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08


「ちょっと! こんな時間に外に出ていくの? 危ないよ?」


 後ろを振り向くと、麻状の買い物袋だろうか? 中身が入って大きく膨れた袋を、両腕に、一つずつ抱えた少女が立っている。年は14、15歳くらいだろうか。ボブカットを長めにしたような黒髪の活発そうな少女だ。

 誰かに話しかけているのだろうと左右を見回すも、周りに人はいない。


 ん? 俺のこと? 指で自分を指す。


「そうだよ。夜はモンスターが活発に動き回るから、今出ていくのは危ないよ」


 心配してくれているようだ。でもね。宿代を稼がないといけないのだ。とりあえず、羊皮紙を1枚取り出して、「ありがとう。大丈夫」と書いて見せる。


「あなた、もしかして声が……」


 いや。声は出るんですけどね。出すと色々と面倒だから、このまま声が出ない設定で行きますよ。


「見たところ冒険者? だよね? 泊る所が見つからなかったの?」

 

 泊る所はあったんですけどね。お金の問題なんです。


「……だったら、私たちが泊っている宿を紹介してあげるよ。まだ、部屋が空いているはずだし」


 お金の問題なんですって。もう一度「大丈夫」と書いたところを、指で刺して伝える。


「……もしかして宿代持ってないの?」

 

 ぐっ! 察しのいいことで。少し考えて、首を縦に振っておく。


「気にしなくて大丈夫。お金は私が払うから。ほら」


 マジで!? 行く行くー! と言いたいところだが、見ず知らずの人に宿代数百ゴールドを払わせるわけにはいかない。ここはきちんと「いいです」と紙に書こうとしたところに、彼女の抱えていた麻袋一つを「ほらもって」と無理矢理手渡された。


「泊ってる宿屋は向こうだから。行こう」

 

 この子結構グイグイ来るな。などと戸惑っていると、横に並んで、一緒に歩こうと言わんばかりに、にっこり笑っている。仕方なく、彼女の示した宿屋の方向へ歩き出す。


「自己紹介がまだだったね。私はナナリ。一応あなたと同じ冒険者だよ。あっ! 名前は後で教えてくれればいいから。紙に書くの大変でしょ」


「あそこの宿屋の食堂は、パンがかなりおいしいんだよ。なんでも昔、王都勤めしていたコックさんがやってるんだって」


「あそこの道具屋さん。さっきおまけをサービスしてもらっちゃった。あっ! 駄目だよあげないよ?」


 彼女は一方的に、とりとめのない話をしながら、俺と歩幅を合わせつつ、宿屋に向かって歩いていく。


 こ、この子、同年代の友達を見つけたかのごとく喋りおる! 残念だが、『セルビィ』はこの世界に呼ばれて二週間も経っていない! 中身に至っては、君の一回り近く年上だ! いずれ話がかみ合わなくなって悲しい思いをするぞ! やめるんだ! 俺には、まぶしすぎる!


 ちょうど彼女の話が一区切りがついた頃、彼女の言う宿屋に着いたようだ。


「ここが私の泊ってる宿屋だよ! ちょっと待っててね! 店主さんに一人追加するようにお願いしてくるから!」

 

 彼女はそういうと、二つの麻袋を持って駆け足で宿屋に入っていった。当然俺は、店の前に張り出してあるの宿泊料金を確認する。高い。すごいな。金持ってんだな冒険者。すでに辺りは夜の闇に飲まれており、家々の明かりのみが輝いている。


「おまたせ! 部屋は大丈夫だったよ! まだまだ空いてるんだって!」


「荷物を置いたら、夕食一緒に食べよう! 食堂に来てね! 私の旅仲間を紹介するよ!」


「あっ! 疲れてたら言ってね! こうみえても【僧侶】なんだから! お休み前に回復しちゃうよ! なんてね!」


 嵐のごとく話し立てた後、彼女は向こうへ駆けていく。店主と話して手続きをした後に部屋に入り、荷物を下ろして、ベッドの上に座る。正直助かった。一日歩き詰めだから、結構疲れてたんだよね。この上で野宿は大変だった。ステータスは最大でも、体力は一般人のようだ。もともとエルフはHPや防御力も低い種族だから、そのあたりが影響しているのかもしれない。

