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05 小話


「まぁ、好きで始めた仕事ですから」


 最近はゴブリンの数が増えていると口をこぼした。

 まず、ゴブリンのポップポイントのチェックから始まる。


「やっぱり一番うれしいのは村人さんからの感謝の手紙ね、読めないんだけどね(笑) この仕事やっててよかったなと」

「毎日毎日温度や湿度でポップするゴブリンのレベルが違うよ。機械やプログラムでは出来ない」


 今日もまた、早朝からゴブリン討伐に向かう。

 彼女は討伐用のアイテムを鞄に詰め、森の中へと向かった。 最近は、蘇った魔族が力をつけてきており、その影響により、多種多様なゴブリンと闘わなければいけないのが辛いところ、と彼女は語る。


「やっぱ早朝からの仕込みはキツイね、愚痴ってもしかたないんだけどさ(笑)」

「でも自分が選んだ道だからね。後悔はしてないよ」

「ここにエサを仕掛けたのはダメだったね。ほら、罠が外されている」


 彼女の目にかかれば、素人のトラップは見るだけで分かってしまう。

 技術立国日本生まれ、ここにあり。

 

 今、一番の問題は後継者不足であるという。

 仕込みに満足できないとその日のゴブリン討伐をやめてしまうという。

 30年前は何十ものゴブリン討伐クエストがギルドの募集欄を埋めたこの村だが、今では職人は彼女一人になってしまった。

 問題はゴブリンのポップする場所を感覚で理解するのに、5年はかかると、匠は語る。


「自分がゴールドを得られるのももちろんだけど、村のみんながもっと安全に生活できないといけないよね」

「もちろんゴブリンがドロップした薬草は一つ一つ私自信で試しています」


 ここ数年は、安価なスライム勢に押されていると言う。


「いや、私は続けますよ。待ってる人がいますから――」


 ハジ村ゴブリン討伐業の灯火は弱い。だが、まだ輝いている。


「時々ね、わざわざ手紙までくれる人もいるんですよ。

 読めないんですけどね(笑) でもなんとなくまたお願いしますって書いてあるのが分かるんです。ちょっと嬉しいですね」

「遠くからわざわざゴブリン討伐を見に来られる旅人さんが何人もいる。体が続く限り続けようと思ってます」

「やっぱねえ、素手だからこその討伐力ってあるんです。武器がいくら進化したってコレだけは真似できないんですよ」


数年前、宿屋システムの修正とゴブリンのドロップゴールドの調整により、収益が1/3にまで下がり、一時は討伐をやめることも考えたという。


「やっぱりアレですね、たいていの若い人はすぐやめちゃうんですよ。他のモンスターのほうが経験値がいいとか、次の街に行くからいいとか……でもそれを乗り越える奴もたまにいますよ。ほら、そこにいるジョージもそう。そういう奴が、これからのゴブリン討伐界を引っ張っていくと思うんですね」


 最近では他国の冒険者ギルドからも注目されているという。

 額に流れる汗をぬぐいながら、


「小さな事でも続ければ、最後になると、かなり大きな成果になるんだと思って頑張ってます」

 そんな夢をてらいもなく語る彼女の横顔は、職人のそれであった。


 今日も彼女は、日が昇るよりも早く討伐用のアイテムの整理を始めた。

 明日も、明後日もその姿は変わらないだろう。


 そう、ゴブリン討伐職人の朝は早い。



「ここには金色の妖精が住んでいるっていう話を知ってるかい?」

「なんでぇそりゃ?」


 ハジ村にある唯一の宿屋、その名も『ひとやすみ』

 村の中には、酒場や食事処は他にはなく、この宿屋に併設された食堂がその役目を担っている。宿泊客よりも、酒を飲みに来る村の人々のほうが多いくらいだ。村人の生活の中心になっており、夜ごと村人が集まっては、酒や食事を楽しむ社交の場である。このような場所には、自然と多くの噂話が集まるのだ。


 そして今も、二人の男がある噂について、酒を飲みながら話している。


「いやね。最近ここにその妖精が住み着いたっていう噂話があるんだよ」

「みたことあるのかい?」

「俺はないよ」

「噂話だろ」

「見たっていうやつがいるのさ。それも何人も」

「旅人を見間違えただけじゃないのか?」

「宿屋の主人に確認したんだが、噂の妖精と間違うような客はいないっていうんだよ」

「幻覚でも見ていたんじゃないのか」

「まあ聞けって。観たことあるやつの話だと、少女の姿で、キラキラ輝くような髪だったとか、全身が光り輝いていたらしい。ある男は、宿屋に入っていくのを見たとか、はたまた別のやつは、森に入っていくのを見たとか、そうかといや、森の小鳥たちと楽しくおしゃべりしていたとか、また別の日には、熊を説得して山に帰ってくるところを見送っていたのを見たとか、目撃談があるんだよ。そしてどれも瞬きをした瞬間に、そこにいた妖精は忽然と消えているんだ。な? いると思うだろ?」

「嘘くせえな」

「夢のねえやつだな。その妖精を見ると小さな幸運が訪れるってのも信じねえつもりか?」

「なに?」

「小さな幸運が訪れるって話だ。宿屋に入っていくのを見たやつは、追っかけて宿屋に入ったらたまたま来ていた冒険者に酒を奢ってもらったとか、森に入っていったやつをみたやつは、追いかけて森に入ったら、ゴブリンやスライムに一度も会わずに森の中で一日を過ごせたとか、小鳥たちとの会話してるのをみたやつは、その近くに希少アイテムである【マシュマロトリュフ】をみつけたとか、熊を見送ったやつをみたやつは、その後近くの川で打ち上げられた大量の打ち上げられた魚をみつけたとか、とにかくちょっとした幸せが訪れるんだそうだ」

