだけど。……ネットで有名なクソレビュアーこと『もとべぇ」です」
とりあえず、俺のことを知っていそうな反応だ。
悪名高いクソレビュアーがクラスメイトだった、というのは確かに衝撃的かもしれない。
「クソレビュアーだなんて、とんでもない。君は、誰よりも真剣に、真摯に作品に向かい合ってくれる、最高の読者じゃない」
「……それって、俺であってる? 勘違いじゃない?」
「勘違いじゃない。君で、あってる」
優し気に微笑んだ綾上。
いや、俺がクソレビュアーと呼ばれているのを知っているのに、この反応。
正気とは思えないんだよな……。
戦慄する俺は、心を落ち着けようとコーヒーカップを手に取り、口を付ける。
「私とお付き合いしてください」
「ブッ!???!?」
その口に含めたコーヒーを、驚きのあまり吐き出した。
「な、なに言ってんの綾上!? え、何? 罰ゲーム?」
理解を超えた発言を受け、焦る俺。
とりあえず何かの間違いか趣味の悪いいたずらのどちらかの線を疑ってみた。
「あ、ごめんなさい。そうだよね、順を追って説明しないといけないよね」
凛とした表情を、俺に向けてくる綾上。
そして、深呼吸を二度、三度と繰り返してから……
「初めまして。私は『奇跡』の著者『三鈴彩花』です」
「……はい?」
「この度は、拙作を購入いただきありがとうございました。その上、熱心な感想まで書き込んでいただいて、なんとお礼を言ったらいいのか」
「…………はい?」
「と、いうわけで。私と結婚を前提にお付き合いしてください」
「………………はい?」
「……はい? う、嬉しい……」
俺の呆けた呟きを聞いた綾上の顔が、途端朱色に染まった。
……普段澄ましているけど、こういう表情だとめっちゃ可愛く見えて、思わずドキリとしてしま……じゃ、なくって!
「いやいや、今のは『はい? 何を言ってるんですかあなたは?』の意であり、告白の返事というわけではないというか、端的に言ってマジで何言ってんの綾上?」
とりあえず訳が分からなかった。どこから訳が分からなくなったのか。
……そう。
「え、何? え? 作者なの? ……本人なの? 綾上が三鈴彩花なの!?」
まずは、何よりもそこだ!
大人しくて美人なクラスメイトが、実は小説家でその秘密をなぜか打ち明けてくれた?
……俺は妄想と現実の区別はついてるつもりだたったんだが、どうやら手遅れみたいですね。
「うん、そう言っているでしょ」
どこか不服そうに唇を尖らせる綾上。
「ちなみに、ペンネームは名前のもじり。「あやかみ すず」を「み」の前で区切って、苗字と名前をひっくり返すと……」
「あっ! みすず あやかになるのか……」
めっちゃわかりやすい由来だった!
「そう! でも、これだけじゃ証拠として不十分? それなら、契約内容に関係のない、担当編集とのメールのやり取りでも見せよっか?」
「……いや、そこまでしなくて良いよ。なんか、作者って方が自然な気がしてきたし」
俺のレビューを暗唱したり、普段はアウトオブ眼中な同級生にわざわざ感想を聞きに来たりしたのにも理由があったのだと。
作者自身なのだ、と。
そういう理由でならば、このいかれた状況でもなんとか納得できるように思う。
問題はもう一つのほうだ。
「あのさ」
「うん?」
首を傾げて相槌を打つ綾上。
その仕草が可愛らしく、思わず言葉に詰まりそうになるが……。
「あのさ、ご存知の通り、俺は綾上のデビュー作を叩いた」
「うん。私、君のレビューを読んで結構傷つきました」
弱々しく笑う綾上。
うぐぅ、と胸が苦しくなる。
え、綾上ってそんな弱ったような表情するの?
なんか俺、めっちゃ罪悪感にさいなまれてるんだけど!?
