11 別視点
凄まじい戦いだ。
俺の目の前で繰り広げられている戦いは、俺の十数年の冒険者家業の中で、何度となく死地を歩いてきたと自負していても、これと同じような光景は一度として見たことがない。それほどまでに驚愕の世界だった。
戦いを繰り広げているうちの一人は、魔族だ。その力は恐ろしく、十年前の王都グランドリオ防衛戦では、たった4人の魔族が現れただけで、防衛にあたっていた何千という城の衛兵がその命を散らしたという。
その魔族と、素手で殴りあっている少女がいる。しかも、その戦い方が異質なのだ。右手で攻撃し、左手で薬草を口に運ぶ。俺にだって、【僧侶】のMPが切れ、回復薬頼みのぎりぎりの戦いを行ったことは何度かあるが、このような速さで、攻撃と回復を繰り返す戦法など、見たことも聞いたこともない。
ナナリが友達として連れてきた、エルフの少女。最初の印象は、ナナリに巻き込まれて、とても困惑しているようだった。背格好は少女のそれだが、フードを深く被り、人前に出ることを極力避けているような、そんな印象だった。
ナナリはまるで気にしている様子はなかったようだが、好奇心からか、フードの下が気になった。顔を見せてほしいとお願いしてみれば、ハッとしたように、そのフードを取ってくれた。手入れを怠っているようにみえるほどボサボサだが、鮮やかな金色の髪を肩まで垂らし、透き通るような蒼い目を持った、本来は水平にピンと伸びているであろう耳を少し傾けながら、申し訳なさそうに、こちらに頭を下げる、エルフの少女がそこにはいた。
【エルフ】
俺の知っているエルフは、皆長命で、その年齢に裏打ちされたような落ち着いた雰囲気を醸し出していた。時には、人間種を見下すような奴もいたが、それでも、その知識量には驚かされたものだ。皆それなりに経験を積んだ冒険者で、彼女のような身なりで、世界を回っているエルフなど見たことがなかった。ナナリの話によれば、生活に困窮しているそうだった。複雑な生活環境で育ったのだろう。そこまで深く話を聞くことはできなかった。
次の日の朝、ナナリが彼女と一緒にクエストへ行きたいと言い出したのは、そういう同情心もあったのかもしれない。そして、そんな少女が、今目の前で、魔族と殴り合いをしている。
フッドは武器を構えているが、さすがの光景に、彼も言葉を失っている。フッドは頭の切れる男だ。いつだって、俺やナナリが何か間違えそうな時、それを正し、戦いにおいては、的確なアドバイスを行ってくれる。頼れる相棒だ。その彼が、沈黙している。見ていることしかできないのだ。
「……ダメ」
後ろにいたナナリが呟く。
「どうした?」
「このままじゃセルビィちゃんが……」
「なに?」
「……薬草の回復量じゃ、受ける傷が癒えていないの」
ナナリが泣きそうになりながら声を上げる。
ナナリは【僧侶】だ。ダメージや傷の状態など、俺達よりも知見がある。その彼女が、叫ぶ。
「このままじゃ……死んじゃう! 回復呪文を!」
ナナリが今にも飛び出そうとしている。
「待て! ナナリ!」フッドが叫ぶ。
「でも!」
「駄目だ! ナナリ! 落ち着け! 今出ていけば、セルビィはお前を守る為に、今の戦い方を変えなきゃいけなくなる。そうなれば、彼女の勝機はなくなる!」
フッドがナナリを押しとどめる。
「このままじゃ……」
「タイミングを待つんだ。奴と距離を取る時が必ず来る。その時に、ナナリはセルビィを回復させるんだ。その時まで待て。大丈夫。セルビィには、考えがある。タイミングを待ってるんだ。俺にはわかる。その時に、お前が回復するんだ」
「わ、わかりました」
ナナリは手に持った【ロッド】を、力強く握りしめていた。
俺はナナリに声が届かないような位置から、フッドに近づいて、小さく声をかける。
「……本当に考えがあると思うか?」
「……女の気持ちが分かるなら、俺はとっくに所帯持ちで、冒険者なんぞ引退している」
もっともだ。少し吹き出しそうになった。
「ああでも言わなきゃ、ナナリは飛び出しちまう。そうなりゃ、セルビィが前に出て戦っている意味がなくなり、みんなで死ぬ羽目になる。だが、魔族はプライドが高いと聞いている。確実に仕留めるというその時に、何かしら付け入る隙はあるはずだ」
「……少なくとも、ナナリだけは、逃がすことを考えなきゃな」
フッドの考えは分かっている。そして、セルビィが一人で前に出て、奴と肉弾戦を繰り広げている理由も、察しが付くのだ。
俺達三人は、魔族の攻撃に耐えられないということ。俺達を巻き込まないために、セルビィは孤独な戦いをしている。もしも彼女が、奴を倒せずに距離を取られるようなことになれば、彼女の限界。ナナリが回復しなければ、死んでしまうような状態にあるということ。
回復している時間、誰かが奴の相手をしなければならない。
それはつまり、俺達二人だ。彼女の傷が癒えれば、死ぬ気でナナリを守るだろう。魔族へのダメージ量からみても、もしかしたら倒しきれるかもしれない。だが、その時に俺達二人が生き残っている保証はない。これは、誰が生き残るかという選択だ。フッドも俺も、すでに結論に達している。
「……一口賭けるか」
それは、戦いの恐怖と、死への恐怖をかき消すために、口走ったジョークのひとつだった。
「何を賭ける?」
こういう時に乗ってくれる。長い付き合いの、頼れる相棒だ。
「そうだな。どっちが先にやられるか、賭けようぜ。俺は、お前が先に死ぬ、に1000ゴールド」
「は? 俺がお前より先に死ぬわけないだろう。俺は、お前が先に死ぬ、に1000ゴールドだ」
「抜かせ。大体、お前のようなひょろ長いのは、魔族の攻撃一発であの世行きだろう」
「残念だが、動きのとろい筋肉達磨は、回避もできなくてタコ殴りに合うだけだ。動ける俺の勝ちに決まっている。二人仲良くやられたとしても、お前が先に事切れるだろうから、金はきちんと天国まで持ってきてくれよ」
「お前が天国に行けるわけないだろう」
「もう既にスイートルームを予約済みだ」
「ありえねぇ。審判の女神様も目が腐っちまったようだぜ。そりゃ、魔族も暴れるってもんだ」
女神様の気が変わって、地獄にこいつと二人旅なんてのは、死んでもごめんこうむる。
「……もし二人とも生き残った場合、掛けた金は誰が貰うんだ?」
「そりゃ、あそこで命張ってる子だろうな」
右手を出し、目の前の光景に目を促す。
「はは。そりゃいい! 貧乏少女におじさん二人で生活支援だな! そりゃ傑作だ! 掛けた金の理由が血生臭すぎるが、それならやる気も出るってもんだ!」
フッドがおかしさのあまり噴き出しそうになり、それを堪えているのが分かる。
少しの間の後、フッドの表情が一瞬で固くなった。
「……まずいな」
みれば、少女の動きに先ほどまでの切れがなくなってきているのが分かる。
「……ああ」
来るべき時が近い。そう思った時だった。
……!
鈍い音とともに、少女の体が、奴の蹴りによって吹き飛ばされてきた。地面には、血が滴っているのがわかる。
「いくぞ!」
「セルビィちゃん!」
ナナリの悲痛な叫びが響く。
「泣くなナナリ! 走れ! 自分に出来る仕事をしろ!」
「こっちだ! 化け物!」
叫びながら、俺は魔族に向かって駆け出した。




