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花冠 ーフランー4



 栃澤さんのマンションに着いたのは日付が変わる頃だった。マンション裏から見て部屋の電気がついていることは確認したからいることはいる筈だ。昨日の今日で歓迎してくれるかは分からないけど。

 そんな不安をよそに栃澤さんは笑顔で招き入れてくれた。でもやっぱり疲れが溜まっているのか昨日よりもどこか元気がないみたいだった。

「夕御飯は?」

「食べてきました。お風呂も入ったし、お構い無く」

「そっか」

 栃澤さんはお風呂上がりで、夕御飯はバイト先の賄いで済ませたらしい。

「じゃあ……えっと、どうしようか」

「明日も早いんですか?」

「うん」

「じゃあ寝ましょうか。なんか眠りにきたみたいでごめんなさい」

「あぁ、いや、全然大丈夫、です」

 栃澤さんは辿々しく言ってから、ソファの座面を広げてベッドにした。昨日みたいなやり取りをするのは面倒だと栃澤さんも思ったのか、特に何も言わないまま二人並んで横になった。

 電灯が消えて室内が真っ暗になる。栃澤さんの腕に触れると、昨日みたいにピクリと反応があった。

「あの、流華さん」

「はい」

「えっと……」栃澤さんは言いづらそうにしながら「怒ってるとか責めるつもりとかは全然ないんですけど」と切り出した。

「今日、友達伝いに流華さんが昨日の夜のことを話していたっていうことを聞いて……」

 は?

「その、一緒のベッドで寝て何もなかったから驚いたとか、そういうことを話していたって聞いたんだけど……」

 出所は誰だろう。一番怪しいのは新鷲さんだけど、クラスメイトなら聞き耳たててもおかしくないし。

「そ、そうなんですか。ごめんなさい。その、友達との話してて、流れでそんな感じになっちゃって……」

「あぁ、いや。怒ってるとかじゃないから謝らなくても大丈夫。ただ、僕は今まで交際経験がなかったから、流華さんの気持ちをちゃんと汲めてあげられているのか不安になっただけだから」

「全然大丈夫です。栃澤さんには、すごく救われてます」

「そっか、それならよかった」

 暗闇の中で栃澤さんは笑った。そして、

「今日は、大丈夫?」と言った。

 え? と口からこぼれそうになった言葉をなんとか飲み込む。

 だって、疲れてるんじゃ? 会話の流れ的にもそんな感じじゃなくなかった?

 でも断ったら嫌われないかな。すごく救われるなんて言うだけ言って自分は何もしないだなんて。

 嫌ではない。でも、担任に触られただけであんなに取り乱してしまうような精神状態なのに、そんなことをして平気だろうかという不安はある。

 でも、ただの不安では拒絶の理由にならなかった。

 栃澤さんの身体が私の肌に触れる度、脳裏には汗をだらだらと垂らして息を荒げる島屋の姿が頭に浮かんだ。その記憶は現実の栃澤さんに覆い被さって、まるで今もまた島屋に犯されているような錯覚を覚えるほどだった。

 途中から私はひたすら両腕で顔を隠していた。

 幼い頃に感じた恐怖、好きな人と心のまま好き合えない悲しみで、どうしようもなく涙が溢れ出るためだった。

 行為を終えてしばらく経っても私は眠らずに栃澤さんの寝顔を見ていた。

 肌に残った感触。こうして栃澤さんを見ていれば、それはこの人が残したものなんだって安心出来る。でも目を閉じると、その安心はあっという間に島屋との記憶に塗り潰されてしまうのだ。

 こんな記憶は消してしまいたい、と思う。そしてそれは私なら容易く出来る。

 でも、忌々しい記憶と共に栃澤さんへの想いも消えてしまう。

 嫌だ。

 ここだけは無くしたくない。





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