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豊かな精神と生活は、豊かなゴールドから。
山岳都市クライス。小高い山の上に築かれた街。この街を訪れたのは、追走者を撒く為……という以外に、目的地と定めたいくつかの理由がある。
ひとつは、モンスターを倒して、ゴールドや経験値を集めるには他の場所よりも良い場所であり、ゲームの時から狩場として有名であることだ。モンスターは単体での出現が多く、パーティで戦わなくとも対処ができ、モンスターを倒した際に落とすゴールドの金額が大きい。さらには、周辺には身を隠せるのに適した木々が茂っており、いざという時に森の中に隠れることができる。逃亡を許さないような嫌がらせをしてくるモンスターもいない為、危険な状態になったら逃げ出すことで生き延びることができる場所なのだ。
先日遭遇したレアボスモンスター、ロブストサイクロプス。生半可なパーティや装備では戦わずして逃げるのが得策とされるモンスターであり、出会ったら即、森に逃げ込むことが最善の策。クライス周辺は、そのように『設定』されているフィールドである。
さらにもうひとつ、むしろクライスに留まっているのは、このモンスターを見つけて倒す事が、最重要目的であるといっても良い。
レアモンスター、ザクザックだ。
このモンスターの外見は、少々傷んだ木の宝箱といったところか。森の中や街道を歩いていると、フィールドに突然現れる宝箱。近づいて開けようとすると、宝箱の底から無数の細い触手のようなものが生えて動き出し、凄い速さで逃げ出してしまう。これを追いかけて倒すことで、なんと三万ものゴールドを落としてくれるモンスターである。ロブストサイクロプス同様、なかなかのレアモンスターであるので、出会うことが稀であり、出会ったとしても逃げ足が速い。しかし、三万という金額は、現状とてつもなく大きい。俺の生活費数日分を、たった一体倒すだけで確保できる。
朝から晩まで一心不乱に森の中を探しても元が取れるであろう、価値のあるモンスターである。ナイフ片手に、陽も登らぬうちから森の中を彷徨う姿は、他の誰かに見られていたならば、かなり怪しくて危ない奴だと思われているであろう。
ロブストサイクロプスを倒した翌日に森に入って、このザクザックを見つけ出して倒すのに、丸一日潰してしまった。適度に他のモンスター等を相手にしながら、ザクザックが出てくるポップポイントを、しらみ潰しにあたっていたのだが、結局なかなか見つからずに夜までかかってしまった。もう帰ろうかと諦めかけてその時に出てきてくれて助かったが、正直他のゴールドの多いモンスターを狩り続けたほうが効率がよかったのではないかと考えてしまう。
いやしかし、初日にザクザックを見つけて倒せたので、使えるゴールドに余裕ができた。あの四人組のパーティから、夕食時に借りたゴールドを即日返却できたことは非常によかった。余計な貸し借りは余りよろしくない。翌日に全額返却されたのには、相手方もとても驚いていたようだが、頑張ればこれくらいはすぐに返却できるということだ。うん。
借りた分が減ったとはいえ、手元に残ったゴールドには十分に余裕がある。今後を見据えた場合、ここで色々と揃える必要がある。その為には、さらなる大量のゴールド集め、どんどんと強くなるモンスターを相手にするための投資が必要だ。
そう、装備の新調である。
今手元にある武器はぎんの短剣やコンポジットボウだ。コンポジットボウと矢は、あまり使い勝手がよくない。この街の武器屋にでも売って、他の武器防具の予算にするのが得策だろう。今までの装備を売って新しい装備の資金の一部にする。ロールプレイングゲームの基本的なやりくりのひとつである。
このクライスの武器屋には、【魔導士】が装備できる、特殊な武器が売っている。モンスターのドロップアイテムによる入手や、素材を集めて武器や防具を鍛冶屋などで作り上げるのではなく、お店で販売されている、いわゆる店売り品というやつだ。
【魔導士】が装備できる【バトルウォンド】という小さな杖のような武器。しかし、杖の先端には、何かを殴ること前提の突起物がいくつかついており、およそ【魔導士】が装備する杖というカテゴリには不釣り合いな形状の武器である。
それもそのはず、これらの杖を装備すれば、杖の性能毎に装備者の攻撃力や魔力を上げるものがほとんどなのである。しかし、この【バトルウォンド】は、装備しても魔力を1すらも上げない。上がるのは攻撃力だけだ。
何をいっているのかと思うだろうが、この【バトルウォンド】の特殊な武器能力、それは現在のMPを攻撃力にプラスして加算して、杖の攻撃力を底上げする効果のあるものなのだ。つまり、MPが高ければ高いほど、武器の攻撃力が上昇する。【魔導士】において、攻撃力が上がったところでそれほど影響があるわけではない。どちらかといえば、魔法を使う為のMPが重要であり、攻撃力が上がるよりもMP管理の方が重要なのだ。当然だが、魔法を使えばMPが減り攻撃力が下がる。魔法を使わなければ攻撃力は下がらないが、そもそも【魔導士】の攻撃力は前線でダメージを稼ぐ職業ではないので低い。特殊能力によって上がる攻撃力の幅がモンスターを倒せるほどではなく、一部の脳筋魔導士プレイヤーくらいしか使用しない武器なのである。
では、MPをカウンターストップさせているレベルの高い脳筋魔導士プレイヤーがこの【バトルウォンド】を使った場合はどうなるのか。
世の中にそれほどの需要はない武器ではあるのだが、この街の武器屋のおっさんに、店の奥から埃の被った【バトルウォンド】を持ってこられた時にはさすがに驚いてしまった。この異世界には、スキルビルドを脳筋ネタに振るような、変人魔導士は一人もいなかったということに近い。なんということだろう。
「姉ちゃん。俺は十数年この店をやってきたが、こいつを買おうなんていう【魔導士】は姉ちゃんが初めてだよ。こんな変なもんを欲しがるなんて、よっぽどの変人かもしくは、こいつでモンスターをぶん殴るくらいのことしかできない、つまり魔法の才能がないって事だぜ……」
魔法が使えないのは事実だが、おっさんに指摘されるのはすごいムカつく。ゴールドを支払うんだから早く寄越せよ。しかも、十数年売れなかったものを入荷当時と同じ値段で売るんじゃないよ。当時の値札がついたままなんですけど。さらに手入れをしていないからか、凄く薄汚れているように見えるんですが!
