07
冒険に必要なものを揃えなくてはならない。
最優先での入手を考えたのは、紙とペンとインクだ。
このような異世界で、意思疎通を円満に行うには、筆談が一番なのではないだろうか。しかし、この世界の紙は、どうやら結構な貴重品らしく、一枚あたりのお値段が結構するのだ。どうにかやりくりして、露店の道具屋にて、何枚かの羊皮紙と羽ペン、文字を書けるような染料インクを購入できた。買うのも一苦労だったが、何とかなった。身振り手振りでも、なんとかなるもんだ。
次に必要なものは服だ。さすがに王女様から譲り受けたローブだけでは心もとない。この道具屋で売っていたのは、旅慣れた人のための麻布地の服、所謂【たびびとのふく】というやつだ。今の俺には、そこそこの値段である。ちょうどよいサイズのものはなかったので、トップスはちょっとぶかぶかだ。パンツ部分に至っては、七分丈で、まるでステテコパンツだ。エルフ感台無しである。当分、ローブは脱げないなこれ。
それと鞄だ。どうもこの異世界、どんなものでも入れられるインベントリ機能がなく、現実的なのだ。インベントリとは、プレイヤーが持ち運ぶアイテムが収納される場所のことである。アイテムバッグ、リュック、ふくろなどゲームによって名前はまちまちだが、大抵どんなものでも投げ込める。たとえ腐ったお肉と新鮮なお魚を入れておいて、何日間か放置しても、入れた時と同じ状態の新鮮? な状態で出てくる。重さの指定上限があり、持ち運べないゲームもあるが、基本どんなサイズのものもインベントリに入れることができれば、持ち運びできる便利機能だ。まさにファンタジー。
これがないのである。
つまり、回復アイテムや紙などの道具を入れて、持ち運びできる鞄が必要なのだ。背負う形のリュック状のものもあったが、アイテムがすぐに使えるほうがよいだろうと思い、肩掛けの大きな鞄を選択した。今持っている道具一式と、ゴブリン討伐でドロップした大量の薬草をしまい込む。俺が言うのもなんだけど、その佇まいはまるで、修学旅行で都会に出てきた田舎の女子中学生みたいな感じ。エルフです。
武器を買うのは諦めよう。というのも、ゴブリン討伐を繰り返した事で、戦闘における武器スキルが発動している事が分かってきたのだ。
どうやら、【素手】状態のスキルが発動しているようである。
このBCOというゲーム、レベルアップすることでスキルポイントを獲得できる。このスキルポイントは、職業スキルと武器種スキルのふたつに割り振ることができるのだ。各職業には、使える武器種が決まっているのだが、スキルポイントは制限なく、どの武器種にも割り振ることができる。
例えば、魔導士は、武器種【剣】は使えないが、ポイントだけは割り振ることができる。武器種【素手】は、武器を持たないため、自身の攻撃力が著しく下がる。しかし、武器種【素手】にスキルポイントを振れば、全体のステータス能力を底上げするパッシブスキルが発動する。
つまり、ポイントを振っておけば、武器種【素手】状態では、素早さや攻撃力などが通常ステータスに常時プラスの能力値補正がされるのだ。幸いにして、俺はかつて【素手】にきちんとポイントを振っていたようである。どんなスキルがあったかまではしっかり覚えていないのが残念だ。
要するに、現状では、武器をもって戦うよりは、素手のほうが速くて強い、ということだ。決して、ゴールドが乏しいから、買えないだけが理由ではない。
羊皮紙を介しての交渉は、多少の齟齬はあるものの、円満にできているようだ。入門書片手に四苦八苦しながらだったが、きちんと通じているようでよかった。
明日にでも次の街に行くことを道具屋に伝えに行くと、道具屋の親父が靴を譲ってくれるという。
おお。ありがたい。初めて会った時に「本当に冒険者かい!?」「浮浪者じゃないだろうね!?」などど言われて追い返されそうになったことは、心の中に鍵をかけて閉じ込めておこう。
「裸足のままでコドリの街まで行くなんて、物乞いと間違えられるよ! 靴ぐらい履かないと!」……はい。靴は皮でできており、足首までは隠れる程度の長靴だ。こちらも若干サイズが大きい。
ここからコドリの街までは、北の方角に伸びた街道を道なりに、朝方から日が沈むほどの時間を歩いたくらいの場所にあるという。道中に危険なモンスターも出ないとのこと。出たとしても、ゴブリンやスライム程度で、特に脅威ではない。日に何度か馬車も出ているようだが、そんなゴールドはないので、徒歩で行くのだ。
ハジ村に別れを告げて、街道を北上する。日の光は暖かく、草木は風に揺れている。のどかだ。
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何度目かの馬車とすれ違い、太陽が傾きかけた頃に、緩やかなカーブがかかった街道の先に、コドリの街が見えてきた。大きさは、ハジ村よりも大きく、簡素な石造りの城壁のようなものに囲われているのが分かる。村ではなく、まさに街だ。近づくにつれ、街の入口から、頻繁に人が出入りしているのが見て取れた。
街に入る頃には、太陽が沈もうとしていた。暗くなる前に休める場所をと、近くに宿屋はないか探す。この街には宿屋がいくつかあるようだ。ゲームの時とはちょっと違う。
ひとつ良さそうな宿屋を見つけるが、宿泊料金をみて、驚く。全く足りない。一日分の宿泊費は考えて持ってきたはずなのだが、まるで足りなかった。恐るべし宿屋システム。ここでも猛威を振るうか。
今日は野宿だな。がっくりと肩を落としながら、周辺のフィールドモンスターを倒してゴールドを手に入れるため、先ほど入ってきた街の入口に戻っていく。もう既に、茜色は西の空に広がっているだけで、街の入口周辺は、家々の壁に反射された光や、街の灯によってかろうじて明るさを保っている状態だ。
街の入口から出て行こうと、歩みを進めたその時に、後ろから声をかけられた。
「ちょっと! こんな時間に外に出ていくの? 危ないよ?」