「……で、だよ。そんな自分の大切な作品を叩きまくった憎きアンチクショウに対して、綾上はなんて言った?」
「私と結婚を前提に付き合ってください」
「なんでだよっ!?」
理解不能だった。
そこは普通、「よくも叩いてくれたな」とかの恨み言をぶつけるべきところだろう。
……あと、何気に求めてくる関係性が進んでるのが怖い。
「なんでって、言われたら……そうだなぁ」
人差し指をこめかみにあてて、考えるそぶりを見せる綾上。
「私のデビュー作って、けっこう評判悪いの。知ってるよね?」
「ああ。まあ」
発売から二週間ほどが経過し、既に何人もの読者が読み終わっている。
その結果として、彼女の作品は通販サイトで感想を付けた7割のカスタマーから☆1もしくは2が付けられた。
あと、何気に今気づいたけど、綾上って結構エゴサするタイプの作家なのね。
「『単純につまらない』『キャラの心情が理解できない』……色んな批評があったんだけど、私は読者がどうしてそういう風に思ったのか、わからなかったの」
普通はそうだろう。
小説を読むのにはエネルギーが必要だ。
そして、たった数行だとしても、感想を書いてネットにあげるって行為は、それ以上の負担がかかる。
良きにしろ悪しきにしろ、よっぽど感情を動かされなければそこまでは普通できない。
だから、親切丁寧かつ詳細なレビューをネットにあげる、なんてする人間は……ほとんどいない。
「でもね、君の……もとべぇのレビューを見て、私は震えたの。具体的にどこが受け入れられなかったのかを解説してから『面白くなかった』って書いてくれていたでしょ?」
「ああ、俺はクソ作品を叩くことに誇りを持っているし、使命感を抱いている。半端なことはできないからね」
俺は自信をもって応える。
ぶっちゃけ、どこに出しても恥ずかしくない出来のレビューだと自負している。
どこに出しても俺のレビュー自体叩かれてしまうのが悲しかったりもするけど……。
クスリ、と柔らかく微笑む綾上。
……批判に自信を持つことはそんなにおかしなことだったのだろうか? 俺は首を傾げ、続く言葉を待つ。
「私は、きっと傲慢だったの。自分の作品に対して一番真剣に向き合っているのは自分なんだって思ってた」
弱々しい声音だけど、言葉はすらすらと紡がれる。
「だけど、あなたのレビューを見て、私と同じくらいひたむきに、まっすぐに作品と接してくれる人がいるんだって思って」
紅潮した頬。言葉を重ねるごとに、瞳の輝きが増していた。
「もしかしたら、私よりもずっと真剣に向き合ってくれていたのかも、ってくらい思えてしまって。すごくうれしかったの」
すごく、救われたの。
そんな呟きが、耳に届いた。
「そんなもとべぇさんを、これ以上ないくらい、素敵な人だと思ったの」
目が合う。
熱を帯びた視線。
俺はどうにも気まずくなって、目をそらした。
「だから……どんな人なのか、会ってみたかった。話をしてみたかった。そして、ちゃんと気持ちを伝えたいと思ったの」
フッ、と浅く息を吸い込んだ綾上。
「ありがとう。あなたのおかげで、私は自分の未熟さを見つめることができました」
そして、小さく頭を下げた。
俺は彼女になんと言ったものかわからずに、無言のまま呆然としていた。
「だから……」
頭を上げ、俺へと視線を向けた綾上。
「私と結婚してください」
「それはおかしいからっ!!!!」
俺はこれまでのふわっとした空気を払いのけるほど大きな声を上げてツッコミを入れた。
「わ、わかっているわ! 私は16歳以上だから法的に結婚が問題なくても、君は18歳未満だから結婚ができ「そうじゃなくて! それ以前の問題だろうが!?」ええ……じゃぁ、何が問題っていうの?」
心底「何言ってるの、この人?」といった表情の綾上。
それ、俺が言いたいから。
もうね、前言撤回。
この作者の気持ちは、俺には一切わかりません!
