04
最初の村であるハジ村についたが、そこで、新たな問題が露見する。
文字が読めない。
今、俺のいるこの世界、会話は日本語なのに、文字はゲーム世界で使われる架空独自言語なのだ。村の看板や露店の道具屋などを見て、書いてあるおそらく文字であろう記号の羅列が理解できない。
BCOという世界に、リアリティを与えるために作られた、随所に散見される、BCO文字とでも言うべき独自の言語である。もちろんゲームプレイヤーには、きちんと翻訳された日本語が表示されるものなのだが、違和感なくゲーム世界に没頭できるように、ファンタジーな世界感を大事にしたかったBCO運営は、妙に頑張ってこの言語を作った。背景等に表示される文字はBCO文字となっており、まるで暗号のような記号の羅列であり、 さっぱり読めないというプレイヤーが多かった。というか読めるプレイヤーは、ほとんどいなかった気がする。
このBCO文字、ゲームに彩を与える程度のもので、直接ゲームプレイに影響するような要素はなかったのだが、頑張って作ったBCO文字が、プレイヤー間でまるで話題に上らないことにとち狂った運営が、期間限定イベントの謎解きクエストにこれを設定したことで、プレイヤーに大混乱が起こったのだ。
そもそも公式から解読書のようなものは提供されておらず、頑張って自力で解読しなければいけなかったこと、そのイベント前までにBCO文字を解読しているような好き者が少なかったこと、期間限定イベントなのに、解読に無駄に時間がかかる上に、問題の出題が完全ランダムでネットに出回る攻略情報があまり意味を為さなかったこと、クエストクリア後にもらえるアイテムがかなり使えるレアアイテムだったこと等、かなりの問題点があり、色んなところで大紛糾であった。
運営も途中でこれはまずいと思ったのか、多少の救済策は導入したのだが、イベントの根本が変わることはなかった。そんなこんなで、この期間限定イベントは、BCO史に燦然と輝く伝説級のクソイベントとなった。
そんな大問題を巻き起こしたBCO文字が、このゲーム世界では普通に使われている。かつて俺もそのイベントに参加はしていたが、そんな何年も前の一イベントのことなんて覚えておらず、解読できるわけもなく。
これは詰んだか?
会話ができない。文字も読めない。無一文である。
これは本当に異世界召還? 現実よりきつい縛りプレイじゃないのか。
いくらステータスが種族値、職業値ともカンストしていようともあんまりじゃないか。
ゲームにコミュニケーションは大切だ。
それは、ここが元オンラインゲームであるからという理由ではない。
RPGだからだ。
俗にいうロールプレイングゲームとは、街の人々と話し、情報を得て、モンスターやダンジョンといったものに挑むのだ。
そこの意思疎通ができてこそ、物語は前に進むのだ。
いや、RPGでも会話の最後にきちんと「はい・いいえ」の選択肢が出てくれば、それほど難しくないのかもしれない。
だが、この異世界、ゲーム世界にどうもそんな機能はない。
そもそも話しかけれないのでは意味がない。
いきなり目の前に立たれて、無言で見つめてくる相手を君はどう思うだろう。
「やあ旅人さん! ここはハジ村だよ」などど気軽に話しかけてくれるだろうか。
「何この人怖っ! 近寄らんとこ」となるのは明白だ。現実世界でも恐ろしいが、この世界ならもっと恐ろしい。
お店の主人に「おっ! 今日はいいもの揃ってるよ」なんて声をかけられるまでの道のりがすさまじく遠く思える。
「ぶき ぼうぐは そうびをして みに つけるように! もってるだけでは だめですぞ!」なんて、気安く話しかけてくれるひとがいるのは、とてつもなく恵まれているのではないだろうか。人の優しさに触れたい。
現実逃避している場合じゃない。
お金は、周辺のフィールドモンスターを倒せば何とか集まるだろう。
俗にいう冒険者ギルドのクエスト関係でのお金稼ぎは無理だな。募集要項とか読めないだろうし。
やっぱり言語や文字関係だ。これは早急に何とかしないと。
宿屋や道具屋を使えないのは、魔神を相手に倒すどうのこうのの前に、命に関わる。魔法が使えないことによって、魔法によるHPの回復ができない、という時点で、この辺りは死活問題なのだ。
やるしかない。
ではどうしよう? 会話以外に相手に意思を伝える方法? 手話とか? この世界の人が知ってるわけないな……
身ぶり手ぶり、視線や顔の表情、うなずいたり、首をかしげたり、etcetc
うーん細かいことが伝わらないよなぁ。やっぱり筆談が一番分かりやすいかな? でも文字分からないし。
うーん
日本でも第二言語を覚えようとする場合……英語入門……テキスト的な?
いや、思い出したぞ!
期間限定イベント途中で運営が出した救済要素の一つ!
そうだよ【子供向け言葉入門書】の入手イベント!これがあった!
この【子供向け言葉入門書】
BCO運営が用意した架空言語の解読書である。懇切丁寧にゲーム内でBCO文字を50音対応文字表に照らし合わせて解読できる本だ。公式のホームページ等には、中身は一切載せず、この本がゲームプレイ中しか見れないせいで、そこでまた炎上していたわけだが。
そしてこの本の入手方法、ここにもBCO運営のBCO文字における執念が垣間見える。
初心者プレイヤーでも簡単に手に入れることができるよう、ここハジ村において、この入手イベントは起こる。まずは、村の子供に二つのアイテムを渡す必要がある。この二つは、ハジ村周辺の山や、森の中でも回っていればすぐに手に入る【リンゴ】と【虫】である。
問題は、この後だ。子供に【リンゴ】と【虫】を与えた後に、【土下座】のモーションを取らなければならないのだ。
このモーションは、ゲーム内でのキャラクターが行う動作、身振り、動き。ダメージなどは発生しない、その場で動くだけ。
ショートカットキーなどに登録することでボタン一つで、ゲーム中のプレイヤーが選択した動きをするのだ。
子供に向かって【土下座】を行うことで、【子供向け言葉入門書】というアイテムを譲ってもらうのである。子供に向かって、文字が読めないので入門書を譲ってくださいと土下座をするのだ!
屈辱!
これが、BCO運営が用意した、BCO文字を読めないプレイヤー達に向けた、悪意満載の救済処置である!
クエストより先に、レアアイテムより先に、自分達の作った大事なBCO文字を、土下座して教えてもらえという!
このイベント追加により、あの期間限定イベントは、BCO史に燦然と輝く、伝説級のクソイベントとして、その存在を不動のものとしたのだ!
以上のことより、当時のゲーム内でもプレイヤーたちを苦しめた
BCO運営の怨念が詰まったBCO文字は、今、異世界召喚された俺を苦しめているのだ。
えっ。【土下座】? いくらでもしてやるぜ。
頭を下げるなんて軽いもんさ。特に俺のはな。
1度も2度も変わらない。尊厳なんて糞くらえだ。
たとえゲームのキャラクター『セルビィ』になっていてもだ。
なぜかって?
だってそうだろ?
生きねば。