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現実 ーリソウー3


 結羽ちゃんの部屋を出て、外廊下から階下を眺める。マンションの入り口に停まっているちょっと厳つい黒のセダン。車で移動できるっていうのは楽でいいんだけど、正直、ヤンキーとかそっち系っぽくて好きじゃない。まぁ言わないけどさ。

 一階に着くと、玄関の向こうで先輩が車から降りてきた。すぐ私に気付いて手を振ってくる。小走りで駆け寄って「お待たせしましたー」と笑みを浮かべる。先輩は目だけ動かして私の全身を上から下へさっと見てから「いや、全然」と笑った。

 そんな先輩の服装は上はVネックシャツに黒いジャケット、下はオリーブグリーンのカーゴパンツ。いくら晴れてるとはいえ胸元寒そう。カッコいいけどさ。っていうか身長高くてある程度筋肉がついていれば大抵の服装が似合う。先輩はそこんとこバッチリだ。百八十センチあるし、高校までサッカーをやってて今もバイトで動き回ってるらしいから。

 助手席側に回り込むと自動でドアがスライドした。なーんだ。隊長のやつみたいに上に開いたら面白いのに。初めてアレ見たときはなんかツボって大爆笑したなぁ。

 助手席にはこれ見よがしに美術館のパンフレットが置いてあったから、それを手に取ってから乗り込む。

「じゃあ行こう」

「はーい」

 ぶぉんと音を立てて発進。ナビの画面には外国のアーティストのライブ映像が流れていた。

「今日行く美術館ってここなんですかー?」

 パンフレットを持ったまま聞いてみる。

額田ぬかだ尚文なおふみっていう画家は知ってる?」

「え? いえ。有名な人ですか?」

「さぁどうだろう。あまりそういうのは気にしないんだよね。大事なのは自分が好きかどうかだから。リアリスティックな風景画を描く画家なんだ」

「へぇー。そういう絵画とかちゃんと見たことないです。先輩はそういうの好きなんですか?」

「絵画が特別好きってわけじゃないけどね。どんなジャンルのものでも、なんとなく気になる……波長が合うとでもいうのかな。抽象的に言えばビビっとくる感覚? そういうのってあるでしょ? そういう感覚って生きていく中ですごく大事なものだと思うんだよね。だから俺は、その基本的にはその感覚に従って生きてる」

「へぇー。ということはこのアーティストもその感覚で選んだんですね」

「これもあんまりメジャーなバンドじゃないんだけど、偶然耳にして以来ハマっちゃってね」

「先輩って感受性が豊かなんですね!」

「いや、普通だよ。流華はそういうことないの?」

「ないですよー。そういうのが直感的に分かる人ってあんましいないと思いますよ?」

「えー? そんなことないと思うけどなぁ」

 ニコニコ笑顔の先輩。

 私が直感的に選ぶのは付き合う人くらい。んー、でもちょっと今回のはハズレ感あるなぁ。

 大学生っていうのはもうちょっと大人なイメージがあったけど、先輩の場合は子供っぽいところが結構目につく。自分が特別な人間だと思ってるところとか、相手の話を聞かずに自分が言いたいことを捲し立てるところとか、必要以上にカッコつけようとするところとか。まぁだから扱いやすくもあるんだけど。

 でもこういう人は自分の中に『理想の自分』を形成していて、それが少しでも崩れそうになると途端に発狂し出したりするからなぁ。

 先輩の場合は『年下に慕われている自分』が大きいらしくて、私がちょっとからかったり別の意見を口にしただけで不機嫌になる。つまり現時点で私に出来るのは先輩の話を聞いて肯定するかべた褒めするかだけ。でも逆を言えばそれさえしていれば、色んなところに連れてってくれるしご飯も奢ってくれる(まぁお金には困ってないけど)のだから容易いものだ。それに、どうせ一、二ヶ月したら飽きてお別れだろうし。

 でも自分は嫌がるくせに人のことはガンガン否定してくるんだよなぁ。そのうえ質問しても答えになってないこと多いし。ていうかさっきの『今日行く美術館ってここなんですか?』の問いにも結局答えてないし。いや、行くっていうのは分かるんだけど。

 まぁまだ付き合い始めたばっかりだし? 慣れてくれば少しずつまともになるかなと期待はしてる。

 そういえば。

 結羽ちゃんなんかも似たようなタイプだと思う。『理想の自分』的なところが。

 そういう人と話すと決まって似たような違和感がある。顔がぼやけたり、声がフワフワ浮いていたり。他人の言葉を自分の言葉のように語っている人が何となく分かるような、あんな感覚。フィルターがかかったような、とでもいうのかな。

