表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/46

別れ ーミオリー



 連絡先が八件増えたパーティーから一週間が経った今日は朝からテレビ収録ラジオ出演と盛り沢山の一日だった。予定を消化して扇野に戻ってきた頃には日が暮れていて、駅からでると気が抜けたのか欠伸がこぼれた。

「疲れた?」

 莉乃の問いに「そうかも」と返す。

「ご飯食べて帰ろうか」

「うん」

「美織も誘ってみる」

 別にいいじゃん。二人で行こうよ。という言葉を飲み込んだ。

「うん」

 疲れてる時は莉乃と二人きりが楽。無駄なこと喋らないし、甘やかしてくれるから。普段はちょっと過保護すぎてうざく感じることもあるけど。

 私と莉乃が一日中扇野を出ていた今日、美織は、公休の奈緒なおの代わりに猪坂いのさか班に入っている筈。メグちゃんと美織って相性悪そうだなぁ。真面目さんとギャルだし。

 莉乃がスマホをポケットにしまいながら私を見た。

「美織、もう夕飯食べたみたい。支部の食堂で」

「そなの? じゃあ二人で行こ」

「うん」

 疲労に身を任せてブラブラと歩く。多分、いつもよりかなり遅いスピード。でもちゃんと莉乃は合わせて歩いてくれている。

「どこ行こっか」

「流華は何が食べたい?」

「何でもいい」

「じゃあオムライス」

「なんでそんなに限定的なの?」

「最近オムライス屋が出来たから」

「へぇー。でもオムライスな気分じゃないなぁ」

「じゃあ和食屋さん」

「やだ」

「お寿司」

「うーん」

「じゃあファミレス」

「なんか違うなぁ」

「牛丼屋さん」

「女子高生二人で?」

「んー……じゃあ……」

「あ」前方にファーストフード店の看板が見えた。「ハンバーガーにしよ? 私、ハンバーガーが食べたい」

「うん」

 無表情のまま頷いた莉乃に笑いかける。

 莉乃は私がどんなわがままを言っても文句一つ言わずに受け入れてくれる。

 昔っから。あんまりよく覚えてないけど、初めて会ったときからだと思う。

 うん。

 やっぱり私は美織より莉乃が大切。


 店内は高校生や大学生グループを中心にまぁまぁ混んでいた。案の定すぐに見つかったけど、パシャパシャ写真を撮られた(すぐに莉乃が止めた)だけでそれほど騒がれることもなかった。まぁこの辺に住んでる人なら私や莉乃なんてそこまでレアキャラじゃないだろうし。逆に、支部に住んでいて学校にも通っていないうえに基本引きこもりな沙良さんなんかはかなりのレアキャラ。ツチノコレベルらしい。

 席に座って無言のままハンバーガーをもそもそ食べていると、不意に警報が鳴り響いた。私の鞄と莉乃のポケット。今日は別の仕事があっただけで公休ってわけじゃないから、管轄内に戻ると普通に警報が鳴る。まぁ呼び出されることはないけど。

 警報を切り、周りに聞こえないくらい音量を低くして耳に当てた。

『気田町呉島引っ越しセンターにカフカ一体出現。詳細は不明。猪坂班は至急現場へーーーー』

「詳細不明」

 スマホを耳から離しながら莉乃が呟いた。

「通報の途中で殺されちゃったのかもね」

 ひそひそ声で話していたら周囲から視線を感じた。ていうかそれなりに騒がしかった店内がすっかり静まり返っている。カフカが怖いならこんなに人が集まる場所にいるべきじゃあないと思うけど。家にいるのが一番安全なんだから。

 気田町。ここのすぐ隣町。足の速いカフカなら少し走れば着く距離。

「気田町にカフカが出たそうです」と莉乃が立ち上がって言った。「警報が解除されるまでここから出ないでください。車での移動も控えてください」

 CMとかで流してることと同じ事を言う。必要ないように思えるけど、そうしないと何故か動こうとする人がどんな場面でも一定数出てくるから。

「店員さん、カーテンやブラインドを閉めて店の電気を消してください。それから万が一にも外から姿が見えないように物陰に身を隠すよう呼び掛けてください。この町まで来ることはないと思いますから、落ち着いて」

 女の店員さんはコクコクと頷いてからカウンターの方へ駆けていった。人間っていうのはパニックになると弱いものだねぇ。こんな事態初めてじゃないだろうに、みんなすっかり顔を強ばらせて、指示なしじゃあ動けない人が殆どなんだから。

 ホットコーヒーをぐいっと飲んでから立ち上がる。

「莉乃、私、周りの様子見てくるね」

「え? 駄目。ここにいて」

「その方がみんな安心するでしょ」

「じゃあ私が行く」

「莉乃はここにいて指示出してあげなきゃ。二人で行くなんて論外だし」

「でも……」

 ほら、過保護。

「大丈夫。すぐ戻ってくるから。あ、荷物お願いねー」

「流華、せめてスマホーーーー」

 聞こえなかったフリをして店を出る。と同時に周囲に警報が鳴り響いた。それまでのんびり走っていたのに急にスピードを上げたり無理やりUターンしたりと危なっかしい動きをする車が増えて、あちこちからクラクションが聞こえ始めた。人って本当にパニックに弱い。カフカに慣れるまではアホみたいにのんびり逃げてたのに、その恐ろしさが浸透するとアホみたいに無理に逃げようとする。そして事故などで渋滞が悪化してどっちにしろ逃げ遅れる。そういう事故で死人なんか出ちゃう場合も少なくないから最悪だ。平常心っていう言葉を知らないのかな。