「まず、綾上が俺を好きになる理由がわからない! 普通、自分の作品を叩かれたら怒るだろ? 叩いた奴を嫌いになるだろ!?」
綾上は俺の言葉を聞いて、ポン、と掌を叩いた。
「あ、そういうこと!」
「うん、そういうこと。なにか特別な理由があったら、教えてほしいんだけど」
うーん、と少しだけ恥ずかしそうにしてから、綾上は悩ましげに口を開いた。
「創作っていうのは、作者の全部をさらけ出しているようなものだと思うの。そして、君は それを真剣に向き合って、隅から隅まで余すことなく堪能してくれた。その後に、自らのうちに迸る青い情熱までぶつけてくれた」
法悦の表情の綾上。
……何言ってんだこいつ。
俺は素直にそう思った。
「だからね……君は私の全部を堪能した責任をとる義務があると思うの」
「その理屈で言うと、綾上は全国的に隅から隅までさらけ出すビッチになってしまうと思うんだけど」
「ビッチだとしても、処女ビッチだからセーフだと思うの!」
俺はその言葉にびっくりした。
綾上、可愛いけどそういう経験ないのか。
……い、いや! 深く考えるな、気まずくなる!
「あ……い、今のは忘れて!」
顔を両手で覆い隠して、震える声で告げる綾上。
「あ、うん。忘れます……」
「と、とにかく。さっきも説明した通り! 私は、私の小説を真剣に読んでくれた君に。誰よりも本と真剣に向かい合う君に、恋をしてしまったのです」
まだ顔が赤いままの綾上。
まっすぐに見つめられながらそんなことを言われると、こちらまで照れくさくなってしまう。
「で、でも! 俺は綾上のことほとんど知らないし、綾上だって俺のことを全然知らない!」
「私は君の創作に向き合う姿勢を知っている。君は私の作品を知っている。作者と読者が関わるのに、これ以上なにが必要だというの!?」
「作者と読者じゃなくて、男と女の話じゃなかったのか!?」
「ふ、ふぇぇ」
「なんでそこで照れるっ!?」
「改めて言われると、ちょっと恥ずかしくなっちゃった……」
何言ってんだこいつ。
何度目かもわからないけど、俺はその言葉を飲み込んだ。
「……そもそも、俺みたいな冴えない地味なのと付き合って良いのか、綾上は?」
「地味だけど、ぶっちゃけ素材は良いというか……普通にカッコいいと思うけど」
「なにそれ、普通に照れる」
俺は一瞬素で反応してしまった。
「それ以上に。……創作に対する誠実さは、実際に会って本物だってわかったから。私にとっては、それが一番大切なことだから!」
「いやいや! たった10分くらい話しただけで、どうして実際に会って、創作に対する誠実さなんかがわかるって言うの? おかしくない!?」
「だって、知っていたもの。君が、いつもこのお店で小説を読んでいたことを。本当に熱心に小説を読んでいた。読み終わったら一生懸命スマホやパソコンで何かを書いていて。それがもとべぇとしてレビューを書いていたのだと知って。ネットのもとべぇと、目の前にいる君が結びついて……創作に対する誠実さが、わかったんだよ」
……アウトオブ眼中なのだろうと思っていたのに。
いつの間にか、俺のことを見ていたのか。
「君が一生懸命に小説を読むのを知っていたから。私は自分の作品をいつか君に読んでもらいたいなって、思ってたんだよ?」
照れくさそうにそう続けた綾上の表情は、変な言い方かもしれないけど……何だかすごく女の子っぽかった。
「……私に、告白の返事を聞かせてください」
綾上が声を振り絞って言った。
俺はもう、彼女の気持ちをただの戯言だと無視することができなくなっていた。