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街の入口には、朝の強い陽の光が満ちており、人々が動き出すには十分な時間だ。
朝の広場は騒がしく、そろそろ店を開けようかという人々が動いている。
街の入口には、アッシュ、オグニル、トルキン、リューンの四人が旅支度をしており、すぐにでも街を出ていくような準備をしている。
「あの……セルビィさん。もう一度お聞きますけど、本当に、一緒に付いて来てはくれませんか?」
リューンが悲しそうにこちらに声をかける。
ここ数日、なんだかんだで付き合いのあった四人だが、彼らが今日、山岳都市クライスを離れて、リューンの故郷であり、一応俺の故郷ということになっているエフィンの里へと出発するという。昨日の夜に聞いた話では、冒険者ギルドを通じて依頼主から連絡が来ており、次の目的地へと向かわなければならないということらしい。次の行き先が、ここから距離のある、話にも出ていたリューンの故郷、エフィンの里というのが、なんとも不思議な感じがするものだが。
俺は否定をするように、ゆっくりと首を横に振る。
「そうですか……」
リューンは少し目を伏せる。
リューンには悪いが、エフィンの里はここからディバト川をもう一度渡って戻る羽目になる位置にあり、そこからさらに十日以上は掛かるような遠方であるので、とてもではないがついていくことはできないのだ。あれだけの苦労をしてこちら側に渡ったディバト川を、今更戻るわけにはいかない。というよりも、ここクライス周辺では、まだやることが数多くあり、それが終わるまでは離れるわけにはいかないのだ。
「リューン。あまり無理をいって誘うものでもないぞ」
「そうだぜ。同行人が増えるっていうのは手間が増えるってことだ。まあ、ついてきたらついてきたでそれは面白いんだが」
「リューン。急ごう」
「ええ。アッシュ。では、セルビィさん。また何処かで……」
手を取り、涙ぐむリューン。そこまで感極まる場面だろうか。ロブストサイクロプスを共に倒した程度、夕食と銭湯を一緒に入った程度で、長い間一緒にいたわけではない。こっちは朝から晩までモンスターを狩り続けていたので、彼らが一体何の為に、この街に留まっていたのかも知らない間柄だ。
四人が街の入口から出て行き、それを街の広場から見送る。
一人遅れていたリューンが、最後にこちらに振り向いて小さく手を振った。それに応えるようにこちらも小さく手を振り返した。彼女はそれを確認して少し微笑んだ後に前を向き、他の三人から遅れていた距離を取り戻すように速足で歩きだした。
彼ら四人の背を見ながら、少し考えを巡らす。
彼らは魔神マガラツォを倒すパーティとしては、十分な器量を持っていたのではないか?
ロブストサイクロプスに、臆さず立ち向かう彼らならば、魔神や魔族とも、引けを取らずに戦うことができるのではないか?
今ここで別れるのは、貴重な仲間を手放してしまうような、そんな感情が溢れてくる。
寂しさとでもいうのだろうか、彼らに何を感じていたのだろう。
色々な疑念が、沸いては消える。
少し頭を左右に振り、沸いた疑念をかき消す。
今はまだ、ここを動けないのだ。
山岳都市クライスの周辺において、為さねばならないことがある。
それは、恐らく魔神マガラツォを倒すためには絶対に必要な事であり、もしかしたら魔人マガラツォを倒す事よりも、はるかに難易度が高いかもしれない事なのだ。
おそらく、なによりも時間と体力を奪われるであろう、とても重大な仕事である。
モンスタードロップ率0.1%のレアアイテムを入手するということは、今の己に課せられた史上最高に近い難易度のミッションなのだ。