 少しばかり休憩した後に、羊皮紙セット一式を持って、部屋の扉を開け、食堂に向かった。



「あっ! 来ましたよ! こっちこっちー!」


 小さく手を挙げて、呼ばれたほうに向かっていく。そのテーブルには、ナナリの他に、大柄な男と細身の優男が、お酒と食事をとっていた。


「おう。あんたか。ナナリに無理矢理連れて来られたのは」


「無理矢理じゃないですよガドラーさん! ちゃんと同意の上です! ね!」


 大柄の男はガドラーというらしい。軽く頭を下げて、手に持っていた羊皮紙に感謝の言葉を書いて見せる。


「気にしすぎだよ! お友達になったんだから、これくらい当たり前だよね!」

 

 もう既に友達に!? 出会って一時間も経ってないですよ!?


「まあ、ナナリが友達を連れて来たことが一番の驚きだからな。初めてじゃないか。そういうの」


「ちょっと!」

 

 先ほどみせた羊皮紙に続けて「名前 セルビィ」と書いて見せる。名前を教える約束だったので、自己紹介だ。


「うん! よろしくね! セルビィちゃん」 ナナリはすごく嬉しそうだ。


「こっちがうちのパーティのリーダー 【ナイト】のガドラーさん」


「こっちが【アーチャー】のフッドさん。二人とも結構強いんですから!」


 挨拶をすますと、俺の目の前に食事が運ばれてきた。これはありがたい。


「……なぁ。よければそのフードを取って顔を見せてくれねぇかな。いや、ダメってんならいいんだが」


 おっと失礼。すっかりフード被りの日常が染み付いて、礼儀知らずな行動をしていた。慌ててフードを外し、もう一度頭を下げる。


「――あ」

「……エルフ……か……」


 三人ともとても驚いた顔をしていた。

 

「……あんた、声がでないんだってな。なるほどな……」優男フッドが呟く。

「どういうことです?」

「エルフ種のしきたりの一つだよ。まあ、ナナリが気にしてもしょうがないぜ」

「けど、あんたがそういう境遇なのは、合点がいく」


 むっ。気づいたか。このパーティ。結構勘がよい。知識もある。

 これは、俺が常にフードを被って行動している理由の一つでもある。

 

 種族【エルフ】

 ファンタジー物の小説やゲームなどによく登場する種族であり、どの媒体においても、耳が長く尖っていて、外見が美しく、不老不死あるいは長命である。それに加えて体力的に弱いが、賢くて魔法や弓矢が得意などといった特徴が加わる。 BCO内においても、魔法と弓をよく使い、力は人間に比べて弱く、手先の器用さや身のこなしは得意であり、森を愛し、長命であるという設定をゲーム内に落とし込み、キャラクターの能力や魔法のスキルに反映させている。BCO内の設定において、エルフの生まれる場所は、各地にある森の中のエルフの里が出身地であり、そこで100歳まで魔法や知識を覚えて、その年になって初めて冒険者として旅立つというものだ。つまり、この世界では、どんなに若い冒険者のエルフでも、軽く100歳は超えているということであり、簡単な魔法であれば、誰にでも使えるように育てられているのが、このエルフという種族である。

 そんな状況であるからこそ、魔法の使えないエルフが、この世界において、一体どういう扱いになるのか、ということである。魔法が使えないことでエルフの里を追い出されたか、出身がエルフの里以外の特殊な生い立ちがあるか、とにかく人々の興味の対象となるのである。この奇異の目を避ける目的のため、フードを被ってきたのだ。

 

 ガドラーとフッドは、その事に、すぐに気づいたようだ。

 

「いや。ナナリも一緒に驚いてどうする。顔も確認せずに連れてきたのか」


「えっとその……背格好とか、どう見ても同年代っぽいし、まさかエルフの人だなんて……」ナナリの目が泳いでいる。


「エルフ種の人って、長命なんだよね。てことは年上で……。あの、セルビィ……さん。ごめんなさい」


「がはは。今頃謝ってどうする。それにこの子には、長命たるエルフ独特の落ち着いた貫禄はないな。年はそれほど離れてないだろ。な?」


 ぐぬぬ。ちょっと悔しいが、百歳生きた貫禄を出せるわけもない。頷いておこう。


「そうなの!? じゃあ、やっぱり、セルビィちゃん! えへへ」


「すまないが、しばらくは、うちのお嬢様の相手をしてやってくれ。冒険者家業を長くやってて思うが、ナナリと同じ年代の子は、なかなかいなくてな。話し相手がいないもんだから、俺やフッドが相手をしてるんだが、なあ。毎日話し相手をするのにも、疲れるんだ。最近は少し静かになってきたと、安心していたんだが……まあ、こういうことだな」