それくらい、彼女の真剣さが伝わってきた。
だから俺は、ちゃんと綾上のことを考える。
綾上の言動は、ぶっちゃけハチャメチャでついていけない。
……だけど、スタイルや顔は抜群に良い。
それに、趣味が読書。その上自分で執筆までするなんて、正直言って、かなり興味もある。
インドア趣味同士、意外と上手くいくかもしれない。
何よりも、叩かれるだけだった俺のレビューを、全面的に肯定してくれた。
正直に言って、嬉しくないわけがない。めっちゃ嬉しい。
オタク趣味に青春を費やすだけだったけど、それもここで卒業なのかもしれない……。
これからは、可愛い彼女と楽しい放課後を過ごすことになるのかもしれない。
……そう思うと、俺の返事は自然と決まった。
じっとこちらを見つめる綾上。
俺はまっすぐに彼女を見返してから、口を開いた。
「お断りします」
☆
「断ったはずなんだけど……」
「ん? なんのことかな?」
上機嫌に笑みを浮かべる綾上。
俺たちは今、映画館で隣り合って座っている。
ライト文芸小説が原作の映画を観に来ているのだ。
「俺さ、綾上の告白はちゃんと断ったよね? なのに、なんでこうして一緒に出かける誘いをしてきたんだ?」
「……確かにプロポーズは断られてしまったけど。あれってつまりは『まずは結婚を前提にお付き合いから』って、言うことでしょう?」
「違うよ」
「ええ!? 違うの!? じゃ、じゃあ。なんで今こうして私との映画館デートに付き合ってくれているの!??」
目を見開き、驚愕をあらわにする綾上。なんでそこまで驚くの?
なんだったら、その綾上の反応に俺の方が驚いた。
「……情けないけど。俺って友達いないから、誰かに遊びに誘われたのが普通にうれしくってついてきただけなんだ」
俺は理由を説明するのが恥ずかしくて、うつむきがちに告げたのだった。
「大丈夫、君には今も友達はいないから!」
そんな俺に謎の追い打ちをかける綾上!
「何も大丈夫じゃない気がするんだけど?」
「大丈夫! だって、君には友達はいないけど、私という可愛い彼女が……いいえ、お嫁さんがいるんだから! 勝ち組じゃない!」
顔を近づける綾上。
超至近距離でそう宣言してから、自分の発言がちょっとあれなことに気づいてしまったのだろう。
赤面して顔をぷいと背けたのた。
……綾上って俺が思っていたよりもずいぶんとアホなんだな、と思った。
「ごめんなさい。君とデートができて、はしゃいじゃったみたい……」
身をすくめて反省の意を表明する綾上。
「……いや、いいよ。俺も憎まれ口は叩くけど、ちゃんと楽しみだから」
「そっか……じゃあ、結婚する?」
「それはおかしいと思う」
俺が言うと、「ちぇー」っと、言って舌をだして反応をした。
そして、唐突に俺を上目遣いにのぞき込んできた。
「どした?」
「なんだかさ、映画ってドキドキしない?」
「そうか? ドキドキっていうよりも、俺はワクワクって感じかな」
「あっ、そっか……」
何かに気づいたような綾上の声が聞こえた。
「ん? 何が『そっか』なんだ?」
俺が問いかけると、綾上が悪戯っぽく笑ってから言う。
「映画を観に来たからじゃなくって、君が隣にいるから、ドキドキするんだ」
そして、俺の手を、彼女の冷たい手が握りしめてきた。
「えっ?」
「こうしたら……君も、ドキドキしてくれるかな?」
蠱惑的な視線を受けて、俺の脳は考えることを一瞬やめた。
数秒後。
「ちょ、っちょ! 綾上! これは恋人同士のする奴だ! 断言する! だから、離すんだ!!!」