 でもそういう人が嫌いかっていうとそうでもない。ただ恋人には望んでないってだけで、友達や知り合いにいたら結羽ちゃん相手みたいに率先してイジる。

 その人が『理想の自分』で隠しているものを。

 小さい自分だったり。

 弱い自分だったり。

 汚い自分だったり。

 醜い自分だったり。

 つまりは本来の自分。

 それに指先で触れる。脇腹をつつくみたいに。

 どんな反応をするだろうってにやけながら。

 別に本当の姿を暴きたいわけじゃない。知りたいとも思わない。

 弱点に触れられて驚く姿が好き。警戒する姿が好き。

 先輩や結羽ちゃんみたいな人は、その反応が特に大きい。

 あんまりやると嫌われちゃうからほどほどにしか出来ないけど。

「あ、そういえば、友達から演劇を見に行かないかって誘われてるんですよ」

「演劇?」

「はい。『草臥れた猫』っていう劇をやるみたいなんですけどどんな話か知ってますか?」

「あー……、どこかで聞いたことある気がするけど……。演劇はたまにしか見ないからなぁ」

「あ、もしかしてお気に入りの劇団とかあるんですか?」

「え? あー、うん。あったんだけど解散しちゃってね。小さな劇団だったから」

「小さな劇団って『空っぽポスト』とか『ブルームルーム』とかですか?」

「うん、そうそう。そっち系のやつ」

 そっち系ってなにさ。ブルームルームは実在するけど、空っぽポストなんていう売れないバンドみたいな名前の劇団はない。しかも草臥れた猫はネットで検索してもそれらしいヒットがなかったからきっとオリジナル脚本だし。

 私が口を閉ざすと、先輩はさっきまでの饒舌が嘘のように黙ってしまった。

 なんで嘘吐くんだろう。知らないなら知らないでいいのに。虚栄や虚勢以上の恥なんてないと思うんだけど。

 でも可愛い。

 きっと今頃頭のなかじゃあちょっとパニックになりながら色々考えてるんだろうな。

 なんでなにも言わないんだろう。もしかして嘘がバレた? とか。話題変えたいけどいきなり全く違う話したら怪しいかな。とか。

 本当はもうちょっと楽しみたかったけど、デートの初っ端から不機嫌になられても面白くない。ここは助け船を出してあげることにする。

「まぁ私が誘われたのは中学の演劇部の発表会なんですけどね」

「中学?」

 少し気の抜けた顔の先輩。

「はい。二中の演劇部です」

「なんだ。それじゃあレベルの高い演技は期待できそうにないね」

「あはは。プロと比べるのは可哀想ですよー」

「いや、そういう考え方が昨今の役者の演技力低下に繋がってるんじゃないかな。猿や犬がちょっとした芸をするとみんなが『賢い』って褒めるでしょ? あれと同じで、子供だから、素人だから、初心者だから、そういう前提の称賛には意味がない。むしろ褒められた方が『これでいいんだ』と考えてしまう可能性がある分害悪だ。くだらない感想なら口にするべきじゃあない。評価するなら頂点を知って、そこと比較できる目を養うべきなんじゃないかな」

 何その疲れそうな世界。いいじゃん、感想も評価も自分が思ったままで。

「そこまでストイックに演劇を見てる人はなかなかいないですよね」

「楽しければそれでいいっていう思考停止人間ばかりだからね」

 別に良いじゃん、楽しければそれで。娯楽なんだから。お金払って楽しみにきてるんだから。

「人はもっと日頃から頭を動かすべきなんだよ。楽しむのはいいけど、それで終わりにしちゃいけない。楽しかった経験、五感で感じたこと、そこから何かを得られなければ時間の無駄にしかならないからね。それに、なにも演劇に限った話じゃないよ。他の趣味や職業、対カフカ部隊にもあてはまることさ。この国で最も強い徒花は流華だろう?」

「一応そう言われてますねー」

「そう、一応、なんだよ。今の世の中はそこが明言されない。それだけならまだしも、他の徒花もみな『強い』としている。カフカに殺された徒花もだ。もちろん、俺達一般人からすれば徒花きみたちは誰もが強大な力を持っている。だがそこには多かれ少なかれ差があるものだろう?」

「そうですね」

 例えば同じ双花でも私と奈緒とじゃあ戦闘力は天と地ほどに差があるし。

「そこをハッキリさせるべきだと思うんだ。そして順位をつけて、上を目指せるシステムを作り上げる」

「順位、ですか? まさか徒花同士で戦うとかじゃないですよね?」

「もちろんそんなことはしない」

 よかった。肯定が返ってきたら流石に呆れ返っていた。

「順位は……そうだね、ポイント制にして、任務時の働きによって変動するのがいいんじゃないかな。その方が徒花きみたちもやる気が湧くと思うよ」

「そうですねー。結羽ちゃんなんか張り切りそう」

 逆を言えば張り切るのはあの子くらいだと思う。

「あぁ、鬼踊の……。そうだね。でも単独行動はマイナスポイントだから結局プラマイゼロになりそうだけど」

「あはは。確かに」

 一緒にするなよ。対カフカ部隊と娯楽を。

 それでしか生きていけないから。

 認められないから。

 戦うことでしか。

 口先だけじゃ。

 そういう世界にしたのは誰だっけ?

 よく徒花わたしたちのことを揚々と語れるものだ。

 なんて思いながら笑った。

 心の中の嘲笑は掻き消して。

『可愛い私』で。



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