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「お姉ちゃん。お耳が長いねー」
耳? 浮かれすぎてフードを被っていなかったことに気づいて慌てる。今頃被ったところで遅いのだが。失敗したと考えていると、その女の子がこちらに近づいて顔を覗き込んでくる。見たところ、4、5歳くらいの女の子だ。髪色は濃い赤紫色で、毛先は癖が強いのかハネており、肩にかかるかどうかぐらいの長さだ。服は子供用にあしらえたであろう羊毛で出来たドレスを着ている。
「私のお耳とぜんぜん違ーう! どうしてー?」
女の子の耳は頭頂部に二つある、いわゆる獣耳。形的にはイヌ科の外耳の形状に近い。
「私、横にお耳が伸びてる人って見たことないの。触ってみてもいい?」
え? いきなり耳を!? 戸惑っている俺を無視するように、女の子が耳に手を伸ばそうとしたその時。
「こらっ! リタ! 勝手にうろついて! 他の人に迷惑をかけるなって、いつも言っているだろっ!」
男の怒鳴り声が広場に響く。女の子はビクッと肩を震わせ、後ろを振り向いた。目線を、女の子が顔を向けた先に合わせれば、獣人の男が肩を怒らせながら、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。腰を下ろしていた噴水のへりから立ち上がり、トラブルが起きる前に身構える。
「申し訳ありません。うちのリタが何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」
見た目とは裏腹に、真摯に頭を下げてきた。特に何かされたわけでもないので、首を横に振る。女の子を見れば、獣人の男から逃げるように俺の後ろに隠れようとする。おいおい。
「だって。お父さん、いつまでたっても出発しそうにないんだもん……」
どうやらこの赤毛の獣人の男は、この子の父親のようだ。体格も大きく、目つきも鋭い。頭には、リタと呼ばれた女の子と同じような獣耳がはえており、髪色も濃い赤紫色だ。腰には、使い古したハンドアクスがぶら下がっており、背には大きなリュックが確認できた。
「ギルドに依頼してた、村まで同行してくれるようなパーティが、なかなか見つからないんだよ。村まで帰る道中に、たくさんモンスターが出て危険なことくらい、一緒に来たリタにだって分かるだろう?」
「……早くお母さんにお薬届けたいもん……」
「……今日はもう無理だよリタ。ギルドの冒険者がみんな出払ってしまったみたいだ。残念だけど明日にしよう」
「やだー! 今日帰るのー!」
「リタ! 無茶を言わないでくれ!」
ギャン泣きである。俺を間に挟んでの親子喧嘩勃発である。出来れば向こうでやって頂きたい。チラチラとこちらを伺う街の住人からの視線も冷たい。ちょっとリタちゃん。俺のマントそんなに必死に掴まないでね。涙と鼻水がついてびしょびしょに。ああ。これ、俺が仲介しないと解決しないやつ? 地図を鞄にしまい、紙とペンを取り出して、「ひとまず落ち着いて下さい」と書いて見せる。
「ああ。本当に申し訳ない。私の名前はラッセル。この子は娘のリタ。本当は今日、故郷であるパッシ村へ帰る予定だったのですが、どうもギルドの冒険者との時間的なタイミングが悪く、予定を明日へと変更することになったのです。ですが、娘がなかなか納得してくれなくて……」
「早くお母さんのところ帰るのー!」
「……このように泣きじゃくる始末。見ず知らずの御方に迷惑ばかりかけて……はあ」
獣人種でこの体格、先ほどの大声での一喝といい、もっと気性の荒い御仁かと思っていたが、なかなかに紳士。パッシ村か……次の目的地ヴァルエリムの街とは、北に伸びた街道を少しばかり進んだ先にある分かれ道を、東に行くか、西に行くかくらいの違いなので、それほど距離が離れているわけではない。パッシ村に寄った後に、ヴァルエリムに向かってもよいだろう。一応は冒険者の端くれなので、微力ながら尽力してあげようかな。というか、何とか話をまとめないと、この子、俺のマントから手を離しそうにない。このままだと大量の涙と鼻水が。「よければご一緒しましょうか?」とペンを動かした後、ラッセルと名乗った男に見せる。
「えっ? あなたが!? なるほど、確かに身なりだけは冒険者……でも本当によろしいんですか!?」
おい。なんか癇に障る言い方だけど、首を縦に振る。これも何かの縁ですかね。
「よかったなリタ! このお姉さんが、村まで一緒についてきてくれるそうだぞ!」
「えっ!? 本当!」
涙と鼻水でくしゃくしゃの顔を上げて、驚きと喜びに満ちた顔を覗かせる。
「名前 セルビィ よろしくね」と書いて、リタに見えるようにしゃがんで見せる。
「うん! セルビィお姉ちゃん!」
先ほどまでの涙が嘘のように、眩しいほどの笑顔が輝いた。
「ねえ。お姉ちゃんのお耳が長いのはなんで? お父さんの耳とも違うよね?」
「そうか。リタはエルフの人に会うのは初めてだったな。エルフの人は、皆こんな耳の形をしているんだよ」
「へぇー! ねえお姉ちゃん。 触ってみてもいい?」
どうしても耳が気になるらしい。長い耳ってのはそんなに珍しいものなのだろうか。小さく頷いてから、触りやすいように右耳をリタの前へ寄せる。
「わあ。すべすべー! 私たちのお耳と全然違うー!」
ペタペタと触られる。くすぐったいが我慢するしかあるまい。あんまりいじらないでね。一応本物だから。つけ外し不可能だから。とれたら二度とはえてこないであろうものだからね。そんなことを考えていたら、リタは突然俺の背後に回り込むと、よじよじと背中に登り始めた。
!?
「ピクピク動いてて面白ーい!」
後ろから触ってみたかったのか!? 行動原理が謎である。まあ、子供のすることだし、触るだけなら……痛っ! え! 何? 痛い! 何が起きてるか、当たり前だが、自分の耳はここからでは見れない! あ、この子、耳を噛んでる!? 見えない! ちょっと! 怖っ! お父さん! いきなり耳に噛みつくってどんな教育を! エルフって獣人の捕食対象ではないはずだよな!? そんな設定聞いたことない! く、喰われる……!
「ははは。すっかり仲良しさんだなリタ」
どこがだよ! 耳を噛まれてんだよこっちは! これが異文化・異人種コミュニケーションってやつか!? さっぱり理解できん! 文化が違う!
「おっといけない。 そういうことなら、ギルドに明日の予定を取り消すよう連絡を入れてこないと。リタ。セルビィお姉さんとしばらくここで待っていてくれ」
「わかったー!」
俺の後頭部から元気な声が発せられる。
リタのお父さん! いや、お父様! こんな狂犬と二人きりにしないで! 怖いから!
追いすがるように出した右手を無視するかのごとく、ラッセルさんは後ろを向く。俺の心の願いも虚しく、ラッセルさんは足早に、ギルドのある方向へ走っていった。
本日の天気快晴。絶好の冒険日和。
噴水前の広場周辺の商店も、店の呼び込みや商売を始める時間である。俺の背に乗った子供のキャッキャッと遊ぶ声が、小鳥のさえずりのように、広場に響く。
心機一転したはずの、真の冒険者生活一日目が、こうして幕を上げたのだ。