俺は抗議しつつ、彼女の手から逃れようとするのだが、一生懸命にこちらの手を握りしめるせいで、中々それがかなわない。
「ち、違くないから! 恋人同士だったら……」
綾上は自分の指と俺の指を絡めてくる。所謂、恋人つなぎだった。
「こういう風に、手を繋ぐものだし!」
そう言ってから、俺の肩にこつん、と頭を乗せてきた。
……やっぱこれ違うわ。
俺はそう思い、改めて彼女の手を振り払おうと思ったのだが、時すでに遅し。
映画泥棒さんのシーンはいつの間にか過ぎ去り、映画本編の上映が始まっていた。
流石にもう、騒ぎ立てるのは憚られる。
「……はぁ」と、一つ大きなため息を吐いてから、俺は割り切って、映画を観ることに集中しようとするのだけど。
――繋いだ手から伝わる体温と、間近に感じる彼女の息遣いに、俺はドキドキしすぎて。
映画の内容が、半分も頭に入らないのだった。
☆
それからも、俺と綾上は週末に二人で遊んでいた。
(綾上はデートというけど、断じてそういうことじゃない)
綾上は遊ぶたびに、俺にアプローチをしてくる。
しかし、俺は鋼の精神でそれらをはねのける。
雨の日に相合傘をした。
お昼ご飯をお互いに「あーん」して食べさせ合った。
一つの飲み物をハート形のストローで二人で飲んだ。
カラオケボックスで俺の膝の上に座りながら綾上がアニソンを歌った。
膝枕をしてもらいながら耳かきをされた。
――そう、俺は数々のイベントを乗り越えたのだ。
それでもなおギリギリのところで彼女に堕とされることはなかった。
なぜなら、俺にはどうしても。
どうしても、綾上とは付き合えない理由があるのだった……。
☆
「ていうか、君ってまだ『恋人補正がかかって綾上の作品を正しく評価できないかもしれないから』っていう意味の分からない理由で、私と結婚してくれないの?」
「くだらなくない。あと、付き合ってもいないのにどうして結婚の話になる?」
とある夜。
俺は綾上と電話をしていた。
こうして、毎日寝る前に彼女と電話で話すのは、日課になっていた。
「付き合ってもいない? 何を言っているの? こうして毎晩寝る前にお互いの声を聴くため電話をするなんて、普通は恋人くらいのものだよ」
「いやいや、友達同士でも夜に電話をすることあるだろ?」
「そうかもだけど、毎晩寝る前に、しかも異性同士でってなると……恋人くらいのものだと思うの」
「一般的にはそうかもしれないが、俺は決して認めない」
「もー、あんまり意地悪言わないでよねー、そろそろ刺されても文句言えなくなるよー」
いじけたような口調の綾上。
ちょっと本気で言ってそうなところが怖い。
その後、
「そうだ、さっきの話なんだけど」
「さっきの話って。……なんだっけ?」
「私と付き合ってくれない理由のこと。つまり君は、レビュアーとしての誇りが邪魔をして私と付き合えないだけで、特別私のことが嫌いなわけでもないんだよね?」
少しだけ不安そうな綾上の声音。
「綾上と一緒に遊んだり、話したりするのは、楽しい。それに、綾上は美人だから、彼氏になるやつがうらやましいとも思う」
「きゅ、急に、そ、そういうのは……卑怯だから!」
突然大音量を発したスマホから、俺は瞬間的に耳から離した。
「オホン! ……つまりこれまでの話をまとめると。恋人補正とか関係なく、君が面白いと思う作品を私が書いたら。結婚をしてくれるってことだよね?」
「違うよ」
俺は当然の事実を言った。
「違わないよ」
綾上は当然のように言った。
「違わないの!?」
あれ!? なんだかよくわからなくなってきたぞ!!