「ひどい! それじゃまるで私が、話し相手が欲しくて、セルビィちゃんを連れてきたみたいじゃないですか!」


 え!? 違うの!?


「ちゃんと困った人に手を差し伸べよう! って教えを守ってるんだから!」


 ここに連れて来られて困ってます。 って言ったら怒られそうだな。

 

 夕食を食べながら、二人の掛け合いを見ていると、自然と口角が上がってしまう。こうやって、気の合う仲間と集まって、くだらない話をするのも懐かしい気がする。ゲーム内で、チームメンバーと一緒にバカ騒ぎしていたことも思い出す。みんな元気かなぁ。ナナリとガドラー、そして時々呟くフッドの、コントみたいな掛け合いを見ながら、夕食の時間はあっという間に過ぎていった。


 え!? ここおかわりいいんですか!? よっしゃー!



~~


 

 夕食後、さんざん騒いでいたナナリが静かになり始め、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。


「友達ができて、いつもより饒舌だったからな。お嬢様は、力尽きるのは速いんだ」ガドラーが笑いながら言う。


 俺も休む事を二人に伝えて、ナナリを起こす。眠い目を擦りながら、「セルビィちゃん。また明日ね」といって彼女は自分の部屋へふらふらと歩いていった。


 ガドラーやフッドは、この後も、まだお酒を飲むようだ。



 部屋へ移動して、眠る準備を整え、ベッドに横になる。

 ああ。たらふく食べて、暖かいベッドで眠る。こんなに幸せなことはないな。

 そして、明日以降のことを考える。結局、ナナリ達のご厚意によって、宿泊費が一日分浮いただけで、根本的な解決には至っていない。この宿屋の値段は、ハジ村よりはるかに高い。明日一日近辺のフィールドモンスターを倒して、なんとか一泊分くらいゴールドが手に入るだろうか。


 眠る前には、いろいろと考えるものだ。昨日のこと、今日のこと、明日のこと。


 というか、なんで宿屋がそんなに高いんだ。これでは、宿屋の丸儲けではないか。冒険者は宿屋に対して、ストライキを起こすべきだろ。

 

 いや。まてよ。さっきの食事の時に、三人がこそこそと変なこと言ってたな。


「宿屋の十数ゴールドが出せないなんて、どんな不憫な生活を……」とか、「財布に穴でも……」とか。あれ? 宿泊費って一律いくらじゃないの? 十数ゴールドで泊まれる? レベルで割高になるってのは分かるんだけど、ほかの冒険者は? お? うん?

 

 もしかして、俺が泊る時だけ宿泊費が上がってる? 俺だけ値段が跳ね上がり、俺以外の一般冒険者は普通の値段で泊まれているのでは? プレイヤーたる俺のみに適用されている?

 

 は? はああ!? 頭に血が上り始める。


 なんだそのシステム! 俺の金だけを巻き上げる為に作られたクソシステムなのでは!? おいちょっと異世界の神様! 早くパッチ! バグってますよこれ! 今から眠るんで、ログアウト的なことするんで、はやく「特定の人物の宿泊費が異常に上がるバグを修正しました」 「宿屋の値段を一律になるよう修正しました」みたいな修正パッチ! 明日の朝までに急いで!


 あとエルフの長耳の人って、どうやって寝返りうつんです!? うまく眠れないエルフ初心者の俺に教えて欲しいんですけど! ずっと仰向けってけっこうきつくないですかね!? うつ伏せ!? うつ伏せなんですかね!? この前は、ベッドと壁の隙間に挟まって、なんとか朝まで寝ましたけど! この辺も「ベッドに長耳が貫通するように修正しました」とかの修正パッチ入れてください! できるでしょそういうの! 眠りたい!

 

 ああ! もう! バーカ! 滅びろ異世界!



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