「へえ」

「それでよ。俺たちもその妖精ってやらを探してみねえかって」

「探すって……どうやって見つけるんだい?当てはあるのかよ?」

「そこよ。俺はやっぱりこの宿屋が怪しいと思ってるんだ」

「でも、宿屋の主人にはそんなのいないって言われたんだろ?」

「馬鹿だねぇ。幸運をもたらす妖精の居場所なんか簡単に教えると思うかい? 見物客が大勢来て逃げちまったらどうするんだい」

「主人が隠してるってことかよ」

「ここ数日の宿屋の入りを見てみろよ。普段は閑古鳥が鳴いてたのによ。随分と賑わってると思わねえかい?」

「確かに」

「実は怪しい奴の目星はついてんだ。部屋の一番奥に宿泊してるいつもフード被ったやつが泊ってるらしいんだよ。そいつじゃねえかなって」

「なんでぇそこまでわかってんのかよ。本人に聞いてみたほうがいいんじゃねえか。妖精ですかって」

「自分で言うやつがあるかい。それに、そいつが宿屋に戻ってくるのがいつも夜中だってんだから怪しいんだ。朝も早くからどこかに出かけるらしい」

「それで?どうやって確認するんだい」

「もしも件の妖精なら、お金払ってまでこんな煤けた宿屋で、すやすや眠らねえと思うぜ。だからよ。夜こっそりと部屋をのぞいてみて、眠っているようなら人間。いないようなら妖精ってことよ」

「曖昧だなぁ」

「俺は気になることは確認しないと気が済まないんだ。頼むぜ。今日の夜中、二人で確かめてみようぜ」

「一人でやれよ」

「二人じゃないと妖精だったとき、説得力がないだろう。幻覚で片づけられちまう。一杯奢るからよ」

「つまみも頼むぜ」

「へいへい」


 宿屋『ひとやすみ』

 多くの噂話を飲み込みながら、夜の静寂はより一層深まっていく。

 村の中心にある、宿の明かりのみを残して。


 次の日の朝、宿屋『ひとやすみ』は噂の妖精の話題で持ちきりであった。

 妖精がこの宿に住んでいると言い出した二人組が出たのだ。

 妖精をみただの、見てないだの、宿屋の主人が隠しているだのという話で盛り上がっていたのだ。しかし、要領を得ない発言ばかりで、村の人々からは、あまり信じられていないようだった。


「確かに俺たちはいなかったのをみたんだって! ほんとだって! 石を! 石を投げないでください!」


 その後、ハジ村近辺で、金色の妖精を見たという人は現れなかった。


~~


 ハジ村にある唯一の宿屋、その名も『ひとやすみ』

 村人の生活の中心になっており、夜ごと村人が集まっては、酒や食事を楽しむ社交の場である。このような場所には、自然と多くの噂話が集まるのだ。


「この近辺には耳長の化け物が出没するようになったって話を知ってるかい?」

「なんでぇそりゃ?」


 そして今日も、二人の男がある噂について、酒を飲みながら話している。


「いやね。この近辺に最近出没する化け物……モンスターってのかね。そういうのがうろついてるらしいんだ」

「人に悪さでもするのかい」

「いや。そこまでじゃないんだが。でも村の子供は追い掛け回されたっていってたなぁ」

「何それ怖い」

「なんでも黒いローブをかぶってて耳が異常に長いんだそうだ。そして、無駄に動きが速い」

「この辺に住むゴブリンの亜種かね?」

「どうも人によく似ているらしい。言葉も理解するそうだ」

「人語が分かるのかい!?」

「最近村に来た二人組もその妖怪に襲われそうになって、武器で追っ払おうとしたそうだが、体が鋼みたいに固くって、剣が折れちまって、慌てて逃げたらしい」

「傷すらつかないのかい!? おっかねぇ! 追っかけられた子供は無事だったのかよ!?」

「子供を襲うようなことはしなかったそうだが。なんでも【リンゴ】や【虫】をもって追っかけてきたらしいぜ」

「なんだよそれ」

「わからねぇ。親御さんの話だと、接触したことのある子供は【リンゴ】や【虫】と、持ってる何かを交換したらしいんだが、何を交換したか絶対言わねえんだ」

「へえ」

「親御さんが子供を問い詰めてやっと、必死過ぎて……なんか可哀そうになって……つい……、ってぽろっと言ったらしい」

「それは確実に化かされてるんじゃねえか!?」

「ああ。そう思った親御さんも、慌てて医者に見せたそうだが、何処も異常はなかったんだと。その子供も、人の尊厳にかかわる、って言って固く口を噤むんだ」

「ひええ。それは恐ろしくて話したくないってことだぜ」

「まったくだぜ。この辺りには、大昔に邪神を封印した勇者生誕の地だ、っていう伝説が残っている場所なんだぜ。魔族の影響も少なく、平和だったのに、そんな奴が現れるなんてな。世の中どうなっちまったんだろうな」

「やっぱり魔族の連中のせいかねぇ。怖いねぇ」


~~~


 宿屋『ひとやすみ』

 多くの噂話を飲み込みながら、夜の静寂はより一層深まっていく。

 そう。今日もたくさんの噂話が溢れたのだ。

 エルフの冒険者がベッドと壁との隙間に落ちて眠っていた話。

 森の奥底から呪詛のようなこの世のものとも思えない声が聞こえてきた話。

 ゴブリンのみを狩り続ける、正体不明の冒険者の話。

 とにかくたくさん。


 宿屋『ひとやすみ』

 冒険者や村人たちの憩いの場として、闇夜の中で、その宿の明かりのみを輝かせながら。



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