「つまり、君が私の小説を読んで、贔屓目、色眼鏡なしでこれ以上の点数がつけられないっていう作品を書けたら。君が意地を張る理屈が通らなくなる。分かるよね?」
「……それは、まぁ。毎回そのクオリティの本を出されたら、その通りなのかもだけど」
「だから、君が本当に面白いと思える小説を書き続けたら。私と結婚、ということだよね?」
「違うよ。やっぱりそれは、違うと思うよ」
「よし、そうと決まれば、君に認められる面白い作品を書かなくっちゃ! それじゃ、おやすみなさい! からの~」
ちゅ。
と、スマホのスピーカーから聞こえるリップ音。
通話が切れたスマホを眺めて、思った。
相変わらず、何言ってんだろ綾上は、と。
☆
あの電話から、一週間。
これまで綾上は、ことあるごとに俺に接触をしようと試みていたけど、今週に限っては、綾上が学校や放課後、土日の時間、俺に絡みに来ることがなかった。
☆
「はい、読んでください!」
ある日の放課後。
「創作に対するモチベーションって、色々あると思うの。私の場合は、好きな物や事柄を、自分なりの物語にしてみたいってのが、モチベ―ジョンかな」
いつもの喫茶店で一緒になった綾上は、俺に向かってコピー用紙の束--新作の原稿を差し出しながら、そう告げた。
「だから、これは。今の私の好きって気持ちをたくさん詰め込んだ力作です!」
読んでください、ともう一度告げる綾上。
「……つまんなかったら、めっちゃ叩くよ?」
「お、お手柔らかにお願いします!」
俺がその小説を手に取ったことにより、嬉しそうに瞳を輝かせた。
印刷された紙の束、ページ数は……見開き100ページ程度。
文庫本の3~4割程度の文量だろうか?
綾上のソワソワした様子から一度視線を外し、原稿を読み始めることにした。
――主人公の少女は、売れない新人作家だ。
彼女はある日、自作を叩くレビューを見る。
一見、ただぼろくそに叩いているだけのその感想だったが、目を逸らしたくなる気持ちを我慢して読み進めると、意外なほどに自作を読み込んでくれていることが分かった。
それから、そのレビューを何度も読み返すうちに、レビュアーに対して深い興味をもつことになる作者。
そして、偶然出会うこととなる作者とそのレビュアー。
なんと、そのレビュアーはクラスメイトの少年だった。
主人公はその運命に感激し、少年に告白。
告白を受けた少年は主人公に対してプロポーズ。
二人は、生涯を誓うことになる――
「なんでだよ……」
俺は思わず突っ込んでいたが、読み進める。
その後の話は。
……ただ主人公と少年がイチャイチャするだけの話だった。
頭がおかしくなりそうだった。
……だって、これさ。
「あのさ、これって……」
俺は恥ずかしさを堪えて、綾上を見る。
「よ、読み終わってくれたんだ! ……どう、だったかな?」
照れくさそうに頬を染め、期待したような視線をこちらに向けてくる。
今の綾上、俺はめっちゃ可愛いと思った。
だけど……彼女が可愛いことと、物語が良いか悪いかは、全く関係がない。
先ほど言いそうになった言葉を飲み込んでから、俺は大きく息を吐く。
そうしてから、ゆっくりと口を開いた。
「主人公に対して、全く感情移入ができない。なんでこんな、人の小説を叩くことだけが生きがいの根暗屑を好きになったのか、理解に苦しむ。その上、ストーリーに起伏がないから、読んでいて飽きる。続きが全く気にならない」
綾上が、無言になった。
緊張感が伝わる。
それでも俺は、レビュアーとしての誇りを失わないために、告げる。
「だから……この作品は、つまんない」
俺の言葉を聞いた綾上はというと……
「う、うぅ……ひどい」
滅茶苦茶落ち込んで、目元には涙すら滲ませていた。
……彼女が一生懸命この作品を書いたというのは、伝わる。
彼女がこの原稿に、自分の気持ちをぶつけたのは、痛いほどわかる。
きっと、これを読んで楽しい気分になる人がいるのも、なんとなく予想ができる。
誰かのことを考えて。