 さてと、と地面を蹴って、早くも渋滞で立ち往生している車の数メートル上空を駈けていく。

 猪坂班が出動。てことは美織も来る。

 チャンスじゃん。

 私は美織より莉乃が大切。

 莉乃を危ない目に遭わせる美織は。

 いらない。





 美織のお母さんはヤンママってやつだった。根本が黒い茶髪、目の回りは真っ黒。ドレス風ミニスカ(歩いたらパンツ見えるレベル)ワンピ。歳は三十代前半って隊長から聞いたときはちょっと驚いた。美織は高校生の時の子供らしい。つまり今の私の歳で子供を産んだってこと。ふえー。

 霊安室代わりの空き部屋から出てきた時、ヤンママさんの目の周りはメイクが落ちてぐしゃぐしゃになっていた。沙良さんと一緒に頭を下げたまま見送って、背中が見えなくなるのを待って部屋に入る。

 部屋の中央に寝台。その上に美織が寝ていて、すぐ横にメグちゃんが立っている。部屋の隅には莉乃の姿。

「見たの? 身体」

 沙良さんの問いにメグちゃんは「はい」と返した。

 見ちゃったんだ。

 美織の身体に掛けられた毛布の中。

 胸から腹部にかけてボコッと潰れた身体。

 メグちゃんと沙良さんが中型カフカの相手をしている間、美織は近くに隠れていた筈だった。しかし任務終了後、行方知れずに。捜索の結果、少し離れた場所で遺体となって発見された。

 立てられた推測はこうだった。

 メグちゃんと沙良さんが交戦中、美織は別のカフカと遭遇、あるいは発見した。交戦が終わるまで引き付けておこうとした(この判断からカフカは小型であると推測)が、カフカの手によって殺されてしまう。どうして美織とカフカが戦闘になったのかは不明。考えられる可能性は三つ。カフカが知能の高い個体だった。美織が発見したときカフカが人を襲っていた。メグちゃんと沙良さんが中型カフカと戦っているのを見て興奮状態だった。そのどれかだと考えられる。

 らしいけど。

 全部外れ。

 っていうか根本的に外れ。数学でいうと使う公式から間違ってるレベル。まぁ習ってない公式だからしょうがないか。

「外の空気吸ってくるね」

 そう言うと莉乃が付いてこようとしたから「一人にして」と言って部屋を出た。

 廊下を進み、階段を登って支部の屋上へ。

 誰もいない。たまに隊長とか喫煙者が煙草を吸いに来てるんだけど。

 ポケットからスマホを取り出して『たいしょー』に電話を掛ける。五回くらい呼び出し音が鳴った後に繋がった。

『何かあったのか?』

「美織が死んじゃったんだけど」

『報告は受けているが』

「次の三人目はさー、もっとちゃんと仕事する人にしてよ。美織ってば現場に行く時わざとノロノロ動くから、何度か代わりに莉乃がやったんだよ?」

『そうか。分かった』

「ホントに分かってる? 次の人もちゃんとしてなかったら今度は私が吸収するからね! 莉乃ばっかりにやらせるわけにはいかないし!」

『あぁ分かっている。今回の件は確かに私の人選ミスだ。すまなかった。次はしっかり仕事をする徒花を組ませる。約束しよう』

「ならいいけどー……」

『次の人員にも当たりはついているんだ。少し時間はかかるかもしれんが……』

「三人目が入るまでは任務引き受けないからね!」

『分かっている。私はもちろん、誰にも文句は言わせない』

「ん。ならいい。じゃあ切るね」

『あぁ、待ってくれ。一つ確認しておきたいことがあるんだ』

「なに?」

『一彌美織の死に君達は無関係だね?』

 確認。それはどういう意味での『確認』なのか。

 無関係だと分かってはいるけど念のため質問しているのか。

 それとも、無関係だろうとそうでなかろうと、そういうことにしておけという意味での確認か。

 まぁどっちにしろ、私はこう答えるしかない。

「当たり前でしょ」

 通話を終えてスマホをポケットにしまう。

 あとはあの人が上手いことやってくれるだろう。

 冷たい風が部隊の制服を揺らした。

 徒花は痛みを感じない。でも冷たいとか暖かいとかは分かる。あまりに冷たかったり熱かったりすると何も感じなくなる。火傷したり凍傷になったりなんかしない。

 曇り空から雪が落ちてきた。頬にくっついてすぐに溶ける。

 雪の冷たさは感じられる。

 人の体温も。

 この身体は優しさだけに触れられる。

 痛みなんか。

 忘れてしまいそうになる。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