誰かのことを楽しませようと書いたのだと言うことも。
悔しいけど、伝わった。
だからかもしれない。
俺らしくもなく、こんなことを言ったのは。
「でも、まぁ……綾上の「好き」は、伝わった、かもしれない」
その一点に関しては、文句なしだった。
キャラクターが生き生きとしていて、クソみたいなストーリーだったけど、最後まで読み進めることができた。
さっきは言わなかったが、明らかに、そのキャラクター達にモチーフがいるのが……ほんと、どうしようもないんだけど。
「だから、うん。つまらない作品だったけど。時間の無駄でも、クソでもない。……って、一応フォローはしておく」
俺が、安易なフォローをしたことにより、綾上の目には生気が戻っていた。
うん、綾上が闇落ちせずに済んでよかった。
「……やっぱり」
「うん?」
そして、元気を取り戻した綾上は……
「やっぱり! 結婚しよっ!」
などと訳の分からない発言をするのだった。
「どうしてそうなる!?」
俺は満面に笑みを浮かべて喜ぶ綾上にツッコんだ。
「だって、やっぱり……つまんない物語でも、最後まで読んでくれて。つまらない理由を真剣に考えて、少ない長所も褒めてくれる。そんな風に創作と向き合ってくれるのが嬉しい……嬉しい! そんな君が、大好き!!」
「ごめん、やっぱり意味が分かんない!」
「わかんなくっていいから、結婚、しよ?」
瞳にハートマークが浮かんでいる。どうやってんのそれ?
結婚を迫る綾上から目を背けて、俺は改めてお断りをいれてから、説明をする。
「だからさ、今回はギリギリ大丈夫だったけど、基本的に俺は情の深い人間だから、彼女補正が入って、ちゃんと作品を評価できないかもしれない」
「……どうしても、ダメなの?」
上目遣いにもう一度問いかけてくる綾上。
その破壊力、筆舌に尽くしがたい。
あー、ちくしょう。
……俺は、視線を合わせないように意識しながら、答える。
「綾上が以前言ったみたいに。俺が全く叩けないほど素晴らしい作品を書き上げた時に、もう一回告白してくれ」
俺の言葉を聞いた綾上は、ぱぁっと表情を明るくさせた。
「……それ、実質的にオッケーってことだよね!? ね!??」
「その時に、もう一回改めて、ちゃんと告白の返事をするってだけだから! 勘違いするなよ!」
俺はそう説明するのだが、
「えへへー……えへへへへへー」
と綾上は幸せそうに笑うだけ。
俺の話なんて、耳に届いていないのかもしれない。
「……もう一度、念のために言っとくけどさ。勘違いするなよ?」
俺の念押しにも、満面の笑みを浮かべる綾上。
「うんうん、勘違いなんて、しないってば……あ、ちなみに! 私はずっと、君のことが大好きだから」
「え、ああ……う、うん」
勢いに押されて、なんだか頷いてしまう俺。
「……だから、作品関係なく。君がその気になったら、いつでも私に告白して良いから! ねっ?」
ぎゅ、と先ほどまで俺に読ませていた原稿を、幸せいっぱいの表情で抱きしめながらそう言った綾上。
……掛け値なしに魅力的な笑顔を見て、俺は思わず前言を撤回しそうになったのは。
――絶対に内緒の話だった。
クソレビュアーに叩かれた結果として、彼女が今もこうして、笑って創作に向かい合う原動力になっているのだとしたら――。
俺との出来の悪いラブコメも、彼女にとっては意味があったのだな、と。
普通にオタクな男子高校生の俺は思うのだった。
〈了〉
【世界一】とにかく可愛い超巨乳美少女JK郷矢愛花24歳【可愛い】だよん♡
最後まで読んでくれてありがとっ、愛花とーっても嬉しいです!
この、クソレビュアーと美少女作家のイチャイチャラブコメディは、どうだったかな(/ω\)??
おかげさまで、好評の声をたくさんもらえましたっ(*≧∇≦)ノ!
というわけで、連載化します(^^ゞ!
10日ほど書きためをしようと思ってます!
連載版では「こういうのが読みたい!」って言うのがあったら、感想や割烹コメントをしてくれると、とっても嬉しいです(>_<)!!